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神聖国との交渉

国王に見送られ、穏やかな風を背に感じながら、チャーリーは神聖国へと向かっていた。船腹には東帝国の紋章が描かれ、夕陽を受けてその輝きを周囲に見せつけている。その時、船長がデッキに出てきた。


「外務卿。あいにく風が少し弱いため、目的地への到着は夜中になりそうです」

「ああ、構わない。安全第一で頼むよ」

「はい、かしこまりました」


艦橋に戻る船長の背中を見送ったチャーリーは、ふとあることに気づいた。


「なんだ、あれは……」


船の遥か前方、神聖国のある方面の空が、まばゆい光で照らされている。まるで巨大なランプが一つ、夜空を照らしているかのようだ。船が進むにつれて光は輝きを増し、神聖国の領海に入る頃には、船の周囲は昼間と見まがうほどの明るさに包まれていた。


チャーリーが息を呑んでいると、一隻の小型艇がこちらへと海面を滑るように近づいてくる。しかし、その船もまた異様であった。漕ぎ手もいなければ帆も張っていないのに、風に逆らって悠々とこちらへ進んでくるのだ。


衝撃の連続に驚きつつも、相手が神聖国の水先案内人だと知ると、チャーリーは外務卿としての威厳を保ち、「出迎えご苦労。東帝国より参った外務卿のチャーリー・エルドムントである」と名乗った。相手も話は通っていたのだろう、「お待ちしておりました」と応じ、船を接舷させてタラップを展開した。


港湾内を移動する小型艇の中で、チャーリーが「随分と明るいものですな」と呟くと、案内人は「これも神の御力ですよ」と、模範的な国民らしい返答を返した。このような一介の案内に詳細を問うより、これから会うであろう大司教に探りを入れるべきだろう。チャーリーはそれ以上は何も聞かず、無難な世間話で場を繋ぎ、初めて神聖国の土を踏んだ。


チャーリーがふと周りを見渡すと、白い法服をまとった集団が近づいてくる。先頭に立つのは若い男女。神聖国の外交官が迎えに来たらしい。


「お待ちしておりました、チャーリー外務卿。私は外務官のエドワードです。こちらは副官のクロエ。以後お見知りおきを」

「温かいお出迎え、感謝いたします。東帝国外務卿のチャーリーです。こちらこそ、よろしくお願いいたします」

「積もる話もおありでしょうが、まずは宿にて長旅の疲れを癒してください。粗末ではありますが、わが国で最高の宿をご用意いたしました」

「かたじけない。ご厚意に甘えさせていただきます」


一行は港の外へ出たが、そこでチャーリーは再び身体を貫かれるような衝撃を受けた。

目の前に広がるのは、理解を超えた光景だった。細い線が家々を繋ぎ、窓からはまばゆい光が街路を照らしている。道は黒く滑らかに舗装され、その上を馬のいない馬車が、けたたましい音を立てて走り去っていく。


「これは一体…?」

「神の御力ですよ」


絶句するチャーリーの横で、エドワードはさも当然であるかのように言ってのける。宿に着いたチャーリーは、大急ぎで報告書を書き上げると、部下の一人に早馬で王都へ向かうよう命じ、その報告書を託した。


宿の内部も、チャーリーの想像を絶するもので満ちていた。つまみをひねれば明るさを自在に調整できるランプ、音も煙もなく部屋を暖める不思議な装置。


翌朝、チャーリーは宮殿に招かれ、ついに神聖国の元首、グロティウス十世大司教と面会した。


「チャーリー外務卿。遠路はるばる、誠にご苦労であった」

「こちらこそ、温かい歓待を賜り、感謝の念に堪えません」

「昨夜はよく眠れたかな?粗末な宿で申し訳なかった」

「いえ、とんでもない。あのような素晴らしい宿をご用意いただき、我が国王も貴国の厚情に深く感謝することでしょう」


会見は、極めて友好的な雰囲気で始まった。広間の天井からは、昨夜宿で見たのと同じ、線で繋がれた明るい照明が輝いている。煙一つ出ていないそれにチャーリーは内心驚きつつも、まずは目の前の課題を優先した。


「グロティウス十世大司教。我々東帝国は現在、西帝国および東主権国の妨害により、硝石の調達に苦慮しております 。聞けば貴国は良質な硝石を産出するとのこと 。ぜひ、わが国との取引をお認めいただけないでしょうか」


しばしの沈黙の後、グロティウス十世は老獪な笑みを浮かべて口を開いた。


「なるほど、面白い提案だ。しかし、取引とは一方的に利するものではない。貴国は我々に何を差し出せるのかな?」

「はい。我が国王からは、わが国の先進的な軍事技術を提供する用意があるとの言伝を預かっております」


これには広間にいた神官たちの間に、どよめきが広がった。グロティウス十世はしばらく考え込んだ後、人払いを命じた。


「ここから先は、少し込み入った話になる」


その言葉を待っていたかのように、チャーリーは思い切って口を挟んだ。


「申し訳ございません、大司教。私からも一つ、お聞きしたいことがございます」


目の前の老政治家の顔が、まるでこちらの意図を見透かしたかのように、ニヤリと歪んだ。


「何かな、チャーリー外務卿」

「貴国で実現されている、その驚くべき技術水準についてでございます。街の明かり、黒く舗装された道、そして馬のいない馬車。あれは一体何なのでしょうか」


しばしの沈黙の後、グロティウス十世は答えた。

「よかろう。貴国にならば教えてやってもよい。あれは、わが国で産出される『石油』というものの力だ」

「石油、ですか?」

「石炭が液体になったようなものだが、より効率的に燃焼し、強大な力を生む。我々は市民には『神の力』と教えているがな。実際は、石油を燃やして『電気』というものを作り出し、それを各家庭に送っている。馬のいない馬車も、その力で動かしているのだ」

「では、その技術は一体どのように…」


「さて、私は君の質問に答えた」とグロティウス十世は話を遮った。


「今度は君が我々の問いに答える番だ。先の西帝国との戦争で用いたというミサイルと戦車 。その技術を提供してくれるのかね?我が国の技術者も模倣を試みているが、どうも上手くいかなくてな」


「願ってもない提案でございます。また、国王陛下からは、先の戦争で用いた先進的な戦術についても提供する用意があるとの言葉を頂いております 」


「ほう、それは素晴らしい。…しかし、これには私の補佐官の意見も聞かねばならん。おいサブロウ、入ってこい」


大司教に呼ばれて現れたのは、チャーリーも見覚えのある、自国の王が好んで着るものとよく似た不思議な装束の男だった 。



「私の懐刀で、名をサブロウという。この石油や電気に関する事柄は、すべて彼が成し遂げたのだ」


そして、グロティウス十世はさらに話を続けた。


「もう一つ、頼みがある。わが国には、この石油や電気の素晴らしさを理解できぬ過激派が多くてな。特に若手神官たちの間で不穏な動きがあり、内乱の気配すらある。もし可能であれば、貴国の精強な兵士を、私の親衛隊として駐留させてはくれんだろうか。我々には技術力はあっても、実戦の経験がまるでない。その点、貴国とは良き関係が築けると思うのだが」


チャーリーは即座に状況を判断した。この老獪な大司教は改革派だが、国内に強力な保守派の敵を抱えている。自分を迎えた若い外務官エドワードの目に、どこか棘があった理由もそれだろう。


「かしこまりました。しかし、この件は極秘に進めるべきでしょう。私を介して、国王と直接お話しいただくのが最善かと」

「話が早くて助かる。では、公式には硝石と軍事技術の貿易交渉がまとまった、ということでよいかな」

「はい。それで結構です」


こうして、交渉は表向きの成功を収めた。


その頃、東帝国の王都では、チャーリーが放った早馬が私のもとへ到着していた。報告書に目を通した私は絶句した。


「自動車、電気、石油だと…?やはり、転生者は他にもいたのか。西帝国だけではなかったとは 。いや、そうなると東主権国にも…?一体、どうなっているんだ…」


しかし、まずはチャーリーへの返信が先決である。私はすぐさまグロティウス十世への親書を認め、待機していた使者に託して送り出した。


全くもって予想外であった。そう、我が国の周囲には、西帝国と東主権国以外にも計り知れない脅威が潜んでいたのである。しかし、これは好機でもある。彼らの石油と電気を用いることができれば、西帝国と東主権国の来る反撃にも有効に対処できる。

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