22 ラストダンスは嫌いな人とは踊らない
「それにしても驚きましたわ! このガラスの靴は動物にも変身出来ますのね!」
私の頭をモフモフ撫でていたアンジェリカお義姉様が興奮している。
「フフ。それにしても、猫ちゃんに変身しても更に可愛らしくなるだなんて……。ティアナはわたくし達をどこまで虜にするつもりなのでしょう」
私の肉球をモミモミしながらフレデリカお義姉様がうっとりしている。
「はっ……。もしやこのまま猫として我が家で匿う事は出来ないのかしら!」
お義母様が何やら物騒な事を呟く。
――3人が私をもみくちゃにしているのでルカス様のご機嫌が悪くなった。
「――いくら家族で、ティアナが可愛すぎるからって……。まさか、結婚を無効にしようだなんて考えていないだろうな……」
アンジェリカお義姉様が意地悪そうな顔でルカス様を見つめる。
「あらあらぁ~? わたくし達がまさかお約束を反故にする様な事を言う筈がないですわよ? ただ、願望を呟く事も出来ないなんて……ルカス様は心が狭いのですねぇ!」
「ぐっ……! しかし、この猫のティアナは流石に反則だろ?」
「まぁ……確かに。わたくし達の心臓が持ちませんわね。ティアナ、そろそろ人間に戻って頂かないと!」
フレデリカお義姉様ったら大げさだわ!
私はルカス様を見上げた。
「そうだな。俺が魔法を解いてもいいけど、実質今のティアナは服を着ていない状態だから……クリスタに頼んだ方がいいな」
へ?
な、なんですってぇ――⁉
***
ルカス暗殺計画が当分の間は延期となってしまった王太子レイブンは苛立ちながら、舞踏会の会場に戻った。
(くそっ……! 役立たず共め! まともに歩く事も出来なくなるとは)
レイブンは舞踏会で踊る令嬢達を冷めた瞳で見つめた。
(どの女もつまらん。チラチラと私を熱い視線で見ている事が手に取る様に分かる)
――この舞踏会は年頃の貴族令嬢が全て呼ばれている。レイブンが気に入ればすぐに婚約出来るのだが。
「あの女以上の令嬢が何処にいるというのだ……」
美しい銀髪が動く度にキラキラと輝き、アイスブルーの瞳はまるで大きな宝石の様だった。
その唇は瑞々しいサクランボの様で……。
(何故、私はあの穢れた血……ルカスの婚約者の姿ばかりが目に浮かんでしまうのだろう)
――ギリッと唇を噛み締めたその時だった。
「殿下ぁ~! どうされたんですかぁ?」
背後から突然甘ったるい声が聞こえ、豊満な胸を押し付けながら、しな垂れかかって来る女性がいた。
「なっ……。お前が何故ここへ?」
――大きな胸が零れ落ちそうな、下品なデザインの胸元が大きく開いた毒々しいピンクと赤のドレスには宝石の代わりに安っぽいリボンとビーズが不器用に縫い付けられている。
フワフワした薄茶色の巻き毛を揺らし、大きな緑色に輝く瞳で上目遣いでレイブンを見つめているこの女は……!
「えへへ。殿下の事がぁ~。大好きだから来ちゃいましたぁ」
レイブンは頭を抱えた。
――この頭が少し弱そうな女は王都の娼館で一度だけ抱いた女イレーヌ!
イレーヌは母親も娼婦で誰が父親なのかも分からない卑しい身分の女だ。
「どうやって招待状を手に入れたのだ。今日の舞踏会は貴族令嬢だけ呼ばれている筈。卑しい身分のお前にはその資格はない」
ギロリと睨みつけて立ち去ろうとするレイブンの腕にイレーヌが胸を押し付けながら涙を浮かべて縋りつく。
「イレーヌはぁ、殿下の事を愛しているからぁ、招待状を魔法で作っただけですぅ」
レイブンがイレーヌに興味を持ったのは、彼女が卑しい身分の娼婦のくせに魔力がそれなりにあったからだ。
「レイブン殿下がぁ~、私の瞳の色は高貴な人物だけが持つ色だって言ってくれたからぁ。多分ですけどぉ……。私も貴族の血が流れているかもですよぉ」
(この女の頭の中はお花畑なのか? いや……待てよ?)
レイブンはいつも令嬢たちから大騒ぎされる美しい笑顔を作るとイレーヌに笑いかけた。
「イレーヌ。実は頼みがあるのだが聞いて貰えるかい?」
イレーヌは突然愛するレイブン王太子が自分にだけ特別な笑顔を向けた事にすっかり舞い上がってしまった。
「はぁん! レイブン殿下のお願いでしたらぁ~。イレーヌが何でも叶えてみせますぅ~」
内心、胸やけがして早くこの場を立ち去りたかったのだが、ルカスを貶める為にはこの女の魔力が必要だ。
「実はね……。私の腹違いのルカスという魔法師なんだが、奴の弱みを知りたいのさ。イレーヌはこの国でも珍しい魔力持ちの女だろ? 魔塔でメイドとして働いて貰いたいんだ。勿論私から給金も出してあげよう」
――イレーヌの頬が不満気に膨らんだ。
「えぇ~? イヤですぅ! 娼婦の方が贅沢な暮らしが出来ますしぃ~。第一魔塔の下働きなんか、綺麗なドレスも着れないですしぃ」
唇を尖らせるイレーヌに極上の笑顔でレイブンは耳元で囁く。
「可愛いイレーヌ……。君だけが頼りなのだ」
その恐ろしい位の美丈夫な顔が至近距離で迫って来てイレーヌの耳は真っ赤になった。
「……っ仕方ないですねぇ~! 分かりましたぁ! その代わりぃ~、絶対にまたイレーヌを可愛がって下さいねぇ~!」
歌う様に囁く真っ赤な唇に吐き気がしたが、レイブンは何とか持ち堪えた。
「あぁ……。では、早速今日中に推薦状を書くから魔塔に行ってくれ」
「はぁい! イレーヌ、頑張りまぁす!」
イレーヌの後ろ姿を見送りながら、レイブンは一人ほくそ笑んだ。
――ルカス……お前の弱点を必ず掴んでみせるぞ?
***
――猫の姿だと服を着ていない裸の状態なのだという衝撃の事実を突き付けられた私は、お義姉様たちに抱き抱えられながら半分涙目でルカス様を睨みつけた。
「ルカス様の今の発言は乙女にとって許しがたい屈辱でしかありませんわね!」
アンジエリカお義姉様が私の頭を撫でながらルカス様に食って掛かる。
「? 本当の事なんだから、怒る意味が分からないな。ティアナも少し落ち着けよ」
(おおお……落ち着けですって? 私……私……っ、は……裸の状態でルカス様に抱き締められていたって事なのでは?)
プルプルと震えている子猫の私をじっと見つめていたフレデリカお義姉様が呟く。
「裸……ではないのではなくって? ティアナは今、子猫の毛皮を着ている様なものなのでは?」
「!!!」
フレデリカお義姉様のこの言葉に一同は固まり、ルカス様は大爆笑した。
「ぶっ……ハハハハハハハ! 確かに! 流石はティアナの姉さんだな!」
裸じゃない……と言われてやっと気持ちが落ち着いた私はクリスタに心の中で命じた。
(クリスタ、子猫の姿はもういいわ。さっきまで着ていたドレスで大人の姿にして頂戴)
――すると、ガラスの靴の『クリスタ』はすぐに反応した。
子猫のティアナが履いていたガラスの靴が突然輝き出したのでアンジエリカお義姉様が慌てて地面に私を降ろした。
眩い光に包まれて、私の身体が徐々に変化していく。
やがて大人の女性の姿になった私は先程まで着ていた美しいドレス姿の大人のティアナに変身した。
「さてと。無事にティアナも元の姿に戻りましたね。そろそろラストダンスの時間ですわ! ルカス様、わたくしたちの可愛い妹を最後まで宜しくお願い致します」
「あぁ。ティアナ、踊りに行こうぜ!」
「……っ」
フレデリカお義姉様に促されて私は差し出されたルカス様の手を取ろうとした……のだけど、恥ずかしくて真っ赤な顔になってしまった。
「あの……少し休憩してからにしませんか? ちょっと暑くて」
するとアンジェリカお義姉様は何かを察した様で、私と腕を組むとルカス様にお辞儀をした。
「あ~。わたくしも喉が渇いてしまったわ! では妹と冷たい飲み物を頂きに行って来ますね! ルカス様、少しティアナをお借りしますわね!」
舞踏会の会場では、冷たいシャンパンやワインが飲み放題になっている。
私はアンジエリカお義姉様に連れられて、飲み物を取りに行った。
アンジエリカお義姉様は白ワイン、私はイチゴのジュースを頂く。
「――ティアナ、あなた……まさかと思いますけどルカス様の事を男性として意識していますの?」
いきなり、直球で私に質問してくるアンジェリカお義姉様には子供の頃から嘘はつけない。
真っ赤な顔で、コクリと頷く。
「ふぅ~ん……いつの間に。でも、あなた方は夫婦になるのだから、むしろこれって喜ばしい事なのでは?」
アンジェリカお義姉様の言葉に顔が暗くなる。
「ティアナ?」
「――ルカス様にとって私はただの可哀想な子供です。魔塔にはルカスさまにお似合いの方もいますし」
私のこの不用意な発言にアンジエリカお義姉様の顔色が変わった。
「はあっ? なぁ~んですって? ルカス様がもう浮気を?」
アンジェリカお義姉様の怒りの声を慌てて遮る。
「ああっ!ち、違います! そんなんじゃなくて、私がお邪魔虫というか……割り込んできた人間というか……」
アンジェリカお義姉様が考え込む。
「ティアナ、いい? これは由々しき問題ですわよ? 婚約者はあなた。お邪魔虫は……ルカス様とお似合い等と勘違いな噂をされたその女ですわ!」
――目が怖い……!
その時だった。
「やぁ……ルカスの婚約者殿。私とラストダンスを踊ってくれるかい?」
――極上の笑顔で私を見つめる王太子レイブンが私の手を取った。
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