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黒き空のハルピュイア  作者: 心鏡
一章 邂逅
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九話 ナヴィド

「戦士長、ここが新しい私達の住処です。」



冷たい空気が抜けてくる洞の前で告げる。戦士長は黙って頷いて、洞へと入っていった。

昨日の洞からここまではあまりかからなかった。

まだ昼…の時分だろう。

お調子者のスラオシャなら分かるのかもしれないが、俺には分からない。

俺に自慢できるものは、方向感覚と、それによって前の山からここまで導けたことだ。

これは姫様からも褒めてもらった。

限りある肉を分けてくれた姫様。

彼女を嫌いな戦士などいない。

誰しもがある意味彼女に恋をしている。

妻たちには悪いが、それはそれ、これはこれだ。

ここは幸いにしてまだ森に木々が茂り、山には寒さに強いヤギが多く居る。

大きく人間達の住処から離れるわけではないが、離れすぎると俺達が生きていけない。

人間の居ないところはもう動物たちも寄り付かないからだ。

この洞も生きていく上で重要だ。

雨風を凌ぐだけでなく、貴重な水源として利用できる。

父なる陽を隠してしまったこの空は黒い雨しかもたらさない。

その水は灰が強く飲めなくはないが胸をいつか痛めるだろうと本能が叫ぶ。

だが大地はそんな水であっても清くしてくれる。

洞の天井から伸びた突起からは常に水が流れてくるが、この水は非常に清く美味だ。

以前は空と大地の両方から恵みをもらえていたが、空は人間達によって失ってしまった。

それでも、それでも俺達はまだ生きていていいと水も大地が恵んでくれた。

大げさかもしれないが、この洞を見つけた時はそんな気持ちにさせられた。

思わず洞を飛び出して地面すれすれまで急降下、急上昇を繰り返してしまった。

我に返った時の恥ずかしさといったら。

「…問題なさそうだ。よくやったな。」

戦士長が戻ってきたようだ。

「ありがとうございます。これからはどうしますか?」

「生きるために必要なことを揃えていかねば。お前は、そうだな、三人ほど集めて女たちに洞の中を案内してやれ。それからは女たちが好きにやるだろう。その後は生活範囲を決めるために周りの様子を詳しく知らねばならない。空が更に色を失くす前には戻ってこい。」

「はい、畏まりました。」

今もやり遂げた感触に心を踊らせている。浮足立っていることを戦士長に悟られただろうか。

それにしても戦士長はすごい。道案内だけに意識していた俺と違って、俺達全体を見ていたはずなのに疲れの色も見えず次々に指示を出している。

彼の次を引き継げる者は出てくるのだろうか。

っと見とれている場合じゃない。

「クーロス、ニマー、トゥーラジ、仕事だ。いいだろ?」

こいつらは俺がいつもつるんでる三人だ。戦士長は三人"ほど"と言ったが俺にとっては意味のない言葉だ。

昨日姫様からもらった肉を分け合った仲間だ。断れるはずもあるまいが、断りは入れておく。

「ああ。」

「問題ない。」

「今晩の肉で手を打ってやる。」

「分かった。今晩水だけで過ごしたいという話なら喜んで肉を貰い受けるぞ、トゥーラジ。」

「なぁに構わんさ。この山に来て初日に皆が肉にありつけると思わんよ。」

「ありがたい申し出だな。つまりは、賭けだろう?かの偉大なる戦士長が率いた戦士達が全員分の肉を確保できるかどうか。」

「ナヴィド、俺も絡ませろ。無論、確保できる方に掛ける。」

「ちっ、先を越された。トゥーラジに合わせるのは癪だが、まぁかの戦士長も今から夜までにそこまでは難しいだろうよ。」

「ニマーだけは合わせてくれると信じていた。持つべきものは友人だな!」

「うるさい。無駄に腕を広げるな鬱陶しい。お前に合わせた訳じゃないというのが聞こえなかったのかよ。」

「賭けは非常に楽しみだが、仕事の話だ。いいな?俺達はまずまだ空で観光を楽しんでいる女たちを一等素敵な寝床へ案内することだ。そうすれば女たちは」

「俺達の夜の伴になるって寸法だな?」

「残念、違う。茶化すなトゥーラジ。彼女たちは長旅で溜まった鬱憤を晴らすように素敵な寝床を見慣れた我が家にしてしまうだろうよ。」

「そりゃあ良い。飯時が楽しみになるってもんだ。」

「その後はどうする。」

「良い質問だ、ニマー。俺達は生活範囲を決めるための斥候として動く。今日は俺達以外に斥候は出ないだろう。それだけ皆、肉に期待している。勿論俺もだ。だからこそしっかりとやり遂げなければならない。」

「持ち帰るべき成果はなんだ。」

「まず前提を言うぞ。俺達四人が皆無事にここに戻ってくる、これが絶対だ。次にお互いを見失わないことだ。いつも通り見える範囲で動き、気になって地上に降りる場合には声をかけろ。」

「分かってるさ、女たちが待ちくたびれているぞ。」

「すまん。で目的だが、人間の生活範囲と獣たちの生活範囲だ。どちらも最初は掴みきれないだろうが、ある程度の目星をつけておいてその中で生活していけるのかどうか判断したい。」

「いいだろう。」

「よし、ニマーとトゥーラジも問題ないな?」

「ああ。」

「ちゃっちゃとやって飯にありつこうぜ。」

そう言って頷きあうと女たちの元へ向かった。

女たちは待ちくたびれたのか近くの木々から使えそうな枝を千切ったり、落ち着けそうな木がないか話し合っていた。

あらゆる声が混じり合う群れは話し合うというよりも夜の静寂を破る発情期の猫のようだ。

そんな中でも姫様は、鮮やかな黄や橙に包まれて周りに微笑んでいる彼女は、女たちとは別の生き物に見えた。


視界の端に動くものが見える。

目を凝らしてみると人間のように見える。

まさか、こんな所まで人間が来ているとは。

帰るべき洞からは十分に離れているが、私達の活動を遠目に見られる可能性もある。

念のため皆で確認しておくべきか。

「おーい、クーロス!ニマー!トゥーラジ!」

周りを見渡していた彼らが近寄ってくる。

「どうした?」

「前方に見える低い山の斜面に人間が居るように見える。ここからなら奴らに気付かれることはないだろうが、近づいて確認はしたくない。そこでお前らにも」

「人間だな。間違いない。」

「そうか、ニマーの目で確認できたのなら間違いないんだろう。にしてもせっかちだな。」

「いいか、ナヴィド。お前は俺達を声で呼んだ。少なくとも小さくはない声でだ。そして人間共は特異であるとはいえ獣の一種だ。まだ感づかれてはいないようだがすぐにでも洞に戻り戦士長に報告すべきだろう。」

「あ、ああ。分かった。いやはやいつになく饒舌で驚いたぞ。」

「ちっ、お前の危機感が足りんせいだというのに。いいから戻るぞ。」

ニマーが先立つのを見てついていく。最後にもう一度振り返るが人間共は動く気配がなかった。

一体奴らはあんな崖崩れの傍で何をやっているんだ?


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