56 魔法の花火は永遠ではない
「ギャァァァァ! も、もう……無理ぃーーっ! テリーちゃん、助けてぇーー!」
羽ペンを売っていたバートの悲鳴に一同が慌てて視線を向けると、店の前には物凄い行列が出来ていた。
子供も大人も商人も入り混じり、口々に「私も欲しいわ!」「どうやって使うんだ?」と叫んでいる。
ティアナは思わず息を飲んだ。
「まさか……ジャガバターのお店で羽ペンを見た人達が?」
そう。
ジャガバターの店で客の注文を羽ペン魔道具で素早く記録していた店の夫婦の姿を見た周囲の露店の店主や客が興味を示したのだ。
「これは便利だ!」
「うちの店でも使いたい!」
口から口へ広がり、それを見た人々も釣られて後を追い駆け、あっと言う間に魔法師の店に殺到したのだ。
アンジェリカが小さく頷いた。
「なるほど。ルカス様がジャガバターのお店に羽ペン魔道具を渡したのは、この展開を狙っての事ですわね」
「うふふ。あの羽ペンの効果を人が沢山集まるお店で実演して見せた方がどんな宣伝よりも効きますものね。わたくしのアイデアの上をいっていますわ」
――フレデリカの言葉にルカスはニヤリと笑い、ジャガバターをひと口頬張ると肩をすくめる。
「商売の宣伝は、なるべく大勢の人間達の前でリアルな体験を見せるのが一番だろ?」
その間にもバートの悲鳴は大きくなっていき、涙目で注文希望者の名を聞き注文数を書き留めている。
「何でこんなにお客が雪崩みたいに押し寄せてるの? いやぁぁぁ!」
テリーは呆れて溜息をついた。
「はぁ……あれでも先輩魔法師ですかね。本当は僕よりも魔力があるくせに……」
「――え……?」
アンジェリカが驚き口を開きかけたその時。
パチン、と指を鳴らしたテリ―が呪文を唱えるとふわり、と周囲に置かれた羽ペン魔道具が一斉に宙に浮き、勝手にカリカリと注文を記録し始めた。
「わあっ! 羽ペンが勝手に動いているよ!」
「す、すげぇ! 一度に10本も!」
群衆の目は驚き、魔法に釘付けになった。
「テリー様、凄いです!」
感動しているティアナに、テリーは得意そうに胸を張り羽ペンの群舞を操る。
「えへへ……僕の魔法凄いでしょ? 今度ティアナにも教えてあげるね?」
ルカスはティアナに褒められたテリーをジロリと睨みつけた。
「――ふん。雑だな。最後尾の連中が騒ぎだしているぞ。お前の魔法だと店の周りで騒ぐ群衆の混乱を鎮めるのが精一杯だな」
ルカスは低く呟くと片手を軽く掲げる。
――その瞬間……。
夜空に巨大な光の板が浮かび上がり、注文した客の名と希望数が整然と並んだ。
「おおおお! 俺の名前があそこに見えるぞ!」
「凄い! 順番が一目で分かる!」
更に客が羽ペン魔道具を受け取った瞬間、夜空に浮かび上がっていた光る板のリストからその名がスッと消えていく。
「わあっ! 商品を受け取ると名前が消えた! これならあと何人待てばいいのか一目で分かる!」
歓声と拍手が沸き上がり、群衆は一気に整然と動き始め、怒る客はいなくなった。
だが、それでも押し寄せる人の数は相変わらずで、子供やお年寄りが圧し潰されそうになっていた。
「あっ……危ない!」
ティアナ達が叫んだその時……。
「皆、下がりなさい! 子供達が驚いてるでしょ?」
――鋭い声と共に、群衆の前に結界の壁が張り巡らされる。
魔法師オリビエが人混みを冷静に見渡しながら、次々と子供やお年寄りの周りに小さな結界を展開していた。
「う~ん……。乱れた列は危険だね。私が美しく並ばせてあげよう」
オリビエと護衛の仕事をしていたセルジオが長く光る青い髪をかき上げ、ウインクをする。
「今夜は護衛の仕事をしなくても大丈夫なくらい暇だったのにね……。大魔法師ルカスの力は偉大だね」
セルジオが魔法陣を描き、軽く指を鳴らすと、柔らかな風が鷲の羽と共に舞い上がり、人々の背を押す様に流れ、乱れた行列が自然に整列し始めた。
「きゃあっ! 身体が勝手に動いてる!」
「凄いぞ! 押し合わなくても真っ直ぐ自然に前に進んでる!」
下町の祭りは、行列の混乱から一転、魔法師達の目を見張る魔法が躍動する光景へと変わっていく。
――羽ペン魔道具の露店は、下町の祭りの夜で一番盛り上がりを見せる事になった。
***
祭りの熱気は夜更けまで続いていた。
露店の行列は途切れる事無く続き、子供から大人まで目を輝かせて羽ペンを買い求めていく。
やがて最後の一本が売れた瞬間、歓声が上がった。
売上金の重い袋をセルジオはにこやかに抱え、オリビエと共に転移魔法の陣を描く。
「じゃあね。私達は先に帰るわ。お金をその辺に置いといたら危ないからね」
「オリちゃん、お疲れだから魔塔に帰ったら美味しい苺飴をあげるよ。さっき欲しそうにしてたでしょ?」
オリビエはセルジオを軽く睨んだ。
「うるさい。いつ私が欲しそうにしてたのよ!」
「ええ? じゃあ要らないの?」
意地悪そうに笑うセルジオにオリビエはそっぽを向くとぼそりと呟いた。
「――折角買ったなら貰うわよ……。ほら、行くわよ!」
二人の姿は光に包まれるとあっという間に夜空の下から掻き消えた。
**
「はぁぁ~! 全部売れて良かったねぇ~!」
バートの呑気そうな声に、アンジェリカの瞳がキラリと光った。
「ちょっと! バート様は少し反省したらいかがですの? 魔法師の貴方が魔法を使わずにヘラヘラしているなんて!」
アンジェリカの発言にティアナは慌てて小声で説明する。
『お義姉様、バート様は幼少期の辛い体験でパニックになると魔法が使えなくて……』
アンジエリカは一瞬だけ驚いた顔になると、バートの顔をじっと見つめた。
「なるほど。それでも貴方は魔法師なのよ。 自分はパニックになると魔法が使えないからと、試しもせずに甘えているのではなくって?」
アンジェリカの言葉にバートの瞳がほんの少しだけ揺れる。
「そうだねぇ……僕ちゃん甘えん坊だからねぇ……あはは……」
ヘラヘラと笑うバートにアンジェリカは苛立ちを感じた。
「フン! そうやって皆さんに守られて生きていかれるのも結構ですけど、いつか守りたい方が出来た時には後悔するでしょうね!」
プイ、と横を向いたアンジェリカにフレデリカはにこやかに微笑みそっと紙片を渡した。
「――アンジェリカ、お祭りが終わってしまいますわ。このリストの苺飴と林檎飴をバート様と一緒に買って来て?」
バートはギョッとして首を振る。
「ええっ? この気の強い……いや、元気なご令嬢と買い物を? な、何で?」
「お姉様? わ、わたくしが買って参りますわ! こんな頼りにならない方と一緒だなんて……」
口々に抗議する二人にフレデリカは口元を扇子で隠しながらニコニコしている。
「わたくしは疲れましたので、お先に失礼致しますわ。テリー様、わたくしを屋敷に送って下さらない?」
テリーはフレデリカにコクリと頷くと、跪いて手の甲にキスを落とす。
「では、フレデリカ様をエスコート致します。転移魔法を使っても?」
「フフッ。楽しみですわ! テリー様、宜しくお願い致します。バート様、アンジェリカを頼みましたわ。お買い物が終わりましたら送って下さいな。では皆様、ごきげんよう」
――テリーとフレデリカが転移魔法でいなくなると、アンジェリカはバートをギロリと睨みつけた。
「お姉様のお願いですから、仕方ありませんわ! わたくし、金貨しか持っていませんので、バート様、お支払いよろしく!」
バートを置き去りにし、アンジェリカはスタスタと苺飴の店に向かう。
(もうっ! なんでこのわたくしが、こんなに腹が立つのかしら!)
自分でも答えが出ずに、モヤモヤを抱えたまま夜道を進んで行く。
「あっ! ちょっと! 僕が買うの? 待って下さい、アンジェリカ様――っ」
人混みの波に消えそうなアンジェリカをバートは慌てて追い駆けていった。
***
「――もうすぐ終わっちゃいますね……お祭り。なんだか寂しいですね」
夜更けの下町は徐々に静けさが戻っていき、ティアナとルカスは広場の噴水近くで店仕舞いをしている人々を眺めていた。
「お祭りの最後は、やっぱり打ち上げ花火が見たいな……」
ポツリ、と小さく呟いたティアナの言葉に隣に立つルカスは不思議そうに首を傾げる。
「はなび……? なんだ? それは……」
「ええっと……。夜空いっぱいに大きな大輪の花の形をした火がドーンって大きな音と共に打ち上がって、それを眺めながらお祭りが終わった後も楽しめるんです。そういう……夢を見ました……」
前世の記憶を夢の中の出来事として語るティアナに、ルカスはしばし黙考すると、やがて唇の端を上げた。
「なるほどな……。空に咲く火の花……。それなら俺にも出来るかもな」
「――え……?」
――ルカスが両手を夜空に向かって掲げると、魔力の粒子が夜風に舞い上がる。
魔力の粒子は竜の様に上空に登って行くと次の瞬間……。
闇を裂く様な爆音と同時に大輪の光の花が咲き、夜空を彩った。
群青の天幕に広がる眩い光の花はほんの一瞬で消え、儚さだけが残る。
「ティアナ……。これを履いてくれ」
ルカスは懐からガラスの靴を取り出した。
「これ……『クリスタ』? どうして……」
驚いて目を見開いたティアナにルカスはポリポリと頭を掻いた。
「いや……その……。花火は目線が高い方がいいかな……って」
ティアナはクスッと笑うとガラスの靴を履き、『クリスタ』に命じた。
「ルカス様と大人の姿になって花火が見たいの。『クリスタ』、お願い」
ティアナの言葉にガラスの靴が反応し、光の中で身体が変化していく。
やがて大人の姿になったティアナは、恥ずかしそうに俯いた。
「あの……ルカス様、色々な花火が見たいです。沢山打ち上げて下さいね」
大人の姿になって、ずっとずっと花火を眺めていたい……。
***
――夜空に次々と打ち上げられ、無数に広がる魔法の花火。
光の花が弾ける度に下町の人々は歓声を上げ、子供達は夢中で夜空を指差していた。
ルカスの視線は空ではなく、自分が打ち上げた花火を嬉しそうに眺めるティアナの横顔へと注がれる。
(ティアナが望むなら、夜空の星だって取って来てやる)
気付けば、ルカスはティアナの肩を抱き寄せていた。
「――綺麗だな……」
――ルカスの腕の中で、ティアナはひととき現実を忘れる。
ガラスの靴の魔法で大人の姿になった身体はルカスと肩を寄せ合っても自然に見えた。
(まるで本当の恋人同士みたい……この幸せが永遠に続いたなら……)
けれど、ルカスに肩を抱かれたティアナの胸は小さく疼いた。
(お祭りに行く時、本来の子供の姿で行く様に告げたルカス様は、私を守るべき小さな子供としてしか見ていなかった。私はこの時間が永遠に続いて欲しいと願ってしまうけれど、それは儚い夢だわ……)
花火の光に照らされたルカスの美しい横顔を見上げ、ティアナは胸に込み上げる切なさをそっと押し込める。
今は……今だけは……。
二人で肩を並べて夜空を見上げ、同じ景色を眺めていたい。
「本当に……凄く綺麗です……」
ルカスは穏やかに笑い、肩に回した腕の力を強めた。
「ティアナが望んだからな。これからも、ティアナが喜ぶなら何度でもこの夜空に花を咲かせてやるぞ?」
――ティアナの胸に甘く苦しい幸福が広がる。
ルカス様にとってはまだ子供だけれど……。
いつか大人の姿で隣りに立ちたい。
それは儚く消える夢かもしれないけれど。
大輪の花火を眺めながら今だけは……夢の様に幸せな時間を噛み締めていた。
読んで頂きありがとうございました(^^♪
次回、羽ペン魔道具を更に売り出す魔法師達の作戦とは?
お楽しみに(⋈◍>◡<◍)。✧♡




