21 血の繋がりだけが家族じゃない
――ど、どうしよう。
心臓が早鐘を打つ。
男達の足音が近付く。
(あの者たちは、暗殺者。子供のメイドの命なんて罪悪感も無く消し去るに違いないわ)
ティアナは、心の中で『クリスタ』に助けを求めた。
(助けて! あの男たちに殺されない姿に! あぁ……駄目……怖くてどんな姿がいいのか分からないっ)
「おい。今、あの辺りで何か光ったぞ?」
「くそっ! 誰だ! 出て来い!」
男たちの声が近付いて来る。
もう……駄目!
――ルカス様!
荒々しい男の大きな手が、ティアナの隠れている茂みに伸びて来た。
ギュッと瞳を閉じたティアナの耳に突然男達の悲鳴が聞こえる。
「う、うわぁぁぁぁ!」
「た、助けてくれ! 」
そっと目を開けると、ライトアップされた大きな木のてっぺんに男たちが逆さ吊りにされている。
「――え?」
「悪い。少し遅れた。大丈夫か?」
驚くティアナはいつの間にかふわり、と懐かしいルカスの腕に抱き抱えられていた。
「ど……して……」
(この方は何故いつも私が一番助けて欲しい時に現れて下さるの?今日は泣いていないからペンダントの力では無い筈で……)
「……っ」
ポロリ……とひと粒涙が零れ落ちる。
――しかし、次の瞬間恐ろしい声がティアナを襲った。
「おや……これはこれは……。穢れた血の魔法師ではないか。私の臣下に一体何を?」
(この声は……王太子! 駄目よ……ルカス様がいくら大魔法師だとしても、この王城で騒ぎを起こしてしまえば不敬罪に問われてしまう!)
大きな布に包まれて抱き締められているティアナには、ルカスの表情も王太子レイブンの表情も見えない。
「――あぁ……てっきり侵入者かと思ったものですから……これは失礼? 兄上」
「……っ貴様! お前みたいな卑しく穢れた血が私を兄などと呼ぶとは! は、早く私の臣下の者たちを元の場所に下ろせ!」
(ルカス様を穢れた血だなんて……! 許せないわ!)
ルカスの胸の中でティアナはレイブンの発言に怒りを感じていた。
「はぁ……。私も出来れば血の繋がりなど無ければ嬉しかったんですけどね」
ルカスは溜息をつくと指をパチンと鳴らす。
「ひぎゃあああぁあああ――!」
断末魔の様な叫び声が聞こえたかと思った瞬間、ドサリと大きな音と地響きがして暗殺者たちは地面に叩きつけられていた。
「あ、悪いな。今の衝撃でこいつら、暫くは動けないだろうね」
「――おい。今お前が抱えているのは何だ? 大人しくこっちへ寄越せ」
レイブンの言葉にティアナはゾクリと背筋が凍り付いた。
ガタガタと震える背中をルカスが優しく撫でる。
「――断る。悪いがあんたにやれるものは一切無い」
ギュッとティアナを抱くルカスの手に力が籠る。
(ルカス様……ルカス様が私を守って下さる……こんな状況なのに嬉しい)
布越しとはいえ、しっかりと胸の中に抱き締められているティアナはルカスの鼓動を誰よりも近くで感じ、顔が真っ赤になった。
「――先程私はそこの臣下……ゴホン、いや……私の影の者たちと非常に大事な事を話し合っていたのだ。王国の機密情報を聞かれた可能性もある。だから……」
ルカスに抱かれながら、ティアナは震えた。
(酷い! ルカス様の暗殺を話し合っていたくせに! なんて卑怯な……)
ルカスがプッと吹き出す。
「な、何だ! 不敬だぞ? 平民の分際で……」
「あ、これは失礼致しました。殿下が先程から大騒ぎしているのはこいつの事ですか?」
ルカスがティアナを覆っていた布を捲る。
(だ、駄目ですっ! たとえ小さな子供だとしても残酷なレイブンが何をするか……)
真っ青になっているティアナを無視して、ルカスはティアナを胸に抱き直すと優しく見つめる。
「殿下にはこいつが何か聞いたとでも?」
恐る恐るレイブンの顔を見ると殺意は感じられないので、少しホッとした。
「……っフン! お前にはそいつを可愛がるのがお似合いだな! おい! 行くぞ!」
レイブンはティアナを見ると、途端に興味を失くして庭園を出て行く。
暗殺者たちはまともに歩く事も出来ずに互いを支え合いながら、そろそろと庭園を後にした。
*
ティアナは、暗殺者たちがいなくなると、キッとルカスを睨む。
(もうっ! レイブン王太子を怒らせて私が連れて行かれたらどうしていたのですか?)
「あ、ティアナが怒ってる――! 可愛いな」
ティアナは腹を立てるとルカスの胸をポカポカと叩いた。
「うわ。いてて……ティアナ、爪、爪が痛い!」
え……?
爪……?
キョトンとしてティアナは改めて自分の手を見て仰天した。
ティアナの小さな手がモフモフとした銀色の毛で覆われていて、肉球もあるではないか!
キャアーー、と叫んだ積もりのティアナの口から「ニャアアアア!」という鳴き声が出る。
――その時だった。
バタバタと走り寄る足音が聞こえる。
「ルカス様! ティアナを知りませんか?」
「先ほど化粧室に行く姿を見てから何処にも見当たりませんの!」
「あぁ……どうしましょう。ティアナ……」
フレデリカ、アンジェリカ、義母たちが真っ青な顔でルカスに訴えた。
「あぁ……ティアナなら無事です。ほら」
アンジェリカの呆れた声が聞こえる。
「んまあっ! わたくしたちは、ティアナを探してるのですよ! メイド服に包まれた子猫ではなくて……え?」
アンジェリカお義姉様は私のモフモフした足にガラスの靴の魔道具『クリスタ』が履かされている事に気付いた。
「あらあら……なんて可愛らしい子猫なのかしら……え? まさかこの子猫?」
フレデリカはニコニコしながらティアナの頭を撫でている。
「その……まさかと思うけれど……ティアナ……なの?」
「ミャア!」
義母のローズに返事をしようとしたティアナは猫語で返事をした。
(ど……どうしよう! お義姉様たちが驚いているわ! 猫なんかに変身して気味悪がられたら!)
慌てているティアナの頭上から叫び声が聞こえる。
「きゃ~! か~わ~い~い~!」
三人にもみくちゃにされながら、血の繋がりだけが家族ではない事をティアナは実感していた。
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