世界の真実 第2章 キルリック教国
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
久松率いる混成小隊はキルリック教国の正門に近づいていた。
近接戦闘車(AFV)の砲塔ハッチから身を出し、巨大な城壁を双眼鏡で見ながら、笠谷はその厳重さに驚いた。
「なあ、久松2尉。キルリック教は平和を唱えていたな?」
「ええ、そのはずです」
城壁には、大型の固定砲が数多くある。この世界の言葉では魔道砲と呼ばれているが、キルリック教国の城壁に設置されている固定砲は笠谷が見てきたものの中では1番大きい。
「予想以上だな」
平和について何も知らない日本人が見れば、どこが平和な国だ!と叫ぶだろう。
国家の平和というものは、圧倒的な軍事力があるからこそ、維持できるもの。
「笠谷2佐、久松2尉。どうやら、あまり歓迎されているようではないようですね」
AFV車長の浅木准陸尉が外の映像を映し出していた液晶モニターを見ながら言った。
笠谷と久松は双眼鏡を正門に向けた。
正門には1個小隊強ぐらいの白銀の鎧を着込んだ聖騎士が立っていた。
「歓迎してくれるようです」
「我々を軍隊として認めてくれるようだな」
AFV、APC、装甲補給車、クーガーH、LAVの5輛から成る車輛隊はキルリック教国の正門に到着した。
AFVの後部ハッチから笠谷と久松が下車する。
ここまで案内してくれたブレアたち聖騎士も馬から降りる。
笠谷と久松がAFVの前に出ると白い神官服を着た中年男が彼らの前に進んだ。
「お待ちしておりました。レギオン・クーパーの使者。この日、この時を神に感謝を」
「航空自衛隊笠谷2佐」
「陸上自衛隊久松2尉」
2人の自衛官は挙手の敬礼をする。
「レギオン・クーパーの方々にはまことに申し難いのですが、我が教国に異教徒の軍が入る場合は3人までで武装を解除した状態でなければ門をくぐれないのです」
神官の男は笠谷たちに深く頭を下げた。
「ブレア隊長から、その事については伺っております。教皇猊下に謁見するのは、自分と久松2尉、マレーニア女王国のアルシア王女です」
「そうでございますか、では、私はここでお待ちしておりますので、準備できましたらお声をかけてください」
神官の男は再び頭を下げた。
笠谷と久松の2人はAFVの兵員室に入り、簡単なミーティングをした後、防弾チョッキと鉄帽を脱ぎ、弾帯と拳銃を入れたレッグホルスターを外した。迷彩作業帽を被る。
「笠谷2佐」
心配した表情で松野が声をかけた。
笠谷が松野に振り向くと、笑って言った。
「大丈夫。敵地に乗り込むわけじゃない。何も心配する事はない」
笠谷の言葉に松野は不安を隠せないようだったが、彼の笑顔を見て、乾いた笑みを浮かべた。
「ちょっと!」
そんな2人に割り込む者がいた。
「あたしを差し置いて抜け駆け!?」
宮林が口を尖らせて、松野を睨んだ。
「好きな人を心配して何が悪いの?」
笠谷争奪戦が、再び勃発しそうであった。
この2人、普段は仲がいいのに笠谷がからむと、とたんに火花を散らす。
「幼子でもあるまいし・・・あの2人はなぜ、ああも角を付き合わせる?2人揃ってあの男の妻になればよかろう?」
「俺に聞くな」
本当に不思議そうに聞く白髪の美少女に、高井は面倒そうに答える。
「よろしいのですか?」
アルシアの護衛兼従者であるフィオナは小声で耳打ちする。
「私は大人の女性よ。大人の女性の対応をするわ」
アルシアは表面上は落ち着いた様子で答えている。
しかし、松野と宮林より年下の少女がそんな事を言うと、2人の女性自衛官が子供のように見える。
「それに、カサヤ殿ほどのお方なら、一夫多妻は普通ですものね」
と、アルシアは笑う。
(頼むからやめてくれ・・・)
やっと、目的地に着いたというのにコレだ。久松は頭痛を感じた。
ただでさえ、厄介事だらけだったのだ。その上、追加でそれが増えた。
高井にずっとくっついている少女、カーラ・デ・ネーリと名乗った別世界から来たと言う吸血鬼を見ながらため息をついた。
話は数日前・・・彼女に出会った時に戻る。
「・・・と、いう訳です」
陸士から事の顛末を聞いた、笠谷は少女に向き直った。
「隊員の危機を救ってくれた事には礼を言おう。しかし、高井3尉に対して危害を加えたことは、容認出来ない」
油断なく、少女・・・カーラを睨みながら、笠谷は言った。
「だから、謝ったであろう・・・止むお得なかったと・・・」
自分に9ミリ拳銃を突き付けている、陸自の隊員たちを一瞥してカーラは答える。
拳銃を突き付けている隊員たちも、内心戸惑っていた。何しろ吸血行為に拳銃の弾丸を素手で受け止めるなどという人間離れした光景を見たのだ・・・しかし今、目の前にいる儚げな雰囲気をまとった美少女を見ていると何かの間違いでは、と思ってしまう。
「我々の常識から言えば、君の行為は犯罪だ」
「確かに妾は他の種族から命の一部を分けてもらう・・・そういう存在であるからの。ならば聞くが、お主らとて他の生き物から命をもらって、生きておるのではないのか?」
「・・・・・・」
屁理屈とは言えない。彼女の言う事は事実を突いている。
「1つ聞いていいか?」
松野から手当てを受けながら、高井が口を開いた。
「最初、お前は俺たちの言葉を話せなかった。急に話せるようになったのはなぜだ?」
「簡単なことだ、お主の血を飲むことで、お主らの事を理解した・・・一種の情報収集能力と言えばわかるか?」
「・・・なんつーお手軽な能力だ・・・」
高井の言葉は、全員の心理を代弁していた。
「・・・そういえば、高井3尉・・・血を吸われたって事は・・・」
宮林が、ある事を思い出した。
吸血鬼に血を吸われた者は・・・
全員が、高井から距離を取った。しかも、速攻で。
「おい・・・」
「くだらぬ、どういう理由でそんな妄言を信じておるのか知らぬが、コヤツは妾の同族にはならぬよ。妾は、闇の女神ネディールの眷属ネーリの民の元長老じゃ。以前ならコヤツが望めば、契約を結ぶ事で同族に加える事もできたが、役目を果たすためにこの世界に来る前に、次代の長老にその力は継承させてきた」
「役目・・・?」
「「「ちょっと待ったー!!!」」」
笠谷の、質問を遮るように全員が叫び声を上げた。今、物凄く聞き捨てならない事を言わなかったか?
「・・・長老・・・て、君は一体何歳なんだ?」
「・・・おそらく、お主ら全員の歳を足しても届かぬくらいかの・・・忘れたわ」
「・・・・・・」
人は(人ではないが)見かけによらないが、15・6歳にしか見えない彼女がギネスブックの長寿記録を余裕で塗り替える長寿者と誰が信じるだろう・・・
「大年増かよ・・・」
高井が、ボソッとつぶやく。
「今、聞き捨てならぬ事を言わなかったか?豆粒男」
高井からプッツンという音が聞こえた気がした。
「・・・!!!コロす!!この女殺す!!!ブッ殺す!!!」
「これ以上、話をややこしくするな直哉!!」
喚きながら、M1911MEUの遊底を引こうとする高井を久松と樹村が必死で取り押さえた。
「・・・身体も小さいが、心も小さい男よのう」
「だからっ!!!火に油を注ぐどころか、デイビー・クロケットを撃ち込むような言動はやめてくれぇぇぇ!!!」
久松の絶叫がこだました。
「とにかく、ここで会うたのも何かの縁じゃ。妾もお主らに同行させてもらおう・・・直哉と申したの、お主が気に入ったゆえ特別に妾の夫にしてやろう」
「はあ!?」
「「「なんで、そうなる!!?」」」
突然の、同行宣言と結婚宣言に笠谷、久松をはじめ全員が突っ込んだ。
笠谷と肩を並べて歩きながら、久松は小さくため息をついた。
「クマツ殿、あまり思い悩まなくてもよろしいのではないでしょうか。あのカーラ殿も貴方がたと同じ別世界からいらしたとか・・・これは、キルリックの神のお導きかもしれませんよ」
アルシア王女の言葉は慰めではないようだが、久松にはそう思えなかった。
「だと、良いですね・・・」
彼は、力なく微笑んだ。
キルリック教国の正門をくぐると、そこには石造りの町並みが広がっていた。
「写真でしか見た事はありませんけど、ヴァチカン市国みたいですね」
「久松2尉は行かなかったのか?俺は防大時代に休暇で行った事がある」
「そうなんですか。自分はどちらかと言うと、東南アジアがほとんどです」
笠谷と久松はキルリック教国の町並みを見ながら、そういった事を話し合った。
「レギオン・クーパーの世界にも、教国が存在するのですか?」
先導する中年の神官が笠谷たちに顔を向けて、尋ねた。
「ええ。ヴァチカン市国という世界1小さな国でカトリック系キリスト教会の総本山です」
笠谷の説明に中年の神官は感嘆した表情をした。
「ほぅ、それでは強大な軍事力で守られているのですかな」
神官の言葉に笠谷は首を左右に振った。
「ヴァチカン市国は軍隊を保有しておりません」
「なんと!それではどうやって守っているのですか?もしや、強力な結界に守られているのですか」
神官は目を丸くして、尋ねた。
「自分たちの世界では教会等の神聖な場所はいっさいの軍事行動が禁止されているのです。これは有事・・・戦時中であろうと平時であろうとも変わりません」
久松が説明した。
教会は戦時等では住民の避難場所や臨時の病院になるからだ。このため、交戦国の軍隊は爆撃の査定をするさいは、これらの施設があるかないかを厳重に確認する。
こういった事情から、たびたび教会の地下に軍の通信司令部があったり、武器、弾薬が大量に備蓄されている事もあり、よく問題になる。
笠谷たちはまず、旅の汚れを落とすために賓客用の浴場へと案内された。
浴場には修道士や修道女たちがいたが、アルシアはともかく、2人の自衛官にはとても慣れない待遇だった。
ありがたかったのは、男の浴場には修道士たちのみだった事だ。この世界、場所によっては女奴隷がする場合もある。
本人は認めていなが、笠谷には複数の女性がいるため、この場合はありがたい。
入浴後、笠谷と久松は謁見用のために持ってきた制服に着替えた。
笠谷は明るい紺色の礼装で、久松は国連軍のブルーベレー帽を被り、濃い緑色の礼装である。
アルシアも修道女たちに手伝ってもらい王族らしいドレス姿になった。
準備が整うと、先ほどの中年の神官が3人を教皇がいる大聖堂に案内した。
そのまま、謁見の間に通された。
謁見の間はノインバス王国やマレーニア女王国の謁見の間とは比べものにならないぐらいの広さを持っていた。
笠谷たちの目の前には王座に座る教皇の姿があった。
笠谷たちは教皇の前まで進むと、2人の自衛官は45度の敬礼をし、アルシアは片膝をつき、深く頭を下げた。
教皇は3人に名を聞くと、3人は上位者順に名乗った。
「よく参られたレギオン・クーパーの騎士たちよ。貴公等が何を知りたいのかは知っている。しかし、それを教える訳にはいかぬ、今はな」
教皇の言葉に、笠谷は驚く事もなく、冷静に尋ねた。
「どうすれば教えていただけますか?」
「貴公等に、1つ試しを与える。それの達成次第で教えるか、否かを判断しよう」
要するに取引である。笠谷はここにいる自衛隊の上位者として決断した。
「話を聞かせて頂けますか?それで、我々がそれを受けるか否かを判断しましょう」
笠谷の言葉に、まるでそう答えるのがわかっていたのかのように教皇は、うっすらと笑みを浮かべた。
「では、その説明をする者たちに会うがよい、控室に待っておる」
教皇がそう言い終えると、3人を退出させた。
「しばし、待たれよ」
退出しようとした笠谷たちを教皇が呼び止めた。
笠谷たちが振り返ると、教皇が1つ付け加えた。
「貴公たちに同行させたい者がいる」
教皇がそう言うと1人の女性が笠谷の前に立った。
背中まで伸ばした銀髪に金色の瞳をした美しい女性だ。
「カサヤ竜騎士。お初にお目にかかります。私はイングリット・シベールと申します」
イングリットは礼儀正しいお辞儀をした。年齢は北井より下であろう。
笠谷とイングリットの視線が合うと、彼女はにっこりと笑った。
これには笠谷はドキッとした。
笠谷たちは謁見の間を後にし、大聖堂内の控室に案内された。
控室に入ると、若い女性と10代前半の少女が座っていた。
笠谷たちの姿を見ると若い女性と少女は立ち上がった。
2人は同じ緑色の服装に長さは異なるが黒髪にエメラルドの瞳。
「カサヤ・ニサとクマツ・ニイですね。お待ちしておりました。私はリンと申します」
リンと名乗った少女に笠谷と久松が驚愕した。まだ、名乗っていないのに彼女が自分たちの名前と階級を口にしたのだから。
「私はリミ、よろしくね」
若い女性が名乗る。
「なぜ、我々の名を?」
笠谷が驚愕したまま、リンに尋ねた。
「精霊たちが教えてくださったから」
「せいれい・・・?」
久松はリンの言葉に首を傾げる。
「も、もしかして、貴女がたはル・ホルスの民じゃ?」
アルシアが驚いた口調で、彼女たちに尋ねた。
「ええ。そうよ」
リミがうなずく。
アルシアはその解答に目を丸くした。
「知っているのですか?」
笠谷がアルシアに、尋ねた。
「ええ。もちろんですわ」
アルシアは2人の自衛官に説明した。
ル・ホルス。メルヘリム島のホルスの森という人を寄せ付けない深い森に住む精霊の声を聞き、未来を予知する事ができる民族と言われている。
「・・・・・・」
「・・・予言者みたいなものですか?」
笠谷の言葉にアルシアは困った表情になった。
「それに近いです」
答えたのはイングリットであった。
笠谷は心中で、俺たちの世界だったら、異常者と思われる者たちを信じる事になるとはな、と思いながら苦笑した。
しかし、1国の王族が大真面目に説明している以上は、聞くだけは聞かなくてはならない。
すると、リンはクスクス笑うと、笠谷に言った。
「まるで、私が冗談を言ってるような顔ですね」
心中を読み取られた笠谷は驚き、自分の人生を半分も生きていない少女を見つめた。
「失礼した。お気を悪くされないでいただきたい。しかし、私には未来が見えるなどとても信じられない」
笠谷の言葉にリンは別に気にした様子もなく微笑んだ。
「ふふふ。そう思うのもしかたない事です。でも、そうですね。カサヤ・ニサさんの疑問を1つ解決させましょう。精霊の声を聞いて、貴方の過去を言い当てましょう」
そう言うと、リンは目を閉じた。
しばらくすると、リンは目を開けて、笠谷の過去を告げた。
「カサヤ・ニサさんは、いぎりすという国で親友がいますね。ホーマー・ビアス・チュウイという方ですね」
リンの言葉に笠谷は目を丸くした。まったくその通りだからだ。
「どうですか?」
リンはにっこり笑った。
「ああ、間違いない」
笠谷がうなずくと、リンは本題に入った。
「私たちがここで貴方がたを待っていたのは、私の役目の1つなのです。今、ホルスの森に危機が迫っています。それを貴方たちに防いでもらいたいのです。見事、それを成して下されば、私は貴方がたが知りたい事をすべて知っている方に、会わせます」
リンは言い終えると、間をあけて10代前半の少女なら絶対に口にしないセリフを言った。
「どうです。いい取引だと思うんですけど」
「取引、か」
つまり、これを受けなければ何も教えないという事だ。取引、というより、要求に近い、がその見返りは魅力的なものだ。
(選択の余地はないか)
笠谷は久松を見る。
彼は、判断を任せるというようにうなずくが、できれば部下を危険にさらさないでくれと、思っている顔だ。
笠谷は少し考えて後、決断した。
彼はリンに視線を向けると、返事をした。
「わかりました。リンさん、その取引を引き受けましょう」
笠谷の言葉にリンはほっとしたように胸を撫で下ろした。
「よかった。正直引き受けてくれるか不安だったんですよ」
「未来が見えるのでは?」
久松が突っ込む。
「未来が見えても、やっぱり不安ですよ」
リンは首を左右に振った。
「それじゃ、早く行きましょう。時間はあまりないわ」
リミが出発を促す。
板垣への報告と許可を得ると、笠谷は無線を切った。
「笠谷2佐」
背後からの声に笠谷は振り返ると、久松と浅木が挙手の敬礼をした。
「普通科19名、施設科2名、衛生科2名、補給科2名、海自隊員2名、事故なし!現在員27名!第2部長の指揮下に入ります!」
「笠谷2佐。AFV、APC等の装甲車輛はいつでも動かせる状態であります!大暴れしましょう」
「ありがとう」
笠谷はそんな彼らに感謝した。
空自(航空自衛隊)の人間が陸自部隊の指揮をするなど前代未聞である。
笠谷は出発の準備に取りかかるよう指示すると、彼は別の仕事をにとりかかった。
「ブレア隊長。キルリック教国までの案内、護衛に深く感謝します」
笠谷は、深く頭を下げた。
「カサヤ参謀。私も貴重な体験をさせてもらった。私も同行したいところだが、残念な事にここまでだ」
ブレアは本当に残念そうな表情を浮かべた。
「ありがとうございます」
ブレアは笠谷のお礼の言葉を受け取った。
「神のお導きがあれば、また、どこかで会うこともあろう」
ブレアは手を差し出す。
「また、どこかで」
笠谷はブレアの手を握り、しっかりと握手した。
世界の真実第2章をお読みいただき、ありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は今月の16日までを予定しています。