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中編:後悔は後の祭り

「この馬鹿者がっ…!」


父上の怒号と共に頬に鈍い痛みが広がった。

気が付けば、俺は地面に叩き伏せられていた。


「お前は側近候補の意味を理解していなかったのかっ!

なぜ、こうなる前に殿下をお止めしなかったのだっ!」


そう、俺は、つい先日までアラン殿下の側近候補として、殿下に仕えていた。


——しかし。

クリスティーナ嬢に婚約解消を告げた殿下をお止めしなかった。


それどころか、俺たちは率先して婚約解消を促した。

その結果、俺は側近候補を外され、今は自宅謹慎を言い渡されている。


俺は、どこで間違えたのだろう。

アラン殿下の側近として、殿下が望まれるのであれば、それに合わせて動く。

殿下がお決めになったことならば、誠心誠意お仕えする。


——それが、側近として当然の務めだと思っていた。


だからこそ、殿下がパール嬢を望まれたときも、俺は殿下のお考えを支持した。

殿下が望む未来を実現するために、俺たちも力を尽した。

なのに、どうしてこうなったのか…。


そんなことを考えていると、父上は呆れたような表情で、地面に這いつくばる俺を見下ろした。


「しかも、側近候補が複数いながら、クリスティーナ嬢一人にやり込められたそうじゃないか…」


父上は、深いため息を吐く。


「…まったく、不甲斐ない」


確かに、クリスティーナ嬢は優秀だ。

しかし、今回、俺たちがやり込められたのは、あくまでこちらが不利な状況だったからだ。


本来であれば、俺たち側近候補のほうが、クリスティーナ嬢よりも優秀なはず。

俺たちは殿下をお支えするために、日々さまざまなことを学んでいる。そんな俺たちが、彼女より劣っているはずがないのだ。


だから、殿下とクリスティーナ嬢との婚約解消も後押しをした。


——俺たち側近候補とその婚約者がいれば何の問題もない。

本気でそう信じていた。


俺たちの婚約者たちとて、一人ひとりでは、クリスティーナ嬢には及ばないかもしれない。

けれども、全員が力を合わせてパール嬢を支えれば、何の問題もないはずだ。

俺たちが殿下を支え、高位貴族である俺たちの婚約者たちが王妃となるパール嬢を支える。


そうすれば、クリスティーナ嬢がいなくなったとしても、これまでと変わらず殿下を支えていける。


——そのはずだった…。


なのに…俺は側近候補を外され、父上から殴られた。

その怒りの矛先は、次第にクリスティーナ嬢へと向かっていった。


クリスティーナ嬢との婚約だって、冤罪をでっち上げて婚約破棄に持ち込もうと思えば、できたのだ。

しかし、それでは、これまで王妃となるために長年努力してこられたクリスティーナ嬢が、あまりにも可哀想だと、アラン殿下が言った。だから、俺たちは穏便に婚約を解消しようとしたのだ。



なのに、あの女は、殿下の温情を無下にしたのだ。

あの女が大人しく婚約解消に同意していれば、それですべて上手くいったはずだ。


「あの女が同意していれば…。くそっ…」


そんな俺の様子を、父上は冷めた目で見つめていた。

そして、今まで聞いたことのないほど冷淡な声で、俺に告げた。


「お前を、後継者から外す」

「…っ!なぜですっ!」

「それすらも理解できていないからだ」

「…え?」


父上は、それ以上何も語らなかった。

これ以上、話すことなどないとでも言うようにそのまま踵を返すと、部屋を後にした。



——その後、俺は婚約者から、俺に非があるとして婚約を破棄された。

「クリスティーナ様の献身を理解せず、非道なことをした人とは、一生を添い遂げることはできない」と言われた。


家は、弟が当主となり継ぐことが決まった。

そして俺は、婚約破棄によって生じた慰謝料を返すため、領地で働くことになった。

他の側近候補も、皆同じような処分がくだされたと聞いている。


領地の片隅で、ただひたすら働く毎日。

娯楽も生きがいもなく、ただ慰謝料を返すために働くことしか許されない。


過去に戻れるなら戻りたい。

そうすれば、クリスティーナ嬢に婚約解消を告げようとする殿下を、必死になってお止めしたのに。

…いや。そもそも、パール嬢と殿下が出会った、あの瞬間に戻りたい。

あの二人が出会わなければ、こんなことには、ならなかったはずだ。


もう、時間を巻き戻すことなどできないのに、後悔ばかりが押し寄せる。


——あの日に戻れるなら、戻りたい。


気がつけば、俺の頭の中は、そのことばかりで埋め尽くされていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「クリスティーナ…」


俺は、執務室でクリスティーナに婚約解消を告げたあの日から…父上である国王陛下に、自室での謹慎を命じられていた。


あの日までは、いつも俺の頭に浮かぶのは、パールのことだった。

けれど…今は気がつけば、あの日、一度もこちらを振り返ることなく執務室を後にしたクリスティーナの姿ばかりが、頭に浮かんでしまう。


自室のソファーの上で頭を抱えていると、ゆっくりと扉が開いた。


——そこに立っていたのは、父上だった。


「…父上」


父上は、俺に声をかけることなく、俺と向かい合うように、ソファーへゆっくりと腰を下ろした。


久しぶりに見る父上の顔は、ひどく疲れているように見えた。

…こんな父上を見るのは、初めてだった。


「お前がしでかしたことの後始末を、ようやくすべて終えたのでな。

こうして、お前の顔を見に来たのだ」

「申し訳ございません…。これからは、これまで以上に政務に励み、必ずやお詫びを…」

「いや…」


父上は、静かに首を横に振った。


「もう二度と、お前を国政に携わらせるつもりはない」

「…っ!なぜです…?」


あまりにも予想外の言葉に、俺は思わず顔を上げた。

そんな俺の様子に、父上は深いため息を吐いた。


「此度のことを、婚約証書に基づいてすべて処理したといえば、分かるか?」

「…っ!」


その言葉の意味を理解した瞬間、俺はすべてを察した。父上は、片手で顔を覆いながら、さらに深いため息を吐いた。


「はあ…。なぜ、行動を起こす前に気付けなかったか…」



——あの後。

パールのことも、俺がクリスティーナに婚約解消を迫ったことも、すべて国内の貴族たちに知られたそうだ。

それだけでも、俺の王太子としての資質を問われるには十分だった。


だが…それだけでは終わらなかった。

婚約証書に基づき、クリスティーナの実家である公爵家へ、多額の慰謝料を支払うことになった。


未遂には終わったものの、俺の側近候補たちが、クリスティーナに冤罪をかけようとしていたことも、公爵にはすべて知られていたらしい。そのため、慰謝料はその件も考慮されたようだ。さらに上乗せされた結果、王家は大きな損失を被ることになった。



そして…俺は、王太子としての資質だけでなく、王家に損害を与えた責任まで問われることになった。


「お前は選択を誤ったのだ。

お前たちが、真摯にクリスティーナに謝罪し、お前の有責で婚約破棄としていれば、

公爵も、クリスティーナも、本当はここまで事を大きくするつもりはなかった」


そして父上は、ひと呼吸置くと、俺を真っすぐに見据えた。


「なぜ、こうなったか分かるか…?」

「俺の側近候補たちが、クリスティーナに冤罪をかけようとしたからですか?」

「半分正解で、半分不正解だ。これは儂からの最後の情けだ。

…よく思い返してみるがよい」



——その言葉で、俺はクリスティーナと婚約解消をする旨を側近候補たちに告げた時を思い出していた。


「俺は、クリスティーナとの婚約を解消し、パールと正式に婚約することにした」


その言葉に、ただ一人だけ、異を唱えた男がいた。


「殿下っ!それはいけません!」


男は、血相を変えて声を上げた。


「元平民の女性に、王妃が務まると本気でお思いですか…?

貴族たちも、誰一人として納得しません」


すると、他の側近候補たちが、男を窘めるように口を挟んだ。


「おいっ…!お前、自分が誰にものを申しているのか分かっているのか?」

「側近なればこそ、殿下のお心を汲み、その望みを叶えるために動くべきだろう」

「殿下、ご安心ください。高位貴族である我々の婚約者たちが、王妃となるパール嬢をしっかりとお支えいたします」


そのとき、俺は何と答えた…?

——ああ。そうだ…。

自分の選択を優先するために、俺は…。


「お前たちがいてくれれば、この国の未来は安泰だ。

それで、早速なのだが…皆の知恵を借りたい。

このままでは、クリスティーナとの婚約は俺の有責による婚約破棄となってしまう。

しかし、パールとの婚約に瑕疵をつけたくはない…。

——どうすればいいだろうか?」


すると、側近候補の一人が、口を開いた。


「でしたら、逆にクリスティーナ嬢の有責になるよう、冤罪をつくりましょう。

そうすれば、パール嬢との婚約に反対する声も、少しは薄れるかと…」


しばしの沈黙の後、他の側近候補たちも次々と同意の声を上げた。


「国政を担うのであれば、時には非情な決断をしなければならないこともあるでしょう」

「今回は、その練習だと思えば…」

「それに、クリスティーナ嬢のご実家である公爵家は、少々力を持ちすぎています」

「ここで一度、パワーバランスを整えておくことも、国政を考えれば有効なのではないでしょうか」


すると一人の男が、怒りを抑えきれないように立ち上がった。


「…ふざけるなっ!」


——先ほど、婚約解消に唯一、異を唱えた男だった。

その声には、明らかな怒りが滲んでいた。


「お前たちはっ…!自分たちが何を言っているのか、本当に分かっているのかっ!」


その男は、拳をわなわなと震わせながら、俺を真っすぐ見据えた。


「…殿下っ! 私は、婚約解消には反対ですっ!

クリスティーナ様の今までの献身を無駄になさるおつもりかっ!?

そして、このような馬鹿者たちを側近としてお側に侍らせることにも、反対ですっ!

どうか…どうか、目を覚ましてください!」


俺は、これから共に働く仲間を「馬鹿者」と呼んだその男を、諫めることにした。


「落ち着け。さすがに言いすぎだ。

それから、クリスティーナとの婚約解消は、もう決定事項だ。

俺は、これが最善の選択だと判断した。

もし、俺の決定に従えないのであれば…側近候補を辞退してもらって構わない」


すると、その男は失意の表情を浮かべた。

何か言いたげに、それでも何も言い返すことはなかった。ただ一礼だけすると、そのまま何も言わずに部屋を後にした。



——そうだ。

ただ一人、俺に反対したあの男を、俺は…。


「思い出したようだな…」


父上は、静かに言葉を紡いだ。


「お前は、忠言を聞き入れず、甘言を述べる者だけを側に侍らせた。そして、臣下の声に耳を傾けず、自分の決定を押し通そうとした。

公爵は、…いや、他の貴族たちも、そんなお前には国政を任せられないと判断したのだ」


そして、苦しそうな表情を浮かべると、片手で顔を覆った。


「儂も、公爵から厳しく詰め寄られた。

『いったい誰が、自らの保身に走るような愚王のために、忠誠を尽くしたいと思うのか』とな…」


——ああ。そうか…。

俺は…国のためではなく、自分自身のために、最善だと思う選択をしていたのか…。


「お前から王太子としての資格を剥奪する。

男爵令嬢となった例の者は、このままお前の婚約者とするが…。

今後、お前たちが王都の地を踏むことは許さぬ。

北部にある王家直轄領を与える。そこで領地を治めるのだ。お前には伯爵位を授ける。

…男爵令嬢との婚姻であれば、それでも十分すぎるだろう」



——北部にある王家直轄領…。

その言葉に、俺ははっと息を呑んだ。


そこは不毛の地として知られ、人が暮らすにはあまりにも厳しい土地だった。

だからこそ、これまで誰も欲しがらず、王家が直接管理していたのだ。


「父上…」

「異論は認めぬ。それだけのことを、お前はしでかしたのだ…。

それから…例の男爵令嬢に、儂や王妃が会うことはない。お前も、早急に出立の用意をするのだ」


そう言うと、父上は静かに立ち上がり、部屋を後にしようとした。

しかし、扉へ向かいかけたところで、ふと足を止める。そして、こちらを振り返った。


「…そういえば。

クリスティーナ嬢は、あのときお前が側近候補から外したノアと、婚約を結んだぞ」

「…っ!」


父上は、それだけ告げると、今度こそ、何も言わずに部屋を後にした。


——俺は、なぜ、あのときあのような選択をしてしまったのだろう。


ノアとクリスティーナが婚約したという事実に、胸がひどく痛んだ。

クリスティーナ…。

彼女の美しい金色の髪に触れるノアを想像すると、激しい嫉妬心が込み上げてきた。

失って初めて、その存在の大きさに気づかされた。


王太子という地位だってそうだ。

ノアの忠告を素直に聞いていれば、今頃すべては俺のものだったはずだ。

それなのに、俺は自らの選択でそのすべてを手放すことになってしまった。


胸の奥に込み上げてくるのは、後悔ばかりだった。


…けれども、もうすべてが遅すぎた。


今の俺にできることは、北部に向かう準備を、ただ粛々と進めることだけだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました!


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殿下、冤罪止めとらんやん
クリスティーナが婚約したって嫉妬する権利ないでしょ。パール嬢を愛してるんじゃなかったの? そこすらぶれてるのほんとどうしようもないな……。
ノアの忠告を聞いていればですか・・・ でも、ノアの忠告はパールを男爵令嬢にした後ですよね。 婚約解消に反対するまでは賛成していたと言う事は公金横領や文書偽造は賛成していたのかな。 それと、アラン殿下と…
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