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無能と呼ばれた代理店営業が異世界転生して、ボロ台帳ひとつで七種族同盟をまとめ世界を救った件  作者: もしものべりすと


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第五章 獣人族の借金、マージンの話

獣人族の天幕は、革と、毛皮の匂いが、した。


 円形の大天幕の中央に、火が、焚かれていた。


 火の燃料は、東京で見るような、薪、ではなかった。


 大きな、赤茶色の、結晶のような、石、だった。


 石は、燃えながらほとんど、煙を、出さない。


 火の周りの空気だけが、わずかに、揺らいで、見える。


 獣人族長、ガルザス・ロウベインは、灰色の、鬣と、太い前腕を、持っていた。


 俺と、リシェルと、グランドゥールが、天幕に入ると、ガルザスは、ぎろり、と、俺を、見た。


「ドワーフと、エルフが、揃って、人間の若造一人を、担ぐとは、さて、何の、冗談だ」


「冗談では、ない」


 グランドゥールが、太い声で、答えた。


「お主の、借金の話、こいつに、見せろ」


 ガルザスは、低く唸った。


「我ら獣人連合の、借金など、種族の恥だ。なぜ、余所者に、話す」


「藤崎」


 リシェルが、静かに、言った。


「説明して」


 俺はノートを、開いた。


 昨夜のうちに、リシェルから、一通り、聞いていた。


 獣人連合は、五十年前の、魔王軍の、南方侵攻で、人間王国に、戦費を、借りた。


 返済不能。利息だけが、膨らんでいる。


 来年の夏、返済期限が、来る。


 返せなければ、獣人族の若者が、奴隷契約として、人間王国に、差し出される。


 そういう、絶望的な、話だった。


「ガルザスさん」


 俺は、声を、できるだけ、低く保った。


「獣人族が、今、いちばん、持っているものは、何ですか」


「は?」


「強さ、です。機動力。森と、岩山を、馬の、倍の速度で、駆ける、その脚」


「それを、奴隷契約で、売り渡せ、と?」


「逆です」


 俺は、息を吸った。


「人間王国は、今、魔物の、素材を、必要としています。前線が、崩れているので、補給が、追いついていない。素材は、金に、なります」


 俺はノートを開いて、見せた。


『獣人族:機動力/戦闘力=余剰能力(活用されていない)』


『人間王国:魔物素材の不足/前線補給不足=需要』


『提案:獣人族が魔物討伐、素材を人間王国が定価で買い取る、その差益を借金返済に充当』


「これだと、奴隷契約は、不要です。獣人族の若者は、自分の脚で、自分の戦いを、しながら、借金を、返せる」


「単価は?」


 ガルザスの声が、少し、変わっていた。


 彼の、太い指の、爪の付け根が、わずかに、白く、なった。


「素材の単価は、人間王国側に、交渉します。魔王軍が、押している今なら、強気で、出られます。単価が、安ければ、こちらは、戦わない、と、言える」


「向こうは、それを、呑むのか」


「呑みます。今、素材が、枯渇しています。獣人族が、動かなければ、人間王国の、前線は、来月、崩れます」


「……お主、どうして、それを、知っておる」


「今朝、人間王国の使者が、エルフ砦に、届けた書簡の、写しを、リシェル様に、頂きました。書類の量と、要請の急ぎ具合から、たぶん、そうです」


 ガルザスは、長く低く唸った。


 唸りは、やがて、低い、笑いに、変わった。


「お主」


 獣人族長は、火の向こうから、俺を、見た。


「我らが、五十年、奴隷の影に、怯えてきた、その答えが──たかが、それか」


「すみません」


「なぜ、謝る」


 ガルザスが、立ち上がった。


 毛皮の中で、巨大な体が、ぐっと、伸びた。


 立ち上がったガルザスは、天井の高い天幕の中で、それでも、頭が、ぎりぎり、収まる程の、大きさ、だった。


「お主に、感謝は、する。だが、悔しい。我らが、それに、気づかなかった、その五十年が、悔しい」


「気づけなかったのは、ガルザス殿のせいでは、ない」


 グランドゥールが、髭を、撫でた。


「お主は、戦士だ。戦士に、商人の頭は、要らぬ。要るのは、相方だ」


「商人の頭」


 ガルザスは、もう一度、俺を、見た。


「藤崎、と、申したな」


「はい」


「我ら獣人連合、お主に、一つ、貸しを、作る」


 ガルザスは、自分の毛皮の、襟元から、銀の牙のような、飾りを、抜き取った。


「これを、持っておけ。我らの土地で、お主が、困ったとき、これを示せば、誰もが、助ける」


「いえ、そんな──」


「受け取れ」


 受け取らないと、帰してもらえない、雰囲気だった。


 俺は、両手で、銀の牙を、受け取った。


 ずしりと、重かった。


 牙の、根元に、小さな、ガルザスの族の、紋章が、彫られていた。


 紋章は、月の形と、獣の足跡を、組み合わせた、独特のデザイン、だった。


 ガルザスは、座り直して、火を見つめた。


 彼の、灰色の鬣に火の光が、揺れて、映った。


 火の周りの、別の、獣人たちが、遠巻きに、こちらを、見ていた。


 彼らは、皆、太い腕を、組んで、何も、言わなかった。


 でも、彼らの、目は、全員、俺を、見ていた。


 その目の中に、初めて見るものを、見るような、警戒と、好奇の、混じり合った、色が、あった。


「藤崎」


「はい」


「お主の、世界には、奴隷契約は、ないのか」


 俺は、息を呑んだ。


 単純な、はい、いいえ、では、答えられない、質問だった。


「奴隷契約と呼ばれるものは、たぶんもうないです。ですが、似たような構造の不平等な契約は、いくつかあります」


「ふむ」


「人を、物として、扱う、契約は、ない。けれど、人の、自由を、長い時間、縛る、契約は、ある」


「結局、形を、変えただけ、か」


「半分は、そうかも、しれません」


 俺は、慎重に続けた。


「でも、半分は、違います。形が変わったことで、抜け道が、生まれました。逃げる方法が、少しずつ、ある世界に、なっています」


「ふむ」


 ガルザスは、低く唸って、もう一度、火を見つめた。


「我らの、若者にも、いつか、そういう、抜け道のある、世界を、見せてやりたい」


 俺は、頷いた。


 そのために、今、この、提案を、しているんです、と、心の中で、答えた。


 声には、出さなかった。


 ガルザスには、たぶん、伝わっていた。


 彼の、太い前腕の、毛並みが、わずかに、緩んだ。


 戦士の、構えが、ほんの少し、解けた、ということ、だった。


 帰り道、リシェルが、俺の隣を、歩きながら、ぽつりと、こぼした。


「あなたって本当に、不思議ね」


「不思議、ですか」


「全部、当然のように、話す。でも、あなたが、当然と、思っていることが、私たちの種族の、二百年や、五十年を、ひっくり返すのよ」


 俺は、何も、答えられなかった。


 ただ、胸ポケットの、ノートが重かった。


 その重さは、普段の、紙とインクの、重さとは、別の、重さ、だった。


 会社で、毎日、書いていた頃は、こんなに、重く、感じたことは、なかった。


 たぶん、誰かに、必要とされる、書き物の、重さ、というのは、こういう、感触なんだろう。


 その夜、砦の窓から、二つの月が、見えた。


 遠い、東の方角に、小さく、赤い光が、一つ、瞬いた。


 リシェルが、それを、指差して、囁いた。


「魔王軍の、篝火」


 遠い、けれど、確かに、近づいていた。


 俺はノートを開いて、書いた。


『獣人族:協力合意。素材買取スキームで借金返済。ガルザス族長、銀の牙を授与』


 書きながら、ふと東京の、シェルライズ商事の、木下部長の、ことを、思い出した。


 彼にも、たぶん、同じ、半年が、必要だった。


 書いて、書いて、信頼を、積み上げる、半年。


 異世界でも、東京でも、結局、やっていることは、同じだった。


 それは不思議と、安心する、気付き、だった。


 俺は、ノートの、別の頁に、もう一つ、書いた。


『獣人族の若者向け、素材買取スキーム:


第一段階:人間王国側との価格交渉(リシェル様経由で王宮に打診)


第二段階:素材鑑定基準の合意(ドワーフ族の鍛冶師ネットワーク活用)


第三段階:ガルザスの直轄部隊から、試行運用


第四段階:成功事例ベースで他部族へ展開』


 書きながら、俺は、笑いそうに、なった。


 会社の、新規事業計画書と、構造が、完全に、同じ、だった。


 異世界でも、結局、フェーズを、切って、進める。


 地味な、四段階の、計画。


 地味で、退屈な、計画ほど、たぶん、上手く、回る。


 それも、会社で、学んだ、教訓、だった。


 窓の外で、夜が、深くなっていた。


 二つの月の、青と、橙の光が、俺の、ノートの上で、淡く混じった。


 遠い、東の、赤い篝火は、また、一つ、増えていた。


 俺はペンを、置いた。


 ペンを、置いた瞬間、自分の右手が、ほのかに、震えていることに、気づいた。


 たぶん、緊張、だった。


 ガルザスの毛皮の匂いが、まだ、服の、繊維の、奥に、しみ込んでいた。


 あの、巨大な戦士の、火の前で、自分の言葉を、話したこと。


 その緊張が、今頃、体から、抜けかけていた。


 俺はノートを、閉じた。


 明日は、海人族の、港町だった。


 潮の香りを、思い出すには、まだ、早かった。

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