#22 知恵の泉を訪れる巫女
今回は序盤を海見視点。▽←このマーク以降が望琉視点で話が進みます。
「彼らは無事、ミョルニルを取り戻せたのかな…?」
望琉達がヨトゥンヘイムにいたころ、待機組だった私や武人は、学校で休み時間を迎えていた。
普通に授業を受け、生活を営む。ただし、ヨトゥンヘイムに乗り込んだ一行――――取り分け、望琉の安否を私は心配していた。自分も同じ巨人なのにこう言うのもあれだが、あの世界で生きている巨人族は基本、獰猛な性格を持つ。ロキやトールは元々強いから何も問題ないが、女性である彼女が巨人族と刃を交える事になれば、無傷ではすまないだろう。
それに、トール神ってアスガルドの神々の中ではかなりガサツだってフレイヤも言っていたし…ボロとか出していそうな気がする…
私は不安を拭いきれない状態でその日を過ごしていた。
「…大丈夫ですよ、海見」
「武人…」
自分の席から窓の外を眺めていた私に、武人が諭すように答える。
「…望琉の心配をしているのですよね?貴女は」
「う…ん。まぁ、そんなかんじ…」
私は少し気まずそうに答えたが、武人は嫌な表情を一つもしていないのであった。
「彼女だけでも対処しきれない可能性もあるだろうと考え、父上も同行されたのです。例えあの筋肉馬鹿な雷神が何かやらかしたとしても、何かしらフォローはしてくれていますよ、きっと…」
「や…やっぱり、トール神には容赦ないんだよね。武人は…」
私は少し呆れ気味に言ったが、この台詞に対しては何も返ってこなかったのである。
「えっ…!?」
「海見…?」
彼と会話していたその時、突如として異変が起きた。
驚きの声と同時に、私はその場で目を見開いたまま固まっていた。瞬きすらしないで席に座ったままの私に、武人は不思議に感じていたのだろう。
「海見!?…どうしたんですかっ!!?」
「あ…」
武人が私の肩を揺すりながら声を少し大にした直後、私はその声で我に返る。
意識が飛んでいたような感覚に陥っていた私の心臓はひどく緊張していた。
「水…」
「水…?」
自分に何が起きたのかを説明しようとした私は、最初にその単語が頭に浮かび、口に出していた。
「一瞬…だったけど、水面…みたいなモノが見えたの。それと同時に…」
「同時に…?」
武人は真剣な眼差しで私を見つめながら、話を聞いていた。
「“魂がざわついた”…とでもいうのかな?この前、ニーズホッグに噛まれた際と似たような感覚がしたのよ。…何だろう…?」
「…望琉が戻ってきたら、いろいろ訊いてみた方がいいかもしれませんね…」
「…!!そう…ね」
武人の台詞を聞いた途端、自分の中に一つの仮説が生まれたのである。
もしかして…あの泉と関係している…のかな?
そんな考えが芽生えた私は、不意に空を見上げていたのであった。
▽
海見らの会話から時間を少し遡り、1時間程前――――――――――
あ…。ユグドラシルの根…
私――――――五色野望琉は、ふと空を見上げた時にそう思った。
トールが盗まれたミョルニルの槌を取り返した後、ロキと共にヴァルハラへ行く予定だった彼らと別れた私は、まだ巨人が住む世界ヨトゥンヘイムにいた。
それは、本来の目的――――知恵の巨人ミーミルが管理しているといわれる泉を訪れる事にある。
付近に住まう巨人の話を元に、泉がある森へと到達し、今に至る。その泉には世界樹ユグドラシルの根が伸びている事で有名なため、ヨトゥンヘイムに住む巨人で知らぬ者はいない。
また、世界樹というだけあって、その根っこであっても大木のように太く大きい。この樹が全ての世界を分かち保つ存在だと思うと、神も人も小さい存在だなと思い知らされる。
…多分、泉を訪れるのがアスガルドの神々だったら、絶対不満を持たれていただろうな…
私はこの時、自分がニブルヘイムの者である事を、久しぶりに得だと実感していた。
何故かというと、泉の管理人であるミーミルがヴァン神族との戦争締結時の人質として差し出され斬首された話は、都市伝説のように知っている者が多い。
そういった展開を引き起こしたのがオーディンを含むアール神族という事になるので、不平不満を感じるのは当然の事だろう。
「泉というより…湖?」
私は森の中を30分程歩き、ようやく泉の目の前にたどり着いた。
木々に囲まれた中に浮かぶ青と緑と茶色―――――――泉の澄んだ青と、森の木々。そして、ユグドラシルの根っこである茶の3色が私の視界に入る。
「やっぱり、結界が施されている…よね」
私は視界に入ってきた淡い水色の光と、足元の叢に転々と刻まれたルーン文字を見て、そう確信した。
知恵の泉といわれるこの場所は、知識を求めて右目を差し出したとオーディン本人が言っていたくらい、神々にとっては欲する泉。管理人が行方不明になっているとはいえ、膨大な知識をもたらすこの泉に何もない方がおかしい。本当なら別の守護者がいても良いくらいなのに、それらしき者とは全く遭遇しなかったのである。
…この世界にだって、小動物といった巨人以外の生物も住んでいるはずなのに…そういえばこの森、生き物の気配が全くない…
私はこの時になって初めて、森に入った時から感じていた違和感の正体に気がつく。
「のわっ!!?」
この時、奇声と共に、私は前のめりに転んでしまう。
おそらく、結界の外側を歩きながら考え事をしていたからだろう。
まずい…!!結界に弾かれる…!!?
身体のバランスを崩した際、瞬時にそんな考えが頭を駆け巡る。
何せ、結界の貼られている部分とそうでない部分の近くを動き回っているのだ。前のめりに転べば、高い確率で結界の光と接触してしまう。私の予想だとおそらく、この結界は侵入者防止の結界。触れれば何が起こるかわかったものではない。
「っ…!!」
何とか受身の体勢に切り替えたから頭が激突はしなかったが、背中がまともに地面と衝突したので、例え地面が土や叢でできていても、ある程度痛みを感じていた。
「あれ…?」
地面の衝突以上に何かあると考えていたので、それ以上何も起こらない事に違和感を覚えた。
恐る恐る起き上がってみると、腰より上が結界の中。それより下の下半身が結界の外という半部半分の状態に、自分の身体が向いていた。しかし、結界と接触している部分は痛みも何も感じない。
「海見…?」
何故かこの時、海見の気配を僅かに感じていた。
結局、結界の中に入れちゃったな…
そう思う私の眼下には、知恵の泉の水面が見えていたのである。
しゃがみこんだ私は、水面に映る自分の姿を見ながら考える。
「…これを飲んだら、何が得られるんだろう…?」
心の声が、つい口に出てしまった。
最も、今この場には自分しかいないので、口に出しても問題ない訳だが――――――――
自分が知る限り、この水の恩恵に預かっているのは主神オーディンのみ。神槍グングニルを操り、セイズ術式などの呪術にも長け、人間と同じ“成長する神”。戦に限らず、詩歌の才もある。どこまでが生まれながらの才能で、どこまでは知恵の泉から得た知識なのかは定かではないが、この泉の力が絶大なのだろうとは容易に考えつく。
「あれ…?」
考え事をしていた私は、ある物が泉の側に落ちていたのに気がついていなかったのである。
それは、ラッパのような形でありながら、形が不安定な角笛だった。
「これって…。ヘイムダルが持っているのと似ている…?」
この時、不意に光の神ヘイムダルの名前が出た。
というのも、このヨトゥンヘイムへ来る際、虹の橋ビブレストにて彼と会っていたのだ。そしてその際、彼の腰にこれと似た角笛があったのを覚えている。
「ミーミルの持ち物…とかかなぁ?」
角笛の近くに近づいた私は、ゆっくりとそれに触れる。
何か罠がある気配がないという確信もあったが、確信の理由がそれだけではないような気がした。
「あまり、深い事を考えすぎない方がいいかも。…帰ろう」
独り呟いた私は、角笛を抱えたまま、知識の泉を去る。
「そういえば、この柵…」
虹の橋へ向かう途中に通ったヨトゥンヘイムと人間の世界ミッドガルドの境目にて、私は巨大な柵を見上げていた。
その柵とは、2つの世界を分かつために、オーディンを含む原初の神々が造りあげたらしい。最も、海見が言うには、この柵の“原材料”となったのは、彼らの父たるユミルのまつ毛らしいが――――――――――
全ての父は、子供らのための犠牲…というよりは、生贄にされたって事よね。皮肉なもの…
私は、全ての神々の父たる巨人ユミルを、少し哀れに感じていた。
「まぁ、何から生まれたかすらわからない“私達”に哀れまれても、ユミルも嫌…か」
その独り言を最後に黙り込んだ私は、アスガルドへ向かい、知恵の巨人が待つ仮想世界へと向かうのであった。
いかがでしたか。
過去の作品ではよくやってきた手法ですが、久しぶりに話の中で視点が切り替わる書き方を実践してみました。最初は望琉視点だけにしようかとも思いましたが、彼女の視界の中で起きた出来事だけだと、ちんぷんかんぷんになるだろうと考え、海見による前文的なのを入れました。
結論からいうと、泉の周囲を覆っていた結界は、ミーミルの神力も影響を及ぼしています。ルーン文字というとアース神族やヴァン神族が使いそうなイメージですが、オーディンとて泉の水を飲んでルーン文字を作ったくらいなので、海見が知っていてもおかしくはない。
しかし、冒頭の会話からして、海見自身が意識して張った結界ではない…と現段階ではいえます。
そういったあやふやな点を、次回以降で解明でいるようになると思います。
なんで一応、次話は新しい章になる…はず。(苦笑)
あ!あと、ヨトゥンヘイムとミッドガルドの境目にある柵の話ですが、あれは資料通りです。何でも、この柵が”ミッドガルド”という名前の由来になったとか何とか…
それでは、ご意見・ご感想があれば、宜しくお願い致します!




