33 聖夜の結婚式は地味ではない(2)
王都の大聖堂には遠方から結婚式をあげる人や、巡礼者、身寄りのない子供達の一時預かり等を目的にした部屋がいくつもある。
神の前では人は平等である、という古代からの教えを伝統的に守ってきたからだ。
レイブン王太子の迷惑な外出禁止令のせいで、今大聖堂にいるのは神官と大司教だけだった。
聖職者は祈祷室の隣の部屋を使っている。
本来なら多くの巡礼者で溢れ返っている宿泊用の部屋は、全て鍵が掛かっていて使えない状況だ。
そんな中、王家からの命令で赤い月が昇る聖夜の前日から、大聖堂に泊まる事を命じられたサフィール公爵令嬢、リリアは溜息をついた。
「これが、自業自得って事ですか。大聖堂に泊まって魔法師ルカスが来ないか見張れだなんて……くだらない命令ですね……」
星占い師の仕事と全く関係ない事を命じられても、父は抗議もしない。
「完全に王家の犬……。一体いつまでこの馬鹿げた占い師ごっこを続けるおつもりなのか……」
リリアは窓に浮かぶ黄色い月を眺めた。
(明日の夜はこの黄色い月が赤い月に変わる聖夜なのに……。嘘の占いのせいで、誰も楽しむ事が出来なくなった……。まぁ……この私も相当可哀想だけど……)
そろそろ寝ようかと思っていたその時、部屋の扉を誰かが叩く音が聞こえた。
「? こんな夜更けに何かありましたか?」
「申し訳ありません。リリア様、魔法師と思われる人物を捕獲致しました。庭園の奥に縛り付けておりますので、ご確認頂けないでしょうか」
(だから……私は星占い師で、魔法師を処罰出来る立場じゃないんですけど……)
リリアは盛大に溜息をつくと、ガウンを羽織り、兵士の案内で庭園に向かった。
「それで……魔法師というのはどなたなのですか?」
庭園のガゼボには、10人程の屈強な若い兵士達が集まっていた。
ガゼボの中には縛られている人間は1人もいない。
見ると、先程まで酒盛りをしていたのだろう。
大量の酒の瓶が転がっている。
兵士達の顔は酒を飲んでいたせいで赤く、不快な酒の匂いがしていた。
(……しまった! 罠だ! でも……誰がこの様な事を!)
王太子レイブンにはそっけなくされてはいたが、憎まれた覚えはない。
互いに婚姻の意志が無い事が明白だったので、油断していた。
聖夜の偽りの予言で恩を売る事はあっても憎まれる理由はない。
(どうしよう……侍女を連れて来る事も反対されて……私の味方は今1人もいない状況……。ここは、逃げるのが最善か)
リリアは唇を噛み締め、後ずさりをした。
「リリア様、どうされました? 今夜の任務にはリリア様が必要なんですよ」
「ヘヘヘ……こぉんな美女を朝まで抱き潰す事が出来るなんて……ラキアス様に感謝だな」
「これだけの人数が相手なら、一晩で孕むんじゃないのか?」
ゲラゲラと嗤う下品な兵士達に吐き気がする。
「そう……。この馬鹿げた企みはラキアス様の指示、という事ね?」
なるほど……。
あのいつも卑屈な顔をしているラキアスならやりかねない。
馬鹿王子の側近も大馬鹿者と言う訳か……。
「わたくしは、サフィール公爵の娘で、この国の星占い師です。そのわたくしを侮辱し、手を出すという事がどんな事になるか、分かっているの?」
髭面で、1番年上の兵士がニタニタ嗤いながらリリアの耳元で囁く。
「強がっていられるのも今のうちだぜ? 星占い師は子が出来ると能力がなくなるそうだな。俺達の子を腹に宿した途端、あんたの価値はなくなる。まぁ……妊娠しなくても、どんな噂が立つかな? 王国の星占い師がとんだアバズレで、何人もの男達と関係したなんて噂が出たら……困るのは俺達じゃない」
「この……ケダモノめ!」
リリアは足元に転がる酒瓶を思いっ切り蹴飛ばした。
瓶は男の脛に当り、怯んだ隙にリリアは駆け出した。
「あっ! 痛っ……待て! この……っ!」
リリアは着ていた重いガウンを脱ぎ捨てた。
冷たい夜風が肌を突き刺し、思わず身震いしたが構わず走る。
足の速い兵士達がリリアの行く手を阻み取り囲む。
「どきなさい! この恥知らず! ここを何処だと思っているの?」
じりじりと迫りくる男達にリリアは大声で叫び、睨みつけた。
「ククク……いいねぇ。リリア様がこんなに感情を露わにされるとは! 普段は無表情なお人形さんみたいだからなぁ。こんなにいい声が出るんだ。抱いたらどんな声で啼くのかな?」
「くっ……この……っ!」
兵士の1人がリリアのドレスの胸元に手を掛けたその時だった。
金色の光が兵士の指先に当った瞬間――――。
「ひぎやぁぁぁ! お、俺の……指ぃぃぃぃ――!」
悲鳴を上げた兵士が自分の指先を見ると、親指を残して全ての指先が消えていた。
「なっ……なんだ? 何処から……っ!」
兵士達がキョロキョロしていると、頭の上の方から声が聞こえた。
「おい……。この国の兵士達も地に落ちたな。公爵令嬢を大勢でどうするつもりだ。変態の異常者は消えろ!」
ガゼボの屋根の上に立っているのは、兵士達が警戒していたルカスだった。
「おい! あれは、魔法師ルカス! 王家の御触れを無視しやがって! 降りて来い!」
ルカスは魔法陣を描くと、ふわりと空中に浮かぶ。
「ひっ……! あいつ、バケモンだ! 空を飛べるのか?」
普段あまり高い魔力をその目で見る機会が少ない兵士達は動揺した。
「うるさい蠅共は一度に掃除するのが1番だな」
――――ズズズズ……。
兵士達が立っている地面が不気味な振動と共に揺れ始めた。
「う、うわあっ! 立っていられないぞ」
「じ、地面が裂けて……っ」
「助けてくれっ……!」
次々と足元の地面が地割れを起こし、兵士達は悲鳴を上げながら次々と巨大な大穴に落ちていく。
「ふん……女の前では尊大な態度だったくせに……情けない」
***
(す……凄い……。あれが大魔法師の実力……)
呆然と先程まで威張っていた恐ろしい兵士達が消えていく様子をリリアは見つめていた。
「――あの……大丈夫ですか? 今のうちに、こちらへ……」
いつの間にか、小さな少女がリリアの手をそっと握っている。
「あの……貴女は?」
驚いてリリアが尋ねると、そこへ3人の人物がバタバタとやって来た。
「もうっ! ティアナったら、怪我をしたら大変ですわ!」
「ルカス様にお任せすると言った筈ですのに……」
「本当に足が速いのね」
ティアナ……?
え……?
この……少女が?
驚きで口をパクパクしている令嬢に、アンジェリカは慌てて手で口を押えた。
「あああああ……の……そのっ……こっ……これには事情が……いたっ!」
フレデリカがアンジェリカの頬を抓っている。
「アンジェリカ……いつも言っているでしょう。お口が軽やかな女性はレディーになれませんわよ?」
ローズがリリアの足を見て顔色を変えた。
「まあっ! 大変……血が出ているわ。すぐにお部屋で治療致しましょう」
リリアは兵士から逃げる際に靴を脱いでいた。
庭園の木の枝や、草の棘が刺さってリリアの素足は血だらけになっていたのだ。
ティアナは急いで髪を結んでいた赤いリボンを解くとリリアの傷の中でも特に酷く血が流れている膝の傷口に包帯の代わりに巻いた。
「あ……ありがとう……ございます」
リリアは公爵家の家族でさえ自分には冷たい態度を取るのに、赤の他人に親切にする少女に戸惑った。
***
「あの……改めまして……ありがとうございました」
部屋で薬を塗って貰いながら、リリアは全員に頭を下げた。
「本当に良かったですわ。危ない所でしたわね」
アンジェリカの言葉にリリアはハッとした。
たとえ無傷であっても、今回の騒動が誰かの耳に入ればリリアの社交界での立場は地に落ちる。
父であるサフィール公爵も傷物と噂されれば、自分は修道院に入れられてしまうだろう。
「フフッ……情けない話ですが……折角助けて頂けましたが、わたくしはもう、公爵家には戻れないかもしれません……」
恐らくラキアスは、傷物となった自分の弱みにつけこんで傀儡とするつもりだったのだろう。
卑劣な王太子の卑劣な側近……。
私はまんまとその罠に嵌ってしまった。
下を向くリリアにアンジェリカが怒りを露わにする。
「はあっ? 何を仰るの? リリア様のお父様はご自分の娘が襲われたと聞いたら家を追い出すと? そんな父親なら捨てておしまいなさい!」
リリアの瞳が大きく見開かれた。
「で……ですが……お父様の命令は……」
フレデリカが優しくリリアの手を握る。
「わたくしの妹が乱暴な言い方をしてしまって申し訳ありません……ですが妹の意見に賛成ですわ」
ローズも優しく微笑む。
「恐ろしい目に遭ったのですから今はゆっくり眠っていて下さいませ。お父様の事をあれこれ考える必要はありませんわ」
リリアはこれまでの人生でこれ程までに自分の事を真剣に考えてくれる人達に出会った事がなかった。
(不思議な方たち……。でも……とても温かい……)
ティアナがごくり、と唾を飲みこむとリリアに話しかける。
「あの……リリア様は本当は星占い師ではありませんよね? あなたは本当はもっと素晴らしい能力があるのに……家門の為にそのお力を隠していらっしゃる……違いますか?」
驚き、全員が固まる中、ティアナは真っ直ぐリリアを見つめた。
リリアは言葉を失い、目の前の可愛らしい少女に全てを見透かされている事に気付いてポロリ、と涙を零す。
「わたくしの正体を何故分かったのですか? 貴女は誰?」
リリアは全員が固唾を飲んで見守る中、美しい長い髪を引っ張った。
パサリ……と漆黒の長い髪がリリアの膝に落ちる。
「ええっ? あ……あなたは……」
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