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破壊は創造である

「お願いします! 私をヤンデレからツンデレに矯正して下さい!」

「だが断る」

「断るの早っ!」


 私の渾身の土下座お願いを華麗にスルーして、私に背を向け亜衣ちゃんは再びスリッパをズッコンバッコン抜き差しする作業に戻った。

 そんなにその作業が大事かお前は。そんな気持ちを押し隠し、私は亜衣ちゃんに更にすがりよった。


「お願いします! せめて話だけでも聞いて下さいませんか!? 私の一大事なんです!」

「……はぁ……話は大体予想つくけどね。いいだろう。三分間待ってやる。話してみ?」


 亜衣ちゃんは心底うざそうにため息を吐いたが、体をこちらに向け、話を聞いてくれる体制をとってくれた。私はこれ幸いと、これまでの経緯を話した。

 事情を知った亜衣ちゃんはあきれたような目で私を見下げた。


「また昴がらみか……。あんたも懲りない女だね。それにしても昴がツンデレ好きとは私も初耳だわ~」


 亜衣ちゃんと私、そして昴くんは幼馴染で昔はよく一緒に遊んだ仲だ。私の昴くんへの気持ちを昔から知っているし、何より私をヤンデレと判定してくれた大事な友達だ。


「そうなんだよ……。私、自分がヤンデレだって自覚はあるけど、ツンデレ成分はないと思うし、だから亜衣ちゃんにツンデレにしてもらおうと思って……」

「めんどいからヤダ」

「ちょっ私の話聞いたでしょ!? やめてお願い断らないで!」


 私は亜衣ちゃんにつかみかかり、顔を亜衣ちゃんの顔に近づける。亜衣ちゃんはうへぇ。とした表情になり、私と距離を測ろうと顔をそむける。


「近いっつーの! 大体ヤンデレとツンデレはベクトルが全然違うってば! 無理無理あんたはツンデレにはなれないって!」

「頑張りますどんな努力でもします! お願い何でもするからっ!」


 その言葉を聞いて、亜衣ちゃんがピクッと反応した。私はその反応を見て、あ、やべ。と思った。

 亜衣ちゃんは嬉しそうにニヤニヤ笑いながら、私の顔と自分の顔を近づけた。今度は私が顔をそむける番だ。


「ほう……何でもしてくれるのね」

「あ、いや、何でもって言うのは言葉のあやで……」

「ん? 今 何 で も す る っ て 言 っ た よ ね ?」

「……はい」


 失言だ。二分前の自分を助走つけて殴ってやりたい。

 亜衣ちゃんは嬉しそうに机に向かい、ごそごそと引き出しから紙の束を取り出し、私に手渡した。私はそれを見た瞬間うっ!と冷や汗を流した。だってそこにはいきなり本番おっぱじめた男性二人が、ハァハァ言いながら交わっていたからだ。


「それ今度のコミケで出す『やめてよして触らないで!』の原稿ね。ベタとトーンがまだだから全部よろしく。持って帰って来週までには仕上げてきてね」

「……はい」

 

 やめてよしては私のほうだよ……。と心の中で毒づいた。亜衣ちゃんは普段コミケに出す同人本の制作は基本一人でやるが、忙しい時は私にこうしてアシスタントを頼む時がある。

 私だってこれが普通の本なら喜んで協力するが、いかんせん亜衣ちゃんの作る本は成人指定がほとんどだ。腐女子にとっては涙を流して喜ぶ代物らしいが、乙女の私には刺激的すぎる。おかげで男同士のセックスの仕方とかいらん知識が増えた。


 けど、それでもいいのだ。亜衣ちゃんは腐女子だから、ツンデレとは何かをよく知っている。私はツンデレになるためならば手段を選んではいられないのだ。


 亜衣ちゃんはその場から立ち上がり、大きく伸びをして私に言った。


「よし、じゃあさっそくあんたをヤンデレからツンデレに変える治療に取り掛かりますか。言っておくけど生半可な事じゃ変えられないからね。覚悟ができたらついてきな!」

「サーイエッサー!」


 亜衣ちゃんがかっこよく私に宣言した。私はそれを憧れの目で見ながら綺麗な敬礼で応えた。






「久しぶりにこの部屋に来たけど……すげぇ写真の量……そしてコレクション……普通のストーカーじゃあ

裸足で逃げ出すレベルね。これ」


 今亜衣ちゃんと私は、私の自宅の昴くんコレクション部屋にいる。亜衣ちゃんは何回かこの部屋に入った事があるが、何年も前の事だ。大分増えた昴くんコレクションを見ながら、少しおののいているようだ。


「えへ、これでも私には足りないくらいだけどね。……それはそうと亜衣ちゃん、その手に持っているものは何……?」


 私はずっと気になっていた亜衣ちゃんの右手を指さした。だってそれは……なんとゆうか、まるで……。


「ん? これ? 何ってムチだけど……」

「ぶっ!!? なんでムチなんて持ってるの!?」

「腐女子のたしなみよ。この部屋に比べればこれぐらい普通だって」

「いや、それも相当だからね!? 普通持ってないからね!?」


 亜衣ちゃんが持っているのは、いわゆるSMプレイで女王さまが使うような長いムチだ。私がドン引いていると、次の瞬間亜衣ちゃんは腕を大きく振ってムチをしならせ、私の大事な昴くんコレクションを壊し始めた。


「ぎゃーーーーーーー!!!!!?? なんばしよっとねあんたは!!?????」


 私は思わず方言で叫び、傍らにあった昴くんバインダー(昴くんの個人情報がたっぷり☆5キロ相当)を手に取り、亜衣ちゃんの脳天に目掛けて振り下ろそうとした。


「ふんっ!」

「きゃん!!」


 亜衣ちゃんは昴くんバインダーをムチの柄の部分で受け止め、足払いして私を転ばせた。そして私を思いっきりムチで打ち付けた。

 何だこれは。私が一体何をしたというのだ。心身ともに痛みで泣けてきた。


「ひっく……ひどいよ亜衣ちゃん……! 私を殺す気なの!?」

「うるせぇ! 殺気満々でバインダー振り下ろしやがって……! 私じゃなきゃ死んでたっつーの! 私だって好きで壊してる訳じゃないわよ。これはツンデレ矯正の第一歩なの!」

「こ、これが……? 昴くんコレクションを壊すことが?」

「そうよ。ツンデレがこんなに好きな人の写真やコレクションを集めるか! ヤンデレ以外の何物でもないわ! 創造するには破壊から始めないと何もできないわよ!」


 その言葉に、私はぐうの音もでなかった。確かにツンデレはこんなにも好きな人の写真やコレクションは集めないと思う。私はどうしても好きな人のタイプに、ツンデレになりたかった。


「……わかったよ亜衣ちゃん。でもお願い! このテディベアだけは見逃して! これは小さい時に昴くんから貰った宝物なの! これが無事なら、他は我慢するから……!」


 私は部屋の一番いい所に飾ってあるテディベアを指さした。小学生の時に昴くんから誕生日プレゼントとしてもらった大事なものだ。昴くんコレクション第一号でもある。

 あやねちゃんはテディベアを見て、フンと鼻で笑った。


「……いいわ。じゃあ、あれは壊さないであげる。でも他のは全部壊すわよ。あんたはそこで見てなさい」

「う、ひっく。うぅ……わかったよ。うわぁぁぁぁん!」


 私の了承の言葉を聞いた亜衣ちゃんは、再びムチをしならせ、破壊活動に戻った。私はその様子を見ながら、泣いて私の大事なコレクション達に別れを告げた。






 破壊活動が終わり、昴くんコレクション部屋は見るも無残な姿になった。私と亜衣ちゃんはその後片付けをし、亜衣ちゃんはもう帰ってしまった。


 普通の部屋になってしまった所に、私はテディベアを抱きしめながら立っていた。喪失感が半端なくて死にそうだが、これはツンデレへの第一歩だ。私はテディベアの顔を見つめ、改めて決意表明をした。大きく息を吸い込み、思いっきり叫んだ。



「絶対にツンデレになって、昴くんの彼女になってみせるんだから――!!」



久しぶりにこの作品を更新しました。お待たせして申し訳ありませんでした。少しでも面白いと感じて頂けるなら幸いです。

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