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亡国のレギオン  作者: 高井高雄
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救出 第5章 決裂

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 時間的には[うらづき]がキルリック教国に着いた頃ぐらいだろう、輸送艦[しれとこ]の陸自第1任務団団長室。

「どうして、我々の行動まで海自の板垣海将がすべて決めるのですか!?」

 副団長の松来(まつらい)(せい)()1等陸佐が団長室でそう異議を申し立ててきたのである

 陸海空の自衛隊で編成された統合任務艦隊だからと言って、全隊員がその編成をよしと思っている訳ではない。

 陸海空の自衛隊の関係は実はあまりよくない。これは自衛隊に限った話ではない。

 例を出すなら大日本帝国陸海軍がそうだった。

 特に大東亜戦争時はひどかった、陸軍と海軍は競い合い、お互いが手柄を横取りしあった。

 その結果、共同作戦をとることも出来ず、お互いの足を引っ張り合う羽目になった。

 問題はいくつもある。1番の問題は縄張り意識である。これはどこの国の軍隊でもある事だが、軍隊は非常に縄張り意識が強い。

 だからこそ、軍には統合参謀本部(自衛隊では統合幕僚監部である)が置かれている。これは陸海空軍、その他の軍の壁をぶち壊して、統合作戦の立案、編成を行うための機関である。

 だが、結論は一致している。陸の戦いは陸の人間、海の戦いは海の人間、空の戦いは空の人間。しかし、それを行う過程で対立しているのだ。

「・・・特に、問題がない以上別にかまわないのでは?」

 幕僚長の小川(こがわ)1等陸佐はうんざりした表情でつぶやく。

 神谷は何も言わず、ただ書類に目を通していたが、心中ではうんざりしていた。

 今までそれでやってきたし、うまくいっていた。自衛隊内部(特に海自と空自)は板垣についていくことで一致している。

 松来が反論する。

「団長は板垣海将と同じく陸将だ。発言権や決定権は我々にもあるのではないか。それなのに」

 当の神谷は、

「貴官の言う通り、私も陸将だ。板垣海将と同等ではあるが、この非常事態に指揮官が2人もいては指揮系統が混乱する。指揮官は1人で十分だ。もちろん、道から外れてしまったら、軌道修正はするが、それまでは、私がでる必要はない」

 と言うので、松来もそれ以上の事は言えなかった。しかし、まだ納得しきれていない面持ちではあった。

 神谷は少し困った表情で小川と顔を見合わせた。

「確かに君の言い分ももっともな事だ。陸自隊員たちを納得させるように、次からは私も板垣海将の隣にいる事にしよう」

「そうですね」

 神谷の言葉に小川がうなずく。

 建前だけでもつくっていなければ、陸自隊員たちを納得させることはできない。

 事実、陸自の内部意見は松来の主張に賛同する者が多い。陸自を指揮、決定するのは陸自の人間だけでなくてはならない。そう思う者が多いのだ。

 事態は深刻な状況であった。

[しれとこ]は海自の船だ。当然ながら操艦等の艦の事は海自の隊員が行っている。

 陸海の曹士との間で殴り合いの乱闘騒ぎなることもめずらしくない。

 神谷まで上がって来ている乱闘騒ぎは7件であり、うち2件では、陸自3名、海自5名が怪我をするまでにいたってる。

 艦内で乱闘騒ぎが起きれば自衛隊内での警察業務を行う警務隊(MP)の仕事になる。

 それとは別に陸自の女性自衛官と笠谷らのいざこざの件が報告されている。

 さすがに、男性自衛官のような事はないとはいえ、陸自と海自の女性自衛官の関係は、険悪だという。

 神谷がため息をつくと、団長室のドアからノック音が響いた。

「入れ」

 神谷がそう言うと、ドアが開き、デジタル迷彩服を着た海自の海士が入ってきた。

「神谷陸将。ノインバス王国から使者が参られました」

 海士の報告に神谷は立ち上がり、団長室を出た。

 松来も小川も後に続く。

「今度はなんだろうな」

 神谷は通路を進みながら、つぶやいた。



[やまと]のトレーニング室では、体育服装姿の松野がエアバイクに乗って、ペダルをこいでいた。

 室内では、いつもより多くの海空の自衛官たちが詰めていた。

 松野もトレーニング室に来て、1時間くらい身体を動かしている。エアロバイクに乗って30分ぐらいペダルをこいでいる。

 ペダルをこぎながら、松野は横を見る。彼女の目線の先にはランニングマシンでランニングしている北井がいた。

「気になる?」

「はひぃ!?」

 突然、声をかけられて、松野はびっくりして拍子抜けな声を上げた。

 振り向くと東上(とうじょう)3等海曹と2人の女性自衛官(海士)がいた。

「そんなに驚かなくていいじゃない」

 東上は口を尖らせて言った。

「しかたないですよ3曹、松野ちゃんにとって1番の恋敵なんですから」

「そうですよ。恋敵が近くにいたらどうしても見てしまいますよ」

 3人の女性自衛官はどこか楽しんでいるかのように笑いながら言った。

 松野はエアロバイクから降りて、3人の女性自衛官と一緒に長椅子に腰掛け、休憩に入った。

「でも、松野ちゃん。やっぱり不利だわ」

 東上はちらっと北井を盗み見た後、松野を見て、言った。

「どこ見て言ってるんですか!?」

 松野もそう言いながら胸を押させる。

「どこって、もちろん全体よ」

 東上が笑いながら小声で言う。

 その笑みは小悪魔のようなものであった。

 東上はそのまま松野のダメ出しを始めた。

「まず、顔はかなりの童顔、胸は小さい」

「う・・・」

 松野は悲しそうな表情でうつむく。

 東上たちも、しまった、と言った表情で松野を励ます。

「でも、スタイルはいいんだから大丈夫よ」

「そ、そうよ。妹キャラとしてはかなりかわいいんだから」

 3人の女性自衛官たちは落ち込む松野を励ました。

 しかし、妹キャラやかわいいは松野にとって逆効果だった。

「松野海士長」

 声をかけられて、松野たちが顔を上げると、北井が目の前にいた。

 慌てて立ち上がるが、北井は、そのままでいいわ、と言って止めた。

「松野海士長。時間はある?」

「は、はい。今は非番ですから、時間は十分にあります」

「そう、じゃあ、これから浴場でさっぱりしない」

「え?」

 北井の突然の申し出に松野は驚いた。

「もしかして、いや?」

「い、いえ、そんなこと、ありません。すぐに準備してきます」

 松野はそう言って、立ち上がり、北井と共にトレーニング室を出た。

 それを呆然と見ていた東上たちは我に返ると、顔を見合わせた。

「修羅場かしら」

「修羅場ですね」

「修羅場になりそうです」

 3人の女性自衛官は何やら楽しんでいるようだった。



[やまと]の浴場は全部で4つに別れる。一般浴場、士官浴場、航空要員浴場、女性用浴場である。

[やまと]は乗員、航空要員を合わせて1950名もいる。浴場をいくつかに分けていないととても対応できない。

 特に海空合わせて女性自衛官は400名である。

 浴場に入った松野と北井は頭を洗い、身体を洗った後、お湯につかる。

 松野は気持ちよさそうに、手や足を伸ばす。

 北井も微笑みながら、同じく手足を伸ばした。

「ふぅ。運動の後のお風呂は気持ちいい」

 北井はそう感想をもろした。

「あの、北井3尉」

「ん?」

「どうして私と一緒に・・・」

「貴女の事が知りたくてね」

 松野の質問に北井は微笑みながら言った。

「私たちは同じ人を好きになったのよ。相手がどういう人なのか、知りたいと思うんじゃないの」

 北井の言葉に松野も、なるほど、と思った。

「北井3尉。1つお聞きしてもいいですか?」

 北井がうなずくと、松野は恐る恐る質問した。

「笠谷2佐とはいつから知り合ったのですか?」

 松野の質問に北井は一瞬だけはにかんだ。だが、一瞬の事で、目を閉じ考え込むようなそぶりを見せた。

 それは話す事を悩んでいるようにも見える。

「貴女なら見せていいかな」

 北井は小声でつぶやくと、目を開き、松野の顔を見て、告げた。

「笠谷さんと出会ったのは、私が小学校高学年の時だった。家が隣だったからよく顔を合わせてたの。ある日、笠谷さんが私の目の色を見て、綺麗な目だ、と言ってくれたのよ」

「え?」

 松野は北井が言った言葉の意味がわからなかった。

 彼女の目の色は一般的な茶色である。

 北井は手を目に近づけて、何かを外した。

「!?」

 北井の目を見て、松野は驚愕した。

 彼女の両目は赤いのだ。

(赤い目)

 日本どころか世界でも非常にめずらしい目の色である。

 松野は北井の肌を見る。北井の肌は、かなり薄いが褐色だ。

「もしかして、北井3尉はハーフなのですか?」

「そうよ。私の母は南米人。肌の色は母に似たの。目の色は母方の祖父に似たのよ」

 北井はそう言って、コンタクトを戻した。

「私からも聞いていい?」

「はい。なんなりと」

「貴女は笠谷さんのどこに惚れたの?」

 北井の質問に松野はぼっと頬を赤く染めた。

 うつむいてもじもじしながら松野は答えたのであった。

「一目惚れです」



「そのような事、私の判断でできるわけがない!」

[やまと]の幕僚長室で島村が机を叩き、怒鳴り声をあげた。

「できるできない、ではありません。やらなくてはならないのです」

 落ち着いた口調ではあるが、その口調は鋭い刃物のようだった。

 幕僚長室(艦隊)には迷彩服を着た男が3人と航空団幕僚長の岩澤(いわさわ)(しげる)1等空佐。

 1人は陸自の第1任務団副団長の松来1佐、2人は彼の背後に立っているだけだが、屈強な体格に胸にはレンジャー徽章が輝いている。

 だが、異様なのはこの2人の装備だ。なぜ、9ミリ拳銃を装備している。

「私たちは要請しているのではありません。命令しているのですよ」

「松来1佐。貴方も知っていると思うが、陸自に艦隊行動の命令権はない」

 陸自の指揮官である神谷篤は板垣と同等の階級である陸将だが、あくまで、陸自部隊の指揮官であり、艦隊や航空部隊の指揮権はない。これは逆もまたしかりだ。

 陸自の指揮は陸自で行う事になっている。ただし、空自だけは別だ。空母を保有するにあたって、空自の航空部隊とその他の部隊を海自の指揮下に置く事にしたのだ。

「幕僚長殿は鈍いお方ですな。それを可能にするためにここに、この2人がいるのですよ」

 松来は後ろにいる2人のレンジャー隊員を見る。

「それは脅しか?」

 岩澤が松来を睨みながら、言った。

「いえいえ、それほど大それた事ではありません」

 松来は笑いながら答える。

「ですが今回の件は、あくまでもバルカン半島での作戦行動の1つに入っているものです。それが、バルカンではなく異世界だった、だけの話です」

 島村は頭痛を感じる。

 松来はそんな島村の心境など知るよしもなく、続ける。

「これは国連軍の一員である日本国自衛隊としての行動です。もし、我々がここで行動しなければ自衛隊は末代までの恥をさらすことになる」

「艦隊の指揮権は私にはない。板垣司令官にある。[うらづき]との通信回線を開かせてもらうが、よろしいか?」

 島村が松来に尋ねると、笑みを浮かべてうなずいた。

「どうぞ」



 島村から緊急連絡があるとの報告を受けて、板垣はCICに行き、通信士から受話器を受けとった。

 通信士は通信回線を繋ぐと、受話器を耳にあて「どうぞ」と言った。

 板垣の受話器から島村の声が聞こえた。

「司令官。お忙しいところ失礼します。緊急に報告することが」

「どうした?」

 板垣は嫌な予感がしつつ、聞いた。

「はるか北方の島国がミレニアム帝国の侵略を受け、その島にいる約8000人の難民を救出するようリオ国王から要請があり、陸自の者たちが独断で要請を受け入れました」

 その報告に板垣は面食くらった。

 8000人の救出となると、難題ではあるが、[しれとこ]型輸送艦と[おおすみ]型輸送艦の収容能力の全力をあげれば不可能では無い、ただし、あくまでも救出だけなら、だ。いや、それ以前に。

「神谷陸将の判断なのか?」

「いえ、副団長の松来1佐が具申し、説得したそうです」

 島村の言葉に板垣は言葉を失った。

 そう言えば、警務隊(MP)から陸自内部の意見分裂について何度も報告を受けていた。だが、神谷がなんとかしてくれる、と思っていた。

 頭をすっとばして他国からの要請を承認するなど思わなかった。だいたい、副団長が上官を説得し、独自で判断させる決断等、やりかたしだいでは反乱だ。

「島村幕僚長。松来1佐はそこにいるのか?」

「はっ、近くにいます」

「松来1佐に代わってくれ」

 板垣がそう言うと、島村は松来に代わった

「代わりました松来です」

「いったいどういうつもりだ?」

 板垣は怒鳴らず、平静な口調で問うた。

「これはあくまでも国連軍としての行動です。ラペルリ奪還もそうだったではありませんか?」

「そんな事を言っているのではない。なぜ、指揮官である私になんの連絡もせず、他国の要請を承諾したのかと聞いている」

 松来は失笑した。

「我が陸自の状況はご存知でしょう。私を含めて、ほとんどの隊員が海自の者に指揮されている事を快く思っていません。そして、海将殿が不在の時に救出要請が出ました。私としては喜んでお受けする以外ないではないですか」

 板垣は[うらづき]に乗艦したことを後悔した。ここまで陸自の隊員たちの不満が強いとは思ってもいなかった。

 もし、ここで板垣が拒んだら、陸自と海自の亀裂は決定的なものになる。そうなれば自衛隊員同士が殺し合う最悪の事態だ。

 板垣は天を仰ぎ、悩んだ。海上自衛隊が創設されて以来こんな不況に立たされた指揮官はいない。

 いないからと言って決断しない訳にはいかない。板垣は決断し、頭を戻した。

「松来1佐。君の言い分はわかった。私は救出行動のため、艦隊の出動を命じよう。だが、責任の所在をはっきりしておくべきだ、と思うのだが、どうかね?」

 板垣の問いに、松来は吹き出した。

「はっきりするまでもありません。具申者である私がとりましょう」

 松来の解答を聞くと、板垣は納得した表情でうなずいた。

「わかった。では、島村幕僚長に代わってくれ」

 島村に代わるよう指示すると、再び幕僚長が出た。

「幕僚長。艦隊を出動させる。合流海域まで、第9護衛隊司令の(あき)(かさ)1佐に指揮をとらせてくれ」

「はっ!」

「頼む」

 板垣は通信を切ると、振り返り、海曹を呼び、告げた。

「大早艦長に伝えてくれ、状況が変わった。急遽艦隊と合流することになった。早急に出航してくれとな」

「はっ!」

 海曹は復唱し、CICを出て艦橋に上がった。

「通信士。原潜[フロリダ]と[ノースダコタ]に連絡、救出作戦の協力を要請してくれ」

 いくら板垣の指揮下に入ったとは言え、指揮系統が異なる米海軍の原潜に命令する訳にはいかない。

 米海軍の面子もあるし、自衛隊内の亀裂に付き合わせる事になるからだ。

 連絡を受けた2人の艦長は協力する事を申し出た。


 救出第5章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

 次回の投稿は今月の10日までを予定しています。

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