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第13話 ピカリグモ


 科学技術の粋を集めた飛行機を仕事で使っている僕がこんな事言うのもなんだけど、まだまだ科学では割り切れない事はこの世の中にはたくさんあると思う。まあ、幽霊はともかくマナクモなんてのはちょっと極端すぎる例だけど。


 一年ぶりにピカリグモを間近で見て、あらためてそう思った。


 この国に住む人ならほとんど誰もが見た事あるのに、未だに、それが生き物なのか自然現象なのか解明されていないピカリグモ。

 「そういえばもうそんな季節だね」と昨日フウさんとも話したが、虫の研究をしている彼女でさえそれが虫なのかすらわからないらしい。


 フウさんの説では。

 個体としての判別が難しく、どの要素をもって一つの個体とするのかその基準点がすでに曖昧で、粘菌(と言う生き物がいるらしい)のように数ミリの小さい物から、それがが合体を繰り返して、論理的には無限大まで大きくなれる生き物ではないか。言うなれば、最小単位(未だにどのくらいが最小か、すら判明していないらしい)が一つの細胞と考えた、あまりに巨大でひどく原始的な菌類ではないか。との事。

 専門用語はよく理解できなかったけど、たぶんこんな事を言っていた。


 その正体が実はただの自然現象だとしても、うねり明滅する光の集合体はいつ見ても虜にされる。


 雨期の終わり、気温が上がり海水が温められ上昇気流が発生して空模様が安定しない頃、そいつはよく現れる。一年でもこの短い周期にしか現れない。


 雲が気流の乱れに巻き込まれて雷雲となり、空気の摩擦から激しい雷としての放電が発生する。するとその稲妻は雲自身に取り込まれるように放電し、まるで雷雲の中を龍が暴れ回っているように雷が走る。すぐに稲妻は消えてしまうが、その雷が走った軌跡がぼんやりと発光を始めるのだ。それが、ピカリグモ。

 ピカリグモは雷の電気を食べているらしい。その稲妻の軌跡からピカリグモの大きさがわかるらしい。雷雲の中に小さなピカリグモがたくさんいる時もあれば、雲そのものの大きさが鈍く発光する時もある。

 それだけならただの自然現象のように思えるけど、どうも、その発光する雲の固まりは意志を持って動いているらしい。

 らしい、らしい、ばっかりだけど、実際この眼で見ると、それがよくわかる。


 今日の仕事中、比較的小さなピカリグモを見つけた。僕の飛行機と同じくらいの大きさだった。雷雲の中にひときわ強く発光するピカリグモを見つけた僕は、慎重に近付いてみた。まだ電気が残っていたらたまったものじゃない。

 すると、そのピカリグモは空気の流れに反して、まるで僕から逃げるように遠ざかっていたのだ。やがて発光が収まり、雷雲とピカリグモの区別がつかなくなる。再び稲妻が轟き、僕からかなり離れた位置で、さっきと同じくらいの大きさのピカリグモを見つけた。やっぱり、生きて動いているように見える。


 そしてピカリグモは強い雨を呼ぶ。もともと雨が降りやすい雷雲だが、ピカリグモの死骸が雨粒の核になると言うのが最も有力な説らしい。雨粒の核が普通の空気中の塵よりも大きいので、雨粒も大きくなり雨脚も強くなる。

 僕が見つけたピカリグモは数回稲妻を身体を光らせながらおいしそうに(僕の想像だけど)食べて、そして新しく小さなピカリグモの固まりを分裂するように造り出し、形が崩れ始めた。

 まるで、子供を産んで、死んでしまったかのように。

 するとそこから雨が溢れ始めた。偶然にも急激に気圧が下がったのか、それとも、やっぱりピカリグモの死骸が雨を呼ぶのか。それともそれとも、ただの自然現象なのか。


 僕はわずかに発光する雨粒を追いかけてみた。急降下する。

 ほぼ墜落と同じような角度で雨の中に突入した。ほとんど自由落下だ。

 大きな雨粒が真ん丸い形から、どんどん重力に引っ張られていわゆる涙滴形に形を変えていくのがはっきりと見えた。落下の勢いに耐えきれず細かく砕け散る雨粒もあれば、まだピカリグモが生きているのか、かすかな光を貯えたままぷるぷるぷるぷると震えながら落ちて行く大きな雨粒もある。


 僕は光る雨と一緒に飛んだ。


 もうそろそろ限界だと思い、操縦桿をぐいと引く。ばしばしと機体を雨粒が叩いた。眼下に見える町並みに、ざあっとまだピカリグモがわずかに発光している大きな雨粒が降り注がれた。上空から見た雨が降り落ちた瞬間は、町の埃がふわっと雨に洗い流され、どんな晴れの天気の時よりも鮮明に僕の生まれた町が見渡せた。そして、すぐに雨煙りに紛れて、くすんだ風景になった。


 上空を見ると、まだまだピカリグモがたくさんいた。どうやら、まだまだ雨は続きそうだ。でも、ピカリグモが雨を呼ぶ頃、雨期は終わりを迎える。

 そして聖ヤンカルエル降誕の季節が来て、雨の代わりに星が降り、短い夏がやってくる。

 待ってたよ、夏。


 

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