第21話 終戦と独立、その後
カルディア歴335年4月。
アルティスディア軍はセレスティアに対し侵攻を行う。この侵攻の要としてルーン・タクティクス・ユニット(RTU)の2小隊がイーストフォートガード砦へ潜入工作を行い前線の支援を行う作戦だったが、人間の発する気を読み取るノエルがその場にいた事で偽装潜入は失敗に終わる。
RTUの工作員7名は死亡、エレナが捕虜として捉えられるという事態の中、未だ前線では戦いが続いていた。
ノエルはエレナを捕らえセリアディス兵に引き渡した後、速やかに配置に戻る。前線は依然として奮闘しているようだ。負傷兵も運ばれてくるようになったが想定よりもずっと少ない。これは最前線に立っている者たちがソフィアの魔法『ヒーリンググロウ』で継続的に回復する事で奮闘できている事が大きかった。
想定以上のタフさを誇るセリアディス防衛軍に対しアルティスディア軍は攻めあぐね、その数を減らしている。そして予定されていたRTUの作戦遂行時刻も過ぎている中で依然として潜入工作の影響を感じ取れない。数で勝るアルティスディア軍に対しセリアディス軍の士気は高く、膠着状態が続く。
そして明け方前、RTUによる潜入作戦は失敗と判断される。膠着状態が続く戦線で消耗を避けるべくアルティスディア軍は撤退を決定した。こうしてイーストガードフォート砦の攻防は幕を閉じた。
一方、独立を掲げたヴェルグラドとの戦闘は長期化していた。長年に渡る属国としての扱いに不満を持っている亜人は多く、今回の独立を先導する者たち以外にも剣を取るものは多い。海を渡った戦力も海上でその数を減らされており、次第に劣勢となっている事が浮き彫りになっていた。
そしてカルディア歴335年5月初頭。アルティスディア軍とヴェルグラド反乱軍との板挟みの状況を一早く解消すべく、セリアディスはヴェルグラドの自治独立を認める宣言を出す。これによってセリアディスは国力を下げる事になるが、アルティスディアの侵攻という驚異の前では致し方ない判断であった。
ヴェルグラドへ賠償金を支払った上で今後の対等な取引を条件に独立を認め、ヴェルグラドへの内政干渉・軍事侵攻は行わないという和平条約の調印を行った。
一応の決着を見せたセリアディス上層部の方針に対する市民の反応は、ヴェルグラドの独立に対し支持する声も多く、次第に混乱に乗じて侵攻を企てたアルティスディアに対する不満の声が大きくなっていく。
ウェストガードフォートでも陽動とはいえ多数の犠牲が出ており、市民の声はかつての大国であるアルティスディアの思い上がりに鉄槌をという声が高まっている。元々アルティスディアの血統主義による圧政からの解放がこの国の起源なのだ、その声が上がるのは当然と言えよう。
話はノエル達の境遇に移る。
イーストガードフォート砦での攻防で、ソフィアは最前線の兵と治療した多くの兵士達から感謝され、ノエルは砦の兵士たちから感謝されていた。この防衛戦において二人の協力がなかった場合、戦局が危うかった可能性もあるという声も多い。
二人を軍部にという誘いもあったがこれは丁重に断った。冒険者としての生き方が自分達には合っていると考えての事だ。もっとも、せっかく評価を貰っている事を考え『指名依頼を貰えれば国の意向で動く事も可能だ』と伝えておいた。あくまで冒険者としての立場が守れればそれで良いのだ。
そして今回の戦いで敗北を喫し、RTUでただ独り残され虜囚となったエレナ。
エレナはイーストガードフォート砦の牢に収監されており、現在はその処遇について検討がされている。ノエルはエレナの様子が以前と違う事を察知しており、彼女が捕らわれている牢へと赴く事にした。『追い付いてキチンと話をする為に軍に入った』という言葉が気になったのだ。
ノエルは収監されている牢を聞き出し、番兵同席の元エレナに事の経緯を聞きにやって来た。
「久しぶりだな。お前が話をしたかった事というのが気になってな。どうして軍にお前がいる?」
「まさかお兄ちゃんから会いに来てくれるとは思わなかった。嫌われると思ってたわ」
「お前があのまま腐った奴のままだったらここへは来てない。だが軍で変わったように見えたからな」
「ええ。ブルーヴェインの家名は捨てた。今の私はエレナ・アッシュフォード、ただの平民で一兵卒から鍛え直そうと思ったの」
「あのまま学校を卒業していたらアルティスディアで良い立場になれただろうに」
魔法学校を良い成績で卒業すればその先は王都で高待遇の立場となる事は難しくないだろう。それを捨ててまで軍に入ったエレナの考えを計りかねていた。
「それじゃあお兄ちゃんには一生届かない。私の言葉を届ける為には自分に試練を課して乗り越える必要があると思った。それもこのざまだけどね」
「少しはまともになったようだ。ソフィアに感謝すべきだな」
「そうね。今となってはあの子にも感謝している。私の命の恩人だもの」
ノエルは驚いた。あのエレナが素直に感謝を述べているのだ。これは恐らく本音だろう。嘘をついているような気配がないのだ。
「どうやら本当に反省しているようだな…少し驚いたぞ」
「私はずっと恩恵にばかり頼っていた。でも恩恵に頼らない、恩恵を得てなお自身を磨くことの大切さを知ったわ。それはお兄ちゃんとあの子のお陰だと思ってる」
「そうか」
人は短期間でここまで変われるものなのか、ノエルはそう考えていた。わずか一年だ、その間にここまで変わるたのであれば、妙な話だが、以前に本気で殺しにかかった甲斐があったというものだ。
「お前には悪いが、俺はまだお前も母だった女も家族としては考えられない。俺には師以外に信頼できる人間はソフィアに出会うまで居なかった。それは今も変わらない」
「あの子とまだ一緒に居るのね。お礼を言っておいてくれるかしら。助けてくれてありがとうって」
「ああ、伝えておこう」
「私はこの先どうなるか分からない。でももし生きていられるなら、あなたに言葉が届くようになるまで努力し続けるわ」
「そうまでして何を伝えたいんだ?俺には良く解らない」
「私もね、実は良く解ってないの。認めて欲しいとか、ママを許してあげて欲しいとか、そういう事だと思うんだけど上手く表現できない。ごめんなさい」
「別に謝る必要はないだろう。今のお前はずっとまともだ、もう道を外さないようにな」
「ありがとう」
その言葉を最後にノエルは牢を去った。エレナという人間が分からなくなった事に困惑し、そしてなぜ困惑する必要があるのかも分からない事にモヤモヤとした気分を感じたからだ。
「ソフィア、エレナに会って来た。君に感謝していると伝えて欲しいと言われたよ」
「妹さんですか?感謝だなんて…私はただやりたい事をしただけなのに」
「それでも命を救われた事に変わりはない、そういう事だろう。以前にも言ったが、エレナの一件に関してはソフィアが正しかったようだな。あいつは変わったよ」
ソフィアには砦の攻防戦の直後にエレナと交戦した事を伝えていた。それを聞いた時、彼女もまたその巡り会わせに驚いた様子を見せていた。
「そうですか…仲直りしたんですか?」
「まさか。仲直りも何も俺たちは元々家族ですら無いんだ」
「そう…ですよね」
「あいつがこの国でどういう処遇になるかは不明だが、俺達はこれまで通り冒険者として活動するぞ」
「はい!」
「それとソフィア、そろそろというか、いい加減その他人行儀は辞めないか?」
「他人行儀?」
「ああ。別に俺は君の上官でも何でもない、仲間だ。無理にとは言わないがやり辛いだろう?」
「私にとっては師匠のようなものですから、これが自然かなと思ってたのですが…」
「ソフィアがしたい様にすればいい。俺はソフィアを頼りにしている。俺たちは対等な関係だと思ってる」
「対等…。か、考えておきます」
「ああ。だが無理はしなくていいぞ」
ノエルの言葉にソフィアはなんだか落ち着かない様子を見せている。良く解らない娘だが、今となっては良きパートナーだ。それはノエルの本心からの言葉だった。
その後、ソフィアもまたエレナの事が気になって番兵に許可を取り、同席の元エレナと話をする事にした。
「あの、こんにちわ」
「あなたは…ソフィアさんね。こんにちわ。まず謝らせて、ウィズダムアイルではあなたに酷い事をした。ごめんなさい」
「はい、確かに理不尽だとは思いましたが…私は慣れてますので大丈夫です。それにあの事が無ければノエルさんと出会えませんでした」
「もう一つ、あんな私の命を救ってくれてありがとう。お陰で私は変わるきっかけを貰えたわ」
「あれはその…私がただそうしたくてやっただけです。優しいノエルさんの怖い所を無かったことにしたかっただけかもしれません」
「兄が優しい?」
「優しいですよ!たぶん…」
「自身がなさそうに言うのね」
エレナはここに来て初めてクスクスと笑った。
「容赦がないところもありますし、命を賭けても人を守る様な時もあります。ノエルさんには何かそういう基準があるんだと思ってます」
「血を分けた妹のはずなのに、あなたの方がよほど兄を理解しているわ。なんだか悔しい」
「す、すみません」
「謝る事じゃないわ。ただ私がそう思ってしまうだけ。あなたと兄は相性が良いみたいね」
「相性が良いですか!?」
「え、ええ。少なくとも聞いた話を纏めるとそう思えるけど…」
エレナはソフィアのこの食いつきにビックリしていた。そして勘が働いた。
「ひょっとしてソフィアさん、あなた兄の事が好きなの?」
「好き!?えっと尊敬してます!」
「そうじゃなくて、恋愛感情を持ってい…」
「恋愛感情!?」
ソフィアの食い気味の反応にエレナは引いてしまう。ひょっとして自分の感情に気付いてないのだろうか?だとしたら余計な事をしてしまったかもしれない、と今更後悔する。
「あー…今の話は忘れて、うん。きっとそれが兄の為になるから」
「ノエルさんの為…分かりました」
なんて真っ直ぐで眩しい人なんだろう。こんなに良い子を、ただその外見だけで判断して虐めていたのかと思うと過去の自分の醜さを痛感する。
「あの、エレナさん」
「何かしら?」
「いつかノエルさんと和解できると良いですね。私は14歳まで両親と一緒でしたから、家族ってもっと温かいものだと思ってました。でもノエルさんは違った。それがとても悲しくて…」
「それは私達家族の罪。そう簡単に分かってもらえるとは思ってないわ」
「でもいつかきっと分かり合える日が来ると信じてます。その時は協力しますから!」
「ありがとう。ソフィアさんは素直で素敵な人だったのね。兄の事、よろしくね」
「はい!任せてください!変な無茶ばかりしますからね、あの人は」
「いつかその話も聞きたいわ」
「その日が来ることを祈ってます」
「ありがとう」
ソフィアは番兵に促され牢を後にした。彼女にはエレナが最初に出会った時とはまるで別人に映った。『どうかエレナが生き続けてノエルと和解できる日が来ますように』と心の中で願った。




