ドキッ!魔女だらけの大運動会 ボカンもあるよ-3
今は、そう。魔女の気まぐれで始まった運動会の徒競走、その出場選手である私たち4人で、1人吹き飛んでいったドゥズンさんを見守っているところです。魔女の魔法で傷つくことがない私達とはいっても、あのように地面に叩きつけられては無事というわけにはいかないのではないでしょうか。
「ほら、ほら。もうスタートの合図は鳴っているわよ」
内側で小筒を鳴らした『歌姫』が、私達に走るようにと促します。それで、ようやく我に返りました。心配は心配ですが、魔女の方々が問題なさそうにしているのですから、大丈夫なのでしょう。
走り始めれば、アミー先生の掛けた魔術のすごさが改めて身に染みます。少なくとも、他の方々の姿は後ろへと――――。
いえ、1人、ついて来ている方がいらっしゃいます。焦るように足を速めますが、それでも追いつかれ、そのまま抜かれてしまいます。
相手の足を見れば、あれは、浮いている? 浮いたまま風に押されるように優雅に滑っています。
「と、徒競走、ですから、反則、では?」
息も切れつつつぶやきますが、誰も気にはしていないようです。
必死に追いつかんとしますが、やはり人の足には限界が。
「ナリスさん! カーブですよ!!」
遠くからヨミーさんの声が聞こえ、慌てて左手を広げます。練習の時のように左に引っ張られる感覚で、すぐに前の方が視界の右へと消えていきます。……つまり、あれは曲がれませんのね。
背中に衝突音を聞きながら、そのまま曲がってゴールへと進んでいきます。どうか無事でありますように……。
ゴールには、よく分からない白い紐が張られていて、どうやらそれを最初に被ることが1位の証、という訳のようでした。よく分からない風習ですが、後でヨミーさんに聞くと「そういうもの」だということだそうです。
「それも物語の?」
「私の国だと競技会でも使われていたと思います。ナリスさんのところだと異なるのでしょうか?」
「あー、いえ。そちらの方には疎くて」
どうやら現実にもあるようですわね。
ともあれ、その紐(ゴールテープとも言うそうです)を持ってチーム員のところに戻れば、みなさんから祝福を受けました。
「さすがはナリスさんでしたね」
「いいカーブでした」
「うーん、やっぱり器用なものね」
「いえ、やはりアミー先生の魔術のおかげです」
振り返れば、爆発で吹き飛んだドゥズンさんと途中曲がれなかったワーミンさんがテントへと運ばれていました。実際、最悪の場合にはああやって魔法で救護テントに運ばれていたのは私だったかもしれません。一応、怪我などはされていないそうですが……。
と、『隼』さんがおもむろに立ち上がり、軽く体を伸ばし始めました。
「さて、じゃあわたしの番だね」
「見習いのあとは、魔女の方が走られるんでしたね」
「うん。単純な速さ比べなら、まあこの中で負けることはないから安心して見てて」
そうして『隼』さんは指を2本立て、片目を閉じて合図を送って来ます。
「あれはウィンクというのですよ」
「……なるほど」
恥ずかしながら、知らないことは世の中にまだまだありますわね。
しかしああやってふらふらと集合場所に向かう姿を見ると、なんとなく不安になってしまいます。
*****
他の魔女の方々とスタートラインに並んでも、『隼』さんはときどきこちらを見て手を振ったりなんかしています。
「ちゃんと聞いてる? そう、でも念のためもう一回言うけど、ゴールはテープに魔力を流した時点とするから、忘れないようにね」
単に手に持っただけとはならないのは、やはり速度差によるルール変更でしょうか。
「じゃあいくわよ。位置について、よーい」
爆発音。さすがに二度目ともなれば予測していました。やや遅れてくる爆風でなびく髪を抑えます。
砂煙の落ち着き始めた頃、前を見ると『隼』さんが茶色に光るテープをぶんぶんと振り回していました。
「どんなもんよ!」
あの様子を見れば疑う余地もなく『隼』さんが最初にゴールしたということでしょう。いや待ってください。土煙が晴れるまでひと呼吸、いや多く見てもふた呼吸ほどしかなかったはずなのですが。魔女とただ人では、これ程までに差が出るものなのですね。
「ちなみに、『隼』に任せていたらあの速度でゴールすることになっていましたよ」
「え、それなら」
「曲がり切れればですけど」
それは、無理でしょう。1歩足を前に出すだけの時間で曲がり角に到達してしまうなら、どうやって曲がればいいか、想像もつきません。
と、『隼』さんのもとに一緒に走っていた魔女の方々が集まってきました。声が被ってよく聞こえませんが、なにやら話し合っている……というより、文句を言われているように見えます。
「どうしたの?」
「あ、ちょっとこっちに来てくださいよ」
その中の1人が寄ってきた『歌姫』さんを引き連れて、カーブ終わりのところへと行きます。
「ここ、コースの中に入ってるんですよ。これって反則じゃないんですか!?」
「いやいや、ここはもう曲がり終わってるところだから、問題ないよ。そうですよね?」
『隼』さんの言葉をきっかけにまた周りの方々が文句を言い始めます。
『歌姫』さんは周囲の声を制止して、歌い始めました。すると、コース上に茶色のラインが浮かび上がり始めます。
「どうでもいいけれど、どうしてこんなに蛇行しているの?」
『歌姫』さんの言うとおり、茶色の線は波打っているようでした。
「あれ、ほんとだ。まっすぐ進んでるつもりだったんだけど」
「まあともかく、たしかにここはもう直線に入ってるから、まあちょっぴり内側に入っても問題はなさそうねん」
腰に手をあっててどこか威張った風になる『隼』さん。周りの方々は悔しそうなそぶりを見せますが、『歌姫』さんは気にせずカーブの中頃に進んでいきます。
「でもここもラインを割ってるわね。こっちは――――近道扱いかしらね」
「え、つまり?」
「『隼』は失格。2位の子が繰り上がりで1位ということで」
「そ、そんなー」
崩れ落ちる『隼』さんに、湧き上がる周りの人達。声を上げたいのはこちらの方だと思いましたが、周りの魔女の方々は呆れた様子ながらも特に驚いてはなさそうです。
「まあ、らしい結果ですね」
「誰よりも早いけど、誰よりもそそっかしい」
「でもそれなら『魔術遣い』が出ても良かったんじゃない?」
「折角の舞台に私ばかり出しゃばっても仕方ないですし、こうならない可能性もありましたから」
聞こえていたのか、とぼとぼと帰ってきていた『隼』さんがアミー先生の方に掛けよってきました。
「『魔術遣い』ぁぁ」
「まあ、次からはまっすぐ飛べるといいですね」
「うぐぅーー」
そのまま抱きつこうとした『隼』さんはひらりと避けられて、そのまま地面を滑っていきました。痛そうですわね……慌てて姫様が掛けよっていきますから、私も見て見ぬ振りは出来なさそうです。
*****
気を取り直して。次の競技は全員参加で、玉入れというものをやるようです。
各々のチームの中心に立てられた棒の先、ミルさんが手を挙げても届かなさそうな高さにあるカゴ目がけて柔らかい玉を投げて、カゴの中に入った個数を競う競技だそうです。
「魔法の制限としては、カゴを壊さないこと、玉を増やしたり減らしたりしないこと、あとは競技中の人達を縛ったりするのは禁止ね。あと、玉を入れる時には必ず見習いの手で投げてから入れること。最初から最後まで魔法で玉を運んだりしないようにね。ちなみに、カゴに一度入った玉は出せなくなってるから、それも試さない方がいいわよん」
そうなると、魔法で何が出来るのでしょうか。空を飛んで上から跳ね返すとかですかね。
考えていると、開始を知らせる爆発音が聞こえてまいりました。慌てて地面に落ちていた玉を拾い、カゴに向かって投げます。どのみち、見習いにはこの程度の仕事しか出来なさそうです。
「クア……じゃなかった、レィ!」
「分かってる」
『泣女』先生に言われるがいなや、レィさんは懐からなにかを出して地面に置いて、蒼く光る陣を敷きました。それで人の中心から木の根のようなものが出てきて、地面に潜っていきます。
ひと呼吸置いて、周囲から悲鳴が聞こえてきました。見渡せば、周りの棒が太い木の幹に囲まれていました。レィさんの方を見ると、表情はそのままに小さく指を2本こちらに立てました。か、かわいらしい。
「みなさん、今のうちに私の方に」
上から声が聞こえたと思ったら、アミー先生がカゴの上に待機しておりました。多少外してもアミー先生がフォローしてくださるということでしょう。
それで拾った玉を上に投げてはまた拾い、もう一度投げるということをします。ある程度の高さまで投げればアミー先生が入れてくださいますが、思ったより高いのでそう多くは入れられません。
……というより、上に来ている玉が思いのほか少ないですわね。よくよく見ると、姫様の投げる玉が届いておりません。というかヨミーさんも全然届いていませんでしたわ。アミー先生のいるところにはどうも風が吹いているらしく、うまく姫様方の投げる玉の高度まで下がれずにいるようです。
一方のミルはさすがというところか、私よりも簡単に投げられているように見えます。
「ヨミーさん、ナリス様、玉を私たちに渡してください」
「な、なるほど」
「そう、ですね」
息が切れがちになっているお2人が、私たちの側でしゃがんで、落ちている玉を拾って渡してくださいます。これでずいぶんと楽になりました。
「おお、なるほどね」
どこからともなく『隼』さんの声が聞こえたと思ったら、近くに玉が置かれています。それをヨミーさんが拾って私の方に渡し、それをアミー先生が調整してカゴに入れる。姫様とミルのほうも似たような形になっていて、なかなか悪くなさそうですわ。
レィさんの魔術は、木が壊されるたびに修正しているようで、せわしなく魔術を掛けているようです。『泣女』先生は……ゆっくり休まれているようにしか見えませんわね。
「『歌姫』! ウチの玉を取ってくやつがいる!」
遠くから聞こえる叫び声に、思わず全員の動きが止まります。見渡せば『隼』さんが玉をいっぱい抱えているのが目に入りました。
「あれ、ダメだったの? ダメって言われてないと思うんだけど」
そういう問題なのかは不思議ですけれど。『歌姫』は少し唸ったあとに、手で大きなマルを作りました。
「たしかにルールには反してないし、玉を入れた数を競うわけだから、どこにあった玉でもいいことになるわ」
そ、そんなものなのでしょうか。ところが魔女の方々は柔軟なようで、一度よしとされたらすぐに「風よ我が元に運べ」と詠唱したりだとか地面いっぱいに魔方陣を作って波立たせて玉を運ばせたりだとか、もうまともに立っていられなくなってきました。
「ちょ、ちょっと、これじゃ運べない」
「それ以前に投げられませんわよ!」
「まあでもどこでもそうなんじゃない?」
『泣女』先生の言うとおり、もはや見習いで立っているものはほとんどおらず、飛び交っている玉は全部魔法で見習いの手に押しつけられて、跳ね返るように上げられたたもののようでした。
玉入れとは、こういうものだったのでしょうか……。
「そこまで~~!!」
結局、最後の方は見習いには何も出来ず、魔女の方々が飛んで自分の手元まで玉を運んでからカゴに落としたり、カゴを凍らせて蓋したり、それを溶かして無理矢理入れたり、なぜか爆発したり、爆発したりと、もうただ眺めていることだけしか出来ませんでした。
「それじゃあ、玉の数を数えるわよん。掛け声に合わせて、カゴの中の玉を投げてね」
『歌姫』の声に合わせてカゴが降りて来て、それぞれのチームで1人ついてカゴに手を入れます。私たちのチームでは姫様が手を入れました。
「じゃあ、ひとーつ、ふたーつ」
掛け声に合わせてみんな空に向けて玉を投げます。どうでもいいですけれど、もっと簡単な数え方もあったと思うのですけれど。
「……ごじゅうろーく、ごじゅうなーな」
……本当に数が多く、変わってもらうように寄りますが、姫様は小さく首を振ります。
もうしばらくして、姫様がカゴの中をごそごそと探して、そうしてどうやら見つからなくなったようです。
「ななじゅうさーん、ななじゅうよーん」
『歌姫』さんはまだ数えています。見渡すと、1チームだけまだ投げているようです。
「はちじゅうさーん」
そしてようやく投げ終えたようです。
正直、負けた悔しさなどよりも、最後の方の支離滅裂さと、数えることの徒労感の方が大きくてかなり疲れてしまいました。
「せめて数えるのはもうちょっと簡単にできませんでしたの」
「まあ、こういうものですから」
ヨミーさんはそう言いますけれど、なにもかも物語に寄せる必要もないでしょうに。ついつい、そう思ってしまいます。




