17-3
ゼフィールとランドールの戦いは一進一退の攻防が続いていた。
基本的にはゼフィールが攻めて、ランドールが防御するという攻防が続いている。
そもそもゼフィールに乗るソーディの戦い方は騎士として生身で戦う事を前提とした戦い方であり、鎧の隙間や急所を狙うような戦い方だ。
相手が生身の人間であれば、一撃入れるだけで戦闘不能あるいは著しく動きを鈍らせる事が出来るだろう。
だが今回の相手は魔動機兵である。
人体の急所は急所たりえないし、鎧甲の隙間と言えるのは可動部だけだし、その可動部も鎧甲よりも脆いとはいえ、基本的に金属で出来ている。
その為、この戦い方では決定打に欠けるのだ。
その反面、ランドールの方は力任せに槍を突くだけ。
鎧甲が薄いゼフィールではそれだけで十分に脅威となる。
機動力の差でなんとか回避を続けているが、このままでは回避に精神力を擦り減らしているソーディの方が分が悪いのは明白だった。
「このままじゃ、いずれやられる……」
量産機という事で高い操縦性を誇る為に疲労は軽微で、その“いずれ”はまだ遠いだろうが、今のままでは決定打を与えられない以上、何か打開策を考えなければいけない。
考えを巡らせている間にもランドールからの容赦ない攻撃は続けられる。
突き出された槍を丸盾でいなしつつ、その懐に入り込む。
膝を狙って突きを繰り出すが、視界を覆う程の巨大な盾に阻まれる。
そのまま力押しで押し潰そうとしてくるランドールの力を利用し、大きく飛び退く。
「全く。こういう時はシン殿が羨ましく思えるな」
打開策を考えようにも、こう休みなく攻撃されては戦闘に集中しなければならず、まともに良い考えが浮かばない。
かといって考えに集中してしまうと今度は戦闘で後れを取ってしまう。
こうやって考えている間もランドールは攻めてくる。
動きの遅いランドールでは間合いを離したら不利になると分かっているのだろう。
だから動きの遅さを手数と膂力でカバーしているのだ。
それは功を奏し、ゼフィールは後手に回っている。
打開策が考えつかず、先に仕掛けられないというのもある。
こんな時、シンならば並列思考で打開策の思案と戦闘の両方を同時に集中してこなせるのだから、羨ましく思ってしまうのも当然である。
「そうか。シン殿か……」
シンの事を考えたおかげで1つの事を思い出す。
打開策になるかは分からないが、やってみる価値はあるだろう。
今、ゼフィールが手にしているのは剣では無く、異世界のカタナという武器なのだから。
そして一緒に稽古をしていた際に、シンが練習をしている所を見ている。
見様見真似の付け焼刃な上にぶっつけ本番である。
だが今、思い付いたのはこれしかない。
ソーディは意を決すると、ランドールの攻撃を避けつつ、後ろへと飛び退る。
逃がすまいと間髪入れず、ランドールが間合いを詰めてくる。
だがゼフィールはこれまでのように避けようとせず、腰を落として迫り来るランドールを睨みつけつつ、右手に持ったカタナを鞘へと収める。
右手はそのままカタナの柄を掴んだまま、左手で鞘を握る。
そして頭の中でシンがやっていた動きをイメージする。
ランドールが勢いをつけて繰り出した槍を僅かに腰を左に捻る事で直撃を逸らす。
肩を掠め、鎧甲が剥がれ飛ぶが、この一撃に集中しているソーディは気が付かない。
長年訓練してきた騎士としての腕とイメージが重なり、はっきりとした形として脳裏に浮かび上がる。
「はぁああああっっっ!!!
腰の捻りと腕の振りを連動させて、裂帛の気合と共に明確になったイメージ通りにカタナを抜き放つ。
一陣の閃光が走り、ゼフィールとランドールは交差した。
*
大斧とカタナと大剣と回転盾。
それぞれが交り合い、火花を散らし、金属同士のぶつかる音が響き渡る。
グランダルクが大上段から振り下ろした大斧をイルミティが左肩の盾で受け止める。
グランダルクの背後に潜んでいたシルフィロードが死角から飛び出し、カタナを一閃させる。
だが読まれていたのか、大剣の腹を盾代わりにして防がれてしまう。渾身の一撃も僅かに傷を付けただけに留まっている。
2機の攻撃を凌いだイルミティが反撃とばかりに大剣を振り回す。
後ろに飛び退くシルフィロードと腕を胸の前でクロスして防御体勢を取るグランダルク。
まともにその斬撃を受けたグランダルクは堪える事が出来ずに弾き飛ばされ、大きく身を引いたシルフィロードでさえ、その一撃の剣圧だけで大きく吹き飛ばされる。
『くそっ、なんて強さだよ。アークスさん!大丈夫か!?』
『多重鎧甲が前よりも硬いおかげでなんとか耐えられているが、後どれくらいもつか……』
シルフィロードと違いグランダルクは頑丈な造りの代わりに機動性が削がれている。
鎧甲を何枚も重ねたその強固さは並みの魔動機兵の攻撃では傷一つ付かないだろう。
だがイルミティの攻撃力は桁外れであり、一撃を受ける毎に鎧甲を半壊させている。
4層ある多重鎧甲も攻撃を最も受けている部分は、既に2層目までボロボロになっていた。
『おいおい、もっと楽しませてくれよ。悪夢を倒した事があるんだろ?その真の実力を見せてくれよぉ?』
ガイアが煽ってくるが、そんな安い挑発に乗る程、シンは戦況が見えていない訳ではない。
それにシンが悪夢に勝てたのは運が良かっただけとも言える。
シーナを救い出したいという強い思いが奇跡を呼び、彼女を救い出し、結果的に悪夢を弱体化させる事が出来たのだ。
だがあの時の奇跡のような黄金色の魔動力の輝きを発動させる条件は分かっていない。
あれがシンとシルフィロードの真の力なのか、偶然から生まれた本当の奇跡なのかさえも分かっていないのだから、真の実力を出せと言われてもどうしようもない。
だから、今自分が出せるであろう全てをぶつける以外には無いのだ。
『お前が何を考えているかは分からないが、絶対に俺達が倒して見せる!』
シンが吠え、シルフィロードの脚部に全力で魔動力を込める。
シンに応えるようにシルフィロードの脹脛からバーニアのようなノズルが迫り出す。
シンのアイディアで新しく追加された装備だ。
ノズルに繋がる脚の内部には空洞のタンクがあり、そこには空気が詰まっている。
動く事で更にタンク内に空気が送り込まれ、タンクの内圧が上がる仕組みになっている。
ノズルという噴射口で指向性を持たせる事で圧縮された空気を一気に噴き出し、加速力を増加させるというものだ。
大地を蹴り出すと同時に踏み込んだ左足の圧縮空気を一気に解き放つ。
シルフィロードが爆発したように加速し、魔動筋でも緩和し切れない重圧によって押し潰されそうになるのをシンは必死に堪える。
まるで瞬間移動したかのようにイルミティの脇をすり抜け、その背後へと回る。
回転盾の防御さえ間に合わない常軌を逸した速さで、がら空きの背中に刃を走らせる。
だが若干行き過ぎて間合いが遠かったようで、切っ先が鎧甲を浅く斬り付けただけ。
『くそっ、速過ぎて通り過ぎたか!だけどっ!!』
反撃を警戒して右脚の圧縮空気を解放して、一気に飛び退る。
致命打は与えられなかった。だが防御網を突破出来た事で、僅かながら光明は見えてきた。
毎回、使用出来る訳ではないが、連携に絡めれば効果はかなり上がるだろう。
『はっはっはっ、そうだ。そうでなくては面白くない』
シンにとってようやく見えた突破口だが、ガイアにとっては、ようやく自分と戦える力を見せてくれた事への喜びしか無い。
『そうだ。足掻け!全てをぶつけて来い!!その上でこの俺が叩き潰し、お前達に這い上がれない程の絶望を与えてやる!!』
『俺達は絶対に絶望なんてしないっ!!』
絶望を与えようとする者と絶望に屈しない者。
両者が激しくぶつかり合う。
ガイアの気がシルフィロードに逸れた隙にグランダルクは衝角のついた左肩を突き出して、全重量を乗せたショルダータックルを仕掛ける。
それをイルミティは大剣を持たない細目の左腕だけで受け止めようとする。
全てを粉砕すると思える程の威力を放つ一撃に金属が潰れるような音が重なる。
視界の中にもイルミティの左上腕から先が見えない。
手応えを感じ、当然、アークスは腕を砕いたと思って、笑みを浮かべる。
『資格者でも何でも無いお前に用は無い。いい加減、絶望して地面に這いつくばっていろ!!』
だが次の瞬間、強い衝撃と共に弾き飛ばされたのはグランダルクの方だった。
『くっ、一体何が起きたんだ』
慌てて視線をイルミティに向けるとそこに黒い飛来物が襲い掛かってくる。
防御姿勢を取ろうと腕を上げるグランダルク。
だが上げられたのは右腕だけ。
片腕だけの不完全な防御の隙間を縫って黒い飛来物は頭部に直撃。
頭が潰れ、背中から地面へと倒れていく。
衝撃に揺さぶられながら見た黒い飛来物の正体は肩口に大きな穴の空いたグランダルクの左腕だった。
「そ、そんな……」
イルミティの左腕が見えなかったのは潰れたからでは無く、グランダルクの肩を貫いていたからだ。
そして続く衝撃は左腕を肩口から切り裂かれたものだった。
それをやったのが右手に持つ大剣では無く、ただの手刀だったという事実を理解し、アークスの頭に、こんな化物には絶対に勝てないという思いが広がっていく。
『絶望を抱えながら死を感じるが良い』
倒れ伏すグランダルクに向けて大剣が振り下ろされる。
『やらせるかよぉぉっっ!!!』
シルフィロードが大剣の横っ腹を叩き、軌道を逸らす。
操縦席のある胸を狙って振り下ろされていた大剣は大きく逸れ、地面に突き刺さる。
『す、すまない、シン殿。助かった』
『アークスさんは後退してくれ。こいつは俺がなんとかする』
グランダルクは残った右腕を支えになんとか立ち上がる。だが、機体もアークスの心も既に戦える状態ではなかった。
それを察したシンはアークスに退避する様に伝える。
『何の力にもなれずすまない……』
今の自分では足手纏いにしかならないと察したアークスは退く事を決意する。
『さっきまで2人でも苦戦してたっていうのに1人でこの俺を倒すなんて希望を抱いているのか?良いぞ。その希望を粉々に砕けば、お前の絶望もより大きくなるだろうからな』
先程のグランダルクとのやり取りからみても、イルミティの攻撃力も防御力も桁外れであるのが、よく分かった。
シルフィロードが勝っているのは機動性だけと言って良いだろう。
絶望的な状況にしか見えないが、シンは1つの希望を見出していた。
しかしその為にはイルミティの背後に手が届く距離まで近付かなくてはならない。
だが今はそれしかない以上、やるしかなかった。
『どっちが絶望する事になるか、教えてやるぜっ!!』
グランダルクが離れるのを横目に見ながら、シルフィロードは全速でイルミティに迫る。
ここまでの戦闘で回転盾を使用する時には風圧を受けるせいなのか足を止めなければいけない事が分かっている。
だから左手の魔動銃で牽制して回転盾を稼働させたのを確認した後に一気に間合いを詰める。
回転盾が動きを止めた時には既に間近まで迫っていた。
イルミティが胴を撫で斬ろうと大剣を真横に振るってくるが、それを飛び上がって避ける。
例え剣圧が襲い掛かったとしても剣の軌道外ならばその影響も受けない。
シルフィロードがカタナを大上段に構え振り下ろす。
しかしイルミティもそれを簡単に許す程、愚かでは無い。
大剣の重さを利用して遠心力で身体を回転させ、裏拳の要領で左の手刀を突き出す。
手刀と鍔競り合う瞬間、シルフィロードは両脚の圧縮空気を噴出させ、空中で軌道を変えて加速する。
『とった!!!』
イルミティの背後に降り立ったシルフィロードがカタナを投げ捨て、イルミティの背中にある取っ手を掴む。
そして2機の動きが止まる。
『チェックメイトだぜ、ガイア!』
『これがお前の狙いか……』
シルフィロードもグランダルクも多くの魔動機兵の操縦席への搭乗口は背中側に設置してある。
搭乗口は入る隙間を作る為にその部分の鎧甲が他の部分より薄くなる為、前面にあると攻撃を受ける率が高くなり、その分、操縦者への被害も大きくなってしまう。
その為に、必然的に搭乗口は背中側になるのだった。
イルディンギアも、同じく背後に搭乗口があるとシーナから聞いていたので、それの基となったイルミティも同じだと考えたのだ。
そして今、シルフィロードはイルミティの搭乗ハッチの開閉部分を掴んでいた。
それはつまり、一瞬で搭乗口を開けて、操縦者自身を狙えるという事に他ならない。
『さぁ、無駄な抵抗はしないで、外に出て来い!』
生殺与奪権を手にしたシンが投降を呼び掛ける。
『そうか。これがお前の狙いか……こんなものがお前が見出した希望なのか……期待してお前の策に乗ってやったというのにこの程度なのか……』
ガイアはシンの呼びかけなどには耳を貸さず、独り言のように呟く。
『おい!聞いているのかっ!!』
『期待外れも良い所だな。そろそろ茶番は終わりにして、絶望を味わって貰うとしようか』
ガイアの言葉が終るか終らないかのうちに、シルフィロードの操縦席が暗転する。
「何だ!いきなり?!」
先程まで周囲の光景を映していた操縦席の周囲も、前面下部に設置された稼働を示す始動キーであるジルグラムもその輝きを消失させていた。
シンの胸から提げられた魔動輝石の白い輝きさえも消えている。
「そんな!?魔動力が切れた?!」
薄暗い操縦席の中でシンは信じられないという表情を浮かべる。
魔動輝石に蓄えられた魔動力は半日近くは途絶える事は無い。
戦闘を開始する前にセレモニーがあったとはいえ、魔動力を発動させてからまだ1時間も経過していない。
それにも関わらず、シンに力を与えていた魔動輝石は輝きを消し、シルフィロードを巡っていた魔動力は完全に消え去っていた。
混乱するシンの耳にガイアの声が響く。
『魔動具に流れる魔動力を断ち切り、その全てを消し去る。それが魔動を殲滅する機兵と呼ばれる由縁。さぁ、鉄の棺桶の中で絶望に打ちひしがれるが良い!!』
ガイアの言葉は絶望を促すのに十分な威力を伴ってシンの耳と心に突き刺さるのだった。
次回、11/8(日)に更新。




