17 ガラスの靴に名前は付いていない
ルカスは舞踏会の招待状をティアナに見せた事を激しく後悔した。
――まさか、あんな怖い記憶があるのだから行きたがらないと高を括っていた。
それなのに……。
ティアナは本当に家族が大事なんだな……。
ルカスはガラスの靴が脱げてしまって元の姿になり、涙を流すティアナの姿を思い出していた。
あの時、ティアナを慰めながらルカスは自分の迂闊さに心の中で舌打ちをしていた。
――夢の中でティアナが恐怖を感じていたのは……。
舞踏会でガラスの靴が脱げ、正体がバレて王子に捕まりそうになる場面。
あんな恐ろしい事は絶対にもう体験して貰いたくない。
――あ、そうか。
靴が脱げなくなればいいのか……!
ルカスは翌朝転移魔法を使い、テリーの部屋へ向かった。
***
丁度その頃、テリーは昨日見た可愛いティアナの姿を思い出して1人でニヤニヤしていた。
大聖堂での婚約式のティアナも可愛かったけど、本当のティアナはもっと可愛い!
しかも、僕だけが知っている秘密なんだ……。
テリーは、ティアナが喜びそうなプレゼントを密かに作る事を決意した。
おっさんのルカスなんかが思いつかない様な素敵なプレゼントを作って、昨日の事を
謝って……。
その時、音もなく転移魔法を使ってルカスがテリーの部屋に現れた。
「おい……テリー。お前独りで部屋ん中で何をにやけてるんだ……。気持ち悪い」
「ぎゃぁぁぁ――! こんな朝早くに何なの? びび……びっくりするから無音で来ないでよ!」
真っ赤な顔をしたテリーを怪訝そうな顔でルカスが見つめる。
「お前……熱でもあるのか? 真っ赤なトマトみたいだぞ!」
「ね……熱なんかないよ! それより何か用? 昨日のティアナの事なら誰にも言わないから安心してよね!」
ルカスの金色の瞳が氷の様に光る。
「昨日の事? お前、俺の妻を泣かせたんだから責任取れ」
「えっ……せ、責任? 取る! 取ります! ティアナを僕が必ず幸せにしてみせるから安心し……痛っ!」
テリーはルカスから拳骨をお見舞いされた。
「誰が、誰の妻を幸せにするって? お前、人の妻を奪おうとするとか百万年早いぞ?」
「イタタ……ふ、ふん! そっちこそ契約結婚のくせに……それで? 責任ってどんな責任取ればいいのさ……」
ルカスは、魔道具のガラスの靴をテリーの机に置いた。
「これって……」
「お前、魔道具の改良とか得意だったよな? レイブンの舞踏会にティアナが行く。ガラスの靴が簡単に脱げない様にしろ」
「ええっ! 舞踏会にティアナが? だ、駄目だよ……王子の目にもしも止まったりしたら……! ティアナを無理矢理奪うかもしれないんだよ?」
ルカスが不敵な顔で笑う。
「お前……この俺が一緒なのに、ティアナを奪われる様な事があると思ってるの?」
テリーはルカスをジト目で見つめると、溜息をつく。
「その自信がどこから来るのか知らないけどさ……。レイブン殿下は腐っても王子だよ。煌びやかな衣装に優雅な物腰、お洒落な会話、加えて恐ろしい位の美丈夫だ。ティアナが間違って惚れちゃったらどうするのさ」
ルカスは、鼻で笑った。
「お子ちゃまはそんな事を気にしていたのか。安心しろ。ティアナはこの俺の顔は誰よりも綺麗だって褒めてたぞ? それよりガラスの靴! 出来るのか?」
テリーは、魔道具のガラスの靴をじっと見つめた。
本棚の魔法書を手に取るとカチャリと眼鏡をかけ直し、パラパラとめくる。
「転んだくらいじゃ靴が脱げない様に……ね。この魔道具は、そもそもかなり複雑な術式が組み込まれているからなぁ。あ……ねぇ、この魔道具ってもう他の貴族には売らないの?」
「? あぁ。この靴はティアナだけが今後は使う事になるからな」
テリーは、魔法書の68ページを指差す。
「だったら、この靴の主人をティアナにする魔法をかけたら? ガラスの靴に名を刻印すればティアナを守る意志を持つようになるんじゃない?」
ルカスは魔法書をじっと見つめると考え込んだ。
魔道具に名を刻印する人間はほとんどいない。
刻印された魔道具は主を得た事によって意志を持つようになるのだ。
意志を持つ、という事は魔道具そのものが学習して主人を守ろうとする事になる。
しかし、この刻印をするには相当高い魔力の魔法師が必要で、高い金額の魔道具に刻印まで刻む者はいない。
――魔法師にもメリットはあまり無い。
刻印を刻んで持ち主を明確にしてしまえば、もう他の貴族は使えないから。
ただでさえ魔道具の材料費にお金が掛かっているのだ。
同じ依頼がある度に一から作るよりも貸したほうが高率が良い
依頼が終われば返却する。
互いにメリットがあるのだ。
「まぁ……このガラスの靴はティアナ以外には履かせるつもりはないからな。よし! そうと決まれば、刻印を刻む材料の調達だ! そのページに書かれている材料を今日中に用意しろ!」
テリーが目をパチクリさせる。
「え? 僕が探すの?」
「当たり前だ! お前が提案したんだから、最後まで責任取れよな!」
テリーは魔法書に書かれている材料を見てげんなりした。
「無機質な魔道具に意志を持つ力を授けるんだから、もっとまともな材料だったら良かったのに……」
「ブツブツうるさい。ティアナが転んでも脱げない魔法が新たに加わったこの魔道具を手にしたら、多分喜ぶと思うけどな……」
「やる! やります! そ、その代わり、僕の手柄だってちゃんとティアナに伝えてよね?」
ルカスは無表情でテリーのマシュマロみたいな頬を抓った。
「いひゃい……ケチ! このアイディアは僕が考えて僕が材料だって準備するんだからいいじゃないか!」
「……まぁ、頑張れ。ティアナが喜ぶ様な凄い魔道具に改良するぞ!」
――魔法書68ページには次の材料が記されていた。
ムラサキハツカネズミ、ノコギリトカゲの尻尾、ティモール黒南瓜、主人の髪の数本。
***
夕方になり、魔塔の部屋の中で独り残されたティアナは、ルカスがガラスの靴を持って行ってしまったので10歳の子供の姿に戻っていた。
「なんだか落ち着かないわ。これが本当の私の姿なのに」
この世界で一度死んだ私の年齢は16歳だった。
そして折原光華として生きていた転生前は25歳だった。
だから、今の子供の姿よりもガラスの靴を履いた18歳のティアナの方がしっくりくる。
この部屋は誰も入らない様にルカス様が結界魔法をかけているから大丈夫なんだけど。
「身体が小さいと、やっぱり不便だわ。高い所の物が届かないし、お料理も出来ない」
ポツリと呟く。
――レースのカーテンが揺れている。
窓も開いてないのにカーテンが何故?
踏み台を持って来ると出窓によじ登る。
窓の外には雄大な山々が良く見えてティアナは思わず見惚れてしまった。
「日本の山の景色とはやっぱり違うわね。本当に綺麗……」
山には雪が少し残っていて、崖の上をカモシカが歩いている。
「標高が高い筈なのに、息苦しくも無いし、寒くも無いわ……」
不思議な気持ちで窓の外の景色を眺めていると、大きな青い鳥が窓辺に止まる。
「わぁ。凄く綺麗な鳥だわ」
青い鳥は鷲位の大きさがある。
スカイブルーの羽に紫色の目の鳥だなんて変わってる……。
――コツンコツン、と窓を鳥がクチバシで突いている。
ティアナは鳥をもっと近くで見たくなって、小窓を開けた。
――ビュウ……。
窓を開けた途端、鳥の姿は消えて部屋の中に青い魔法陣が突然現れた。
***
ええっ?
これ……ルカス様の魔法陣じゃない。
テリー様とも違う。
誰なの?
慌てて、踏み台から飛び降りると暖炉の中に私は隠れた。
暖炉の陰からこっそり覗くと魔法陣の中から、さっき見た青い鳥が現れてそのまま人間の姿に変身していく。
この方は?
とても綺麗なスカイブルーのサラサラの長い髪、紫色の瞳は宝石みたい。
背が高くて、端正な顔立ちの美丈夫でルカス様よりも年上…?
「おやおや……。部屋を間違えてしまったかな? ルカスに会いに来たんだけど。ついでに婚約者殿にもご挨拶したかったのに……。君は誰?」
ど……どうしてこの方はこの部屋に入れるの?
しかも、暖炉に隠れているのに見つかるなんて!
でも、怖い感じはしない。
私は恐る恐る暖炉から顔を出した。
既に姿を見られてしまったので、何とか誤魔化さないと。
「こ……こんにちは……従妹のお姉さんに会いに来たんですけど、この部屋で待つ様に言われて」
咄嗟に従妹という設定で誤魔化そうとした。
「へぇ。確かにティアナちゃんに似てるかも……それで? なんで灰まみれになってるの?」
あ……しまった。
昔から、何か怖い事があると暖炉の中に隠れてしまう。
「綺麗な顔が台無しだ……。仕方ないな……」
――ビュウ……。
風が私の身体を包み込むと、あっと言う間に私の髪や服についていた灰が消えていく。
「ありがとうございます……。えっと、貴方は?」
すると、この方はまるで物語の王子様みたいに私に跪くといきなり手の甲にキスを落とした。
なっ……何なの?
「私は魔法師のセルジオです。美しいお姫様……貴女の名は?」
どっ……どうしよう……。
名前って……。
私が涙目になって何とか名前を絞り出そうとすると、セルジオ様は跪いたまま不敵に笑う。
「とても可愛らしいお名前なんでしょうね……例えば、ティアナ……とか?」
読んで頂きありがとうございました(^^♪ もしも面白いと感じて頂けたらレビューをお願い致します。
★★★★を頂けたら更に大変嬉しいです(*^^*)




