エピソード1 魔法学院
〈エピソード1 魔法学院〉
俺は王都の主に富裕層の人々が暮らしている地区にあるグランベール魔法学院に赴く。
いざ辿り着いた学院は石造りの壮観さを感じられる建物だった。学校というよりは城や神殿に近いものがある。
学院の敷地は高い塀で囲まれ、唯一の入り口である校門は実に立派だ。
校門の内側には整然とした石畳の道と綺麗に刈り込まれた緑の芝生が見える。
俺は校門を潜るとエリシアの案内で学院の校舎の中に入った。
「懐かしいですね。私が卒業した時と何も変わっていません。まるで、時間が止まっているように感じられます」
俺たちは先を歩くエリシアと共に、校舎の廊下を歩く。
すると、ブレザーのような制服にケープローブを羽織った学院の生徒たちとすれ違う。
「でも、この学院はいつ見てもお堅い空気が漂っているのよね。それが、歴史と伝統ってやつなんだろうけどさ」
イブリスは当て擦るように言った。
「そうですね。私も学院の堅苦しさは最後まで好きになれませんでした。だから、すんなりと卒業できて良かったと思います」
エリシアはこの学院では優秀な生徒だったのだろうか?
「でしょう。ま、どこの世界にも古い様式をありがたがる人間はいるってことね。アタシにはそんな趣味はないけど」
イブリスは揶揄するように言ったし、俺も学校には良いイメージがないんだよな。
学生時代のことなんて、思い出したくもないし、できることなら勉強もしたくない。
今は、魔法使いの称号がバイクの免許のように簡単に取れることを祈ろう。
「でも、この建物は上質の魔力で満ちている。さすが国一番の魔法の学校。学費が高くなければ私もこの学院に通っていたかもしれない」
アメイヤは学院の生徒ではなかったのか興味津々といった様子で周囲を見ていた。
「で、俺たちはこれからどこに行かなければならないんだ?」
俺は学院の生徒たちにジロジロ見られ、居心地の悪いものを感じながらエリシアに尋ねる。
「もう少し奥に行くと、申し込みをする窓口があるんです」
エリシアは廊下の奥に目をやりながら口を開く。
「まずはそこで、この学院で魔法を学んだり、試験を受けたりするのに必要な申請書を書きましょう」
エリシアがそう言うと、曲がり角から背が高くて生徒よりも豪奢さのある制服を着た男性が現れる。
彫りの深い顔立ちをした三十歳くらいの男性はエリシアを見るなり大きく目を見開いた。
「あなたはエリシア様ではないですか」
男性の声には畏まったような響きがあった。
「お久しぶりです、ロイド教官」
エリシアはペコリと頭を下げた。
「ええ。あなたが学院に足を運ぶとは珍しいですね。Aランクの魔法使いの称号を得に来たのですか?」
ロイドと呼ばれた精悍な男性はエリシアに向かってそう口早に言った。
「違います、ロイド教官」
「では、どうして学院に?」
「私の仲間がBランクの以上の魔法使いの称号を得なければならなくなったんです。それで学院に来ました」
エリシアの言葉を聞いて、ロイドさんの視線が俺の顔に向けられる。
「あなたは、確かカツラギ・シュウイチさんでしたね」
「どうして俺の名前を?」
「あなたがトーナメントで優勝した時の試合は、この目で拝見させてもらいましたからね。実に素晴らしい戦い振りでした」
「はあ」
俺は手放しで褒められて、少し恥ずかしくなった。
「ロイド教官、よろしければシュウイチさんを生徒として受け持ってもらえませんか」
エリシアは淀みなく言葉を続ける。
「私は彼をできるだけ立派な魔法使いにしてあげたいんです」
エリシアの嘆願するような言葉にロイドさんは難しい顔をする。
「それは構いませんが素質はある方なのですか? 魔法は力任せに剣を振るうのとはわけが違うのですよ」
ロイドさんの言葉は正論だったし、やはり、そうトントン拍子に上手くいくわけがないか。
「素質の方なら心配ないわよ」
横から口を出したイブリスは砕けた感じで言い募る。
「って、口で言っても信じてもらえないだろうし、さっさと学院にあるマナ・ストーンを触らせなさい。そうすれば、はっきりするわ」
イブリスの無遠慮な言葉を聞いても、ロイドさんは嫌な顔をしなかった。
「分かりました。エリシア様とそのお仲間の頼みとあれば断るわけにもいきますまい。私の後をついてきてください」
ロイドさんが鷹揚な顔で言うと、俺たちは彼の後をついていく。そして、学院の校舎の地下にある大広間のような場所にやって来た。
荘厳な広間の中央には、神秘的な光を放つ巨大な石が宙に浮いている。
石からは目には見えないエネルギーのうねりのようなものも感じられた。
「これがマナ・ストーンか」
俺は圧倒されるものを感じながら言った。
「この石からは凄まじい魔力を感じる。触ったら体がビリビリしそう」
アメイヤは汗ばんでいる首に手を当てながら呟く。
「この石に触れれば、それでことは済むのよ。簡単なことだし、シュウイチなら問題なく魔法を使えるようになるわ」
イブリスの言うことであれば、間違いはないだろう。
「はい。魔法の素養を持っている人間なら、体の中にあるマナ、つまり魔力を体中に循環させることができるようになるんです」
エリシアは一呼吸おいて口を開く。
「つまり、魔法が使えるようになります」
エリシアの難しい説明に俺は不安になった。
「大きな魔力を流し込んで、全身にある普段は使わない魔力の回路を解放させるのよね」
イブリスが小気味よくエリシアに言葉を返すと、その話を継ぐようにロイドさんが口を開く。
「そういうことです。ですが、魔力の回路は少しずつ時間をかけて開放するものです。いきなり、全ての魔力の回路を解放できるわけではありません」
そうスラスラ説明するとロイドさんは俺の方を見ながら言葉を続ける。
「もっとも、その辺は個人の資質に大きく左右されますが」
「ま、そんなのはゲームの攻略本に書いてある設定みたいなものだし、普通にマナ・ストーンに触れば魔法は使えるようになるわよ」
イブリスが自信を持って言ったので、俺はロイドさんに目で促されながら恐る恐るマナ・ストーンに触れた。
「体中にエネルギーが行き巡るのを感じるな」
体から今までに体験したことがないような並々ならぬ力が溢れて来るのを感じる。
この充足感に満ちた感覚は、不快なものではないな。
「君は本当に凄いですね」
ロイドさんが目を見張るような顔をする。
「えっ?」
「ほんの僅かな時間で、一気に魔法使いとして覚醒してしまったようです。しかも、体に漲っている魔力の量が半端ではない」
「そうなんですか?」
「ええ。これなら、Sランクの魔法使いも目指せますよ」
ロイドさんは心底、感嘆したように言った。
「シュウイチ、メニュー表を開いてみなさい。魔法の欄に使えるようになった魔法の名前が並んでいるはずよ」
イブリスの言葉を聞いて、俺はメニュー表を出す。それから、指を滑らせるように動かして魔法の項目をタッチした。
すると、開かれた魔法の欄にはたくさんの魔法名が並んでいた。それを見ると、俺は寒気すら感じる。
「本当だ。とりあえず、魔法の欄の一番上に表示されているファイアー・ボールを使ってみるぞ」
この広間に傷をつけるつもりはなかったが、俺は逸る気持ちを抑えきれずそう言っていた。
「「「ファイアー・ボール!」」」
そう魔法の名前を口にすると、掌にブワッと炎が生まれた。
「掌から炎の塊が出てきたな」
俺は驚嘆するものを感じながら言葉を続ける。
「しかも、魔法を使う時のイメージが映像化されてるし、これなら目標に向かって正確に炎をぶつけられそうだ」
例えるなら、マウスには触れずにパソコンの画面に表示されているカーソルを動かすようなものか。
自分の感覚が映像化されているので、攻撃の範囲とかも決めやすい。
「アクア・ジャベリンも使えるはずでしょ? 空中で水の槍を自由に動かしてみなさいよ」
イブリスの言葉を聞いて、俺はファイアー・ボールを消失させる。
「分かった」
俺はアクア・ジャベリンと魔法名を口にすると、掌から大量の水を呼び出し、それを槍のような形にして見せた。
水の槍は蛇のような動きをしながら宙に浮いている。
「こういうのは自転車の乗り方と同じだし、魔法を自由自在に操るのも慣れれば簡単にできるようになるわ」
イブリスの言葉には実に説得力があった。
「凄いです、シュウイチさん! アクア・ジャベリンのコントロールに私は一カ月もかかったんですよ。それを一日も経たない内にできるようになるなんて!」
興奮気味に捲し立てたのはエリシアだ。
「やっぱり、シュウイチお兄ちゃんは底が知れない。これで、私も益々、シュウイチお兄ちゃんから離れられなくなった」
アメイヤも自らの瞳をキラキラと輝かせる。
「これで、四十というレベルに見合うだけの魔法が使えるようになったわ。さっさとテストを受けてBランクの魔法使いの称号をもらっちゃいましょう」
そう威勢良く言ってイブリスは握り拳を突き上げた。
「その前に、試験の日になったら学院の教室で三時間の講習を受けてもらいますよ」
水を差すように言ったのはロイドさんだ。
「講習ですか?」
俺は嫌なものを感じながら尋ねる。
「称号を得るには、魔法を使う上でのルールや危険性なども学んでもらわなければならないのです」
「勉強は嫌ですね」
「大丈夫ですよ。別に難しい勉強をするわけではないので、その辺は安心してください」
ロイドさんの大らかな言葉を聞いて、俺はもっと色々な魔法を使ってみたいと思いながら光を放ち続けるマナ・ストーンに背を向けた。




