桜時雨(恋愛)
夢で見たようなそうでなかったような?
恋愛です。
時間は無限にある。
でも人間の時間は有限だ。
だから伝えようと思った。
季節は春。
淡いピンクが絨毯を引くように舞い散る季節。
僕は彼女と出逢った。
静かに彼女は空を見上げていて。
そして小さく息を吐いた。
綺麗な声で。
優しい音色で。
なにかの歌を歌っていたのを覚えている。
その時に不意に、僕は声をかけたくなったんだ。
「何を歌ってるの?」
「大切な人に教わった歌。」
最初の会話はこんな感じだったと思う。
その言葉はどこか悲しげで、僕の胸をぎゅっと締め付けるものがあった。
聞けば彼女は隣のクラスの女子らしい。
あまり見かけないなとも思いつつ彼女を見つめた。
容姿端麗…とはいえないが可愛らしい雰囲気で。
横顔はそれでも惹きつける何かがあった。
多分この時に好きにはなっていたんだろう。
だけど、でも言えなかった。
それは、それが恋なのかわからなかったから、僕は口を閉じた。
季節は変わって梅雨。
雨が降る日が続き、気持ちも憂鬱で。
春のあの日以来、隣のクラスを覗き見て彼女を確認する毎日が続いていた。
登校している日と、していない日があるようで。
たまたま彼女と食堂で食事を一緒にしたことがあった。
小さなお弁当箱に詰められたお弁当は女性らしく可愛らしかった。
「随分と少食なんだね。」
「あまり食べられないの。だからこれで充分よ。」
小さく微笑んで彼女は言った。
なので僕は気になることを聞いてみた。
「たまに学校に来てない日があるね。大丈夫?」
「大丈夫よ。すこし調子が悪いだけだから」
会話こそ少なかったけれど、そうして話して、僕は彼女が好きだと感じた。
この頃から一緒に食事をしたり、登下校を一緒にするようになった。
季節は梅雨を過ぎ、本格的な夏になった。
彼女は夏休み前から調子が悪くなって、テストも保健室で受けていたことをきいた。
ある日、LINEの通知音がなる。
夏休みも中盤に差し掛かった頃、涼しい夜のことだった。
「逢いたいな。」
送られてきた一文に、少々目を見張る。
「どうしたの?急に」
『うん。なんとなく』
「なんとなくって」
『あなただから逢いたいの。
ダメかな』
「どこであうの?」
『学校の近くの喫茶店。』
「あぁ。あの黒猫の居る?」
『そうそう。あそこの紅茶。
すごく美味しいの。
後珈琲とか』
「じゃあ待ち合わせは何時にしようか」
『______くらいかな』
「わかった。じゃあまたあとで。」
こんなやりとりをして慌てて準備を始めた。
バタバタとした準備を終えて家を飛び出す。
夏の匂いがただよい、鈴虫がリンリンと騒がしい道を自転車ではしりぬける。
目的地の店に着き、カランと店のドアを開けると。
黒猫が甘ったるい声でにゃあと一鳴きした。
赤いリボンが可愛らしいこの猫はきららというらしい。
この店のバイトのお姉さんが拾ってきたとか。
可愛らしい声を耳にして席に座って、クーラーがよく利いた店で猫と戯れつつ彼女を待つ。
少し遅れて彼女はみせにやってきた。
白いワンピースに黒の上着。
可愛らしい服装でつい見とれてしまう。
よくみるとうっすら化粧もしているらしい。
姿を見つけて彼女は正面に座る。
彼女を目にすると、キララという黒猫はどこかに行ってしまった。
それを見届けてクスリと笑ったあと、かのじょはくちをひらいた。
「ごめんね?急に逢いたいなんて言って」
「いや、いいよ。どうしたの?」
「あの…あのね?私…もう逢えないかもしれないから。それを伝えたくて」
そう言われ、思考が固まって。
そのあと、何を話したか正直覚えてない。
ただ、彼女は入院するとだけ伝えて帰っていった。
それからしばらくしてLINEの通知音がなった。
あの日から彼女のことを考えない日はなかった。
だから通知音がなって慌てて画面を見た。
『あの日から結構時間経っちゃってごめんね?
なんだかんだあってなかなか話せなくて。
たぶん私もう本当にあなたに逢えないかも。
がんばってみたけれど。
好きな事もっとしたかったな。
きっと、楽しかったんだろうな。
でも今できることやらないと。
すごくあなたと話せて嬉しかった。
ありがとう』
「え!?」
『また、ね?』
一方的に、彼女から来たメッセージはそれだった。
それ以降彼女から連絡が来ることはなかった。
季節は移り変わって秋。
文化祭だの体育祭だの終わって一息ついた頃。
彼女の訃報を聞いた。
それは突然に、訪れた。
「彼女が、亡くなったらしい」
学校の近くにある、喫茶店のマスターが教えてくれた。
結局、ずっと言わなかった言葉を飲み込んだままだった。
どうしようもない悲しみを抱き、整理のつかない感情を吐き出すように、そして言わなかったことを後悔するように。
落ち葉が舞い散る季節に、微かな声で呟いた。
「理由なんてあれこれ考えてはみたけれど、やっぱり俺は…あの春から君が好きだった。
理由なんて無かった。
俺も……君が好きだった。」
季節はまた巡って。
君と出会った春になった。
隣には君は居ない。
風に舞い散る桜色が掌に落ちてきた。
また、きっと、いつか恋をするだろう。
それはきっと、とても美しい恋になる。
この、桜の花びらのように。
なんか、自分で書いててあれですけど、恋愛はハッピーエンドがいいと思うんですよね。うん。
ありがとうございました。