35 アンリ様の才能は無駄ではない
「俺は今から大司教たちと、明日の結婚式に邪魔が入らない様に準備してくるから……ティアナはドレスや装飾品の準備があるだろ? 疲れたら客間で先に寝ていていいからな」
「は……はいっ! では……お義姉様たちを手伝ってきますね!」
―――ルカス様が部屋から出て行くと、アンリ様が変な顔をして私の頭からつま先までを困惑した様な顔でまじまじと見つめて来た。
「あの……。私が聞いていた大魔法師ルカスの婚約者ティアナと貴女は、あまりにも違うのだが……本当にウェズリー家の令嬢で間違いない……のか?」
結婚式がいよいよ明日なのだと実感して真っ赤な顔をしている私に、おずおずとアンリ様が尋ねた。
初対面が子供の姿だったので誤魔化し切れないわ……。
ふう……と溜息を吐くと、私はアンリ様を真っ直ぐに見つめた。
「はい。この姿が本来の私の姿です。あ、でも魔塔では……」
「知ってる……。『魔塔の法律』だよね? 確かに魔塔ではそれは許されているのかもしれないけど……。君はまだ子供だ。こんな小さな子が結婚だなんて……魔法師はどうかしている」
アンリ様は私を気の毒そうに見つめると、小さな私の手をギュッと握った。
「今はまだ無力な存在だけれど……ティアナは私の命の恩人だ。この命に代えても君を守っていくよ。困った事があればいつでも頼って欲しい」
アンリ様の真剣な眼差しに思わず吹き出してしまう。
「ふふっ、有難うございます。でも……この結婚をルカス様に無理矢理頼み込んだのは私なんです!」
「―――え?」
驚いて固まっているアンリ様を、アンジェリカお義姉様が冷ややかに見つめる。
「アンリ様……? わたくし達の天使、ティアナは惨めでも可哀想でもありませんわよ!」
「フフフ……そうですわね。明日、ティアナは幸せな結婚式をするのですから……。このわたくし達が保証致しますわ!」
フレデリカお義姉様は微笑みながら、でも目が全く笑っていない!
「あらあら……。明日はおめでたい日なのだから、2人共もっと穏やかな顔をしていなさい。ティアナ、お花の準備が出来たわ。アンジェリカもフレデリカも楽しみにしていたでしょう」
お義姉様たちの顔がぱあっと輝く。
本当なら明日運び込もうとしていた花をルカス様が瞬間移動してくれたのだ。
「まあっ! 大変! 急いで準備をしなくては! ティアナ……わたくし達、この日の為に何度も練習してきたの。楽しみにしていてね!」
***
――今、お義姉様たちは神殿での結婚式で着るウエディングドレスに似合うブーケを作って下さっている。
「あら、毎日練習していた筈なのに……アンジェリカはお花の扱いが乱暴ですわね。ほら、ピンクのお花が萎れていますわ!」
フレデリカお義姉様はアンジェリカお義姉様が握りしめているピンクのスイートピーを見つめてクスクス笑っている。
「あら! そういうフレデリカお義姉様のお花はリボンがユルユルですわよ! それではお花が美しく見えませんわ!」
アンジェリカお義姉様が顔を真っ赤にしてフレデリカお義姉様の花束にダメ出しをした。
「ふぅ……。令嬢の嗜みとしてお花を生けたりはしますけど……。ブーケは少し難しいですわね。やはりメイドに任せれば良かったかしら」
フレデリカお義姉様が溜息交じりに呟くと、アンジェリカお義姉様が激しく抗議する。
「んまあっ! わたくし達のティアナの結婚式ですわよ? 当然わたくし達が花嫁のブーケを手作りするのですわ! 世界で1つだけの素晴らしいブーケを作らないと!」
2人のお義姉様たちのやり取りに胸が熱くなる。
「ありがとうございます! 凄く嬉しいです」
私が感動しているとお義母様がにっこり微笑んだ。
「フフフ……王都中から色々な種類の花をこの日の為に買い集めたのだから、いくら失敗しても大丈夫よ! ティアナが好きなお花はある?」
ええっ? 王都中から?
でも本当に凄い数と種類だわ!
「―――なるほどね。どうやら君は、私と違って家族に愛されているらしい。羨ましいよ」
アンリ様は子供の私が、魔法師に無理矢理嫁がされると思っていたのかもしれないわ。
「ラキアスの報告書を読んだ事があるんだ。ウェズリー家のティアナ令嬢はお父上が亡くなって、血の繫がらない家族と暮らしているって。だから、まさかここまで仲の良い家族なのだとは夢にも思わなかった」
確かに……。
よくある物語では、血の繫がらない姉たちが義妹を虐めたりするのかもしれないけど。
「こんなに可愛らしい天使を虐めるだなんて……ありえませんわ!」
憤慨するアンジェリカお義姉様に、アンリ様が頭を下げる。
「そうだね。ごめん。君達は素晴らしい家族だよ。あの……お詫びにこれを使って欲しい」
アンリ様が肌着の内ポケットに縫い付けられていたハンカチを取り出した。
「これは……?」
アンリ様がハンカチを取り出すと、中から手のひらサイズの小さな鞄が現れた。
鞄は私たちが見守る中、ムクムクと大きくなって、旅行鞄程のサイズになる。
「ええっと……確かあれはここに……」
アンリ様がゴソゴソと手を入れると、空っぽだった鞄の中から白い手袋が出て来た。
「あとは……これだ!」
またもや鞄に手を入れると、小さな手鏡が姿を現す。
「―――面白いですわね! この鞄は望む物が現れる魔法の鞄なのですか?」
アンジェリカお義姉様が興味深々で鞄を見つめる。
「私が望む物……がいきなり現れるのではなく、荷物を無限に詰め込む事が出来る魔道具なんです。これまで研究して作ってきた魔道具を仕舞う場所が無くて、ならばいくらでも収納出来る魔道具を作れば良いかなっと思いまして」
アンリ様が天才なのは過去の記憶から認識していたけれど、まさかこれ程とは。
この方の才能を、悪に使われてしまった回帰前の記憶を思い出してゾクリと背筋が凍る。
今世では絶対にレイブンの手に堕とされない様にしなければ!
「それで、この手袋と鏡をどうするのですか?」
フレデリカお義姉様の質問にアンリ様がニコリと微笑んだ。
アンリ様が手鏡を持ち上げて手袋に翳すと突然目の前に同じ手袋がもう1つ現れ、更に増えた手袋に再び手鏡を翳すとまた手袋が現れる。
「んまあっ! 無限に増えますわね? 面白いですわ!」
アンジェリカお義姉様が興奮して手袋を見つめる。
「ではアンジェリカ様、その手袋をはめてみて下さい」
恐る恐るアンジェリカお義姉様が白い手袋装着する。
「? 何も起こりませんわよ?」
不思議そうな顔のアンジェリカお義姉様にアンリ様は、先程お義姉様が苦戦していた花を手渡す。
「では……ブーケを作ってみて下さい」
アンジェリカお義姉様が訝し気な顔で花を手に取る。
「え……あら? あらまぁ!」
私たちが驚き見守る中、アンジェリカお義姉様はテキパキと花とリボンを使ってそれは素晴らしいブーケを作り始めた。
「これは、手先が不器用……ゴホゴホ……手先を誰でも器用に動かす事が出来る手袋の魔道具なんです」
アンリ様の説明と美しすぎるブーケを目の前に、私たちは魔道具の便利さを瞬時に理解した。
「素晴らしい魔道具ですわね! では、わたくしも早速……」
フレデリカお義姉様もいそいそと、手袋魔道具を装着すると、あっという間にブーケを完成させた。
「素敵ですわ! こんな風に思い通りのものを作る事がわたくしの夢でしたの!」
2人のお義姉様は私に向かって飛び切りの笑顔を向けた。
「ティアナ! 好きなお花とリボンをどんどん言って頂戴!」
私が自分の好きな花とリボンを選ぶと、お義母様も参加されて職人も驚く素晴らしいブーケが完成した。
「ブーケも完成しましたし、ティアナは明日の為に早く寝ましょうね。寝不足は美容に悪いですもの。明日は最高の花嫁にしてあげましてよ?」
フレデリカお義姉様に促されて私は宿泊用の客間に入る。
頭の中は大人の私だけれど、子供の私は相当疲れていたのかベッドに入るとすぐに眠ってしまった。
私も、明日の準備を手伝いたかったのに……子供の身体はすぐに疲れてしまう……。
***
「ティアナはもう寝た?」
アンジェリカ達が明日の結婚式のドレスやブーケの準備をしていると、打ち合わせを終えたルカスが顔を出す。
「ティアナは明日の為に早く眠らせましたわ。ルカス様、アンリ様の魔道具をご覧になって下さいませ!」
アンジェリカは、先程使用した魔道具が気に入ってしまった。
「へぇ……これは凄いな。完成までにどれくらい掛かった?」
ルカスが感心して魔道具を手に取る。
「この手袋は一週間ほど掛かりましたが、手鏡の魔道具は3日で完成しました」
ピクリ、とルカスの肩が揺れる。
「3日……凄いな。俺は4日掛った」
天才魔法師に褒められて、アンリは顔を赤らめた。
「両親からは……無駄な力だといつも言われていましたから、正直嬉しいです」
ルカスは、ハッと嗤った。
(まったく……こいつの親の目は腐っているのか? 魔道具作りだけなら、もしかするとこの俺よりも優れているかもしれない……100年に一度の逸材だ)
「無駄ですって? こんなに素晴らしい才能を無駄と言うとは……変わったご両親ですわね。少なくともこの手袋が王都で売られていたなら、わたくしなら絶対に買いますわ!」
アンリは苦笑すると、手袋をアンジェリカに渡した。
「喜んで頂けたなら嬉しいです。しかし、魔道具を買えるのはお金持ちの貴族です。この様な手袋を使って自ら何かを手作りしたい方はいないでしょう」
フレデリカはにっこり笑うとアンリの手を取った。
「まぁ! 本当に謙虚な方ですわね。貴族の令嬢たちは趣味で刺繍をしますけど、手先が器用なレディーはそれだけで尊敬されますのよ? わたくしもこの手袋があれば、難しい図案に挑戦出来ますもの。わたくしも絶対に買いますわ!」
アンリの顔が喜びで輝く。
「――っ本当ですか? この手袋は私を救って下さったウェズリー家にプレゼント致します!」
ルカスは、アンリを見てニヤッと笑った。
「無駄な才能だなんて決めつける親なんか忘れる事だな。アンリが不幸なのは、子供の才能も人生も無視し続けて来た親に育てられた事が原因だ。明日からお前の人生は変わる! 楽しみだな」
アンリの顔が一瞬曇った。
「――それは……そうかもしれませんが……」
ローズがアンリに優しく微笑む。
「これからはアンリ様の人生を歩めば良いのですよ。さぁ、ティアナが眠っている間に残ったお花でこの大聖堂を飾りつけましょうね」
「そうだな。アンリばかりに良いところを持って行かれない様に俺も頑張らないと」
ルカスが魔法陣を描くと、室内に散らばった花がふわりと浮き上がった。
「明日目覚めたティアナが驚く飾りつけをしよう!」
***
―――翌朝目覚めた私に、驚きの結婚式の幕が上がった。
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