#23 巨人族の女性・スカジ
「あ!望琉、おはよーー…?」
1月の下旬ころになったある朝、登校中にヨトゥンヘイムに出向いていた望琉が戻ってきたので、私は下駄箱で挨拶をしようとした。
すると、そこには見慣れぬ顔をした少女がいる。そのため、言葉の最後の方が疑問形で終わっていたのである。
「…彼女は?」
「あー…。事情はよくわからないけど、この世界に来る前に偶然出会って、成り行きで一緒に来たって所かしら」
私の問いかけに、彼女は疲れたような口調で答える。
望琉と一緒に現れた少女は、髪が二の腕くらいまで伸びた蒼い髪を持ち、フレイヤとはまた違った美貌を持つ少女だった。
「…あんたは、アスガルドの神?」
「えっ!?」
少女が私に問いかけてきたので、一瞬動揺する。
このかんじは…
私はアスガルドの神ではない気を彼女から感じたが、逆に何者かが全然分からなかった。
「私は、黒智海見。…貴女を同じ巨人族の者よ」
「!!アース神族ではないんだ?」
「えぇ」
「…なーんだ。つまんないの!!」
私は彼女が巨人族である事を言い当てると、つまんなそうにそっぽを向いてしまう。
「巨人族…か。道理で、何者か気がつけない訳ね」
ここで初めて、彼女が巨人族だと知った望琉は頷いていた。
「あたしは、スカジ!アース神族の奴等に殺されたシャツィの娘よ!」
ここになってようやく、蒼髪の少女は名乗りを上げてくれたのである。
「…だから、私の種族を訊いたの?」
「ええ!せっかくストレス発散のためにこのミッドヴェルガに来たっていうのに、嫌な奴等と顔を合わせたくなかったからね」
むしろ、この世界はアスガルドの神々が多く行き交うのになぁ…
私はそんな事を考えながら、内心であきれていたのである。
「へぇ…。巨人族の女性…ですか」
その後、休み時間になった際、武人が私の席の近くまで来ていた。
「せっかく、この間の件について、報告を聞きたかったってのに…。スカジが望琉の側を離れないから、なかなか訊き出せないのよねー…」
そう呟く私の視線の先には、楽しそうに話すスカジと、少し呆れ顔で聞いている望琉の姿があった。
ミョルニルの槌をトール神と一緒に取り返しに行った際、彼女は私に「知恵の泉を調べてくる」と言ってくれた。そこで何が起きたのかを聞きたかったのに、スカジがべったりと彼女についていては、話を切り出すに切り出せない状況なのだ。
おそらく、アース神族でない望琉に、何かしら親近感でも抱いているのかしら…?
私はふとそんな事を考えていた。
「あれって…お父様の元妻?」
「フレイヤ…!」
ため息つく私の元に、美と豊穣の女神であるフレイヤが現れた。
「フレイヤ。貴女のお父上…ニョルズの妻って…?」
彼女が口にした言葉の意味が気になった武人は、首を傾げながら問いかける。
「あたしも父から聞いただけであまり詳しくはないけど…どうやら彼女。父親がアース神族に殺されたらしく、恨みを晴らすべく、アスガルドに単身乗り込んできたそうよ。そこで和睦だか何やらとかでオーディンらと交渉し、父の後妻になったの。…でも、父との反りがあわなったようね。だから、別居しようという事になったと聞いたの。だからてっきり、ヨトッンヘイムに帰ったのかなと思っていたけど…」
フレイヤは”理解不能”と言いたげな表情で、スカジについて語った。
もしかして、フレイヤ…。スカジも自分くらい美人だから、少し嫌な感じなのかな…?
話を聞いてて、私はふとそんな考えが浮かぶ。
一方で、自分と同じ巨人族の者に出逢う機会が増えているという事も実感していた。
「…ねぇ!この世界に、雪すべりできる場所があるって本当なの??」
放課後、望琉と一緒に現れたスカジは、私にある事を問いかける。
「雪すべりって…スキーの事?」
私が問い返した際、不意に望琉と目が合う。
「…そのようね。どうやらスカジは、雪すべりが得意らしいの。で、あるのなら行ってみたいそうよ」
そう答える彼女の表情は、明らかに疲れていた。
…お気の毒…
私は少し、彼女が哀れに感じたのである。
「…ええ、あるみたいね。でも、スキーするにはスキー板とか必要な物がいろいろあると思うけど…レンタルでどうにかなるか」
「それでさぁ、せっかくだから、あんたも一緒にスキーってのに行かない?他にも何人か連れて行っていいからさ!」
「へっ!?」
思わぬ提案に、私は目を見開いて驚く。
「…でもさ、スキー板とかのレンタル費って…」
「当然、あんたたちの自腹よ。…この世界に来たばかりの私が、お金なんて持っているとでも?」
自分から言い出したくせに、金銭的な部分では自己責任だと彼女は言う。
薄情な巨人だな…
私は、軽い苛立ちを覚えた。
すると、私の側に寄ってきた望琉が耳打ちをする。
「…とりあえず、誰か行ってくれそうな神を探してほしいの。それに、この女と離れられれば、先日の状況報告もできると思うし…」
望琉の囁きに目を数回瞬きしたが、すぐに納得ができた。
「…了解。じゃあ、何人かに声をかけてみるわ」
そうスカジに告げた私は、そのまま彼女らと別れた。
…“人を呼べ”って事は、大勢で群れるのが好きなのかな?それとも、ただ単に自分の腕前を披露したいだけなのかな?
私はスカジが言い出した提案の真意について考えながら、その日は下校するのであった。
「うわー…これが、“樹氷”…!!」
ロープウェイから見える絶景に、スカジは目を輝かせていた。
あれから2日が経ち、学校が休みの日という事で、スカジが言っていたスキーをするため、とある大きなスキー場を訪れていたのである。
樹氷とは、この土地の特別な気象条件と植生が織りなす、“自然の芸術品”と謳われし現象。 その美しい景観はを一目見ようと、このスキー場を訪れる人間が多いらしい。
「こんな美しい景観の中で滑れるのは、とても楽しみだね」
同じく、樹氷に釘付けになっているウッルがそう呟いていた。
因みに、この日集まった人数は、男女合わせて10人。男性陣は、武人に狩猟の神ウッル・フレイヤの兄であるフレイ・彼の従者であるスキールニル・雷神トール。女性陣は私と望琉。発案者のスカジにフレイヤ。そして、“永遠の若さを保つ林檎”を管理するイズンだ。
狩猟の神であるウッルが応じてくれるのはわかるけど、まさかイズンまで来るとは、思いもよらなかったなぁ…
この神々が集っている状況を見ながら、私はふとそんな事を考えていた。
また、ウッルは本来、トールの継子に当たるため、こうやって肩を並べる事も本来ならばありえない。それが叶ってしまうのが、神界とは時間の流れ方が異なるこのミッドヴェルガの大きな特徴だろう。因みに、ウッルはトール経由で。イズンはロキ経由で、今回の件を知らされたらしい。
「…ロキも来ればよかったのにね」
私は不意に、隣に座っていた武人に、小さな声で囁く。
「…何でも、スカジ殿は実は、父上のかつての恋人だったそうですよ」
「え…」
初めて聞かされた事実に、私は瞬きを数回しながら驚く。
「そのため、彼女と顔を合わせたくない…というのが、今回いらっしゃらなかった理由です」
「成程…」
武人の説明に納得した私は、外の景色を眺めているスカジに自然と視線がいっていた。
巨人族は元々、“獰猛で野蛮な種族”と他の種族からは認識されているらしいが、それを否定できない巨人は多い。スカジも、単身でアスガルドに乗り込むくらいだ。気性が激しいのは当然ながら、男関係もいろいろとやらかしそうな雰囲気を私は感じていた。
…最も、女の巨人は容姿端麗が多いから、神々の妻になる事が多いらしいけど…
私は、巨人族が抱える矛盾について考えていたのである。
因みに、男性陣だと、武人以外はスノーボード。そして、武人と女性陣はスキー板を使って滑る事となる。ウッルと武人以外はスポーツをしている所を見たことがないので、ある意味見ものだ。女性陣は当然、発案者のスカジが、素敵な滑りを見せてくれるのだろう。
…アスガルドに帰る事が叶えば、こんな日常は過ごせなくなるんだろうなぁー…
私は外に広がる樹氷を眺めながら、「今の日常をなるべく楽しもう」と改めて決意したのである。
「へぇ…やるじゃねぇか」
その後、ロープウェイで山頂まで登って滑り始めた頃、珍しくトールが感心していた。
彼らの視線の先には、ウッルとスカジが優雅に。それでいて姿勢の崩れないかっこいい滑りをそれぞれ見せていた。
「ウッルは元々が狩猟の神だから当然だけど…あのスカジっていう巨人も、ウッルのように狩猟が得意なのかもね」
「望琉…」
私の近くに寄ってきた望琉が、隣で呟く。
因みに私は、お約束というか、見事にずっこけて地面に手足がついていた。
滑り出しは割と上手くできたし、望琉が指導してくれたのもあったから「できる」と思って自分一人で滑ってみたが、コースの傾斜がすごいのもあるが、1分ほど滑った後に、バランスを崩して転んでしまったのである。
「はい、手…」
「あ…ありがとう、望琉」
彼女が手を差し伸べてくれた事で、私はその手を取り、立ち上がる事ができた。
「…では、スカジ。このまま僕と勝負をしませんか?」
「…どちらが先に、下まで降りられるか…って事?」
「はい」
ウッルの提案に、スカジは更に問で返す。
すると、狩猟の神は満面の笑みで、首を縦に頷いた。
ウッルも勇気あるなぁ…
私は彼らのやり取りを見ながら、少し感心していた。
「…いいわよ!あんたって、確か、狩猟を司る神なんでしょう?」
「ええ…まぁ」
「…だったら、そんなあんたに勝てば、私も狩猟の神になれるかもね★」
「うーん…どうでしょう?」
スカジのある意味、無理矢理な思考展開に、ウッルは苦笑いを浮かべていた。
「勝負…ねぇ。そうね。…トール!!」
「あん?」
スカジとウッルが滑りを再開した直後、何か閃いたのか、フレイヤがトール神に声をかける。
「…あたしらも同じ事をしてみない?」
「同じ事だぁ…?」
フレイヤの提案に、トール神は不満そうな口調で答える。
「一度、あんたと真剣勝負してみたかったのよねー!」
「…ったく…。ミョルニルの件がなければ、そんなくだらないお遊びなんて却下だったのによぉ…」
ブツクサと文句を述べるトール。
どうやら彼は、フレイヤに対して借りがあるような言い方だった。
「…何だかんだ言っても、皆結構滑れるんだね…!」
「…だね」
その後は、フレイを始めとする他の神々も。樹氷が周囲に広がっているゲレンデを少しずつ滑り始めたのである。
スキー初心者である私と武人は、教えてくれている望琉と共に。頂上付近に残っていた。
「…これだけ標高が高い場所にいると、このままアスガルドに帰れそうな気すらしちゃいますよね」
「うん…確かに…!」
私は、視界に広がる山の景観を見下ろしながら、武人の台詞に答える。
「…そうだ、海見」
「望琉!…どうしたの?」
滑り出そうとする体勢を作りながら、ニブルヘイムの巫女は視線をこちらに向けてくる。
「ヨトゥンヘイムでの事を、夜にでも話すけど…とりあえず、一つだけ先に伝えとくわ」
「…!!何か、手がかりはあったの…?」
望琉の台詞に反応した私は、周囲に聞こえない程度の声音で問いかける。
すると、望琉はひと呼吸置いてから口を開いた。
「結界が施された知恵の泉…。何故かは分からないけど、結界を解かずに泉の近くまで来れたの。…それで、貴女の物らしき角笛を見つけたの」
「角笛…?」
最初はその言葉にピンとこなかったが、一瞬考え込んだ後、何故それが落ちていたのかを悟る。
「…とりあえず、“それ”を持ち帰り、今日も荷物と一緒に持ってきているわ!」
「それ…その時に見せて…!」
「…無論よ。それじゃあ、私も行くわね」
そう告げた望琉は体勢をととのえ、そのまま急なゲレンデを滑っていってしまう。
「…海見。その角笛って、何か題字な物なのですか?」
考え込んでいる私に隊士、武人が不意に問いかけてくる。
「…とりあえず、ここを無事滑り終えてから、武人にも話すよ。…貴方も、彼女に聞きたい事とかあるでしょう?」
「…そうですね」
フッを笑みをこぼした武人は、慣れない手つきで、滑る体勢を作り出す。
「早く…アスガルドに帰れると良いですね」
「そうね…」
一言告げた武人は、ゆっくりと滑り始める。
この時私は気がつかなかったが、武人がこの時言った台詞は、未だ帰れない私と、“帰れるのに帰っていない”己に対しても言っていた台詞なのであった――――――
いかがでしたか。
今回、こういったエピソードで始まったのは、一重に、スカジが狩猟とスキーを司る神だったからです★
で、時期もちょうど1月下旬と、冬のスキー時でちょうどいいと思いまして。笑
思えば、すごい神々の共演になったよな…って、今頃実感しております♪
今回は、望琉が知識の泉で何があったのかを語れませんでしたが、それは次回以降になりそうです。因みに、ロキが今回のスキー&スノボに参加しなかった理由を「スカジに会いたくないから」と言っていましたが、それについて補足。作中でもあるように、ロキとスカジは、過去に恋人同士でした。しかし、(何があったのかは不明だが)ロキに対して結構えぐい拷問を施したのがスカジらしく、それを資料で見て「絶対にこの2人は会わせない方がいいな」と思い、彼を登場させませんでした。…っていう、皆麻によるフィクションもありなわけです。笑
あと、この樹氷が見られるスキー場のモデルは、山形にある蔵王スキー場です!
さて、次回は…。
まだ彼らはスキーを満喫していると思います。
そんな中での、望琉による状況報告が描かれるのかな?
それでは、ご意見・ご感想があれば、宜しくお願い致します!




