エピソード3 二度目の審査
〈エピソード3 二度目の審査〉
「おめでとうございます! この度、カツラギ・シュウイチさんはSランクの冒険者に認定されました!」
いつもは張り付けられたような笑みしか浮かべないのがギルドの受付嬢、チェルシーさんだ。
でも、この時ばかりは心の底から喜んでいるような笑顔で言ってくれた。
「よし!」
スタンプの押された冒険者手帳を受け取った俺は思わずガッツポーズを取る。
やっぱり、ランクのようなものがあると、達成感があって良いな。
人間、目に見える形で目標が設定されていないと、なかなか邁進できないものだ。
「Sランクの冒険者になると、主に掲示板では紹介されていないクエストを受けることになります」
チェルシーさんは浮かれる俺に対し、スラスラとした口調で説明を始める。
「ギルドから直接、依頼されるクエストは報酬こそ破格ですが、どれも危険で難しいものばかりです」
危険はともかく、面倒臭さのようなものは直接、依頼されたスラム街でのクエストで身に染みている。
「更に、そういったクエストを何度も失敗すると、冒険者ランクはすぐに下がってしまうので、重々、気を付けてください」
今までクエストを失敗したことはないが、気を引き締めておくことに越したことはないか。
「それと、これは脅すような話になってしまいますが、Sランクの冒険者になった方の五人に一人が、半年以内にAランクの冒険者に降格しています」
降格は怖いが、果たして半年後に俺はこの世界にいるだろうか。
「つまり、それだけSランクの冒険者という立場を維持するのは難しいと言うことです。シュウイチさんもご承知のほどを」
チェルシーさんの凄むような言葉を聞いて、俺は気圧されてしまった。
「分かりました」
俺はすぐにランクを落とせばみんなががっかりするなと思いながら、実直な態度で頷く。
「では、良い冒険を」
チェルシーさんがいつものように朗らかに言うと、俺も用は済んだのでギルドの受付カウンターから離れる。
「やったわね、シュウイチ。これで、レベルキャップを外せるクエストも受けられるようになるわ」
イブリスは自分のことのように嬉しがっていた。
「でも、ギルドのクエストでなくても、レベルキャップを外せるイベントはあるんだろ?」
「それはあるわよ」
「なら、あまりSランクの冒険者という立場に固執する必要はないかもしれないな」
俺の暢気な言葉にイブリスが反論する。
「そんなことはないわ。四十から上のレベルキャップを外せるイベントなんて、そうそう転がってはいないし」
「そうか」
「ええ。だからこそ、ギルドが直接、依頼して来る高ランクのクエストをこなすのが一番の近道なのよ」
「レベルキャップと冒険者ランクは密接に結びついているからな」
「その通りだし、高ランクのクエストの中にはレベルキャップが外せるものが確実にあるわ」
俺だってレベルキャップを外すなら、ギルドのクエストをこなしていくのが一番、手堅いことくらいは理解している。
ただ、しがらみが増えるのが嫌なだけだ。
やっぱり、冒険者は自由でないといけないし、ギルドにこき使われるようになるのはどうもな……。
「そっか。でも、自分でクエストを選ぶ機会が少なくなるって言うのはちょっと寂しいな」
掲示板の前に立つだけで込み上げてくるあのワクワク感は何物にも代えがたい。
「それはあるわね。ま、冒険者ランクが上がっても楽ができるようにはならないってことよ。むしろ、余計に大変になるでしょうね」
「でも、オリハルコンの剣は買ったし、魔法もたくさん使えるようになった。今ならどんな相手でも負ける気はしないし、焦らず順当にステップアップしていくさ」
「それが良いわね」
イブリスが白い羽を大きく広げながら笑うと、予想だにしていなかった人物から声をかけられる。
「とうとうSランクの冒険者になっちまったか。さすが俺を負かした男だけのことはあるな、シュウイチ」
そう気障な笑みを浮かべながら言ったのは、あのフレイム・ソードの使い手、ロッシ・ドゥ・ロンターナだった。
こいつは、俺たちの話を立ち聞きしていたようだな。
「ロッシ」
俺はムッとしてしまったが、ロッシはどこ吹く風と言った顔をする。
「別に喧嘩を売っているつもりはないぜ。ただ、素直に感心していただけさ」
「そう言うお前はSランクの冒険者にはならないのか? 長いことAランクの冒険者をやってるんだろ?」
でも、ロッシのレベルは四十にはほど遠い。
まあ、この世界の人間にレベルの概念はないから、ロッシも審査を受けることくらいはしたのかもしれないが。
「俺は己の分というものを弁えているからな。今の俺じゃ、Sランクの冒険者に回されているクエストはこなせねぇよ」
ロッシは忸怩たるものを感じているような顔で言葉を続ける。
「いや、俺は大丈夫でも仲間たちが付いて来れねぇんだ。パーティを組んでいると、自分のことだけを考えるってわけにはいかないのさ」
「正しい判断だな」
「抜かせ。俺はまだまだ強くなる。そして、いつかはお前を超えてやる。その時は、お前に対する借りは全部、返させてもらうぞ」
ロッシは握り拳で俺の胸を軽く叩いた。
その行為にはどこか親愛のようなものが込められているようにも感じられる。
もう少し出会い方が違ければ、ロッシとは友人になれたかもしれないな。
「楽しみにしているよ」
「ああ」
ロッシは不敵な笑みをそのままに、俺の前から去って行った。
「あの男、少し変わったわね」
イブリスが小さな笑みを浮かべながら言った。
「そうだな。人間的に成長したって言うか」
俺も同感したような顔をする。
「ええ。幼稚な傲慢さが薄れたみたい。しかも、前に会った時よりも、相当、強くなっているし、口先だけの言葉じゃないみたいね」
「ま、それだけ研鑚を積んでいるってことだろ。俺みたいにチート・スキルに頼れるわけじゃないからな」
「それもそうね。アタシたちもうかうかしていられないわ」
ロッシ以外にもライバルになりそうな冒険者は居そうだからな。なら、立ち止まってはいられない。
「でも、私たちは足手まといにならないでしょうか。シュウイチさんとの実力差は随分と離れてしまった感じがしますし」
ロッシと入れ替わるように声をかけてきたのは、先ほどまでソファーに腰を落ち着けていたエリシアだ。
「私も心配になってきた」
エリシアの後ろから顔を出したアメイヤもボソリと言葉を漏らす。
「エリシアやアメイヤのレベルも確実に上がってはいるんだけどな。でも、俺みたいなスピードで強くなるのは土台、無理ってもんだ」
俺がどうしたものかなと考えていると、イブリスが何かを閃いたような顔で口を開く。
「なら、【サクリファイス】の魔法を使うのはどうかしら? 今のあんたなら問題なく使えるはずよ」
「どういう効果なんだ?」
「自分の持っている数値を他の誰かに分け与えることができるのよ。当然、経験値も」
「なら、使わない手はないな。レベルキャップのせいで、俺の消化できない経験値は大量に余ってるし」
超過している経験値があるからこそ、キャップが外れた瞬間、レベルが限界まで上がるのだ。
でも、そうなるには時間がかかるし、それまで大量の経験値を遊ばせておくのは勿体ない。
お金と同じで、経験値も有り余っているのだ。
「ただし、他の誰かの経験値を自分に移し替えることはできないわ。つまり、やり直しはできないってことだし、その辺は注意して」
「ああ」
俺は要点を掴んだような顔をすると魔法を唱える。
「「「サクリファイス!」」」
俺はエリシアとアメイヤの前に現れた経験値のバーを見ると、タッチ操作で自分の経験値を振り分けた。
経験値はだいぶ減ってしまったが、高ランクのクエストをこなしていけばすぐに補填できるだろう。
「これで二人ともレベルが三十五まで上がったはずだ」
煩雑な操作を終えた俺はふぅーと息を吐いた。
「アタシのアナライズでも、それは確認できてるし、特に問題はないわよ」
イブリスがそう言うなら本当に問題はない。
「でも、レベルキャップの開放が仲間にも適応されていて良かったよ。そうじゃなきゃ、行き詰るところだった」
ちなみに、エリシアたちのレベルは四十にすることもできたが、もう少し様子を見ることにした。
あまりにも急激にレベルが上がり過ぎると反動がありそうだからな。
事実、俺はレベルに見合った力を使いこなせずにいる。
日の目を見ないで腐っている技とかもたくさんあるし。
「体から力が溢れて来るのを感じます。今の私なら、反動が大きくて使うのを躊躇っていた魔法もどうにかできそうです」
エリシアは自らの掌を眩く光らせながら言った。
「私も今まで以上に機敏な動きができそうだし、難しい技も使いこなせるかも」
アメイヤも手にしていた英雄の槍をクルリと回転させる。
「なら、一緒に高ランクのクエストに挑んでも大丈夫そうだな」
こういうのはチームワークが大切なのだ。
自分の力に寄り頼みすぎれば、いつか必ず痛い目に遇うだろうし。
「はい。私もシュウイチさんと肩を並べて戦います。どんな場所にも連れて行ってください」
エリシアは溌溂とした声で言った。
「私もシュウイチお兄ちゃんの傍を離れない。お兄ちゃんの背中は私が守って見せる」
アメイヤの眼光も鋭かった。
「俺も心置きなく二人の力を頼らせてもらうぞ。それはそうと、これからSランクの冒険者になれたお祝いをしないか?」
そう提案すると、俺はおどけた感じで笑った。
「それは良いですね。今日みたいな日は記憶に残しておきたいですし」
エリシアは思い出というものを特に大切にしているように思える。
やっぱり、エリシアは純真な女の子だ。
「私も賛成」
俺の言葉には、ほとんど異を唱えないアメイヤも乗り気だ。
「なら、歓楽街の通りにある一番、高級レストランに行きましょう。あそこのワインは格別に美味しいのよ」
小さな体の割には食いしん坊のイブリスは、そう言って屈託なく笑った。




