57 王太子の妨害は成功するとは限らない
――ルカスが魔法で夜空に打ち上げた花火は下町の祭りの締めくくりを華やかに彩った。
大人も子供も美しい花火を眺め、しばし足を止めて見入っている。
そしてこの二人も……。
「バート様! ご覧になって? あれは一体何の魔法ですの?」
大きな瞳を輝かせ、夜空を指差し振り向いたアンジェリカが興奮している。
興奮しながらも、次々と屋台で買った食べ物の包みはバートに押し付けていく。
「ちょっと……何の魔法ですって……? ま、前が見えないんですけど……」
フレデリカからの要望で、大量の林檎飴と苺飴、串焼き等のお土産の紙袋を抱えたバートはフラフラとアンジェリカを追い駆ける。
「もうっ! バート様は魔法師なのですから、これ位の量でしたら魔法をお使いになれば楽なのではなくって? あ……ほら! また魔法のお花が夜空に打ち上がりますわ!」
夜空を割く様に細い尾を引いて、火の玉がひゅるるるる……と昇っていく。
「え……? な、何だ? まさか、ルカスの魔法なの?」
バートが呟いたその瞬間。
ドン! と大気が震える音と共に真っ暗な天蓋に大輪の光の花が咲いた。
そして赤や青、金色の細い光の粒が雨の様に降り注ぐ。
光の花から美しい欠片が落ちる度に、群衆の吐息や歓声が重なった。
「素敵……。これはティアナの為にルカス様が魔法を掛けているのでしょうね」
瞳を輝かせるアンジェリカにバートは溜息をついた。
「あぁ……はいはい。ご令嬢はロマンチックな演出に弱いんですねぇ」
皮肉交じりに吐いた言葉に、アンジェリカはムッとした。
「臆病者の魔法師様にそんな事を言われたくありませんわ! ロマンチックな演出は女性でしたら皆憧れますもの」
――バートは夜空に咲く大輪の火の花を仰ぎ、へらりと笑った。
「ルカスは大魔法師様だからねぇ……僕なんて、とても叶わないよねぇ」
独り言の様に呟いたバートは、ルカスを羨ましいと思った事は無かった。
自分とは次元の違う人間
魔法を自由に操り、いつも自信に満ち溢れている。
それに比べて……。
「――わたくし、自分なんて……という言葉を吐く方は大嫌いですわ!」
驚いたバートは目を瞬かせた。
アンジェリカは、真っ直ぐに言葉を続ける。
「わたくし、勉学も苦手ですし、フレデリカお姉様の様な美しさも上品さもありませんの。いつも陰口ばかり聞こえましたのよ。『無能な女なんて家門を守る事も出来ない』って。でも、わたくしは努力と勇気で男爵家を支えて見せると決めてますの」
――花火の光に照らされ、アンジェリカの横顔は真剣で強く、美しかった。
『自分なんて……』
それはとても便利な言葉だ。
この言葉を口にすれば、悔しい気持ちも傷付く事も忘れられる。
やがてその言葉を口にする事が息を吐く様に自然と口をついて出て来てしまうのだ。
そんなバートには、アンジェリカの強さは眩しかった。
下を向いたままクスリと笑ったバートの掌がポウ……と光り始める。
「申し訳ありません。アンジェリカ様。僕にはルカスみたいな偉大な魔法は使えないけど……」
懐に入っていた、実験用のトネリコの木を取り出すと、そっと手を翳し魔力を流し込む。
バートが呪文を唱えると、トネリコの木の枝に小さな火が灯る。
やがてトネリコの木から小さな色の付いた炎がパチパチと音を立てながら夜の闇を彩った。
「こんな小さな火の花しか咲かせられませんし、ロマンチックでもありませんが、どうぞ受け取って下さい」
バートの手からアンジェリカは思わずトネリコの木を受け取った。
トネリコの枝先から生まれたその灯りは夜の闇の中で小さく弾け、まるで誰にも知られずにひっそりと咲く花の様に頼りなく揺れている。
火花が小さな花の様に散る様子にクスリと笑う。
ルカスが打ち上げた華やかな大輪の花火に比べれば、バートの作った火の花は、あまりにも小さい。
けれど、掌の中で小さく輝くその灯りには、不思議なぬくもりがあった。
大勢の人間を一度に魅了してしまう強大な魔法ではなく、ただ一人だけの為に差し出された小さな魔法だ。
夜風に吹かれ、火花が散るたびにアンジェリカの胸の奥で何かが柔らかく溶けていく。
「――ふふっ。本当に小さいですわね。でも、この火のお花、ちっとも熱くないのですね」
バートも照れくさそうに笑う。
「魔法で火傷しない火の花を作りました。ご令嬢が火傷したら大変ですからね」
アンジェリカの瞳が大きく見開かれる。
「充分……ロマンチックでしてよ……」
大きな魔法は使えなくても、優しく温かい魔法だ。
アンジェリカは儚く消える小さな魔法の火花をずっと見つめていた。
***
-――ティモール王国の王城
磨き上げた大理石の床に月光が冷ややかに差し込み、王太子の側近ラキアスがある報告書を密偵から受け取った。
すぐにラキアスは、報告書を手に王太子レイブンの待つ執務室へと向かう。
レイブンは密偵からの報告を読み上げ、低く笑った。
「ククク……。どれ程凄い魔道具かと思えば、なんだこれは? インクの要らない羽ペンだと? こんな子供だましで商売とは……。実にくだらないな」
祭りでの売れ行きは悪くなかったという一文に、レイブンは更に鼻で笑うとグラスの赤ワインを揺らす。
「フン。羽ペン1本が子供でも買える安さだと? 所詮、民の玩具に過ぎない!」
しかし、ラキアスの瞳には微かな陰が宿っていた。
「殿下……。しかし、安いからこそ、恐ろしい事になるかもしれません。値が張らぬ分、民の生活に根付くのも早いかと。やがては、大陸中にこの子供だましの羽ペン魔道具が広まれば、人々の生活になくてはならぬ道具になるかもしれません」
慎重な進言にレイブンの笑みが一瞬冷たく凍りつく。
「――ならば簡単な事だ。予定通り、奴らの信用を潰せばよい。ラキアス、不良品の羽ペンを作らせ、民の手に渡らせるのだ。あの魔法師どもの魔道具が粗悪な玩具だと思い知らせてやるのだ!」
静まり返る室内に、レイブンの嘲笑が響いた。
――その笑いに、ラキアスの胸はひやりと冷たくなる。
(殿下はまた短慮に走られた……。これでは、敵を潰すどころかむしろ魔法師達を怒らせて彼らの立場をより強くしてしまうきっかけになるかもしれない)
心の奥底で、ラキアスは湧き上がる懸念を口に出す事は出来なかった。
それを告げれば王太子の猜疑心が自分に向くのは目に見えているからだ。
沈黙の中、レイブンの笑みだけが妖しく残り、王城の夜は不吉な影に染まっていった。
***
レイブンの目には、『ただの安物の羽ペン』としか映っていなかった魔道具。
しかし、彼は知らなかった。
これから世に送り出すこの魔道具には、必ず魔法師認定の刻印が刻まれている事を。
やがてこの刻印は、民が魔法師の品を信じる揺るぎない証拠となり、魔法師の商いを支える大黒柱となっていく。
この意味を知る者はこの王城にはいない。
その愚かしさが、後にレイブン自身を追い詰める事になるとも知らずに。
読んで頂き有難うございました(^^♪
気の強いアンジェリカと気の弱いバート。
少しだけ互いの距離が近くなりましたね(#^.^#)
王太子レイブンの邪魔が入りそうな予感です。
次回もお楽しみに(⋈◍>◡<◍)。✧♡




