60 魔法師のロゴマークを真似る事は許されない
「――これは一体どういう事だ!」
王城の高価な絨毯が敷かれた執務室には重たい空気が充満していた。
王太子レイブンが、怒りにまかせて拳で執務机を叩き付ける。
分厚い机は鈍い音を立て、その上に置かれた報告書が、そのはずみで跳ねて散った。
怒りに顔を歪めたレイブンの瞳は、今にも燃え上がりそうな程赤く充血している。
「偽物を王都中にばら撒き、魔法師の奴らをペテン師に仕立て上げた筈だ! それなのに……何故、今度は王都中の民が魔法師どもの羽ペン魔道具を信じているのだ!」
――王太子の側近ラキアスは、主君の怒りに目を泳がせ、下を向いた。
更なる怒りを買うかもしれない報告を、今した方が良いのか心の中で自問する。
「ラキアス! 私達の計画は完璧だった筈だ。何があったのだ!」
ラキアスは溜息を付くと、レイブンの前に一歩進み出た。
「その……。じ、実は魔法師達が配った試供品には一本一本に世界樹と黒猫の絵の刻印が刻まれていて、羽ペンを入れる袋にもこの絵が描かれているのです。恐らく偽物と区別する為の工夫ではないかと……」
レイブンの瞳がギラりと光る。
「ほう……。つまり、奴らは『信頼』を目に見える印にしているというのか!」
ラキアスがレイブンの言葉に頷きゴクリ、と唾を飲み込んだ。
「は……はい! 商人や役人達は、その印さえあれば、安心出来るのです。逆に、どれ程似せた品であっても魔法師の印が無ければ信用しない……そういう仕組みを作り上げてしまったのです!」
――ラキアスの言葉は衝撃的で、燻っていた苛立ちを更に煽る。
レイブンは椅子に深く沈み込み、悔し気にギリッと唇を噛んだ。
「――くだらん工夫をよくも考えたものだな! ならば、その魔法師の『信頼』の証しを真似れば良いだけの事だ!」
レイブンの叫びに、ラキアスはビクリと肩を震わせる。
「ええっ? そ、それは……つまり……」
「すぐに、本物そっくりの魔法師のロゴマークを粗悪品に刻み込むのだ!」
魔塔の繁栄はティアナを現実から遠ざける鎖でもある。
しかし、その魔塔が衰退すれば……。
ティアナが魔塔の暮らしに絶望し、王太子レイブンに頼る……。
――この計画は完璧な筈だったのだ。
(ルカスめ……! この様なくだらない思いつきが、どれ程脆いものなのか……思い知るがいい!)
***
――数日後。
命令を受けた職人達が、王都の地下工房に集められた。
鉄杭の音が響く工房で、火炉の赤い火の色が職人達の緊張した顔を照らしている。
張り詰めた空気の中、一人の職人が恐る恐る本物そっくりの世界樹と黒猫の刻印を羽ペンのペン先に打ち込んだ。
――その瞬間。
「うわぁぁぁぁ!」
刻印を打ち込んだ男の目が飛び出しそうなほど見開かれ、滝の様な涙が溢れ出した。
嗚咽交じりに顔を抑え工具を取り落した男が叫んだ。
「目が! 目が閉じないっ! 瞬きも出来ねぇ! た、助けてくれっ!」
別の職人が代わりに印を刻もうと刻印を押した刹那、鼻が突然ニョキニョキと伸び出し、周囲の職人達が悲鳴を上げた。
「なっ……なんだ! これは? 鼻が……鼻がぁあっ!」
次の者はくしゃみを止められず、作業台に突っ伏して悶絶する。
「は……ハックション! ハックション! くしゃみが止まらねぇっ! ああっ! 唇が二倍になってる!」
工房は、たちまち阿鼻叫喚に包まれた。
――それは、魔法師テリー考案の防御魔法の発動によるものだった。
ロゴを真似ようとした者の肉体に、命を奪わずとも耐えがたい屈辱と不快を与える術式だ。
――やがて職人達は恐怖に駆られ、誰一人として再びそのロゴを刻もうとはしなくなった。
「呪われている……魔女の呪いの印だ!」
「二度と手を出すな! 魔法師様を怒らせる事をしたからだ!」
「ああっ! お許しください! 今すぐに壊しますから!」
職人達が偽の刻印を鉄杭で叩き壊した途端、魔法は解けて彼らは元の姿に戻った。
この噂は瞬く間に広がり、王都の職人達は皆、魔法師の印を真似る事を拒絶した。
***
「……殿下……。こ、刻印に防御魔法が掛けられているせいで……偽の刻印を作る職人が誰もいません……」
報告を終えたラキアスは、王太子の機嫌を覗う様にチラリとその顔色を見ると、慌てて口を閉ざした。
執務室の椅子に腰かけていたレイブンの両手が白くなる程強く握り締められている。
美しい唇は引き結ばれ、こめかみの血管が浮かび上がった。
「それはつまり……。魔法師共がこの私を嘲る為に細工したという事だな!」
低い声で吐き捨てると、その身は屈辱に小刻みに震える。
「王都の私の民が……あの羽ペンをありがたがり、私の計画を台無しにするとは……」
怒りに燃える王太子を宥めようと、ラキアスが一歩進み出た。
「で……殿下……まだ、策はあります。魔法師の……魔力を削ぐ道を探れば……」
何の根拠も無い言い訳の様な言葉が口をついて出たのだが、レイブンの瞳に光が宿った。
「そうだ……! 私は必ず見つける……。魔法師の魔力を奪う方法を! 奴らの誇りを根こそぎ砕き、羽ペンなど二度と使えなくしてやる!」
――それは誓いではなく、呪詛に近い響きを持って執務室に響いた。
***
一方、魔塔が作った羽ペン魔道具は王都に留まらず、次々と商隊に積まれ、大陸各地に広がっていった。
袋に描かれた世界樹と黒猫のロゴマークは、信頼の証しとされ、学者や書記官、市場で働く者達、商人達が羽ペン魔道具を求めて行列を作る。
「これさえあれば、長時間の記録も苦にならぬ」
「魔法師の創る魔道具は本物だ!」
そうした声が積み重なり、魔塔には潤沢な資金が流れ込み始めた。
かつては、資金難に苦しみ、後回しになっていた研究も次々に再開され、魔法師達の士気はかつてない程に高まっている。
そしてその繁栄は、ティアナの実家であるウェズリー家の名声をも押し上げていた。
商会は大陸規模で羽ペンの取引を請け負い、財力と人脈を倍増させたのだ。
――やがてその名声は、王宮の国王の耳にも届く事となる。
***
王城の会議の間には、長い楕円の円卓を囲む重臣達が居並んでいた。
国王が座する高座の前で、宰相が書簡を掲げて声を張り上げる。
「陛下、ウェズリー男爵家の手がける羽ペン魔道具は大陸各地で取引され、商人達から絶大な信頼を得ております。既に王都の市場は勿論、学者や役人にまで浸透し、その名声は留まるところを知りませぬ」
宰相の言葉を聞いた瞬間、重苦しい空気に波紋が広がった。
「ふん、たかが男爵家ごときが……」
「商会の繁栄など、一過性のものに過ぎん。いずれは尻すぼみになろう……」
「だが、資金力を持ち始めた小貴族ほど厄介なものはないぞ!」
嫉妬と危惧がないまぜとなった声が、会議の間を飛び交う。
沈黙を守る王の傍らで、宰相が静かに言葉を重ねた。
「陛下……。ウェズリー男爵家を敵とする必要はございません。むしろ、これは良い機会となりましょう。王家に取り込むべきです」
「何? 取り込む……だと?」
老侯爵の1人が訝し気に眉をひそめる。
宰相は薄く笑みを浮かべると、重々しく頷いた。
「ウェズリー家には2人の娘がございます。長女のフレデリカ嬢、次女のアンジェリカ嬢……。いずれも評判は上々。才色兼備の見目麗しき乙女だとか。王太子殿下の婚約者候補として推挙すれば、民心も商人も陛下のご威光のもとに集いましょう」
会議の間が一瞬、静まり返った。
国王マクシミリアンは玉座に深く身を預け、金の瞳を細める。
「ふむ……なるほどな。力を増す芽を摘むより、枝を王家の幹に繋げる方が良い……という事だな。その二人の令嬢……王太子の妃候補に挙げておけ」
「お待ち下さい、陛下!」
――会議の間に鋭い声が響いた。
白髭を蓄えた老侯爵が立ち上がり、厳しい面持ちで王を見据える。
「いくら功績があろうとも、所詮は男爵家に過ぎませぬ。その様な下級貴族の娘を王太子妃に迎えるなど、王家の威信を損なう暴挙にございます!」
その場に同調する様に、数人の重臣もざわついた。
「そうだ! 格が釣り合わぬ」
「諸外国に侮られましょうぞ!」
――反発の声が膨れ上がる。
しかし、宰相は静かに口を開いた。
「格ばかりを重んじるあまり……大局を見誤ってはなりません!」
――その声音には揺ぎ無い自信が漲っていた。
先程まで反発していた重臣達は思わず口を噤み、会議の間は再び静まり返る。
宰相は国王へ向き直ると、深々と一礼をし、言葉を続けた。
「陛下。ご存じの通り、ウェズリー家のティアナ嬢は魔塔の大魔法師ルカス殿の妻にございます。もしも……義姉妹であるフレデリカ嬢か、アンジェリカ嬢を王太子妃に迎えれば……ルカス殿にとって、義姉妹は王家に仕える者。いわば人質と同じ事」
宰相の言葉に、重臣の1人が頷いた。
「そうか……! 大魔法師といえど、義姉妹を王家に委ねておれば、下手な真似は出来ない」
宰相はニヤリと笑った。
「加えて……彼らが進めている羽ペン魔道具の事業も、王家の庇護を得るのは必然。陛下のお力添えなくしては、立ち行かぬと悟りましょう」
その一言に、先程まで猛反発していた重臣達も互いに顔を見合わせ、渋々口を噤んだ。
「――よい。ウェズリー家の娘を王太子の婚約者候補に加えよ!」
国王マクシミリアンの瞳が冷たい光を宿して輝いた。
――その瞬間から、ウェズリー家の娘達は、王城の陰謀の渦に引き込まれていった。
読んで頂きありがとうございます(^^♪
羽ペン魔道具は大成功に終わりましたが、新たな陰謀が( ゜Д゜)
次回おたのしみに(⋈◍>◡<◍)。✧♡




