エピソード2 第四都市の太守
〈エピソード2 第四都市の太守〉
俺たちは騎士団の用意した軍用馬車に乗り、一日かけて第四都市のベルクスタに来た。
ベルクスタの都市は、高層ビルのような高さがある防壁にグルリと囲まれている。
まさに、城塞都市と言った感じだ。
俺は馬車が防壁の門を通過するのを見ながら口を開く。
「こんなに堅固に見える都市でも、陥落しようとしているんだから、敵はよっぽど強い軍勢なんだろうな……」
ちなみに、ベルクスタはグランベルト王国の中でも取り分け重要な都市らしい。
ベルクスタの太守が治める領地は亜人たちが多く住む国と隣接していると言うし。
その亜人たちの国では魔王バロールが芳信されているらしく、普通の人間との衝突が絶えない。
今回の《戦争》の一端もそこにあるようだ。
「王都と違って、町に色んな種族がいるわね。そのせいか、王都には無いような活気が感じられるわ」
イブリスの言う通り、俺が馬車から町の景色を眺めていると、人間とは思えない優美な外見をした女性を見つけた。
女性の耳は人間にはあり得ない特徴を持っている。
他にも、背は低いもののガッチリとした体形をした男性などもいたし。
あの人たちがエルフやドワーフなのだろう。
「ああ。普通のエルフを見れたのは、ちょっとした感動だな。噂に違わぬ美しさだ」
俺はエルフの美しさに心を奪われながら言った。
「普通のエルフやドワーフは人間の味方なのよね。彼らは魔王バロールに従うことを良しとはしてないし」
「亜人たちがバロールに縋るのも、人間たちの迫害があったからだろ」
「その通りよ。昔の人間は差別意識が強くて、普通のエルフやドワーフとも対立していたわ」
「ふーん」
どんな世界にも、その手の話は転がっているものだ。
差別のない世界なんてありはしない。
そういった要素が、この世界のリアリティーを高めているのもまた事実だし。
ま、人間の愚かさは、ファンタジーの世界でも変わらないと言うことだ。
「でも、魔王バロールという共通の敵が現れてくれて、やっと種族の垣根を超えて手を取り合うことができるようになったのよ」
「それは何よりだな」
「とはいえ、王都では、亜人に偏見がある頭の硬い人間も多いからね」
「地位の高い人間ほどその傾向が強いらしいな」
「そうよ。だから、プライドの高いエルフやドワーフは日の当たるところには現れないのよ」
「亜人たちはスラム街に押し込められていたからな」
王都の人々も、ベルクスタにいる人々のような寛容さを示してもらいたいものだ。
「ええ。でも、王都のどこかにあるって言う魔界の扉が大きく開けば、王都にたくさんの亜人たちが流れ込んでくる可能性があるわ」
「スラム街では亜人たちが着実に増えてきているからな」
「その通りよ。現実の世界の移民問題に通じるものがあるし、普通の人間たちは、この問題に対してどう対処つもりかしらね?」
イブリスがそう疑問を投げかけるように言うと、御者台にいたガーランドさんが俺たちに声をかけて来る。
「シュウイチ殿。長い時間、お待たせして申し訳ありませんでしたが、ようやく太守様の宮殿に着きましたよ」
「は、はい」
立派な宮殿を目にした俺は緊張する。
お偉いさんがいるような場所はどうにも苦手だ。
そもそも、俺は目上の人間と接した経験がほとんどないし。
ようするに、世間知らずだと言うことだ。
「宮殿には太守様だけでなく、エルフの女王のラシール様もおられます」
「エルフの女王ですか?」
「はい。ラシール様はとても美しく聡明な方です。その上、千年以上も生きているらしいですよ」
「それ凄いですね」
「ええ。これから私も騎士団の団長として、太守様やラシール様に謁見をしなればなりません」
ガーランドさんも俺と同じように緊張しているようで、硬い声音で言葉を続ける。
「その場には、王女であるエリシア様だけでなく、シュウイチ殿にも同席してもらいたいのです」
やはり、そういう流れになるのは避けられないか……。
「俺は一介の冒険者ですよ、良いんですか?」
俺の不安感のある言葉に、ガーランドさんは力強く答える。
「私が付いているので問題はありませんよ。ただ、相手が相手ですので、粗相のないようにしてください」
ガーランドさんは釘を刺すように言ったし、俺も腹腔に重く圧しかかるものを感じる。
「分かりました」
くれぐれも礼を失することがないように気を付けよう。
じゃないと、俺だけでなくガーランドさんの面目も潰すことになるからな。
「では、前置きのような話はこれくらいにして、宮殿の中に入りましょうか」
ガーランドさんに促されるまま、俺たちは馬車を下りる。それから、王都の宮殿とはまた違った趣がある白亜の宮殿に足を踏み入れた。
◇◆◇
「よく来てくださいました、エリシア様。私はこのベルクスタの太守を務めるカリウス・スレイマンです。そして、この方はエルフの女王であるラシール様ですよ」
広い空間になっている謁見の間には、豪奢な服を着た男性とドレスのような服を身に纏った妙齢の女性がいた。
男性の方が太守のカリウス様で、耳の長い金髪の女性の方はエルフの女王、ラシール様か。
ドワーフの王様のような奴がいないのは、高貴さに欠けていて、この場にいるには相応しくないからだろうか。
「お初にお目にかかります、カリウス様、ラシール様。この度は王家から追放された私を宮殿にお招きいただき、誠に恐縮であります」
エリシアは何とも腰の低くい態度で言った。
「そんなに畏まらないでください、エリシア様。王家のゴタゴタと、あなたの冒険者としての実力は関係がないのですから」
カリウス様は心苦しそうな顔をしながら言った。
「そう言ってもらえると助かります」
「ええ。こんなご時世でなければ、パーティーの一つでも開きたいところなのですが、あいにくと、そういうわけにもいきません」
カリウス様の言葉にエリシアは王族に相応しい豪気な態度で応じる。
「分かっています。私たちが来たのはこの度の戦に勝つためですから」
「エリシア様の仰せの通りです」
カリウス様は顎を引きながら口を開く。
「次の大戦でこのベルクスタの命運は決まりますし、騎士団や王女様には是非とも力添えのほどをお願いいたします」
「命を捨てる覚悟で、戦います」
エリシアは凛とした声で言った。
「ありがとうございます。戦は三日後の予定なので、それまでは、この宮殿でおくつろぎください」
「太守様のお心遣いには感謝します」
「いえいえ。王女様が戦場に立つとなれば否応なしに兵士たちの士気も高まりますし、できることはさせてもらいますよ」
カリウス様が頭を掻きながら言うと、今度はラシール様が只ならぬ雰囲気を漂わせながら口を開く。
「そこにいる少年からは不思議な力を感じます。あなたのお名前をお聞かせください」
ラシール様の宝石のような緑色の目が俺に向けられた。
その眼光は槍の穂先のように鋭く感じられる。
これには俺も別に悪いことはしてないのに目を逸らしたくなる。
「俺は冒険者のカツラギ・シュウイチです」
俺は心臓の鼓動が大きくなるのを感じながら言ったし、この臓腑を掴まれるような感覚は好きになれないな。
「冒険者ですか。それにしては、たくさんの魔力を保有しているようですね。高名な魔法使いと言っても、通じるような魔力の量です」
「はあ」
「その上、あなたからは、この世界の人間にはない精神エネルギーを感じます。あなたは何者なのですか?」
「ただの冒険者ですが」
ラシール様は全てを見抜いているような声色で言ったし、俺も白を切るのがやっとだった。
「言いたくはないということですね。ならば、私も余計な詮索はしません」
ラシール様はあっさりと追及するのを止めると、俺の背筋が寒くなるような言葉を発する。
「ですが、あなたの未来には、極めて良くない出来事が待っています」
「未来が分かるのですか?」
俺はぎょっとしたような顔で言った。
「分かるというよりは、否が応でも、未来が見えてしまうのです。この感覚は普通の人間には理解できないでしょう」
「そうですか」
神秘的なエルフの女王が言うと、言葉の信憑性も増す。
「もっとも、見えると言っても、漠然としたものなので、はっきりと分かるものではありません」
ラシール様は凄味のある声で言葉を続ける。
「ですが、私の見た未来が外れたことは一度もないのですよ」
ラシール様は人間らしさを見せるように微苦笑した。
未来が予知できると言っても、万能ではないということか。でも、必ず当たる予知なら無視することもできない。
「なら、心に留めておきます」
「それが良いでしょう。いずれにせよ、この度の戦ではあなたの力を存分に頼らせてもらいますよ」
「死力を尽くします」
俺がそう受け答えると、カリウス様が改まったような顔で口を開く。
「では、これから次の戦いの作戦会議を始めます。あなた方には、会議室で有意義な議論を交わしてもらいますよ」
カリウス様の言葉を聞いて、俺も身が引き締まるものを感じながら謁見の間を後にした。




