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■ 第9話:現世の地獄と、権力者たちの笑い声

 窓一つない地下の第4会議室は、紫煙と、絶望的な真実がもたらす極限の重圧によって、息をするのも困難なほどの空気に支配されていた。

 無機質な空調のモーター音が、ジジッ……ジジッ……と、何かを急き立てるような不吉なリズムを刻んでいる。

 一億人の国民に、暴動を起こす気力すら奪い、笑顔で死を受け入れさせる「究極の棄民政策」。

 七海悠太は、パイプ椅子から崩れ落ちたまま、床の冷たいタイルに額をこすりつけて震えていた。

「……あり得ない。いくらなんでも、論理が飛躍しすぎています!」

 氷室司が、割れんばかりの力でタブレットを握りしめ、冷え切った声で沈黙を破った。

 彼は銀縁眼鏡を中指で乱暴に押し上げ、曇りのない瞳でリーダーを真っ直ぐに見据える。

「国家のトップ、特権階級の富というものは、下層の労働者たちが生み出す【実体経済】の上に成り立っているんです。もし国民が一斉に『死んで転生したい』と労働を放棄すれば、モノは生産されず、インフラは崩壊し、支配層が享受している贅沢な生活基盤そのものが消滅する! 支配者たちもまた、現世の地獄に巻き込まれるんですよ!」

 氷室の指先が、怒りを込めてタブレットの画面を叩く。

「彼らが自分の首を絞めるような真似をするはずがない! 国民を全員『笑顔の羊』にして屠殺してしまえば、羊毛(税金)を刈り取る相手がいなくなるじゃないですか!!」

 データと経済学に基づく、氷室の必死の反論。

 支配するには、支配される人間が必要不可欠だという、資本主義の絶対原則。

 しかし、その言葉を聞いた轟大吾は、深く、重い溜息を吐き出した。

 彼は分厚い両腕を組み、タクティカルジャケットの背中を軋ませながら、虚空を睨みつける。

「……氷室。お前はまだ、現代の軍事とテクノロジーが【どの次元】に到達しているか分かっていない」

「テクノロジーの、次元……?」

 氷室が、怪訝な顔で眉をひそめる。

「俺が先日、防衛省の技術研究本部から手に入れたレポートだ。……先進国の軍隊や巨大多国籍企業は、すでに【完全自律型AI】と【汎用人型ロボット】の量産体制に入っている」

 轟は、自らの端末を操作し、巨大モニターに無数のロボットが稼働する無人工場の映像を投射した。

「いいか氷室。もはや、支配者層にとって【人間の労働力】など必要ないんだよ。文句も言わず、反乱も起こさず、24時間365日働き続けるAIとロボットが、彼らの贅沢な生活基盤を完璧に維持してくれる時代が、もうそこまで来ているんだ」

「人間の……労働力が、不要……!?」

 氷室の顔面から、スッと血の気が引いていく。

「ええ。むしろ、人間は【邪魔な存在】になりつつあるのよ」

 密室の空気を撫でるように、烏丸玲奈のひんやりとした声が響いた。

 彼女はゆっくりと立ち上がり、長い黒髪を指先で弄りながら、モニターの前に歩み出る。

「ロボットが富を生産してくれるなら、エネルギーを無駄に消費し、環境を汚染し、いつ暴動を起こすか分からない下層の人間たちは、支配者にとって『不完全で危険な負債』でしかないわ」

 烏丸は、透き通るような白い指先で、自分の胸元をそっと押さえた。

「古代の王たちは、ピラミッドを建てるために多くの奴隷を必要とした。でも、現代の王たちにとって、奴隷はもうお払い箱なの。……彼らが今一番望んでいるのは、この美しい地球から、不要な人間たちが【自発的に、静かに消え去ってくれること】よ」

「ククク……ハハハハハ!!!」

 突如、御子柴健が天を仰ぎ、狂気と歓喜が入り混じった高笑いを爆発させた。

 彼は咥えていた煙草を携帯灰皿に吐き捨て、よれよれのスーツのポケットに両手を突っ込んだまま、ホワイトボードの前に立ちはだかる。

「見事だ、轟! 烏丸! これで奴らが描いた【現世リアルの最終形態】が完全に暴かれたぜ!!」

 御子柴は黒のマーカーで、ホワイトボードに『特権階級』という言葉を書き、その周囲を無数の『AI・ロボット』の文字で囲み、絶対的な城壁のような線を引いた。

「氷室! お前はさっき、国民がいなくなれば支配者も地獄に巻き込まれると言ったな! 違う!! 国民がいなくなることで、この現世は、特権階級にとっての【本物の極楽浄土】になるんだよ!!」

「特権階級にとっての、極楽浄土……!?」

 氷室がタブレットを握りしめ、身を乗り出す。

「そうだ!!」

 御子柴が、黒のマーカーでホワイトボードを激しく叩きつける。

 ダンッ、ダンッ、という音が、地下室の壁を震わせる。

「下層民どもは、重税と貧困に苦しみながら、薄暗い部屋でスマホを握りしめ、『死んだらチート能力をもらって無双するんだ』とヨダレを垂らして死んでいく! だがその間、特権階級の連中はどうしていると思う!?」

 御子柴の血走った眼光が、密室の全員を射抜く。

「奴らは!! 莫大な資産とAIを駆使して、病気も老化も克服し! 美しい自然と無限の富を独占し! この【現世リアル】で、すでにチート能力を使って無双しまくっているんだよ!!」

「……っ!!」

 轟の巨体が、ビクンと大きく震えた。

「気付いたようだな、轟!!」

 御子柴が悪魔のような笑みを浮かべて咆哮する。

「異世界なんて存在しねえ! 奴らは若者たちに【架空の来世】を押し付けて追い出し、自分たちだけでこの【現実の世界サーバー】を完全に独占しようとしているんだ!! 邪魔なモブキャラ(国民)が全員ログアウトした後の世界で、永遠に神様として君臨し続けるためにな!!」

「……っ!! 現実世界そのものを……自分たち専用の『異世界』に作り変えている……!」

 轟が、タクティカルジャケットの胸ぐらを強く握りしめ、顔面を蒼白にして呻いた。

「俺たちは……異世界に行くためのトラックを待っているんじゃない……! 奴らがこの世界を独占するための『掃除機』に吸い込まれようとしているだけだったのか!!」

「そうだ!!」

 御子柴が、ホワイトボードをドスンドスンと激しく叩く。

「下層の連中がアニメを見て『チート能力すげえ!』と現実逃避している裏で、本物の支配者たちは高層ビルの最上階からそれを見下ろして、腹を抱えて笑っている!! 『馬鹿な奴らだ、自分たちが今いるこの世界こそが、一番のチート空間だというのに、自らログアウトしていく』ってな!!」

「ああっ……! ああああああっ……!!」

 七海悠太が、両手で自分の頭を強く抱え込み、床の上でのたうち回った。

「俺たち……! ずっと、権力者たちが遊ぶための『オンラインゲームの容量』を空けるために、自らデータ削除デリートされるのを喜んで待たされてたって言うのかよ……!!」

 主人公になって無双する夢を見せられながら、その実態は、VIPプレイヤー(特権階級)の邪魔にならないよう、ひっそりと消去されていく名もなきNPCモブ

 自分の命が、支配者たちの優雅な生活のための「空き容量」として処理されていくという、究極の絶望。

「ふざけんな……! ふざけんなよ!! 俺の人生は、俺の命は、あいつらが現世でチートするための【養分】だったって言うのかよおおおっ!!」

 現世を地獄だと諦めさせたのは、支配者たちがそこを自分たちだけの天国にするためだった。

 七海悠太の魂を引き裂くような絶叫が、窓のない地下室の壁に叩きつけられた。

「【な、何だって言うんだァァァーーーッ!?】」

 無機質な空調のモーター音が、まるで特権階級の支配者たちが下界を見下ろして漏らす冷酷な笑い声のように、低く、不気味に回り続けていた。

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