55 ジャガバターは羽ペン無しでは商売にならない
「――え? ティ……ティアナ……その姿は……」
子供の姿をしたティアナを見つめたフレデリカは、その後の言葉を飲み込んだ。
アンジェリカが大慌てでティアナを背中に隠す。
「ま……まぁっ! ティアナに、そ……っくりな子供の幻を見た気がしますけど! 見間違いですわねっ! ホホホ……」
アンジェリカの背中に冷たい汗が流れ落ちる。
しかし、先程まで身に着けていた豪華でボリュームのあるドレスと違ってティアナの姿を完全に隠す事が出来ない事に気付いたアンジェリカは焦った。
(ど、どうしましょう……! この薄くて軽い服ではティアナを完全に隠す事が出来ませんわ! ティアナったら何故子供の姿のままなのかしら。でも、このヘラヘラした魔法師ならば、誤魔化す事が出来ますかしら?)
グルグルと頭の中で色々な考えを巡らせていたアンジェリカに、バートが心配そうに近付き、額に手を当てる。
「え~と、アンジェリカ様? 大丈夫? さっきから、顔が赤くなったり青くなったりしてるけど……風邪かな?」
バートの手が自分の額に触れた事にアンジェリカは驚き飛び上がった。
「なっ……なななな何をなさるのっ? いきなりこのわたくしの額に触れるなんてっ!」
アンジェリカはデビュタントを済ませているので、男性から手の甲にキスをされる事は経験済みだ。
しかし、至近距離で何の前触れもなく、いきなり大きな男性の手が額に触れた事で動揺を隠せないでいた。
ティアナが大騒ぎをしているアンジェリカの後ろから顔を出すと、バートに謝罪する。
「バート様、ごめんなさい。いきなり額に触れられたから驚いてしまったみたい……」
アンジェリカは、折角隠したティアナが顔を出したので仰天してティアナの口を塞ぐと、小声で囁く。
『しっ……! ティアナ、この人はあなたの正体を知らないのでしょ? まずいですわ!』
バートはこの時初めてアンジェリカが背中に隠していたティアナの存在に気付いた。
「あれぇ? ティアナちゃん、もう戻ったの? ルカスは?」
――子供の姿のティアナに全く驚いていないバートの態度に、姉妹は戸惑いの表情を見せる。
そんな2人の様子に、ティアナは慌てて姉達に説明を始めた。
「ごめんなさい。実はお祭りで魔道具が売れるかの調査をする為に変装してるんです。私はお祭りだから、子供の姿の方がいいかなって」
フレデリカとアンジェリカにパチパチと目配せをしながら説明するティアナの様子で、二人はティアナの本当の姿が変身魔法によるものだと、バートが信じている事が分かった。
「ホホホ……流石は魔法師様の魔法は凄いですわね。子供の姿に変身出来るなんて!」
「ウフフ。何だかおかしな気分ですわね。凄く可愛らしいですわね」
その時、羽ペン魔道具を売っていたテリーが大声でバートを呼んだ。
「バートさん‼ 早く交代して下さいよ。お客さんが並んでますよ!」
長蛇の列の客を相手にしていたテリーはギロリ、とバートを睨んでいる。
「おお……。まずいな。テリーちゃんが怒っているから交代しないと。またね!」
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慌てて走り去るバートを見送ると、ティアナは、先程から思っていた疑問を口にした。
「あの……。それで、何故お義姉様達が下町のお祭りに? 王都の建国祭にはいつも参加されますけど」
姉達は顔を見合わせるといたずらっぽく笑った。
ティアナは毎年、姉達に連れられて王都の建国祭には参加している。
貴族が住む王都の祭りは、華やかな飾りが店や通りを賑やかにし、美味しい料理やスイーツをテラス席で食べながら広場のステージで催される音楽隊の曲を聞いたり、野外オペラを鑑賞したりするのだ。
貴族令嬢達は皆美しいドレスに着飾り祭りを楽しむのだが……。
ティアナは改めて義姉達の服装を吟味する。
「凄い。下町の娘達の姿に溶け込んでいますね。どこから調達されたのですか?」
感心しているティアナに、店番を交代して戻って来たテリーが自慢げに胸を張る。
「えへへ。この僕が魔道具の指輪を貸したんんだ! 周りに溶け込む衣装に変化するんだよ。今はこの下町風ワンピースだけど、王都に戻って魔道具を使えば元の衣装に戻るよ」
ティアナの二人の姉達に気に入られる事。
これはテリーにとって思いがけないチャンスだった。
(お姉さん達に好かれたら、ルカスと離婚した後もこの二人が僕の事を後押ししてくれる筈……。今日はお姉さん達を全力でサポートするぞ!)
アンジェリカはテリーの頭を優しく撫でると眉を下げる。
「本当にこのテリー様のお陰で助かりましたわ! 実はわたくし達、ティアナが開発したという魔道具を下町のお祭りで売り出すと聞いたものですから、是非売り上げに貢献したくて……」
「まぁ。アンジェリカったらそれはこのわたくしの提案でしてよ? 貴女は下町のお祭りを楽しみたいって……」
フレデリカは呆れて口を挿んだが、ティアナは嬉しさで胸が一杯になった。
「ありがとうございます。凄く嬉しいし、頼もしいです。でもこの魔道具は私のアイディアだけれど、魔法師の皆さんが開発して下さっただけで……」
「おいおい。開発者は間違いなくティアナだぞ?」
首を振って訂正しているティアナは頭をポン、と叩かれ驚いて振り向くと、ルカスが蒸したジャガイモの袋を抱えてニヤリと笑っている。
「ルカス様? 買い物ってそのジャガイモだったのですか?」
――ティアナが二人の義姉達に会う10分程前の事だった。
ルカスは買い物があるからと、ティアナを先にバートの店に行かせたのだ。
「今夜の露店で一番人気だったのが、このジャガバターだ。美味そうだろ?」
一同はごくり、と唾を飲み込んだ。
――蒸したジャガイモを鉄板の上で皮ごとじっくり焼いたジャガバターは下町の祭りでは定番の料理だ。
ジャガイモの切れ目にたっぷりと落とされたバターはとろりと溶けてそこにパラリと塩が振られている。
ティモール王国では、ジャガイモは特産品で下町の祭りではこの様なじゃがいも料理の店が人気なのだ。
「ジャガイモ料理の店は色々あるんだが、この店のジャガバターが一番人気なのは客の好みを聞いてくれる親切な店だからだ」
ルカスは店先に置かれたチラシを見せた。
「凄い。バターの量や、ジャガイモの大きさ、塩を振るかどうかまで」
ティアナはチラシを見て感心した。
「女性や子供向けの子芋のジャガバターや、数人で分けながら食べる大きなジャガバター。1人用の普通サイズ、バター少な目、普通、多め、塩無し、塩あり……かなり細かいんですね」
アンジェリカはティアナが読み上げた内容を聞くと、瞳を輝かせた。
「素晴らしい商売人ですわね! お客の要望にこんなに細かく応えるなんて! 人気になる筈ですわね!」
アンジェリカは最近、事業について学んでいる。
今は、母ローズが父の事業を切り盛りしているが、ウェズリー家を支える柱となるのが夢なのだ。
だから、人の心を掴む商売人をリスペクトしているのだ。
ホカホカと湯気が立つジャガバターは確かに美味しそうだが、ここにもうひと手間掛けるとは!
――ルカスの手からジャガバターを受け取り、パクリとひと口食べたテリーはあまりの美味しさに感動している。
「美味しい! 何これ? 蒸して焼いたジャガイモにバターを落としただけとは思えないよ~! ティアナも食べてみて?」
昂奮するテリーに苦笑しながら、ルカスは本題に入った。
「商売繁盛なのは良いとして、その店は夫婦二人で切り盛りしててさ。旦那がジャガバタ―作って奥さんが客の注文を取ってるんだ。でも客の注文と人数が多すぎて覚えきれないでいたんだ。そこで……」
ルカスは懐から羽ペン魔道具を取り出す。
「この羽ペン魔道具をプレゼントしたら凄く喜ばれてさ。お礼にこのジャガバタ―を持ってけってさ!」
ルカスの作戦を瞬時に見破ったフレデリカはクスクス笑いながらティアナに囁いた。
『うふふ。これは大変ですわね。間もなくバートさんお一人では悲鳴を上げるくらいのお客様が更に押し寄せて来る事になりましてよ?』
「――え? それって……」
小首を傾げて姉を見つめているティアナの耳にバートの悲鳴が聞こえた。
読んでい頂きありがとうございました(*^^*)
義姉達や、ルカスのお陰で羽ペン魔道具は下町の生活の必需品となりそうですね(^^♪
バートの悲鳴は嬉しい悲鳴でしょうか( ゜Д゜)
次回お楽しみに(⋈◍>◡<◍)。✧♡




