エピソード2 試験
〈エピソード2 試験〉
週に一度の試験の日が来ると、俺はグランベール魔法学院の教室で、ロイドさんの講習を聞いていた。
講習の内容は主に魔法に対する法律や倫理的なことが中心だった。
技術的なことに関する話はほとんど出てこなかったし。
こういうところは車の運転免許の試験とあまり変わりない。車の教習所でも法律的なことは嫌というほど教え込まれたし。
要するに魔法で悪いことはしてはいけないと言うことだ。
それをやれば、普通の人間よりも厳しく罰せられるし、だからこそ、倫理観も必要になってくる。
「では、テスト前の講習はこれで終わりです。各々、自分の力を十全に出し切って魔法使いの称号を手に入れてください」
そう言うと、ロイドさんは俺の傍にまで歩み寄って来る。
「シュウイチ君。君の試験を担当するのは、私を含めた三人の教官です。君の力ならまず間違いなくBランクの魔法使いの称号は得られるでしょう」
ロイドさんは明るい声で言いながらも、懸念を滲ませるような顔をする。
「ただ、君はあまりにも才能に恵まれすぎている。普通、マナ・ストーンを触ったばかりの人間があそこまで魔法を使いこなすことはできません」
ロイドさんはきっぱりと言うと、更に言葉を続ける。
「君は一体、何者なのですか?」
「俺は……」
自分の存在をどう説明すれば良いのだろうか。
まさか、仮想世界うんぬんの話をするわけにもいかないし。
なので、俺も難しい顔をして言葉を詰まらせてしまった。
その様子を見かねたのかロイドさんは俺の肩を軽く叩き、首を振る。
「いえ、無理に答える必要はありませんよ。おそらくその答えは、君のこれからの活躍が教えてくれるはずですから」
ロイドさんは真摯な態度で更に口を開く。
「大切なのは魔法使いになることではなく、魔法使いになって何を為すかです。くれぐれも、その意味を取り違えないように」
ロイドさんの言葉には含蓄のようなものがあった。
「はい」
俺もここだけは気合の入った返事をした。
「では、試験が始まるのを楽しみにしていますよ」
そう言い残してロイドさんは教室から出て行った。
俺は学院の食堂で昼食を食べると午後に行われる試験に備えて気持ちを落ち着ける。
時間が来ると試験会場となっている教室の前まで来た。
「合格できるっていうお墨付きはもらったけど、やっぱり、緊張はするよな……」
俺が立っている教室の前には十人以上の試験者たちがいた。
学院の制服を着ている者が多いが、中にはローブ姿の年配者もいる。
年配者の顔を見て、俺も魔法使いになるための門戸はどんな人間にも開かれていると言うエリシアの言葉は本当だったと理解した。
俺は三十分程度で試験者たちが入れ替わるのを見ながら自分の番が来るのを待った。
そして、自分の番号を呼ばれると緊張しながら試験会場に足を踏み入れた。
「十三番、カツラギ・シュウイチ。今から攻撃魔法の試験を始めます。まずは、目の前の蝋燭に火を灯して見なさい」
立派なテーブルと椅子がある席に着いている老齢の女性が俺に向かってそう指示を出す。
随分と立派な教官用の制服を着ているし、この女性は教官の中でもかなり偉い立場にいる人なのだろう。
教室にはロイドさんもいたので、俺は幾らか心が軽くなる。
「ファイアー・ボール」
俺は教室の中央に用意されていた蝋燭に向かって、小さな火を灯した。
もし、加減を間違えていたら蝋燭ごと火に包まれていただろう。
そうならなくて良かった。
「よくぞ、ここまで効果範囲を絞った炎を生じさせました。素晴らしいコントロールです」
女性教官はそう褒めると皺だらけの顔で笑った。
「では、次は蝋燭の火を消して見なさい」
そう言われたので、俺は風を呼びだすか、水を呼び出すかで迷う。でも、最終的に水の槍を呼び出すことにした。
「アクア・ジャベリン」
俺は鉛筆ほどの細さになった水の槍で、蝋燭の火を細心の調整を心掛けながら薙ぎ払うように消した。
「これもまた見事です。蝋燭を倒すことなく、その上、蝋燭を水浸しにすることなく火だけを消して見せるとは」
女性教官はまたしても俺の魔法を絶賛した。
「では、次の試験は回復魔法です。そこに枯れた木の鉢があります。その萎びた木を元気に若返らせてください」
蝋燭の横には枯れ果てて死んでいるような気が植えられた鉢が用意されていた。
「ヒール」
俺がヒールの魔法を唱えると鉢の木は、見る見るうちに水気を取り戻していき、最終的には瑞々しい若木のようになった。
「お見事。では、この木の枝を一本、切り落とします。切られた木を再生させてください」
椅子から立ち上がったロイドさんがハサミで、若木の枝を切断した。
「リヴァイブ」
俺がリヴァイブの魔法を唱えると、木の枝の切断面から新たな枝がニョキニョキと力強く生えてきた。
その木の枝は緑の葉っぱも付ける。
「素晴らしい。では、最後にあなたに向かって威力を抑えてあるサンダー・ボルトの魔法をかけます。それを魔法で防いでください」
女性教官の言葉を受け、ロイドさんが俺に向かって手を翳し、サンダー・ボルトの魔法を使おうとする。
威力は抑えられているらしいので食らっても死ぬことはないだろうが、防ぐことができなければ試験は失格だろう。
「マジック・シールド」
俺は自分の周囲に光の壁を作ると、サンダー・ボルトの鮮烈な光を完璧に遮断する。
シールドの外の範囲にある床だけがプスプスと白煙を上げていた。
「これで試験は終わりです。普通、試験の結果は三人の教官が試験者の見えないところで話し合って決めるものですが、あなたにその必要はないでしょう」
女性教官は滑らかな声で言って、更に言葉を続ける。
「カツラギ・シュウイチ、あなたにBランクの魔法使いの称号を授けます。前に進み出て手の甲を見せなさい。そこに紋章を刻み込みますから」
女性教官はすぐ傍までやって来た俺の手の甲に掌を乗せる。
すると、皮膚が炎で炙られるような感覚が伝わって来る。でも、不思議と痛くはなかった。
「この紋章はグランベール魔法学院が正式にあなたを魔法使いとして認めた証です。紋章を見せれば魔法使いの組織やギルドでは、それなりの優遇が得られることでしょう」
俺の掌には精緻な紋章が刻み込まれていた。
指で擦ってみたが全く消えない。
でも、紋章はスーッと薄れるようにして消えて行った。
俺は誰に教えられたわけでもなく手の甲に魔力を流し込む。すると再び紋章が浮かび上がった。
紋章を出したり消したりできるのは便利だな。
「願わくば、あなたがより上位の魔法使いになることを目指して、また試験を受けに来るのを心待ちにしています」
女性教官はそこで初めて柔らかさのある優しい笑みを見せた。
「では、試験はこれで終わりですし、本当にお疲れさまでした」
女性教官がそう声を張り上げると、俺はこれで自分も魔法使いかと心が高揚するのを感じながら試験会場の教室を後にした。




