20 最悪の舞踏会を繰り返す事はしない
大広間は見た事もない美しい男女の登場に騒然となった。
「う……嘘ですわ! あの野蛮人と評判のルカス様が……!」
「ああっ……なんて美しい……! レイブン殿下よりも素敵……」
「しい……っ! 不敬罪で捕まってしまいますわ! はぁ……でも確かに……」
広間に居合わせた全ての令嬢達からため息が漏れる。
「おい……あの妖精みたいなご令嬢……あんな美しい人は初めて見るな」
「今まで一度も夜会に姿を現さなかったぞ? くそっ……私が申し込みしていれば!」
「ウェズリー男爵家の娘達は皆美しいと聞いてはいたが……これ程とは……」
ザワザワと広間が騒がしくなる中、ルカスが小声でティアナに囁いた。
「おい……あそこのご馳走美味そうだな……帰りに沢山持って帰ろう」
いつもと変わらないルカスに、ティアナが思わず微笑んだ。
その何気ない2人の様子を見た令嬢達は大興奮している。
「きゃあ~! ご覧になった? あれは絶対に素敵な愛の言葉を囁いているのですわっ」
「ああ……わたくしにも素敵な言葉を囁いて欲しいですわ……なんてロマンチックなんでしょう」
ルカスがティアナに話しかける度に令嬢たちのため息が深くなり、ティアナが微笑む度に男性達の目は釘付けになっていった。
やがてそんな大広間のざわめきをかき消すファンファーレが鳴り渡った。
国王、王太子たち王族が登場すると騒がしかった広間は静かになった。
見目麗しいレイブン王太子の登場に、令嬢達はそわそわしている。
この王太子の目に留まった令嬢が王太子妃候補となるからだ。
「今宵は王太子レイブンの20歳の誕生を祝う宴。心ゆくまで楽しんで貰いたい」
国王の舞踏会開始の合図で、宮廷楽団の演奏が始まりパートナーがいる男女は最初のワルツを踊り始めた。
「ティアナ……踊ろうか」
ルカスの言葉にティアナはコクリと頷いた。
――そうだ……この舞踏会は私の戦いの舞台だ。
レイブンが私の姿を舐めるように眺めている視線を感じる。
レイブンの視線が私に釘付けとなっていれば、少なくともお義姉様たちは安全だわ!
「ティアナ……気持ちは分かるけど……今は俺に集中しろ。レイブンがお前を穴が開く程見ている。ここで気を抜けばお前の弱みが何なのか悟られる。あいつは昔から他人の心の裏を読み取るのが得意だった」
ルカスがティアナの手をギュッと握るとレッスンの時よりも腰を引き寄せて身体を密着させた。
「……っ」
顔が火照り、ドキドキとうるさい心臓の音が周りに聞こえてきそうでティアナは俯く。
「大丈夫だ。俺を見て」
耳元でルカスが囁く。
ティアナが顔を上げると、金色に煌く優しい瞳がティアナの心を溶かしていった。
「ルカス様。私のお願いを聞いて下さって……いつも守って下さってありがとうございます」
「――俺はお前が笑っていれば、それだけでいいんだ。だから礼は要らない。俺が望んでやっている事なのにいちいち礼をされたらおかしいだろ」
ティアナは胸が一杯になりルカスを見つめると微笑んだ。
「嬉しいです! ルカス様……」
「……っ。ティアナ……その顔、絶対に他の奴にするなよ?」
「?」
ティアナが小首を傾げてルカスを見ると、耳が真っ赤になっている。
「ふふっ……分かりました!」
***
王太子レイブンは子供の頃からルカスの存在を疎ましく思っていた。
卑しい女から生まれた平民のくせに
教養も無いくせに
権力も無いくせに
富も無いくせに
父からの寵愛もないくせに
それなのに……何故、私が欲しいものを持っているのだ。
心の底から憎い、半分血の繋がった弟……。
その憎い相手が、私の為の舞踏会で賞賛されている?
野蛮で卑しい身分にぴったりの、見すぼらしい姿で舞踏会に現れる事を確信していたのに。
あれが、ルカスの素顔……?
そして……隣に立つ美しい令嬢が婚約者……だと?
男爵家の令嬢。
父親が亡くなり、継母たちと暮らす気の毒な令嬢。
どうせこの女もルカスの魔法師としての実力に惹かれただけ……。
そう思っていたのに!
何だ?
あの蕩けきった顔は……!
ギリッと唇を噛み締めた王太子レイブンは大広間を後にした。
***
「ティアナ~! と~っても素敵ですわ!」
ルカス様とのダンスが終わると、アンジェリカお義姉様が興奮して飛んで来た。
「ウフフ……アンジェリカったらはしたないですわ。でも……そのドレス、とても似合っています。ティアナ、わたくしたち、とても寂しかったですわ」
フレデリカお義姉様が優しく微笑む。
「ティアナ、魔塔の暮らしは不便ではない? 何か欲しいものは?」
お義母様が心配そうに私を見つめる。
ああ……本当に幸せだわ。
この家族の為に、この舞踏会は絶対に平和に終わらせてみせる!
「ねぇ……あの美丈夫は本当にあのルカス様ですの? 婚約式の時も美しかったのに、更に磨きが掛かっているような……」
ルカス様は、私とのダンスを終えた途端、2曲目を踊りたがる令嬢たちに囲まれてしまった。
「あら……それを言うならティアナですわ。婚約式の時よりも美しさと可愛らしさが倍増していますわね。一体何があったのかしら?」
意味深に微笑むフレデリカお義姉様の視線に目を逸らしていると、今度はワラワラと貴族の男性たちが押し寄せて来た。
「レディ、宜しければ私と一曲踊っていただけませんか」
「いやいや、私と是非!」
「初めてお目にかかります。私は……」
押し寄せる男性たちに慌てる私の横でフレデリカお義姉様がにっこりと微笑む。
「まあ……。素敵な殿方たちがわたくしの妹をダンスに誘って下さるなんて光栄ですわ。でも……少し妬けてしまいますわね。まだわたくし、どなたとも踊っていませんの」
憂いを帯びた榛色の瞳のフレデリカお義姉様にその場にいた男性たちが瞬殺されていく。
「ああら……。実はわたくしも、まだどなたとも踊っていませんわよ? このわたくしの心を射止めて下さる方はいませんの?」
蠱惑的な眼差しのアンジェリカお義姉様にメロメロになる男性たち……。
そうだった……。
私が困っている時、こうやっていつも私を助けて下さったお義姉様たち。
あの日……私の愚かな行為がこの優しいお義姉様たちの命を奪った。
だから今度こそ私がお義姉様たちを守るわ!
涙が込み上げてきた私は大広間を出ると、化粧室へ向かった。
化粧室に向かった私が長い廊下を歩いていると、レイブン王太子が怪し気な黒ずくめの男達と庭園に向かう姿を目にした。
黒いフードから一瞬だけ頬に傷のある男の顔が目に入る。
あの男達は……!
私の脳裏に自分が王子に殺された時の記憶が蘇る。
***
――レイブンと結婚させられた私は毎日彼に魔力を奪われてボロボロになっていた。
その日も、無理矢理私の身体から魔力を吸い取ったレイブンはご機嫌だった。
そして……。
「ハハハハ! あの憎い男も間もなく私の方が権力も魔力も上なのだと思い知るだろう。おい……。お前達、今夜あの男の息の根を止めるぞ!」
「ははっ!」
黒いフードを目深に被った男達が寝室にいた。
その男達の1人は、右頬に傷のある男だった。
「レイブン殿下……この女、私たちの顔を見てますが……」
レイブンが冷酷に微笑む。
「あぁ……心配ない。精神が崩壊して口がきけなくなったのだ。人形みたいなものだから気にする事はない」
「おや、それは残念だ。美しい顔をしているのに……殿下がもう飽きてしまったなら我々が是非可愛がってあげましょう」
男達の下卑た笑い声……。
そうだ……。
あの男だ!
***
ティアナは化粧室に入ると『クリスタ』に命じる。
「クリスタ、お願い。私を10歳のメイド服の子供にして! 髪色は目立たない色で」
―――――パァァァァァ
ガラスの靴が光を放つと、私は使用人の姿をした子供の姿になった。
急いで庭園に向かう。
薔薇の茂みにこっそり潜むと、男達とレイブンの会話が聞こえて来た。
「……レイブン殿下、こんなはした金ではとても出来ない仕事です」
「なにも剣を交えて闘えとは言っていない。いくら高い魔力があっても毒の力には勝てないだろう」
レイブンの氷の様な言葉に私の心臓が凍り付く。
「相手は偉大な魔法師ですぜ? 毒も見破るんじゃ……」
「だったら、魔塔で働く下働きになりすませ」
恐ろしいレイブンの計画に私はガクガクと震えが止まらなくなった。
怖い……。
私が口を押えて後ずさりをしたその時だった。
――――パキッ――――
しまった!
枝を踏んで音が……!
レイブンの恐ろしい声が聞こえる。
「誰だっ……!」
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