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異世界の機兵技師(プラモデラー)  作者: 龍神雷
第18話 絶望を貫く五条の輝き
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18-3

 イルミティの操縦席でガイアは頭を振って、思い出し掛けた絶望を振り払う。

「ちっ、奴に渡す際に漏れ出やがったか……」

 幼い頃に起こした初めての殺人の記憶。

 元の世界での絶望の記憶。

 姉という希望を失った記憶。

 だが絶望の大半をシンに移した今、ガイアがその絶望に押し潰される事は無い。

「この俺は希望の無い世界を見限り、絶望を乗り越えて今ここに居るんだ。そしてこの世界を絶望に満たす事が俺の喜び」

 母親を自称するあの女の絶望に歪んだ顔を見た瞬間、感情を失っていたはずのガイアは歓喜に震えたのだ。

 人の絶望する様を見るのが、姉という希望を失った彼の今の唯一の希望だった。

 だからこんな状況でも絶望しようせず、僅かな希望に縋る者達が鬱陶しかった。

『何故絶望を感じない!何故希望があると信じる!!苦痛を伴う希望より、絶望に身を任せてしまえば楽になるだろうに!!!』

 迫り来るランドールにイルミティが大剣を振るう。

 だが苛立ちが混じった剣戟はランドールの大盾で完全に防がれる。

『絶望に身を任せても楽にはならない!絶望は胸の苦しさも心の痛みも和らげない!!それが分かったんだ!!』

 ソーディは希望という想いを乗せてランスを繰り出す。

『それは本当の絶望を味わっていないからだ!希望なんていうくだらないものに縋っているからそれが分からないんだ!!』

 イルミティは回転盾でランスを防ぎ、全力で大剣を振るう。

 グランダルクの鎧甲にも使われている多重構相の大盾の上半分が断ち斬られる。

 だがソーディとしては問題無かった。

 元々彼は小盾を扱うのに長けている。大きな盾は動きや視界を阻害するだけで邪魔だったのだ。

 大盾が半分近くになってその分の重量も軽くなったおかげで、ソーディの動きは更に機敏になる。

 その上、希望を繋ぐ為に命を懸ける覚悟も決まっている為、その気迫のおかげでイルミティをなんとか足止めする事が出来ていた。

 とはいえ機体の能力差は大きく、無傷のイルミティに対してランドールの損傷は激しい。

『希望なんて淡く儚いもの!それを今、教えてやろう!!』

 イルミティは剣を振るってランドールを引き剥がすと、空いている左手で右肩の回転盾を掴む。

 軽く力を込めると回転盾は軸毎外れる。

 イルミティはランドールを牽制しながら、回転盾を投げつける。

 まるでブーメランのように盾は鋭く回転して、飛んでくる。だが、それはランドールとは明後日の方向へと飛んでいく。

『くっ、しまった!』

 ソーディがそれに気付いた時には、既に間に合わない距離だった。

 回転盾が向かう先には希望を携えたゼフィールがいる。

 4人の女性を抱えている上に、操縦者は戦闘訓練をしていない素人のユウだ。

 更に回転盾は死角となる背後から迫っている。

 避ける事もままならないだろう。

『くっくっくっ、さぁ、お前達が縋る希望とやらが潰えるのを指を咥えて眺めるがいい』

 ガイアの声など聞こえず、ソーディはランドールの限界を越えた速度で回転盾を追う。

 重量級の鈍重さが恨めしい。

 限界を越えた速度で追っているのに近付くどころかどんどん遠退いていく。

『ユウ殿~!!!!!』

 危険を知らせる為に呼び掛けるが、それも既に手遅れだ。

 この距離と速度では胴から真っ二つだ。

 そうなればその腕に抱えられているアイリ達4人も……。

 命を賭す覚悟をし、絶対に絶望しないと誓ったばかりなのに、ソーディの心に再び絶望の足音が忍び寄ってくる。

 だが最後まで諦めない。

『希望は失わせない!絶対に繋げるんだぁぁぁ~~~~~!!!』

 ランスを振り被り、ゼフィールに迫る回転盾へ向けて思いっきり投げつける。

 間に合うか分からない。だがやらなければ完全に希望が失われてしまう。

 想いを乗せた一撃は一直線に回転盾を目指し、そして…………無情にもそれが届く事は無い。

 いくら想いを乗せた所で、その分だけスピードが増したりはしない。

 これは想いの強さで状況を覆せるような物語では無い。現実なのだ。

 ソーディの最後の足掻きも届かず、回転盾はゼフィールを斬り裂こうと迫る。

 全てが終わったとソーディが下を向く。

 そして響く甲高い金属音。

 全てが終わった瞬間だった。

 ソーディが、ランドールが失意に膝をつきそうになった所で、その声はソーディに再び希望の炎を灯す。

『ソーディ!!それでも貴様は騎士か!王女様の護衛か!!1人の男か!!!』

 その聞き覚えのある声にソーディは顔を上げる。

『希望を、王女様を、そして女性を助け、命を懸けて護る。それが騎士というものだろう!!簡単に諦めるな!!』

 長年連れ添った相棒の言葉にソーディは唇を噛み締め、瞳から流れ出そうとするものを抑え込む。

『ふ、ふん!先程まで寝ていた奴にそんな事言われたくない!!』

 ソーディは笑みを浮かべて相棒であるアークスに悪態を返し、その姿を見る。

 ランドールの基となった漆黒の魔動機兵“グランダルク”。

 その姿はランドール以上にボロボロだ。

 頭部は潰れ、左腕は肩口から完全に失われている。

 全身の鎧甲はヒビ割れ、所々剥がれ落ち、右腕に持った両側に刃のついていたはずの巨大な斧は片側の刃に何かが突き刺さっている。

 それはイルミティが投げつけた回転盾とランドールが投げつけたランスだった。

 グランダルクの背後にいるゼフィールは無事であった。

『絶体絶命のピンチに現れる。それが英雄の基本だろう』

 アークスはお茶らけて言うが、本当に僅かな差だった。

 気絶から目を覚ますのに後1秒でも遅れていたら、そしてゼフィールの走っていた場所が倒れるグランダルクのすぐ脇でなかったら、最悪の結果を迎えていただろう。

『まだ絶望に抗うのか。だがもう手遅れだ。お前達は自らの希望によって絶望を味わうのだ!!』

 ガイアが高らかに笑う。

 それと同時に全身を凍りつかせるような悪寒がこの場の全員の身体を突き抜ける。

「あ…ああ……そ…そんな……間に合わなかった…の……」

 ゼフィールの腕の中でクレスが呟く。

 知らず知らずの内に全身は震え、瞳からは止め処なく涙が溢れる。

 一度経験し、耐性が出来ていても、この心の奥底から溢れる恐怖には抗う事が出来ない。

「あ…あれが……ホントに…シルフィロード…なの……」

 フィルがその姿を見て愕然とする。

「そ、そんな…シンさんが…シンさんが………」

 アイリの言葉に反応したかのように元はシルフィロードだったそれは咆哮を上げる。

 元々線の細かったシルフィロードの手足は更に細くなり、枯木の様に皺枯れる。

 白銀だった鎧甲は全て闇色に染まり、胸には血管が浮き上がった真紅の球体が埋まっている。

 背中からは葉の無い枝が伸び、まるで骨格だけの蝙蝠の羽のように広がる。

 手にしていたカタナは柄が長く伸び、両手持ちの大鎌に姿を変える。

 そして頭部はそこだけがまるで浮かび上がっているかのように白い髑髏の顔に変わった。

 それは死を象徴するに相応しい死神の姿を連想させた。

『さぁ、死と絶望が蔓延する祝祭の始まりだ!!』

 悪夢と化したシンとシルフィロードが旋律を奏でる様に戦慄の咆哮を上げる。

 それはこの中庭を、このフォーガン王都を、この世界を震撼させるものだった。

 その咆哮を聞いたほぼ全ての者は恐怖で足が竦み、身体が、奥歯が、まるで自分のものでは無いようにガクガクと震え出す。

 本能がこの存在の本質を見抜き、誰もが世界の終わりを直感し、絶望が心を支配していく。

 唯1人を除いて。

「…ま…まだです!!皆さん!まだ希望を捨てたら駄目です!!!」

 かつて悪夢に直接触れたシーナだけはまだ希望を捨てていなかった。

 自分が悪夢化した時の事ははっきりとは覚えていなかった。だが、完全に悪夢に飲み込まれた事は覚えている。

 そしてシンがそこから救い出してくれたという事も。

 だから諦めない。

 あの深く暗く底なし沼のような闇の中からシーナを救い出してくれたシンという希望。

 その希望に今度はシーナがなる番だ。

 そして救い出すのだ。

 シンがしたように。シンがしてくれたように。

 シンを信じ、シンを愛し、シンと未来に向かう為に。

「クレスさん!力をお借りします!!」

 シーナは青いイヤリング型魔動輝石“サファイアオーシャン”を自身の耳に付けると、徐に隣に居たクレスに唇を重ねる。

 次の瞬間、シーナの身体を青い魔動力の輝きが包み込み、力が漲る。

 青き輝きに精神を集中し、目の前に手を掲げて光る図形を描いていく。

 それはただの一度だけ朧気ながら見た事のある形。

 三角形2つを上下逆さに重ね、それを円で囲む。

 それはかつてシーナを救う際にシンが生み出した生きている者も転移させることの出来る魔動陣。

 魔動陣が形作られていく中でシーナの魂からは、どんどん何かが抜け落ちていく感覚を味わう。

 それが魔動力なのか体力なのか生命力なのか、それとも他の何かなのかは分からない。

 シーナはそれに耐えて、魔動陣を完成させる。

 空中に描き切った魔動陣。だが、それを発動する前にシーナの身体がよろめく。

 途端に魔動陣の青き輝きが薄くなっていく。

(私じゃ…シンくんを助けるのに…力が足りない……の………)

 魔動陣が消えかかり、同時にシーナの意識も途切れ掛かる。

「諦めるなって言ったのはあなたですよ!シーナさん!!私の魔動力を使ってるんですから、しっかりして下さい!!」

 クレスがシーナの背中をしっかりと支え、下ろしそうになった手に手を重ねて来る。

「そうです。私達はシンさんを助ける為にここに来たんです!諦めて後悔なんてしたくありません!!」

 アイリがクレスとは反対側からシーナの身体を支え、手を重ねる。

「そうだよ!同じ世界から来たシンに出来たんでしょ?だったらシーナ姉にも絶対出来るって!!」

 同様にフィルが手を重ねる。

『そうだね。シンはいつも奇跡を起こして来た。けどそれはシンが諦めなかったからだ!僕の力も託すよ!!』

 ゼフィールを通してユウの魔動力がシーナに流れ込む。

「…1人の力じゃシンくんに届かないのかもしれない……けどこの5人なら!!」

 シーナの瞳が強い意志を取り戻す。

 シーナを通して5人分の魔動力が魔動陣に注がれ、消えかけていた青い輝きが再び力を取り戻す。

「皆さん、行きます!!」

 シーナの力強い言葉に3人は頷き、次の瞬間、4人の姿はゼフィールの腕の中から消えていた。



 *



「たたたた大変です!!ななナンバー4がっ!ああ悪夢がぁっ!!」

「騒々しい。慌てるでない。分かるように報告をするのじゃ」

 薄暗闇の円卓で老婆は静かに慌てふためく男を諫める。

 普段から落ち着きが無い男だったが、ここまで取り乱しているのは、彼が平定者の仲間入りをしてから300年近く見た事が無かった。

 つまりそれだけ大変な事が起きているという事だ。

「てて帝国にあるはずのナンバー4がフォーガンのおお王都にあああ現れましたっ!!!」

「なんじゃと?!監視の方はどうなっておる!」

 老婆はこの場に居る最後の1人である女に問い掛ける。

「……今、確認したわ。どうやらあのクソガキが裏で手引きしてたみたい。アルザイルに居た私の手駒達が悉く消されていたわ」

 その報告を受けて老婆はその真意を測りかねる。

「あやつめ。一体どういうつもりじゃ。それであやつは今何をしている!」

 珍しく苛立った様子で老婆は男に尋ねる。

「そそそそれが…連絡が取れません。ととというよりも、そそその存在が確認出来ないのです、はい……」

「まさかあやつも離反したと言うのか?!」

「い、いえ…あああの男が離反した時から、とと時の棺はわわ私が常に監視してましたので、そそれはありえません!!」

 彼は時の棺の管理者であり、彼にしかその場所は分からない。

 どうやってか分からないがシンイチロウはその場所を突き止めて、自身の肉体を取り戻した。

 その為、もしもの為に監視を強化していたのだ。

 だから少年が自身の肉体を取り戻す事はあり得なかった。

「では何故あやつは消えたのじゃ!永遠の存在たる我々が消える事など無いはず!!肉体が無事ならば…」

「いえ、1つだけ考えられる事があるわ」

 老婆の言葉を遮り、女は静かに言う。だが、その前に確かめる事が1つあった。

「先程、悪夢という言葉が出て来たけど、ナンバー4の何か関係があるの?」

「えええあ、ああ、そうですそうです。れれ例の黄金の資格者が、ナンバー4を操る資格者によってあああ悪夢化されてしまったんです!!」

 男の言葉に老婆は絶句し、女は自身の考えが間違いないと確信する。

「そう…やっぱりね。つまりあのガキはナンバー4を利用しようとして、逆にその資格者に利用されて、挙句、悪夢に取り込まれたって事のようね」

 悪夢は意識すらも飲み込む存在だ。

 例え肉体が健在でもその精神が悪夢に取り込まれて絶望してしまえば、存在が消えてもおかしくは無い。

「悪夢化した黄金の資格者とナンバー4は同じ場所に居るのよね?」

「はははい。まま間違いありません!」

「つまりは切り札の使い時って事よね。そういう事で良いわよね?」

 女は老婆に最終判断を促す。

 魔動王国を滅ぼした最終兵器である死神を使うか否か。

 悪夢を滅ぼすと期待された黄金の資格者が悪夢化してしまった以上、答えは1つしか無い。

 悪夢を放置しようが死神を使おうが、国1つが滅びる事に変わりは無い。

 だが悪夢を放置すればそこから発せられる絶望により新たな悪夢が生み出される可能性がある。

 その可能性の芽を摘むには死神によって全てを無に帰す事だけだ。

「魔動王国然り、フォーガン然り。大きな力を得た国は滅びる運命ということじゃな。死神の使用を許可する。後顧の憂いを断つ為にもナンバー4諸共消し去るのだ」

「ええ、承知しておりますわ」

 そして女は準備の為にその場から姿を消す。

 その姿を見送った後、老婆は力無く呟く。

「…やはり神ならぬ人の身では世界は調和を保てんということか……」

 その言葉を最後に円卓からは全ての気配が消え去るのだった。

明日、11/23(月)0:00にも更新します。

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