17-2
最初に違和感を感じたのは、広く周囲を警戒していたシンだった。
ステージの中央ではランドールとゼフィールが並び、その前で司会がスペック説明等をしている。
見学に来ている魔動技師達には必要な事だろうが、専門知識に乏しい王侯貴族やその他大勢の観客は若干、飽きてきている。
その最中、ランドールが僅かに動き出しているのに気付いたのだ。
その動きはまだゆっくりだ。
まず最初にその頭部がゆっくりと横を向き、ゼフィールの方へと向く。
それだけなら何も特別な事では無い。
しかしシンはその動きに不穏なものを感じた。
人数の関係でランドールの操縦者はキングス工房の関係者ではないが、王国騎士団の中でも実直で有名であり、ソーディとアークスも信頼のおける先輩騎士だというので、今回、ランドールの操縦者にこのお披露目の直前に指名した。
事前に決めておくとガイアによって何かしらされる可能性があったからだ。
彼には量産機同士の演習が始まるまでは指示通りに動くように説明がしてある。
アイリが直接説明していたので、実直な騎士である彼ならばそれを破る事は無いだろう。
だが今の顔の動きは指示したものではない。
そうしている内にランドールは徐々にゼフィールの方へ身体を向けている。
『ちっ!おい、フィル。すぐに演習を開始するように司会の奴に伝えろ』
足元にいるフィルに向かって伝えつつ、意識はランドールに向けたまま離さない。
フィルが走っていくのが見えた時には、ランドールがゆっくりと1歩を踏み出している所だった。
『え~、ランドールとゼフィールには、新しい素材の……って、えっ?すぐに演習開始?了解っす』
当初から決めていたハンドサインでフィルが司会に演習開始を伝え、司会はすぐに説明を切り上げる。
『説明ばかりで皆様、退屈そうですので、さくっと演習を始めようと思います!!』
まるでその言葉を待っていたかのようにランドールがゼフィールに完全に身体を向ける。
『避けろ、ソーディ!!』
気が付いたアークスが叫ぶ。
だがそんな事をわざわざ言われなくてもソーディには分かっていた。
巨大な盾を突き出して突進するランドールを飛び退いて避ける。
反応速度はゼフィールの方が十分勝っているので、この程度は朝飯前だったが、そのせいでシルフィロードやグランダルクとの距離が離れてしまう。
「くそっ。先輩はこんな事をする人じゃない。平定者とやらが操っているのか?!」
ソーディは苦渋の表情を浮かべる。
実際には違うのだが、感情を操ったという意味では同じようなものと言えるだろう。
ランドールは盾の内側に取り付けられていた槍を抜いて構える。
「先輩には悪いけれど戦闘不能にするしかないようだ」
ソーディは覚悟を決め、カタナを抜く。
身体を横に向け丸盾を胸を守るように掲げる。右手に持ったカタナは身体で隠すように構えて、僅かに腰を落とす。
ソーディが最も得意とする小盾と片手剣の構えだ。
対するランドールはどっしりと前面に巨大な盾を構え、槍はいつでも突き出せるように腕を引き絞る様な格好で構えている。
ゼフィールとランドール。
1年前にシルフィロードとグランダルクが戦ったこの場所で、その後継機とも言える量産機同士の戦いが今始まろうとしていた。
量産機の2機が離れていくのを見て、グランダルクに乗るアークスが彼らを追おうと動き出すのをシンは手で制す。
『アークスさん。あっちはソーディさんに任せよう。多分、こっちの方がヤバい相手だ』
シンは直感的にその危険さを感じ、ある1点を見つめる。
そこはステージ中央の上空。
曇りの無い青空に赤い輝きが灯る。
徐々に地上に近付くそれは人の形をしているのが見て取れる。
『あれはイルディンギア……なのか?』
その姿にアークスはかつて戦ったアルザイル帝国の魔動機兵を思い出す。
まるで悪夢のように禍々しいオーラを纏った炎のような真紅の鎧甲の魔動機兵がゆっくりとステージの中央に降り立つ。
その姿は細身な全身の割に肩だけが大きく迫り出している。
そしてその肩先には何かが高速で回転しており、着地と同時にその勢いがゆっくりとなっていく。
周囲の観客が空を飛んでやって来た新たな魔動機兵に興奮し、どよめきと歓声が包み込む。
観客達からしたらこれもお披露目の1つと思っているのであろうが、シン達にとってはこのような登場の仕方は予想外だった。
「ヘリの原理か。まさか空を飛ぶ魔動機兵が既に造られてるとはね」
決闘でイルディンギア・ガティーを見た時から、高速回転する回転盾から発生する風圧と揚力で、ヘリコプターのように空を飛ぶ乗り物を造れるのではないかと考えた事もあったが、まさか本当に実現しているとは思いもしなかった。
真紅の魔動機兵はその禍々しいオーラをシルフィロードとグランダルクにぶつけながら、操縦者の声が聞こえてくる。
『さぁ、本当の祭を始めようか。貴様らの礎でドデカイ花火を打ち上げてやるぜ』
誰が乗っているのか、その声と言い回しですぐに分かる。
『ガイア!!』
目の前の真紅の魔動機兵に乗るのがガイアである事は間違いようが無い。
そしてその存在がこの場で最も危険な存在だというのも肌で感じる。
アークスの方もそれを理解したのか、大斧を構えて真紅の魔動機兵を警戒している。
『まさかアルザイルの手先だったとはね。決闘で負けた腹いせって奴か?』
少しでも情報を引き出そうと、シンはガイアを問い質す。
『手先とは心外だな。あの皇帝の坊ちゃんとは利害が一致しただけだ。まぁ、あいつからしたらこのフォーガンには恨みがあるだろうが、俺は別にこの国がどうなろうと関係無い。俺の目的の過程でついでに滅びるだけさ』
真紅の魔動機兵が背中の大剣を掴む。
『目的だって?』
シンは尋ねながらシルフィロードにカタナを構えさせる。
『そうだ。この世界には資格者という異分子が悪夢という絶望の種を生み出しているのだ。それを根絶やしにするのが、俺の目的だ!!』
大剣を上段から単純に振り下ろす。
ただそれだけで剣圧がシルフィロードとグランダルクを襲う。
咄嗟に前へ出たグランダルクがその剣圧を防ぐ。
シンはアークスに感謝をしつつも、ガイアの意図を読み取ろうと必死に考えを巡らせる。
シンイチロウの話からも、資格者と悪夢との因果関係は間違いない。
シーナもそうだったが、この世界の住人では無い資格者がこの世界に絶望し、世界の理から外れた時に悪夢化する。
そしてその悪夢を全て打ち滅ぼせば、絶望を持つ資格者は居なくなり、この世界に転移させられた資格者も元の世界に戻るだろう、というのがシンイチロウの見解だった。
図らずもガイアとシンイチロウの目的は同じだ。
『お前のように資格者としての存在がすぐに分かる者ならば直接的に潰せば済む事だが、この世界にはどれ程の資格者が隠れ住んでいるか分からない。だから1度、この世界の全てを絶望にみたしてやればいいのさ。そうすれば資格者は勝手に悪夢化し、力尽きれば消えていなくなる』
目的は同じ。だが手段は真逆と言って良かった。
シーナの時と同様に例え悪夢化しても助け出し、その後に悪夢さえ倒せば被害は殆ど無いか最小限に済むと、シン達は考えていた。
だがガイアはこの世界の全ての資格者を絶望させ、悪夢化させると言っている。
確かに資格者全員が悪夢化し力尽きれば、この世界から資格者は居なくなるだろう。
この世界にどれ程の資格者がいるか分からないが、悪夢1体で魔動王国が国ごと消滅しているのだ。
その被害がどれ程のものになるのか想像すら出来ない。
『お前はこの世界を滅ぼす気か!!』
アークスが吠え、グランダルクが果敢に大斧を振り下ろす。
シルフィロードもそれに続いて、横合いから斬撃を繰り出す。
『それが必要ならばな』
ガイアは淡々と答え、大斧を大剣で、カタナを肩の回転盾で防ぐ。
『ならてめぇはどうする!自分は自殺でもするのか!それとも自ら悪夢化するのかっ!』
グランダルクの大斧が大剣を抑えている内にイルディンギアの回転盾の隙とも言える頭頂目掛けてシルフィロードはカタナを振り下ろす。
『そんな事をする必要は無い。俺は絶対に悪夢化しないからな』
肩部のみが直角に動いて回転盾が真上を向く。
振り下ろしたカタナと回転盾が僅かに火花を放ち、直後、空中で身体を固定出来ないシルフィロードが吹き飛ばされる。
『何故そう言える!!』
態勢を立て直しつつ、押し負けているグランダルクが間合いを離せるよう魔動銃で援護する。
その隙にグランダルクは大剣を押し込もうとしている力を利用して後ろへと下がり、間合いを開ける。
『教えてやろう。この魔動機兵の名はイルミティ・ディノーグス。第4の魔動殲機であり、イルディンギアの基となった魔動機兵だ』
*
中庭を覆う壁に設置された王侯貴族専用の観覧席からユウ達はその戦いを見守っていた。
演習としか思っていない観客の大歓声を聞き、ユウは険しい顔をする。
ランドールが何者かに操られているかのようにゼフィールに襲い掛かり、空からは見た事も無い真紅の魔動機兵が降りて来た。
恐らくはあの真紅の魔動機兵がガイアであるというのは、すぐに分かった。
そしてこれらがガイアの言っていた花火であろうという事もすぐに予想は付いた。
魔動機兵同士の戦いになってはユウ達に手を出せる余地は無い。
だから戦いの邪魔にならぬよう、すぐにその場を離れ、ここまで避難したのだ。
「シンさんは…大丈夫ですよね?」
アイリが誰にともなく呟く。
「大丈夫大丈夫!あの悪夢にだって勝ったんだから、シンなら絶対大丈夫だって!それにシルフィロードは私達が愛情を込めて改修したんだよ。負けたりしないって!」
「そうです。姫様。シン様はいつでも奇跡を起こして来たじゃないですか」
フィルが明るく振る舞って答え、ミランダも同意する。
だが、2人のその手が震えているのをユウは見てしまった。
フィルもミランダも自分の言葉が気休めでしか無いという事を分かっている。
だが口に出して言わないと不安と恐怖で押し潰されてしまいそうなのだ。
あの赤い魔動機兵を見ていると、まるで決闘の際に見た悪夢を思い出す。
無意識のうちに恐怖に身体が震える事は無かったが、それに近いものは感じていた。
何故か不安を煽られるのだ。
だからアイリも心配そうな表情をしているし、フィルもミランダも強がらなければ平静を保てない。
クレスに至っては、口も開かず心配そうな瞳で戦闘を見つめ続けている。
ユウだって似たようなものだ。
だが女性陣が自分より不安な様子を見せているおかげで、ユウは冷静に彼女達の事を見る事が出来ていた。
だからこの場に1人居ない事に最初に気が付く。
「そういえばシーナさんは何処に……」
「待って下さい!すぐに手当しないと危険です!!」
ユウがシーナの行方を探そうとした時、そのシーナの声が聞こえて来る。
そのすぐ後に血に塗れた男と共にシーナは観覧席に入って来た。
「くっ、やはりナンバー4を持ちこんでいたか……」
その男はシンイチロウだった。
腹部を押さえているが、服の上から見ても真っ赤に染まっている。
「ミランダさん、すぐにお医者さんを呼んで来て下さい!」
シーナはミランダにそう伝えながら、崩れる様に床にへたり込んでしまったシンイチロウに応急処置を施す。
服が血塗れなので重傷そうに見えるが、当のシンイチロウ本人は自身の怪我よりも闘技場と化したステージを気にしているので、命に関わるものではないのかもしれない。
「一体ナンバー4とは何ですか?」
ミランダが医者を呼びに行ったし、本人も意外と大丈夫そうだと分かったので、アイリはシンイチロウの言葉の意味を尋ねる。
「あの赤い魔動機兵の事だ。あれはかつて魔動王国時代に魔動機兵を倒す為だけに造られた8体の魔動殲機のうちの1つ、4番目に作られたイルミティ・ディノーグスだ。アルザイル帝国が手に入れて、イルディンギアというあの国の魔動機兵の基となった機体でもある」
シンイチロウは痛みに顔を歪めながらもはっきりとした口調で話し出す。
「どれ程復元出来ているかは不明だが、オリジナルの力は恐らく模倣品にしか過ぎない現行の魔動機兵を凌駕しているはずだ」
「そ、そんな……」
シンイチロウの言葉にその場に居た全員が凍りつく。
「それと私が直接、あのガイアという男と会って確信した事だが、あの男は平定者の1人と共生している」
「けれど確か平定者って意識だけの存在で、本人には意識に入り込まれた事は自覚しないのでは?」
傷の手当てを進めながら、シーナはシンイチロウから聞かされた事を思い返す。
「本来ならばそうだ。だがガイアという男はどういう理由かは分からないが、自分の意識をしっかりと持っていた。この傷もその事実に驚いている隙にやられてしまったものだ…くっ……」
腹部の痛みに顔を歪めながら、その時の事を皆に説明する。
「それとナンバー4がここにあるという事はもしかすると最悪の事態になる可能性もある」
「最悪の事態とはシンさん達が負けるという意味ですか?」
シンが負けるなど考えたくない事だが、アイリはこの国の王女という立場から、その事態に陥った場合の対応も考えておかなければならない。
だから敢えて尋ねる。
「いや、それだけなら被害は最小限と言えるだろう。親として人としてこんな事を言うのもなんだが、もし慎太郎がこの戦いに負けて悪夢化したとしても、被害はこの王都だけで済むはずだ。早めに避難をすれば、人的損害は少ないはずだ。最悪というのは、死神を使用されて、かつて滅んだ魔動王国と同じように、国土の大半が不毛の地になる事だ」
自分の息子の命を最小限の被害と言うシンイチロウにこの場に居る全員が絶句し、続く言葉に更に言葉を失う。
「戦術核…といえばシーナさんには理解出来るだろう。全てに等しく破壊と死を与える大量殺戮兵器。それがナンバー4が平定者達の手に負えないと判断された時に使用される死神と呼ばれるものだ」
静かに語られるシンイチロウの言葉だけが静寂の中で一際、木霊するのであった。
次回11/3(火)0:00に更新します。




