16-3
シンは屋根の上で先日、父親が言った言葉を思い返していた。
「全ての悪夢を消せば元の世界に戻れる…か……」
悪夢は資格者から生まれる。
その悪夢を消す為には資格者の力が必要。
悪夢という存在が生まれたからこの世界に資格者が呼ばれるようになったのか、資格者がこの世界に紛れこむようになったから悪夢が生まれたのか。
それは今となっては分からない。
だが確実に言える事は、全ての元凶は資格者であり、その尻拭いをするのもまた資格者だということだ。
この世界はただ場所と魔動力という力を提供しただけ。
だから悪夢がこの世界から全て居なくなれば、資格者も不要となるという訳だ。
正直に言えば元の世界に未練は無い。
新作のプラモや楽しみにしていたアニメなどはあったが、あっちの世界では自分は居ても居なくても良いようなただ無気力に生きているだけの存在だった。
だがこっちでは、生きている事が、自分の存在がここにあるという事が実感出来る。
何より夢の中の存在だと思っていた巨大ロボットの操縦者になっているのだ。
それに家族以外で初めて愛おしいと思った彼女達がいる。
だから元の世界に戻れるかもしれないと聞いても、嬉しさも感動も全く湧いて来なかった。
「ふぅ……どうしたもんか…………」
悪夢と実際に対面して、その恐ろしさは嫌という程実感している。
いくら元の世界に戻りたくないと言っても、悪夢を放置する事は出来ない。
しかもそれが自分にしか出来ないと言われれば、やるしかないという気持ちになる。
救世主とか英雄になりたい訳じゃない。
ただ悪夢が危険極まりない存在であるから消さなければいけないのだ。
シンイチロウが言うには魔動王国が滅びたのも悪夢のせいだという話だった。
一夜にして国1つが跡形も無く消え去り、500年経った今でも魔動王国跡地は不毛の地で、そこに近付く者は悪夢が残したと言われる毒に侵されるという。
そんな存在を野放しにしておけば、いずれ自分達にもその恐怖が襲い掛かるだろう。
それならば待つよりもこちらから打って出る方が気分的に楽というものだ。
幸いにしてシンイチロウは悪夢となり得る種が2つ程ある事を知っていた。
彼は自身がこの200年で培ってきた知識と技術をシン達に託した後、悪夢の種を探す為に出て行ってしまった。
シンイチロウからもたらされた技術と知識は魔動王国期のものに近く、シルフィロードと量産型は飛躍的なスペックアップが可能だった。
未だ黄金の輝きについては不明なままだが、現状でもシーナの時の悪夢くらいならば十分に戦えるだけの強さになっているだろう。
反応速度や魔動力の伝達速度も向上しているので、今のシンの反応速度にも十分対応し、違和感のあったタイムラグも解消されている。
カタナの打ち直しと改良型の魔動銃も完成したので、悪夢を見つけたらすぐに対応可能だろう。
シンイチロウがどうやって悪夢を感知して探し出すのかは分からないが、シンとしてはいつでも動けるようにしておくしかない。
アイリは先日のガイアの事と今回の事を国王に報告する為、そして王国祭の準備もある為、昨日から王都へと向かっている。
その為に、彼女の持つエメラルドティアーは手元に無く、いつでも対応出来るようにシンが持つ2つの魔動輝石のうち1つは使わないで魔動力を温存しておく必要があり、今のシンはとうとう3日に1度しか手伝いが出来なくなっていた。
だが量産機の方の調整はシンで無くても出来る、というか逆にシンがやってしまうと万人向けの調整にならないのでユウに止められていたりする。
シンとしても考えを纏める時間が必要だったので、丁度良いとも言えた。
とはいえ、考えれば考える程、答えは見つからなくなっていく。
悪夢は消し去らなければいけない危険な存在だというのは本能的に分かる。
だが倒してしまった後にこの世界に残っていられるかは分からない。
いや、資格者は悪夢と同じでこの世界から見れば異分子である。
悪夢が全て居なくなれば資格者もこの世界に居られないだろう。
それは愛するクレス、アイリ、フィルとの別れ、親友のユウとの別れを意味する。
そしてこの世界で知り合った全ての人達との別れも意味する。
それを考えただけで胸は苦しくなる。
それと同時に父親に会ってしまったせいなのか、これまで殆ど思い浮かべる事の無かった姉と母親の顔を思い浮かべる。
あの2人も同じような苦しみを抱いているのかと考えてしまい、更に胸が苦しくなる。
「ははっ、未練なんて無いと思ってたけど、母さんと姉さんが今の俺と同じように苦しんでいるって考えたら、父さんと一緒に帰ってやらなきゃって思っちまうな……」
そして思考は再び、最初へ戻る。そして堂々巡りを繰り返す事となる。
何度考えようと、どんな推測を立てようと答えは出ない。出せない。
何かを得る為には何かを捨てなければいけない。
全て得る事は出来無いのに全てを捨てる事は出来てしまう。
そんな理不尽に苛まれながらも、シンは最善を考え続ける。
自分も皆も幸せになれる未来がある事を信じて。
*
気が付けば王国祭まで2週間と迫っていた。
そんな中、キングス工房には巨大な白銀の騎士と白い兵士が並んで立っている。
「なんとか間に合ったな」
シンはユウの肩を叩きながら2体の魔動機兵を見上げる。
ガイアや悪夢の事など、頭を悩ませる事は数多くあるが、今は王国祭の為に生み出した白い魔動機兵の完成を素直に喜ぶ。
「シンの父親のおかげだ。彼が教えてくれた技術が無ければ、完成度はもっと低かっただろうし、同じ完成度を出す為には後数年は必要だっただろう」
ユウはそう言うが技術理論だけで、実際に造り出してしまうのだから、ユウも相当なものだと言える。
「ねぇねぇ、シン。これはどんな名前にするの?」
クレスが訪ねてくる。
シルフィロードの時は何気なく呟いた名前を採用されたのだが、どうやら今回もシンに命名権が与えられているようだ。
「そうだな~。シルフィロードの兄弟機だし、似てる名前の方が良いよな」
シルフィロードという名前は確か、爆走機鋼ガンフォーミュラの中では“疾風の聖霊王”という異名を持っていた。
高機動機というのもあり、風に関する名称が良いだろうと色々と考える。
「エア…ウィンド…ハリケーン……」
どうもいまいちなものばかり。
やはりガンフォーミュラから名前を取ろうかとも考える。
「ゼファーっていうのは?確かドイツ語だったかフランス語で風を意味したと思うんだけど……」
どうやらシンの呟きから風という単語から名称を考えようとしていた事に気付いたシーナがアドバイスをする。
「ゼファーか……ゼファーゼファー…ゼフィー…ゼフォー……ゼファール……いや……うん。よし、決めた!こいつの名前はゼフィールだ!!」
何となく一番語呂が良さそうなだけでそう言ってみた。
「えっと、どうかな?」
勢い良く決めたとか言いつつも、ついつい他の人の顔色を伺う。
「ああ、良いと思うよ」
「流石、シンですね」
「シンが決めた名前に文句なんか無いよ~♪」
「わ、私はもっと可愛い名前が…あ、いや、な、何でもありません。シンくんがそれで良いのなら……」
1人少しだけ不満がありそうだったが、自ら引っ込めたので聞かなかった事にする。
そもそもペットでもあるまいし、戦闘をする魔動機兵に対し、可愛い名前を付けようと考えるのはどうなのだろうか。
「よし。名前も決まった事だし、明日には王都に向かう準備をしよう。まだ日数があるけど遅れるよりは良いだろうしね」
全ての準備は整った。
未だシンイチロウから連絡は来ないが、それについては何があっても対処出来るようにしておくしか無い。
そして時間は流れ、何事も起こる事無く今年の王国祭は始まろうとしていた。
*
王都フォーガン。
王国祭を間近に控え、どこか浮ついた雰囲気が漂うこの街の裏通り。
街の喧騒が小さくしか聞こえない、この場所でシンイチロウは1人の金髪の男と対峙していた。
「ふ~ん、それが君の本当の姿か。予想通りあの資格者の縁者だった訳だね」
「まさかお前自身が悪夢と関わっていたとはな」
少年の声音で話す男の言葉には耳を貸さず、シンイチロウは溜息を吐く。
「お前の事は昔から危険だと感じていたんだ。子供というのは節度を知らない分、時に大人よりも残酷になるからな」
不老不死とも言える存在になった彼らだが、唯一の欠点がある。
時の止まった世界に身体があるせいなのか、精神の成長も止まってしまうのだ。
だから少年はどんなに長く生きようと、どんなに物事を知っていようと永遠に少年のまま成長する事はない。
「この男の中に悪夢がある事を見つけたのは褒めてあげるよ」
それがシンイチロウの資格者としての特殊能力だった。
人の身に宿っている悪夢の種である絶望を感じる事が出来るのだ。
意識体だった頃には殆ど感じられなかったが、本来の肉体に戻った事で、ぼんやりとだが分かるようになっていた。
そして今、目の前に居る事で、完全に悪夢の存在を少年が操るこの男の中から感じ取る事が出来ていた。
「けれど、あんたには何も出来ないよ。あんたは既に裏切り者なんだ。誰もあんたの言葉を聞かない。いや、そもそも時の棺を出てしまったあんたには、もうあの場所に行く事さえ出来ない」
「確かに私にはもう何も出来無いだろう。だが希望は託してある」
「あんたの息子か?けど残念だね。その希望は僕が…いや俺が絶望に変えてやるよ。って訳で、楽しみにしているんだなっ!」
少年の声が途中からガラリと変わり、本来の男の声へと戻る。
その手にはいつの間にか上腕程の長さの小剣が握られている。
「なっ!?あいつに支配されていないのか?」
意識体である彼らが操っている場合、本来の肉体の持ち主の意識は夢を見ているような状態となる。
その状態で起きた事は夢としか捉えられる事は無い。
にも関わらず、目の前の男はこれまでの話を全て知っているような口ぶりで、少年と強調しているようだった。
「くっ、悪夢の影響も全く受けてないようだな」
驚くシンイチロウに向けて小剣が振り下ろされる。
胸から腹に掛けて一筋の線が走り、上着が切り裂かれる。
「へぇ。咄嗟とはいえあれを避けるのか。だが対応が遅いな」
先程、目の前に居たはずの男の声が背後から聞こえる。
シンイチロウが慌てて振り返ろうとした次の瞬間、脇腹に灼熱の痛みが走る。
「ぐふっ……」
深々と突き刺さる小剣。
刺された脇腹を押さえつつ、シンイチロウは膝を付く。
「観客は多い方が良いから止めは刺さねぇ。精々、俺の打ち上げる花火を楽しむんだな」
楽しそうにそう言うと男はゆっくりと路地の奥の闇に紛れていく。
「くっ、お前は一体……」
朦朧とする意識の中、シンイチロウは歯を食い縛り言葉を絞り出す。
「俺はガイア。絶望と希望を抱え、それを越えてこの世界を理想郷に変える男だ。覚えておけ」
ガイアは振り返る事も無くそう言うと、闇の中へと消えていく。
そして完全にその気配が消えたのを感じ、シンイチロウはようやく大きく息を吐き、止血を始める。
(何故だ。悪夢が生まれてもおかしくない程の絶望を抱え、尚且つあいつの意識が入り込んでいるというのに、彼は彼個人の意識を保っていた。ありえない。だがもしそれがあの男の能力だとしら……奴は危険だ。絶望を越えて悪夢さえも支配する…なん……て…………)
そこでシンイチロウの意識は薄れていく。
「慎太郎に…伝え………気を……つけ…ろ………」
そして息子への思いを口にしながら、シンイチロウの意識は完全に途絶えた。
展開が微妙に駆け足気味。
次回、10/25(日)0:00に更新します。




