15 テリー様は無邪気な少年ではない
ど……どうしよう。
ガラスの靴が脱げてしまって、いきなり大人の女性から子供の姿になってしまった私を見て、テリー様が呆然としている。
私は涙目になって、テリー様を見上げた。
さっきまでは、私の方が背だって高かったのに……。
無言の時間が流れた。
私が言い訳を口にしようとしたその時だった。
ガヤガヤと女性達の声が聞える。
そろそろ食事の準備を始める時間なのかもしれない。
早く大人の姿にならないと!
手足が震えて動けない。
テリー様は、しゃがみこんで私の顔をじっと覗き込むと無言で人差し指を立てると『しいっ』と囁いた。
私は慌ててコクコクと頷いた。
テリー様は無言でニコッと笑うと指をパチンと鳴らす。
指を鳴らす音とほぼ同時に私とテリー様は転移魔法で厨房から消えていった。
***
「えっと……あのぅ……ここは?」
テリ―様の様の魔法で私達は、あっと言う間に瞬間移動した。
――魔塔の中という事を感じさせられないとても綺麗な部屋。
でも、ここは?
ピンクと白の壁紙が可愛らしくて、小さな窓に揺れるレースのカーテンも素敵だわ。
白いテーブルと椅子も、この部屋の雰囲気に合っている。
「ルカスがさ、ティアナ専用の部屋も創りたいって言ってたんだよね。まだ、君がどんなものが好きなのか分からないから何も置いていないんだけど。ティアナが好きな事を出来る部屋だよ? 本当はもっと色や柄の希望を聞いてからじっくり創る予定だったんだ」
嘘……! 私専用の部屋だなんて。
転生前の結婚生活では、夫には趣味の書斎部屋があった。
書斎部屋っていっても、勉強する訳でない自分がコレクションしている雑誌や、フィギュア、ミニカー等が飾られていて、休日に音楽を聞いたり雑誌を読んだりする趣味の部屋。
正直羨ましかった。
本当に私だけの部屋が?
なんて贅沢なの!
結婚したら自分の部屋なんて貰えないって思ってたのに!
「ティアナはお料理が好きみたいだから、この部屋を料理出来る部屋にするのも面白いかもね。この部屋は結界魔法で守られているから、誰も来ないし」
嬉しい! この部屋でお料理やお菓子が作れるのね?
「嬉しいです。今日は残念でしたが、今度頑張って美味しいご飯を作りますね?」
大喜びしている私の目の前に、先程脱げてしまったガラスの靴が現れた。
テリー様がガラスの靴を私の顔の前に突き付けている。
「あのさ……そろそろ納得出来る理由? 教えて欲しいんだけど。これって内緒の話だよね? どういう事?」
テリー様……さっきまでの無邪気な天使みたいな顔から、今はニコニコ笑いながら目だけは全く笑ってない顔に……。
私はゴクリと唾を飲みこむと、これまでの経緯を話し始めた。。
***
「ル~カ~ス~! お前さ……婚約者の美女をほったらかしでよく仕事出来るね……。ティアナちゃん、泣いてなかったの?」
研究室にこもりっきりのルカスにバートがニヤニヤと絡んでくる。
「――うるさい……。お前も早く自分の仕事をしろよ! そのヘラヘラした口先を縫い付けてやろうか!」
「やだ~! ルカスったらこわ~い! え……それ何持ってんの?」
「―――口が鳥のクチバシになる魔道具……」
「ぎゃ――――っ! わ、分かった! ちぇっ……つまらん奴め」
ブチブチと文句を呟きながら、バートはチラリとルカスの様子を盗み見る。
――楽しそうではあるな。こいつ普段は何考えてんだか分からん時の方が多いんだが。
「むふふ……い~いなぁ。こんな人間ぽいルカスちゃんが見れるんだから、結婚してくれるティアナちゃん、最高! 女神様だねぇ……痛っ!」
研究用の咬みつき亀がバートの鼻に齧り付く。
「――あぁ。悪いな……この亀さ、俺に似てうるさい奴を見ると抹殺したくなる性格だから」
咬みつき亀は研究用なのだが、何故かルカスに懐いている。
「ちょっと! 酷いでしょ? 明日は久々に王都の貴族令嬢からの依頼品を届けに行くってのに……」
――普段の倍の大きさになったバートの鼻を眺めながらルカスは無表情で質問する。
「お前さ……女心の話をよくするけど、女心って何だ?」
バートは一度も恋人が出来ないくせに、何故か女性の複雑な心理状況を分析する書物を沢山持っている。
知識だけは豊富なバートは、本を読む事が苦手な若者の間ではデート前の心得を聞く兄貴的な存在だ。
「えぇっ! ま、まさかルカスが相談だなんて……ううっ……生きてて良かった……」
「――相談じゃなくて質問。ティアナが俺の目を見ない……女心に関係あるのか?」
バートは首を捻る。
目を見ない?
こいつ……結婚前に何か酷い事でもしたのか?
我慢出来なくて、あんな事やこんな事を……。
許せん!
あの天使みたいなご令嬢に?
うらやまし……じゃない!
「おい……ルカスさんよ……。まさかとは思うが、婚姻前にドン引きする様な破廉恥な事をしたんじゃないだろうな……」
「なっ……そんな事する訳ないだろ! そもそも欲情なんかするか! じゃなくて……なんかさ、傷ついたっぽい顔してる……」
バートは頭を抱えた。
こいつの思考回路が普通だと思った事は無いが……欲情しないだと?
もうやだ。
あの天使みたいな妖精みたいな令嬢に欲情しないとか!
「――つまり、色事で揉めてる訳では無いけど何かに傷ついてる? お前さ、たまに思った事をそのまま口に出す癖あるけど、そのせいなんじゃない?」
ルカスは仲間想いのいい奴だけど、たまに正直過ぎてトラブルになる事もあるのだ。
そんな時は、ルカスには内緒でバートは地味にこの馬鹿正直すぎるこの男の言葉の意味を翻訳して仲間に伝えている。
「俺の言葉? 特に酷い事を言った記憶は無い。ティアナが魔法を習いたいって考えてるみたいだったから、俺の世話をするだけの為なら迷惑だってはっきり伝えただけで」
バートは深い溜息をついた。
こいつのこの言葉足らずのせいで、どれだけ苦労してきた事か!
「はぁ~。なんて可哀想なティアナちゃん! お前は馬鹿か! 恋する乙女に絶対に言ってはいけない言葉があるの! 迷惑って何よ……言葉のお勉強しなさいよ!」
バートの涙目での抗議にも、ルカスは怪訝そうな顔をしている。
「? 何が悪いんだ? ティアナはこれからこの魔塔で俺の世話をする為に暮らすんじゃないんだぞ? 自立した立派な魔法師になれば王族から目を付けられる事もないしな」
「ん? さっきから、聞き捨てならない言葉が飛び交ってるんだけど……まさかティアナちゃんは魔力持ちなの?」
バートは信じられない想いでいた。
マズイよ……それは。
この国の王太子よりも先に婚約、婚姻の発表をしただけでも王族達の……特にレイブン殿下の怒りを買っているのに。
王族が喉から手が出る程欲している魔力持ちの貴族の令嬢を妻にするだなんて!
「―――お前さ、まさかと思うけど、その……ティアナちゃんがレイブン殿下に目を付けられない様にわざと結婚を?」
ルカスがコクリと頷く。
バートはカッとなった。
「おい! 何考えてんだ! 今の魔塔はまだ力関係からいけば対等だけど……このバランスが崩れた時におかしな遺恨を残す事だけは……っ」
ルカスの氷の様な瞳がバートに突き刺さる。
「――――ティモール王国が魔力持ちの女性にどんな酷い事をしてきたか忘れるな。俺達魔力持ちは家畜じゃない。子を産ませる為の道具になんてならない」
「ルカスの言う事は正しい……けど。だったら尚更、ティアナちゃんに魔法を教えるのは危険なんじゃ……」
バートの意見はもっともだ。
レイブンが新しい伴侶を見つけるまでは油断出来ない。
「―――分かったよ。ただ、魔力が暴走するからコントロールする魔法は教えないと」
バートは頭を抱えた。
「おいおい……ただの魔力持ちどころか、魔力暴走だと? オリビエ以来初じゃないか! バレたら本当にやばいって!」
「―――だから、俺がティアナを守らないと」
こいつの頑固な性格は相変わらずだな。
もう、聞いてしまった限りは協力しないとだな……。
「言い出したら聞かない性格の悪さ……仕方ない。これからは俺も協力する。しかし……まさかお前が魔力持ちを守る為に結婚までするとはね。正直俺は……俺達は、お前とオリビエが将来結婚するって思っていたぞ?」
ルカスが目を丸くする。
「俺とオリビエが? ははっ、あり得ないよ。俺達は親友で仲間で、家族みたいな関係だ」
バートはもう何も言わなくなった。
そう。こいつに女心なんか一生分かる筈がない。
オリビエがルカスの事を友達以上に想っている事なんて、この魔塔に住む魔法師ならば誰だって知っている。
「はぁぁぁぁぁぁ――――」
深い溜息が研究室に木霊した。
***
研究室の扉の前で、オリビエは衝撃の事実を聞いていた。
信じられない……。
ルカスが幸せになるなら仕方ないって思っていた。
それなのに……。
あの女は自分の保身の為にルカスを利用したんだ。
あのお人好しのルカスを誑かした!
許せない……!
ティアナ・ウェズリー……!
あんたをこの魔塔から追い出してやる!
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