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第12話 お化け見谷


「一度やってみたかったんだ、こういうの」


 フウさんはちょっと照れた風に笑ってそう言った。確かに、現実にこんな光景見た事がない。正直に告白します。ちょっと、楽しかった。

 フウさんが買った荷物を僕が持つ。わざと積み上げて、前も見えないくらいに積み上げて。よたよたと彼女の後をついて行く。なかなかに悪くない。

 思えば、彼女とは1年以上もハガキのやりとりで勝負をし、交わす言葉すらほとんどなかったが、真剣に相手の心を読み取ろうと戦ってきた相手だ。初対面と言う感覚はなく、どこか懐かしい同級生に再会した気分だった。


 本日の休日は、昨晩の勝負に負けたのでフウさんの一日付き人になった僕。会社の飛行機を借りて、僕の住む島をご案内いたしましょう、お嬢様。大学の研究室にこもりっきりで、学内に同年代の友達もほとんどなく休みの日もあまり遊びにでかけないらしいフウさん。それって、僕の想像図のまんまじゃないだろうか? とは口に出さなかった。それともう一つ、何故チェリコさんまで僕を使用人扱いするのですか? それも口には出さなかった。


 と言う訳で、出発前にこっそりとシンシオさんに聞いておいた「女の子を連れて行くと喜ばれるお店」をぐるり巡るコースを僕は選択したのだが、何故チェリコ先輩がいちいちその店を酷評するのですか? とは口に出さなかった。


 最近流行りの外国料理屋さん。イカスミを麺に練り込んだパスタは見た目は正直言って少しひいたけど、こいつは癖になりそうなおいしさだった。この雨期の季節だけに採れる最高級の霧茶を飲ませてくれる行列のできる喫茶店。僕の少し悲しい思い出を思い起こさせる味がした。ありとあらゆる牛乳を取り揃えた牛乳喫茶店。初めて飲んだけど、黒糖を溶かした特別に濃い牛乳で煮出した紅茶のうまい事うまい事。


 そしてコーターさんに教えてもらった「初対面の女の子とでも確実に手を繋げるスポット」に言ってみた。もちろん、それは内緒で。


 飛行機で40分。隣の島まで行く。

 雨期には潮の流れが激しく、きりたった島々で構成される地域であまり人が近寄る理由がない島。収穫期に漁師達が臨時の村を作るだけの基本的には無人島だ。しかし、そこで最近かなりおもしろい場所が発見されたのだ。


 その名は「お化け見谷」。おばけと出会える谷、らしい。


 丘の頂上から問題の谷間を望むと、それは真っ直ぐに緩やかに海の中に消えていた。海風がすごい勢いで坂を駆け昇り、その風力のせいで普通の植物がほとんど根付かない。びっしりと海苔で覆いつくされ、まるでふかふかのミドリ色した絨毯を敷き詰めたような柔らかそうななだらかな坂が海中まで続いていた。

 目の前の海はちょうど二つの切り立った島に挟まれ、海風はこの二つの島に押し出されるような形でものすごい勢いを得て谷を吹き上がってくる。丘の頂上は背後に崖を背負うような格好になっていて、風はここで崖にぶち当たっていったん吹きだまりを形成し、渦を巻くように上空へと突き上がって行く。ここは風の通り道なのだ。


 しかも海風は海の湿気をたっぷりと含んでいて、軽く風に吹かれているだけで髪の毛がべとべとになってしまう。その湿気が、実は曲者だ。真正面から風を受けると、湿気をたっぷりと含んだ風が海上の蜃気楼と似たような原理で光の屈折現象を起こして、視界をぐにゃりと歪ませて風が迫ってくる。

 確かに、見えないおばけか何かがものすごい勢いで攻めて来ているように見える。でも、それだけじゃない。ものすごい風が崖にぶち当たっていったん力を溜め込み、一気に上空へと上昇していく。その上昇気流にうまく飛び乗れば、体重が軽い女の子や子供なら高くジャンプすれば5、6秒くらいは宙に浮いていられるらしい。


 あまりの風のべたべたさに、長い髪がもうぐちゃぐちゃになってしまっているチェリコ先輩はさっさと飛行機に戻ってしまった。

 チャンス。

 そこで僕の出番だ。コーターさんの教え通りにさりげなくフウさんの両手を握り、迫ってくるのがちゃんと見える突風をタイミングよく捕らえて、せーので彼女に思いきり飛んでもらう。すると小柄で細い身体付きのフウさんは僕に振り回されるように10秒近く空を飛んでいた。

 何度も。何度も。


 しかししかし、まだまだそんなものじゃない。

 次の風を待っていたフウさんは急にびくりとして握っていた僕の両手を胸の前に持って来て、さらに強い力で握りしめた。恐る恐る背後を振り返り、またびくりと身体を震わせて僕にすりよってきた。

 「お化け見谷」の本領発揮と言う訳だ。

 僕にも聞こえた。低い女の声が。


 重い風が巻いて崖に反響して、まるで耳元で何者かが意味不明な言葉を囁いているような音が聞こえてきた。低く呟く女の声のような、呪いを込めた女の恨みがましい声のような、チェリコ先輩の二日酔いの機嫌が悪い時の声のような。

 谷自体が音を反響しやすい構造になっていて、その終着地点である坂の頂上の崖で、音は行き場を失ってさらに反響しあう。それが、低く唸るおばけの正体。


 確かに、ここは女の子と仲良くなるチャンスがあるスポットでした。

 コーターさん、ありがとう。僕の特製ライチ酒あげます。

 

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