第14話 謎の文通相手
今日みたいに何の予定も約束もイベントも仕事もなく、かと言って小雨が薄い膜を張るみたいに降り続いている休みの日は図書館に行く事が多い。どうも僕は意外と文系なのかも知れない。
誰かが堅い靴底で床石をコツコツと叩く音とか、学生同士が声を潜めて話し合うぎりぎり断片として聞き取れる程度の会話とか、隣の椅子に座った人がページをめくる音が自分のページをめくる音とシンクロした和音とか。
毎日の雑踏の中で聞き逃している些細な音が響いているこの島立図書館は僕のお気に入りの場所。
本を借りる事はしないで、たとえ時間がかかったとしてもこの場で気の済むまで読む事にしている。旧い外国の冒険小説の翻訳版なんかも置いてあり、町の本屋なんかよりもよっぽど読みがいのある本が並んでいる。
一階、二階、三階と大きな吹き抜けがあり、その三階部分の吹き抜けから図書館全体が見渡せる位置にある、ちょっと固めの椅子の席が僕の指定席。たまに誰かが使っていたりすると、ちょっとずらした席に座ってその席が空くのを待ちながら本を読んでいる。どうも、慣れてしまったお気に入りの場所以外に座るのは、クルマのシートをずらされてしまったり、違う高さと堅さの枕で眠るみたいに、微妙に気持ちが落ち着かない。
僕専用の小さなしおりをこっそりと持ち込んで、時間内に読みきれなかった本に挟んで帰る。そして次の週か、それとも一月くらいか、間隔が空いてまた図書館にやって来た時、誰にも貸し出しされてなく、しかもきちんとしおりが挟んだままになっていたりするとけっこううれしい。いや、かなりうれしい。
僕が文系なのかも知れないもう一つの理由は、文通みたいな事がけっこう好きなんだと判明した事。フウさんとの連碁の棋譜を交換しあう言葉を交わさない文通もそうだけれども、この図書館にも、秘かな文通をしている相手がいた。
ちょっと古い時代の外国の探偵小説シリーズが全巻そろっているのを見つけて、何ヶ月前からかヒマな時に通っては読んで、しおりを挟んではまたやって来た時に続きを読んで、すっかりこの作家さんのファンになってしまった。
と、ある時。僕が勝手に挟んだしおりのページに、小さなメモも挟まっていた事があった。貸し出し履歴を見てみたが、誰も借り出した事はなく、誰かが見つけて一言メモを残して行ったんだろう。
「このしおりを挟んだあなたへ。ダメですよ。こんな事したら、しおりが気になってなんとなく読みにくくなるじゃないですか。しおりずらしちゃいますよ?」
それが二ヶ月くらい前だったか。まあ、確かにしおりを挟んではいけないと言う厳密な図書館のルールはない。でもマナーとして考えると、いいマナーであると胸をはって言える自信はない。
僕は一言、ごめんなさいとともに、本を借りて帰っていつでも読める環境に置くと読書に対する集中力が途切れるので図書館で読みたいんですってメモを残して、またしおりを挟んでみた。
また来た時にしおりを見てみると、また新しいメモが挟まっていた。
「その気持ちはよーくわかりますよー。でもね、図書館の本はみんなの本。みんなが気持ち良く読めるようにしなくちゃだめですよ。でないと、ペナルティを与えちゃいますよ」
しおりを挟んだ犯人を学生か子供かと思っているのか、文章はまるで学校の先生が生徒を優しく叱るような口調だった。まあ、確かにこの探偵小説シリーズは、どちらかと言うと中学生、高校生向けの翻訳だが。僕は少し調子に乗って、ペナルティってどんなんですか? と、またメモを挟んで帰った。
そして今日、恐るべきペナルティを食らった。
「今回の事件の犯人は、探偵さんの助手のカナ・バレッタ嬢! 名探偵フルフティの助手として推理の手伝いをするフリをして、先回りして次々と毒を仕込んでいったのよ! 連続殺人の動機は、舞台のお屋敷に使用人として雇われていた生き別れた腹違いの妹が、お屋敷の家族にいじめられて自殺してしまった事に対する復讐! 驚きよねー! なんと探偵の助手が犯人で、生き別れた妹の復讐の物語だったのよ!」
やられた。




