16 ルカス様は私と結婚したかったんじゃない
「へぇ~。つまり、ルカスとティアナが結婚するのは王家に目を付けられたくないからなんだ……。それってつまり、契約結婚って事?」
テリーの言葉に、ティアナは心の奥が何故かズキリと痛んだ。
「は……はい。ですが、私も年齢をいつまで誤魔化せば良いのか分からなくて……」
テリーは、自分の目の前に座る潤んだ瞳の美少女を見つめて、心が躍っていた。
年上の綺麗で可愛いお姉様って感じだったのが、今は僕よりも小さくて儚い妖精みたいだ。
生きてる人形みたいな大きくて丸い瞳が愛らしい。
――――かっ……可愛い!
変だと思っていたんだ。
あの無愛想で変人のルカスに恋人だなんて!
ルカスにはオリビエがいるんだし、今だけの短い縁なのだろう。
考えてみたら、ティアナにお似合いなのは、むしろ僕……だよね?
ほっとくと髭が伸び放題になるおっさんなんかよりも、僕みたいな艶々お肌の美少年の方が絶対にお似合いだ!
年齢だって、僕の方が近いから話だって合う筈。
決めたぞ!
汚い大人達からティアナを守る王子はこの僕しかいない!
今は……クソ王子のレイブンの毒牙から遠ざける手段としてルカスの手を借りないと駄目だけど。
「ティアナ……僕が君の事は絶対に守るからね!」
ギュッと手を握るテリーに、ティアナが苦笑した。
(テリー様って純粋で可愛らしい方だわ)
ティアナはにっこり微笑んだ。
「ありがとうございます! 嬉しいです!」
ティアナの天使の様な微笑みにテリーは舞い上がった。
「今はまだ僕にはルカスみたいに凄い魔力は無いけど、ルカスよりも絶対に強くなるからね! ずっとこのままじゃオリビエが可哀想だし」
「――え?」
ティアナがドキリとして、テリーの顔を見る。
「君を助ける為なのは分かるけど……ルカスには公認の仲だった魔法師がいるんだ。オリビエっていうんだけど。だから、皆驚いてたんだ……ってあれ? ティアナ……?」
ポタリ……と涙がティアナの頬を伝った。
あれ?
何で私、泣いてるの?
ルカス様に恋人がいるかもしれないって考えた事あった筈なのに。
「ごっ……ごめんね? 泣かせるつもりはなかったんだ! 離婚って話は僕の想像だし、何年か先の話だから! ね? 泣かないで……」
テリーは慌てた。
――――しまった!
つい、オリビエの事を口走ってしまった。
契約結婚だって分かって、張り切り過ぎたみたいだ。
この子には、今ルカスしか頼る人がいないのに……。
僕みたいな子供の魔法師がいくら王家から守るなんて言ったところで頼もしく感じる筈がないのに!
その時、涙が止まらなくなったティアナを慰めるテリーの背後で物凄い地響きが聞えた。
あ……これ、一番マズイやつ……。
テリーの顔が真っ青になった。
***
――――ゴゴゴゴゴゴ……。
本来ルカスほどの魔力の持ち主なら音もたてずに転移魔法が使える。
しかし、感情が高ぶるほど荒れている時はもの凄い音がするのだ。
テリーがカタカタ震えている。
ティアナは何が起きたのか分からずに呆然としていた。
「――へぇ……。テリーはいつから俺の妻を泣かせる様な酷い男になったのかな?」
ティアナが振り向くと、転移魔法で現れたルカスと目が合った。
「ティアナ、大丈夫か? テリーは少し……いや、相当おかしな幻覚を見てるんだな。ティアナが子供に見えるとか……目は大丈夫かな?」
ルカスは、ティアナの頬を伝う涙を指でそっと掬い上げた。
「ルカス様……ごめんさい……靴が脱げてしまって……テリー様に……」
「なんだ……ティアナはそんな事気にしてたのか? 今日見た事はテリーの妄想なんだから、大丈夫だよ。なぁ? テリー……」
ティアナに見えない様にルカスはテリーを今にも殺しそうな瞳で睨みつけた。
「あ……あははは……そ、そうだね……やだな……何か昨日変なもの食べたのかも……」
テリーは、後ずさりをすると無詠唱で慌てて転移魔法を使って部屋からいなくなった。
***
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
ヒックヒック……と、しゃくり上げながら中々止まらない涙に私は困惑する。
(子供の涙って厄介だわ。止めたいのに、涙が止まらない……)
「よしよし……。ごめんな? まさか独りにしてる間に靴が脱げちまうなんてな。びっくりしたよな?」
「――あの。そういえば、何故ここに?」
物凄いタイミングで登場したルカス様を私は信じられない気持ちで見つめる。
「あぁ……。お前には追跡魔法と、万が一、お前が外で泣いた場合はすぐに分かるように魔法のペンダントでお知らせが……」
ルカス様は胸に下げているペンダントを見せる。
そういえば、ルカス様はこの魔塔に一緒に住む様になってから、いつもこのペンダントをしている。
ペンダントは確か銀色の石が付いていたけど、今は……碧く輝く光を放っている。
「普段はティアナの髪色に合わせて銀色のペンダントで……ティアナ?」
「……っ」
折角、涙が止まったのに……。
ルカス様は酷いです。
また……涙が……。
今度はさっきの涙とは違う涙が零れ落ちる。
「ご……ごめん……。お前に内緒でこんな気持ち悪い追跡魔法を……」
私はフルフルと首を振る。
転生前の夫からの執拗な監視とは全然違う。
外出すると、30分おきにメールが来ていた。
それに気付かないと、物凄く叱られた。
今、何処にいるのか。
今、何してるのか。
今、誰と会ってるのか。
何時に帰るのか。
何度も何度も……。
あの時、あれ程苦しかったのに。
ルカス様は、ただ私が泣いた時に見つけられる魔法を……?
「――嬉しいんです。ルカス様……嬉しいんです……っ」
私の為だけに準備して下さった部屋も。
私の為だけに内緒で追跡魔法をかけて下さった事も。
私が泣いた時だけ分かるペンダントを身に着けて下さる事も。
――こんなに優しい人に、私は本人が望まない結婚を決意させてしまった。
ずっとお傍にいたかったけれど……。
私、早く自立してここを出て行きますね。
その為には……。
「――ルカス様、私に魔法を教えて下さい。王族が手出し出来ないくらい強い魔法師になってみせます! そしてルカス様を自由にしますね!」
***
転移魔法で研究室に逃げ込んだテリーは、ボサボサの髪の虚ろな顔のバートがいる事に気が付いてげんなりした。
――しまった。自分の部屋に戻れば良かった……。
「あらら……テリーちゃん久しぶりだねぇ。珍しいじゃん。いつもは研究よりも本の虫なのに……。あぁ、ルカスならいないよ? なんか知らんがティアナちゃんが泣いてるからって凄い剣幕で消えたぞ?」
「……っ」
テリーは先ほど見たティアナの涙の原因が自分のせいなのだと思い知ると、落ち込んだ。
「……っ泣かせるつもりはなかったんです。ただ……ティアナを僕も守りたくて……」
バートは驚き、手に持っていたジャコウネコの尻尾の毛をポトリと床に落とした。
「ええっ……! 嘘でしょ。テリーちゃんが原因? は? 何それ! 三角関係なの?」
ケラケラと笑うバートにいらいらする。
「かっ……からかわないで下さいっ! 僕はただ……いつまでもルカスがティアナと一緒にいる気が無いなら、新たな夫として立候補してもいいのかなって!」
ガタン……音がして、バートが椅子から転げ落ちていた。
「ちょっと! それってもしかして、テリーも聞いたのか? 契約結婚の事……」
テリーが転がる先輩魔法師のバートを冷たく見下ろす。
「――だったら、何なんです? ルカスだっていずれはオリビエと結婚するつもりなのでは?」
「お前……いくら、綺麗なお姉様だからっておませなガキだな……! まぁ、年上のお姉様に憧れる気持ちは分かるけどね?」
この言葉でテリーは、ハッとした。
(何だ……バートは本当のティアナが何歳なのか知らないんだ。この魔塔の魔法師の中で僕だけが知ってるんだな)
テリーはすまして答える。
「バートさん、我が魔塔の法律をご存じですよね? 我々魔法師はどんな婚姻も出来るのですよ」
そうだ……どんな結婚も出来る。
僕は立派な魔法師としてルカスを超えてみせるぞ!
***
ルカス様へ新たな目標を告げ、早速明日から魔法の勉強を! と張り切っていた私の元へ翌日の朝、恐ろしい知らせが魔塔に告げられた。
「え……舞踏会への招待状? 私とルカス様に……?」
背筋がゾクリとして、冷たい汗が流れる。
そんな……。
何故、婚約した私とルカス様に招待状が?
それに……あと、ひと月しかないのに!
「行かなくていいぞ? こんな妃候補を探すイベント」
ルカス様は招待状を燃やそうとしている。
「ああっ! 駄目です。待って下さいっ!」
私だって行きたくない。
でもこの舞踏会にはフレデリカお義姉たちも参加する筈。
もしも、魔力持ちの令嬢が現れなかった場合は王子が自分の好みで妃候補を探す筈。
王子に殺された時の記憶を辿る。
『毎日泣いてばかりでつまらん女だな……お前の義姉のフレデリカが魔力持ちなら良かったのに。顔も身体も性格も私好みだ』
そうだった……!
このままだと、フレデリカお義姉様が危ない!
「ルカス様! 私、舞踏会に行きます。義姉達が心配なんです!」
レイブン王太子の誕生を祝う舞踏会まで、あとひと月。
――恐ろしい記憶がまだ鮮明に残る地獄の舞踏会へ出席する事になってしまった。
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