ドキッ!魔女だらけの大運動会 ボカンもあるよ-1
例の騒動から、1週間が過ぎました。ミルとラールシムさんとの間はある意味元通りで、私の知る限りではあれから1度も言葉を交わすことはしてないようです。少なくとも衝突などはないようですから、害はないことでしょう。
それでも、1週間程度ではクラスの中に残った空気はそのままのようで、本日朝一番の常識の授業前においても、みなさんいつも通りのように見えてもどこか緊張を感じます。
これについて私にできることなど、おそらくはないことでしょう。時が解決するのを待つばかり、ということで。
「……さん、ナリスさん」
「え、ああはい。すみません、なんでしょうかヨミーさん」
考えを巡らしていると、ヨミーさんより前を見るように促されます。まだ始業の鐘は鳴っていなかったと思いますが。
前を見れば、これまたなんとも分かりやすいといいますか、立派なウサギの耳がついた女性がいらっしゃいました。それ以外は普通の服装ですし、わざわざおひげまで付けるようなチャーミングな方でない限りは、ウサギの獣人なのでしょう。もちろん常識の授業を受け持っているアミーさんではありませんし、別の方にお願いするという話も伺ってはおりません。
「どなたなんですの?」
「それが、先ほど入ってきたばかりで」
ヨミーさんもご存じでないとなると、挨拶を聞き逃した訳ではないようですわね。恐らくは魔女でしょうし、そうであるならやはりヤーレさんに聞くのがよいでしょう。
ヤーレさんの方に視線を向ければ、待ってましたといわんばかりに口を開きました。しかし、ヤーレさんの言葉がこちらに届く前に、鐘が鳴ってしまいました。
鐘が鳴り終わるのを待って、前に立っていた方が口を開きました。
「みんな授業が始まるまでにちゃあんと集まるなんて感心感心。今日はね、お知らせがありまーす」
言葉のあとに短く歌うと、手元に用意されていたらしい紙が見習いたちの手元へと自動的に配られていきました。その紙を見ると、「運動会のお知らせ」との題が付けられていました。
「と、いうわけで。明日運動会があるからよろしくねん」
言い終わったところでハイダラさんが手を挙げました。発言を促され、立ち上がります。
「明日の授業はどうなるのですか」
「もちろん、お休み。学院長から許可も取ってるから、安心してね」
お休みという言葉を聞いて、教室がざわつき始めました。いままでにも1コマ休みになることはありましたが、丸1日急に休みになることはありませんでした。それで浮き足立つのも、仕方のないことでしょう。
しばらくざわざわしていたところ、扉ががたりと音を立てました。しかし一向に開く様子がありません。それで何度かガタガタと開けようと力を込めている音が聞こえてきますが、やはり開きません。
前の方はそんなことも気にしないようにパンパンと手を鳴らして注目を自分に集めました。
「それじゃあ、詳しいことはその紙を見てもらって、気になることがあったらアミーに聞いてね。また明日ねん」
そうして音の鳴り続けている扉とは別の扉の方に向かって、楽しそうに鼻歌を歌いながら扉を開いて出て行きました。
それとちょうど入れ替わるように、もう1つの扉も開きました。勢いがついたまま教室に飛び込んできたのはアミー先生でした。
「しぃーしょおーーー!!!」
顔を上げて目に入ったのは、誰もいない教卓と、探し人がすでに去ったことを示す開いた扉だけでした。
*****
アミー先生はイライラした様子を隠そうともせず、授業の準備に入りました。2つの扉を閉めて、教卓を杖で叩いて魔術を発動させています。
「念のため、本当に念のためなのですが、さっきの方がなにか変なことを言ったりしてませんでしたか?」
変なこと……変じゃないことなんてなかった気もしますが、そういうことなのかはわかりません。
「まあ特になければそれでいいんです」
「あの、やはりさっきの人は『歌姫』なのですか!?」
ヤーレさんが手を挙げながら、当てられるのを待てずに話し始めた。
「ええ。一応、私の師匠です。その、ちょっと変わり者で、すぐに物語本の出来事を現実にも持ってこようとして。ああそうだ、変わってると言えばあの人の魔法も少し変わっていて、歌を詠唱としています。詠唱として成り立つのはそのほかにも――――」
アミー先生はそのまま詠唱の種類について話を始めました。しかしなるほど、さきほど時折歌っていたのは魔法のためだったんですのね。そしてそれで『歌姫』と。これまでで一番わかりやすい二つ名と言えそうですわね。
「――――というわけで……どうしました?」
ハイダラさんがまた手を挙げていたようで、アミー先生も講義を止めてハイダラさんを指しました。
「変なことというのは、例えばどういうことですか?」
ハイダラさんはいたって真面目な様子です。それでアミー先生は諦めたようにため息をつきました。
「師匠はよく選ぶように、ということです」
それでもハイダラさんはまた手を挙げますが、アミー先生に下げさせられていました。
*****
授業が終わって、改めて配られた紙に目を通します。そもそも、運動会とはどのようなものなのでしょうか。
「どうやら、体操の授業の延長のようですね」
「えっちょっと待って、魔女も一緒って、どういうこと!?」
「魔女と私たち見習いを合わせた、チーム対抗戦のようですわね。アミー先生もちらりとおっしゃっていましたけれど、年が変われば私たちも師匠となる方を探すことになるわけてすから、そのための余興もかねているのでしょう」
「師匠……」
ミルがいいながら考え込んでしまいました。自分で言っておいてなんですが、この学院で誰かを師とするところは、正直なところ私もあまり想像出来ないところではありますわね。
「ね、ね。それよりさ、魔女って誰が同じチームになるんだろうね」
紙にもう一度視線を落とすと、見習いたちのチーム分けは記載がありますが、魔女についてはありませんでした。基本的には寮の部屋を基準に、隣の部屋と合わせて4-5人で1チーム。そこに合計で8人になるように魔女が入る、と。
残念ながらどのような魔女が入ってくるのかは記載されていません。見習いについては、私とヨミーさんは、目の前のお3方と同じチームのようです。私たちは別の階で隣同士というわけではありませんが、まあ余りもの同士ということでしょう。
ふとケラマ様と目が合って、こちらへとお手をお振りになりました。それを見ると、何を返せばよいかどうにも分からなくなってしまいます。苦し紛れにヤーレさんの方にむき直します。
「ま、まあどなたが同じチームになるか書かれても、ヤーレさんくらいしか分からないでしょうからね」
「そうかなぁ」
「わ、私も授業の先生くらいしか知らない」
「そんなもんかぁ」
ヤーレさんはそれでも納得していないように口を尖らせ、器用に椅子を傾けながらまた資料に戻っていきました。
しかし、改めてチーム員を見回すと、運動が得意そうなのはミルくらいのものかもしれないことに気付きました。ヤーレさんは言うまでもなく、ヨミーさんもなかなか運動が得意ではなかったかと思います。お2人ほどではありませんが、正直なところ私もそれほど動ける方ではありません。ケラマ様はそつなくこなされていたとは思いますが、それも年相応といったもので、最年少であることも考えれば、見習いの中では下から数えた方が早くなってしまうでしょう。
そもそも、見習いの中には男もいたはずなのですが。なぜ女性同士、男性同士でチーム分けをしているのでしょうか。
考えても分からないことは気にしてもしょうがありません。別の所に目を向けましょう。
「しかし、この競技一覧に書いてあるものは、何をさせられるのか分かるような分からないような……。徒競走はいいのですけれど、棒引きや障害物競走というのはいったい」
「パン食い競争というのは、どれだけパンを食べるかというものなのでしょうか」
「大食いなら、ウチだとミルがいちばん大食いかな」
「あ、いや、その」
「いえ、ミルさんにはもっと運動しそうなものがよいでしょう。それも単に走るだけではなく、不測の事態が起きそうなものが」
「それなら、障害物競走でしょうか。いやしかしそれでは身長を活かせないかもしれません……。あ、ちなみに、パン食い競争というのは、走りながらパンを食べるというものですね」
急に隣のヨミーさんがよく知ったような口ぶりを披露されました。
「もしかして、どういうものかご存じなのですか?」
「あ、え、ええ。昔読んだ物語本に似たようなお話がありましたから」
「あ、『忘れ物三角形』とか」
「まあ、もしかしてミルさんも?」
「えと、あ、はい。前に」
ヨミーさんが前のめりになってミルとよく分からない話を始めてしまいました。ヤーレさんと一緒に挟まれてしまって、なんともしがたい状態ですが、あまりこのように熱心にお話されるヨミーさんもあまり見ないので、どうにも止めるのも忍びない気がしてしまいます。
「しかし、本当にその物語本通りのものなのでしょうか」
「うーん、あり得ると思う。アミー先生も言ってたけど、たしか『歌姫』はかなりの読書家で、お抱えの作家に書かせた物語本の出版まで手を掛けているって話もあったはずだから」
「……読書家だからって出版までするものなんですの? まあしかしそれなら、お2人から詳しいお話を聞くのがよさそうですわね」
ふと教室を見渡しますと、いつのまにか人影がなくなっていました。
「いけない! 次の授業が始まってしまいます。お2方とも、お話はお昼休みにでもいたしましょう。そのときに一緒に作戦も考えましょう」
「あら、もうそんな時間に」
なんとか正気に戻られたヨミーさんを連れ、次の授業へと向かいます。
しかし、今更ながら。ヨミーさんの物語本好きはかなりのものだったようですね。ヤーレさんで慣れているかと思っていましたが、ミルもヨミーさんの早口に目を回してしまったようでした。




