#12 不確定な未来
「う・・・」
意識がはっきりしてきた私は、閉じていた瞼をゆっくりと開く。
視界に入ってきたのは、部屋の天井。聞こえるのは、時計の針が動く音だった。
確か、私・・・
私は、自分が目覚めるまでに何があったのかを思い出そうとする。
「海見・・・気がついたのですね・・・」
「武人・・・」
すると、制服を着た武人の姿が目に入る。
「ここは・・・?」
「ここは、学校の保健室ですよ。・・・起きれますか?」
「ん・・・」
彼の問いかけに答えた私は、ゆっくりと身体を起こす。
「武人…。気絶していた私が今目覚めるまで、何があったのか教えて」
「無論です」
私のお願いに、武人は迷わず答えた。
ちょうど、人身事故が起きる前に学校の最寄り駅にたどり着いていた武人は、私が途中で止まった車両に乗っているだろうと踏んで、最寄り駅で待っていたらしい。
事故が起きた駅の方もひと段落して電車が動き出した際、私を抱きかかえた長髭の神ブラギが現れる。
彼から私を受け取った後、外傷はあまり見られなかったので、とりあえず授業を休ませて保健室で寝かせる事にしたそうだ。
「彼は…何か言っていたの?」
「いえ…ただ、わたしを見るなり海見の友人だと気がついたのでしょう。”この娘を安静な場所に”とだけ言い残して、去っていかれました」
「そっか…」
武人の説明を聞き終えた私は、大きなため息をつく。
「電車の中で・・・一体、何があったのですか?」
今度は逆に、武人が私に問いかけてくる。
「実は…」
私は、自分の掌を見つめながら、言葉を紡ぐ。
それを皮切りに、車内で起きた事を武人に話した。
謎の巫女グロアによる呪歌ガルドルで、乗客が操られ襲い掛かってきた。それに対して、その場に居合わせたブラギが対抗するためのガルドルを歌った事で乗客は元通りとなり、人々は眠りにつく。
しかし、操られた人間らと対峙していた際に出していたヤドリギの若木でできた剣を、一瞬の隙を突かれてホズに奪われた事を―――――――――――
「何故、ホズが海見の剣を…!?いや、それよりも…もしかして、貴女やブラギを車両から出られないようにしていたのって・・・!」
「・・・ホズの仕業だと思う。私を背後から襲うタイミングからして・・・きっと、グロアと繋がっていた可能性が高そう…」
私の話を聞いた武人は、深刻な表情をしながら、私を見下ろしていた。
「でも、何故ホズは私の剣を奪ったのかしら・・・?わざわざ、剣を使わなくてはならない状況を作り出してまで・・・」
「あんたの剣が…ホズに奪われたですって・・・!!?」
「フレイヤ!!?それに、望琉も・・・!!」
ホズの真意を考える私の前に、フレイヤと望琉が保健室に入ってきた。
「海見・・・。どうやら、とんだ災難だったようね。…大丈夫?」
「う、うん・。ありがとう、望琉」
淡々とした表情は相変わらずだが、どうやら彼女なりに心配をしてくれていたらしく、私もお礼を口にする。
そして、困惑した表情をして立っている豊穣の女神に視線を移した。
「話を戻すけど…フレイヤ。その口調だと、何かを知っているの・・・?」
私に問いかけられたフレイヤは、唇をかみ締めてから言葉を紡ぐ。
「この望琉って女から聞いたんだけど・・・あんたが持っている剣って、ヤドリギの若木でできているんだって?」
「うん。・・・そうだけど?」
「あたしも、フレイ兄さんから聞いただけで、詳しくは知らないんだけど・・・」
「だけど・・・?」
フレイヤの台詞に、武人も首を傾げていた。
「ちなみに、海見。光の神バルドルを傷つける物質は、”今のところ”存在しない理由を知っている?」
「ええ…。武人に聞いて知ったけど、ニブルヘルの巫女が彼の死の予言をした事から、母親のフリッグが世界中の生物や無生物に、バルドルを傷つけないよう約束させた・・・のよね?」
「ええ。ただし、ある一つの植物は、その若さゆえに契約ができなかった」
「若さって・・・もしや!!?」
彼女の言葉を聞いた途端、私は嫌な予感が頭を巡る。
というより、その予感が確実に当たりである事を悟った。
「ヤドリギの若木・・・。それが、今この世にある物質で唯一、彼を傷つけられるものなの」
「ただ、問題は、ホズが如何にしてその話を知ったか・・・よね」
「望琉?」
フレイヤの話に便乗したのは、黙って聞いていた望琉だった。
「ん?ああ、私の場合…その話はオーディンから聞いたの。で、彼曰く、バルドルの母フリッグと盲目の神ホズは、あまり仲が良くなかったそうよ。だから、自分が溺愛する息子の弱点を、ホズに明かすはずはないと私は思うのだけど・・・」
「成程・・・では、誰かが故意にホズへその事を明かしたと」
「そして、私が持つ剣が狙われた・・・」
望琉の話を聞いた武人や私が、その場で考え込む。
「とりあえず、ここでグチグチ言っていても始まらないわ。次のチャイムが鳴ったら、教室に戻りましょう?」
「そっか…そうだよね。あ、そうだ。望琉」
「何…?」
彼女の提案でこの話はここまでとしたが、ベッドから起きて立ち上がった私は、彼女を呼び止める。
「バルドルの死を予言した巫女って…」
「私の同胞よ。最も、既に魂が消滅しているから、話を聞く事は無理ね」
「そっか…」
私は残念そうな表情をしながら、保健室を後にする。
「ねぇ…貴女達って、如何にしてその者の未来を知る事ができるの?」
放課後、私はフレイヤに付き添ってもらい、美術室にいるノルン3姉妹を訪ねていた。
「知恵の神ミーミルと、美と豊穣の女神フレイヤ…。これはまた、珍しい者達が来たわね」
ノルンの内、現在を司るヴェルザンディが見下すような口調で言う。
「あら、ヴェルザンディ。彼女ら…神としての種族は違えど、似たような神々(ものたち)よ」
過去を司るウルドが、その言葉に付け足した。
「…アスガルドにいる時と変わらず、あんたらは高飛車な女神よねー…」
不満そうな表情をしながら、フレイヤや彼女たちを見る。
「…で、ミーミル。未来の話・・・って事は、あたしに訊きたいって事よね?」
「ええ・・・スクルド」
少し甲高い声を発するスクルド―――――未来を司るノルンが、私に問いかけてきた。
フレイヤに一緒に来てもらったのにはもちろん、理由がある。
彼女たち運命の女神は警戒心が強く、アスガルドに住まう神々としかあまり話をしないらしい。私も正確にはアスガルドの神ではないので、少し警戒されているのだろうが、ヴァン神族とはいえ、アスガルドではオーディンと渡り合える女神であるフレイヤが一緒の方が何かと都合がいいと判断したからだ。
そのため当然、武人や望琉は連れてきていない。
流石は、ウルド。今の台詞は、私とフレイヤが共に人質としての経験があるのを知っての発言よね・・・
私は彼女が、伊達に過去を司っていないのだと実感していた。
「残念だけど、参考にはならないと思うよ!だって、特に意識していない時に流れ込んでくるんだから」
「…ちなみに、誰かの運命を他の者に話したりはするの?」
スクルドが答えた後、フレイヤが問う。
「それはないわ。私たちは、自分たちだけが知る事が出来る運命は、それを享受する者本人にしか言わない。それが人間であろうと、如何なる神であろうと同じよ」
「そっか…」
ヴェルザンディの返答に、私は腕を組みながら考え事をする。
人間や神々の運命を知る事ができる彼女たちならば、故意はなくてもバルドルの未来を知れるから、彼女らがホズに伝えたのかと思ったけど…それはありえない…か
私は、自分が立てた仮説がはずれだった事を悟る。
「それはそうと…」
「…スクルド…。もしかして、何か見えたの?」
人差し指を口元に当てていたスクルドに、ウルドが尋ねる。
「ミーミル…だっけ?ユミルの直系だから…なのかもしれないけど、貴女って不思議ね」
「不思議…って、どういう事?」
思いがけない台詞に、私は戸惑いを隠せなかった。
「今さっき…一つの未来が見えたの。でも、どれもうっすらとしかわからない…。ただ、一瞬の刹那に、貴女の顔が映ったから、貴女の未来なのかもしれないけど…」
「未来がはっきり見えないって事?」
「うん…そうだね。言うなれば、貴女の顔は少し見えるだけで、どんな未来なのかは具体的にわからないの。…だから、不思議」
「…私は、どんな表情をしているの?」
私は、自分の未来という話だったので、恐る恐る尋ねた。
アスガルドに帰られたのかはわからなくても…その表情で、何が起きているか想像はできるかもしれない…
私の胸中は、そんな想いでいっぱいだった。
「一つは、嘆きの表情。何かを見つめている貴女は、大粒の涙を流している」
「他には…?」
「もう一つは…」
「…スクルド。あんた、震えていない?」
その後を語ろうとするスクルドの異変に対し、真っ先に気がついたのがフレイヤだった。
「何故だろう…。“これ”が見えた際、あたしの身体が震えてたんだよね」
腕を抑えながら、スクルドは言う。
「もしかしたら、スクルド。貴女自身にも関係ある事なのかな…?」
「なに?」
私の台詞に、ウルドが眉間にしわを寄せる。
「貴女達ノルンはおそらく、他人の運命を知る事はできても、自分の運命を知ることはできない…違う?」
「あんた…首一つの分際で、何様のつもり!!?」
今の台詞を不快に感じたのか、ヴェルザンディが殺気を放った声を張り上げる。
しかし、今の私はそんな殺気はものともしなかった。最も、以前にトールというオーディンに匹敵する神の圧力を受けたからだが―――――――――
「…それよりも、スクルド。私が浮かべていた、もう一つの表情は…?」
私の問いかけにスクルドは身体を震わせたが、意を決したのか、閉じていた口を開く。
「…苦悶の表情…だね。誰かはわからないけど、貴女の上に誰かが覆いかぶさっている…。多分、それが私らノルンに関わりがあるのかも…」
「成程…。ありがとう、スクルド」
未来を司るノルンにお礼を言った私は、美と豊穣の女神の方に向き直す。
「行こう、フレイヤ。とりあえず、ある程度の話を聞けたから良しとしましょう」
「そうね…」
私の意見に同意したフレイヤは、彼女らを一瞥した後、美術の扉の方へと向かう。
「どちらにせよ、ホズから剣を取り返さないといけないよね…」
「でも、しばらくは無理そうよ?だって、こういう事態を予想したのか…ホズの奴、“自分は存在しなかった”という特殊催眠を人間たちにかけていったみたいし」
「え…」
私は、フレイヤが特殊催眠にかからない事実よりも、ホズが自分の手の届かない場所に行っているだろうという事実に衝撃を受ける。
廊下を歩いていた私たちは、止まらずに話を続ける。
「…とりあえず、私は一旦アスガルドに戻るから…ついでに、何か起きたら後で教えてあげるわよ」
「…いいの!?」
フレイヤの提案に、私は思わず食らいつく。
「まぁ、バルドルがどうなろうが知った事ではないけど…。ホズはね。何故かわからないけど、気に入らないのよ。人身事故が起きた後くらいからずっと…!」
そう語るフレイヤの瞳は、怒りを感じているようだった。
フレイヤ…。もしかして、私の事で…?
私も、理由はわからないが何故か彼女が自分のために怒ってくれているのではないかという仮説が脳裏に浮かんだ。ただし、仮説に過ぎないので、本当の事はわからないが―――――――――
その後、フレイヤは一旦アスガルドへと帰還していった。戻る術が見つからず、アスガルドへ行くに行けない私にとっては、彼女の提案は物凄く嬉しい話だった。そのため、私は彼女が何かしらの報せを伝えに戻ってくるのを待つ事となる。
しかし、この時の私は知らなかった。彼女が伝えてくれる報せが、神々の黄昏の序章となりうる出来事だという事を――――――――
如何でしたか。
今回は、やっと運命の3女神を出せたってかんじです!
ちなみに彼女らはフレイヤと同様、後々の物語にも出てくる女神さんたちです。
そういえば、海見の剣がホズに奪われた件ですが…
サクソ・グラマティクスが著した歴史書『デンマーク人の事績』には、森の神がミーミルではないかという仮説が立てられています。この話の中で、盲目の神ホズが、兄のバルドルを討つために森の神が持つ剣を奪ってしまう場面があり、前回ではその文献を参考に、書いた次第です。
あ。ただ、スクルドが「海見の運命(ここでは未来の事)がはっきり見えない」と言っているのは、今のところフィクション。ノルンがはっきりと他者の運命を見えたという確証はありませんし、逆もまた然り。
ちなみに、詳しい事はまだ明かせませんが…スクルドが言ってた海見の表情は、後の物語で浮かべるであろう表情です。その件については後々にて‥
さて、まだこの章は終わりません!次は一体どうなるか?
あと、近々、ミドガルズオルムである武人視線の話も入れたいなと考えております★
では、ご意見・ご感想あれば、宜しくお願い致します!!




