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61 お義姉様達は王太子妃に興味がない

 

 羽ペン事業の広がりは目覚ましく、魔塔の工房は活気に満ちていた。


 ティアナは工房の帳簿や試作品のチェックに追われ、ルカス達魔法師も偽物対策の防御魔法に大忙しだ。


 ――その工房の一角に、最近はアンジェリカが姿を見せる事が多くなった。


 本来なら母のローズが視察に来るのだが、体調を崩したローズの代わりにしっかり者のアンジェリカが代わりを任されているのだ。


「皆様、お疲れ様ですわ! 本日は果実水と紅茶、お菓子をご用意いたしましてよ!」


 男爵家から連れて来たメイド達が工房の魔法師達にお茶とお菓子を用意している間に、アンジェリカは羽ペン魔道具に不具合が無いか、ウェズリー男爵家の家紋が刻印された木箱に入れる前に確かめる。


 ――羽ペン魔道具の需要が高まるにつれ、魔塔と王都の商人達、更には大陸各地の交易路を持つ大きな町との交渉は欠かせなくなっていた。


 魔法師達は自分達の研究や工房の仕事もあるので商人達との駆け引きや、条件の擦り合わせに精通する者はいない。


 そこで前面に立つのがウェズリー男爵家なのだ。


「魔塔と商人達の取引が円滑に進むのは、ひとえにウェズリー男爵家への信頼があってこそ」


 ――それは、王都の商人達が口を揃えて言う言葉だ。


 代々築き上げてきた誠実な取引の積み重ねが、今や魔塔にとっても強固な後ろ盾となった。


 アンジェリカは、そんなウェズリー男爵家の代表として魔塔に足を運んでいる。



 テキパキとメイド達や工房の魔法師達に指示を出すアンジェリカの姿は、ティアナやフレデリカとはまた、違った強さがある。


 誰もがアンジェリカの持つ快活さに安心する一方で、ただ一人――。


 バートだけは、アンジェリカの顔色の悪さを素早く見抜いていた。


(あれ……? 眠れてないのか? 目の下に隈が薄っすら……)


 じっと見つめる視線に気づき、アンジェリカはキッ、とバートを睨みつけた。


「バート様? 少しは働いたらいかがかしら! 呑気にジロジロ見ているお暇がありましたら……ムグ⁉」


 眉間に皺を寄せていたアンジェリカは、バートが口に放り込んだ甘くてふんわりしたスフレケーキで口を塞がれた。


「美味いよねぇ~。ティアナちゃんお手製のかぼちゃのスフレケーキ。お口の中で溶けちゃうねぇ」


 アンジェリカは、久しぶりに口にした義妹の手作りケーキに口元を綻ばせた。


「ふふ……ティアナは何を作っても天才ですわね……」


 アンジェリカの張り詰めていた表情が緩む。


「――やっと笑ったねぇ……。アンジェリカちゃんは笑うと可愛いんだからさ……」


 すると、アンジェリカの顔がみるみる赤くなった。


「ちょっと! 可愛いって……あ、アンジェリカちゃんって……!」



 プルプル震えるアンジェリカに、バートはニヤリと笑い転移魔法を発動させた。



「ルカス! 僕ちゃん、疲れたからちょっと休憩! アンジェリカちゃんと外の空気吸ってくるねぇ~!」


「えっ……な、何? やだ! 待って……キャアァァァ!」


 ――次の瞬間



 魔法陣が現れ、二人の姿は光に包まれ、工房の中から掻き消えた。


 突然、バートがアンジェリカと共に消えてしまい、ティアナは唖然としてルカスと顔を見合わせる。


「バート様ったら、急にどうされたのですか?」


「――さぁな……。サボリ魔のあいつの事だから、1人で消えると目立つから、アンジェリカを巻き込んだのかもな……」


 ティアナは、アンジェリカがここ最近、母ローズの代わりに魔塔を訪れる理由が仕事の為だけではない事を、なんとなく分かっていた。


(あのアンジェリカお義姉様が、バート様とご一緒の時には喧嘩しながらも凄く楽しそうなのよね……)


 性格も正反対の二人だけれど、互いに気になる存在らしい。


「バート様はアンジェリカお義姉様と何処へ行かれたのでしょう……」



 ***



 眩い光の渦に呑み込まれていたアンジェリカは薄っすらと目を開くと仰天していた。


「ここは……?」


「僕ちゃんの大好きな場所。魔塔のてっぺんだよ」


 ――魔塔の最上部である風が吹き抜ける石造りのテラス。


 アンジェリカはあまりの高さに目が眩みそうになった。

 王城よりも高い魔塔の最上部からは、王都とその先の地平線までもが見渡せる。



「――あなた、こんな高い場所に連れて来て、何のつもり?」


 バートは、アンジェリカの顔をじっと見つめた。


「アンジェリカちゃん……」


「なっ……! 何かしら⁉」


 いつもならからかったり、おどけて見せるバートが真顔になって正面から見据えている事にドギマギし、アンジェリカは下を向く。


「――いつもと違って無理して元気に振舞ってたよね……。何かあった?」



 バートの声音は真剣だった。


 アンジェリカはしばし沈黙した後、吐息と共に口を開いた。


「――ティアナには……絶対に内緒にして下さらない?」


「もちろん」


 アンジェリカの紫色の瞳が、かすかに揺れる。


「わたくし……レイブン王太子殿下に嫁ごうかと思いますの」


 吹き抜ける風が二人を裂く様に流れ、バートは目を見開いた。


 アンジェリカの告白が風に溶けた瞬間、バートの胸の奥で何かが強く締め付ける。


 理由も分からず、痛む心臓にバートは動揺した。


(なんだ……? なんで、こんなに苦しいんだ……)


 バートの脳裏に、不意に下町の祭りの夜が蘇った。


 賑やかな露店の灯り


 我が儘で威張った態度の生意気な男爵令嬢は、バートの一番触れて欲しくない傷にズカズカと踏み入って来た。


 彼女の強さ


 潔さ


「――わたくし、自分なんて……という言葉を吐く方は大嫌いですわ!」


 ――あの夜、バートは彼女が放ったこの言葉に衝撃を受けた。


 真っ直ぐに意見するアンジェリカの姿が眩しく、バートはいつしか、魔塔の工房を訪れるアンジェリカの姿をいつの間にか目で追っていた。


 ――バートが呆然と見守る中、アンジェリカは毅然と顔を上げる。



 王太子の婚約者になる、と告げたその唇は微笑みさえ浮かべていた。


 けれど、その奥にある震えを、バートは見逃さなかった。


 バートは擦れた声で呟く。


「――冗談……だよね……?」


「フフ……冗談なら、どんなに良かったかしらね……」

 微かな笑みを浮かべながらも、その声音は震えていた。



「最初はフレデリカお姉様が打診されていましたの。でもわたくし、フレデリカお姉様がレイブン殿下を嫌っている事が分かりますのよ。お姉様には好きな殿方と結婚して頂きたいですから。その点、わたくしの野望は頂点に立つ事ですから!」


 フレデリカは、子供の頃から好き嫌いをはっきりとは言わない。


 けれど、妹のアンジェリカには手に取る様に姉が何を考えているのかいつも分かった。


 彼女の好きなもの


 嫌いなもの


 愛するもの


 ――けれど、いつもそれを口に出さないのは、誰よりも家族を最優先にしているから。



 王太子妃候補の打診があった時。


 フレデリカは扇で口元を隠し、にこやかに頷いたのだ。


 その仕草を見ただけで、アンジェリカは決意した。


(誰にも愛するお姉様を一ミリだって傷つけさせるものですか!)



 ――だからこそ


 アンジェリカは高らかに宣言した。


「ホホホ! まぁっ! 玉の輿ではありませんこと? わたくしなら、大歓迎ですわ! 是非このわたくしを王太子妃候補にして下さいませ!」


 わざと、乗り気であるかの様に装ったのだ。



「君は……ウェズリー男爵家を継ぐ事を夢見ていたじゃないか……」


 バートは鮮明に憶えている。


 彼女が胸に抱いていたのは王太子妃ではなく、まったく別の夢だったという事を。


 ――ウェズリー男爵家の家業を継ぐこと。


 代々商人達が絶大な信頼を集めてきた家を守り、更なる発展に導く。


 それこそが、アンジェリカにとって何よりも誇り高い未来だった筈だ。


 アンジェリカは俯き唇を噛む。



 ――風が一陣吹き抜け、アンジェリカの横顔に一瞬涙が光った様に見えた。



 その姿にバートは胸が締め付けられ、思わず抱き締めたくなる衝動に駆られる。


 けれど、そんな事が出来る筈も無く、アンジェリカの隣にいつまでも立ち尽くすしかなかった。




いつも読んで頂きありがとうございます。(^^♪

アンジェリカの決意とバートの胸の痛みが切ないですね(;_:)

次話をお楽しみに(⋈◍>◡<◍)。✧♡

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1.「スノーホワイト〜断罪された極悪王妃は溺愛されて真実を知る」をピッコマで連載中です。 こちらも是非ご一読下さい(◍•ᴗ•◍)✧*。
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