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孤高の勇者のプロデュース  作者: 湯切りライス
1章 帰還した元勇者と落ちこぼれのお嬢様
12/19

第9話 初外出

 一夜明けて翌日は土曜日であり、雛菊の学園は休み。

 本日は外出する用事があるらしい雛菊に同行するため、俺は日本帰還以降初の外出と相成った。


ーー賀茂領、領都横浜。それがこの場所の名前である。

 現在の日本では旧日本での地名をそのまま使用してこそいるが、その運営形態には大きな変化があった。

 都道府県や市町村に関しては基本的には旧名称そのままに区分がされており、人類の生存圏に関してはそれら一帯を各公爵がまとめて治めている。


 賀茂公爵家で言えば、神奈川県・千葉県・静岡県東部を領有しており、賀茂公爵家のお膝元であるこの横浜を正式に呼ぶとすれば、"賀茂公爵領 神奈川県 横浜市"となるわけだ。正確に言えばもちろんそこからさらに細かい地名があるのだが、ここでは割愛する。


 旧日本で言うところの県知事にあたる役職は"県主"と呼び、その公爵家一族の人間が県主に就く。

 例えばここ神奈川で言えば現在の当主、賀茂公爵の長兄が県主を務めているし、千葉は賀茂公爵の次兄(ちなみに現賀茂公爵は三男だ)が県主を務めている。

 この辺の知識も、ここ1週間真面目に今の日本について勉強した成果の一つだ。


「で、まだ今日これからどこに行くかすら聞けていないわけだが」


 そんな事を頭で考えつつ、隣をどこか上機嫌で歩く雛菊に俺は声をかけた。


 雛菊は今日はいつもの制服姿ではなく、まるで武士のような上下黒色の和服に身を包み、左の腰には日本刀を帯刀している。そしてその上から、彼女の瞳と同じ翡翠色の羽織を背負っていた。

 その恰好はまるで江戸時代にでもタイムスリップした気にもなるが、彼女の日本人らしい凛々しさと相まって妙に似合っており、コスプレには見えない。

 むしろ、似合っているからこそ、左腕の近未来的な『マナデバイス』が余計に浮いて見えた。


「ふふ、まだ秘密よ。行けばわかるわ」


 くすくすと息を零しながら笑う雛菊。

 何がこの女をこれほど上機嫌にしているのかはいまいち謎だし、少しばかり警戒心が浮かぶが、見たところ悪意は無さそうだ。

 それならば、機嫌が良いに越した事はないか、と俺はひとまずこの疑問を棚に置いておくことにした。


「にしても、なんでこの横浜はこんなに和風の街並みなんだ?俺の記憶じゃ、この辺はもっとビル群が無数に建ち並ぶ繁華街だったと記憶しているんだが」


 周囲を見渡せば、歩く人々は帯刀こそしていないものの皆が和装に身を包み、所狭しと建ち並ぶ建物はどれも木造の古き良き日本建築であり、時代劇や過去に訪れた日光江戸村を彷彿とさせる様相だ。


 この賀茂公爵本邸のある場所は、旧日本で言えばかつて横浜駅があった地である。そこには繁華街があり、拓けた駅があり、無数の高層ビルが連なっていたはずだが。


「"運命の日(アンゴルモア)"の際、怪異達の大侵攻でこの地のビル群は全て倒壊したそうよ。その後『須佐之男命(スサノオ)』様がこの一帯を平定されて、賀茂領となる際にいまの街並みになったと聞いているわ」


「この辺がまるごと建て替えられた理由はわかったが、お前も含めて建物やら人の服装やらが昔の日本風な理由はわからん。まさか、今の日本全部がそうなってるのか?」


 それにしては、普段の雛菊の制服が現代風なことに疑問を覚えるが。


「こんなに和風なのはこの辺りだけよ。理由は、『須佐之男命(スサノオ)』様の趣味、とだけ」


 雛菊は目線を逸らしながら、どこか気まずそうな様子で俺の疑問に答えた。


「…なるほど」


 神ってそういうとこ、あるよな。


 そんな神特有の身勝手さについて溜息を吐きつつ歩いていると、街並みがそれまでの綺麗に区画整理されて大きな邸宅の多かった貴族街とも呼ぶべき区画から、活気に満ちた声が多く飛び交う商店街のような区画へと移り変わった。


 人々のやりとりは服装も建物も時代劇の様相なのだが、そこに『マナデバイス』のウインドウがそこかしこで行き交う事で、江戸時代とSFが融合したような非常に不思議な光景が、そこには広がっていた。


「おお!雛菊お嬢様!!今日は良いアジが入ってますよ!」


「ええ、あとで寄らせてもらうわね」


「おや雛菊お嬢様、隣の見ない顔の色男は一体誰だい?まさかあの雛菊お嬢様にもついに春が」


「彼はうちの食客よ。私と一緒に行動することも多いだろうから、覚えておいてね」


 この区画に入ってから、商店の店先に立つ様々な人から雛菊は声を掛けられていた。その様子は非常に気さくであり、貴族と民にありがちな壁というものが感じられなかった。


「ずいぶんと領民から声をかけられるんだな?」


「まあね。元々小さいころから街は歩くようにしているし、特に離れに移ってからは買い出しは私の担当だから」


 俺の言葉に苦笑しながら、零すように言う雛菊。


 そもそも買い出しとかは使用人であるヒルメの仕事のような気がするが、あの女は生粋の引き籠りだからな…

 なぜあれで使用人として許されているのか本当に謎だが、主である雛菊が何も言っていないのだから、俺がとやかく言う事でもないのだろう。


「それに、こうやって街を歩けば、民の暮らしが見える。私が守らなければならない日常を、実感できるの」


 先ほどとは違って、真剣であり、それでいてどこか嬉しそうにも見える表情を浮かべた雛菊は、確固たる口調で言った。

 その表情を見て、俺はいつぞやの雛菊の言葉を思い出した。


『賀茂は護国の剣であり、庇護する民の暮らしを怪異より守る責務がある。政に現を抜かして民を蔑ろにする長兄と次兄には、私の愛する領民は任せられない。だから、私が賀茂の次期当主となるために、私には力が必要なの。護国の剣たる力が』


 これは初日の夜、会話の中で強く力を求める様子が伺えた雛菊に対し、俺が「なぜ力を求めるのか」と問いかけた際、返ってきた言葉だ。


 ノブレス・オブリージュという言葉が表す通り、貴族といった高い社会的地位を持つ者には相応の義務が伴うものだが、それはあくまで理想論。

 現実の人間がそれを実践するのは難しいという事実は、地球でも異世界でも変わらない。


 しかし、ひたむきに民を守ろうとする雛菊のその言葉は、かつてあの異世界において常に誇り高く民を守ろうとした、第三王女の姿と重なるものがあった。


 少なくとも、それは今俺がこうして大人しく雛菊と行動を共にしている理由の一つに違いなかった。

毎日1話更新予定。

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