15-2
翌日からシンの作業はシルフィロードの調整では無く、どうすれば違和感を感じずに操作が出来るようになるかを試行錯誤する作業に変わった。
とはいえ具体的な策は無い。
ただ僅かなズレや違和感に慣れるように繰り返し動くしか無かった。
思考と動作に一番差を感じるのは脚部、それも足首より下だという事が分かる。
胸の下にある魔動力炉から最も遠い場所であり、最もよく使用するので、一番タイムラグを感じるのだろう。
遠いという意味では手指も同じなのだが、こちらは肩や肘と連動して動かすし、繊細な作業をする訳ではないので、現段階ではそこまで差を感じる事は無かった。
ただ未だアドモントによってカタナも魔動銃も修理が終わっていない為、それらを使用する際にどう感じるかは不明だ。
「タイムラグを計算しつつ、次の動きを考えると……」
操縦席に座りながらシンはブツブツと独り言のように自らの考えを纏めていく。
(ああ、ユウやフィルが考えに没頭して周りの声が聞こえなくなって、独り言を呟きだすってのは、こういう状態になるって事だったんだな)
無駄に並列思考で自身を客観的に観測出来てしまい、シンは1人苦笑する。
確かにこんな状態になったら、シンのように別の事を同時に考えられるような人間じゃなければ、周囲から何を言われても聞こえなくなるだろう。
シンだからこそ、魔動機兵を操縦し、頭の中でラグを計算し、更には自分を客観的に考える事が出来るのだ。
自分自身の事ながらその異様さに呆れてしまう。
(こっちの世界に来た時には異世界転移のお約束な特別な力が無いって嘆いたけど、もしかするとこれが俺に与えられた特別な能力なのかもな)
シルフィロードを高速で動かしながら、シンは並列思考の1つでそんな事を考える。
魔動力を得て、身体能力と思考能力が通常より向上しているとはいえ、元の世界に居た時よりも多くの事を同時に、しかも深く考える事が出来るようになっている。しかもこれまで知り合った中にこんな事が出来る人物に会った事が無い。
ならばこれこそが彼に与えられた特別な力だと思うのも尤もだろう。
暫くそんな事を思考の1つで考えながら、シルフィロードを動かして、実際の動きとの違和感を少しでも減らそうと務める。
ふと視界の隅にクレスが居るのが見えて、シルフィロードの速度を徐々に落としつつ、そちらへと向かう。
全思考を使用して考えに耽っていると思っていても、こうして周りの事にすぐに気付けるのだから、まだまだ並列思考は伸びしろがありそうであるのだが、それが原因でシルフィロードの操縦に不具合が起きるのだから、考えものではある。
クレスにゆっくりと近付きながら、声を掛ける。
『どうかしたか?』
歩く程のスピードとなり、静かにクレスの前で止まる。
以前、シルフィロードが発生させる衝撃波のせいでアイリとミランダにこっぴどく怒られた経験から、近付く時は衝撃波が発生しないように時間を掛けて減速してゆっくりと近付く事を心掛けているのだ。
「アドモントさんが来てますよ!武器の事で相談があるそうです」
どうやらようやく修理の目処が立ったようだ。
『分かった。すぐに工房へ戻る。クレスも乗っていくだろ?』
「はい。だって、その…久しぶりにシンと2人っきりになれるチャンスですし……」
後半は独り言の様な小さな声だったが、魔動機兵に備わった集音装置はしっかりとその声を拾っていた。
(くうぅ~、そんな風に可愛らしく、しかもいじらしく言われたら我慢出来なくなるじゃないか~)
顔を綻ばせながら、シンはシルフィロードの手をクレスの目の前に差し出す。
クレスが乗った事を確認してから、ゆっくりとその手を背中にある搭乗口まで運ぶ。
その状態で固定させて、シンは搭乗口のハッチを開けて、操縦席の中から手を差し出してクレスを招き入れる。
柔らかく温かい手を掴んだ瞬間、シンの我慢は限界を越え、引き入れると同時にその唇を奪い、その身体を抱き締める。
胸元と唇に感じる柔らかな感触を堪能しながら、シンはシルフィロードをキングス工房へ向け、ゆっくりと歩を進ませるのであった。
*
シルフィロードがキングス工房へ戻ってくると、入り口前に仁王立ちして待っていたアドモントの姿が見える。
男爵なので実際にも地位はあるのだが、その立ち姿はやけに偉そうであり、その隣で一緒に出迎えている王女であるはずのアイリの方が侍女に見えてしまう程だ。
王女を前にして男爵の方が偉そうなのはどうかと思うのだが、キングス工房に関わる面々はアイリを筆頭に身分や階級に頓着しない人間ばかりなので気にするような事でも無いだろう。
シルフィロードを工房の目の前で止めて駐機姿勢を取らせてから、シンはクレスを抱きかかえながら操縦席から飛び降りる。
「待たせてしまってすみません。それで武器の相談って聞いたんですけど、カタナと魔動銃の修理の目処がついたって事ですか?」
顔を赤らめているクレスを地面に降ろしつつ、シンは何事も無かったかのようにアドモントに歩み寄りながら尋ねる。
「おうよ!王都の知り合いから魔動王国時代の鍛冶について色々と聞いて来たからな」
決闘により折れた刀と壊れた銃の修理をシンが依頼してから、暫く姿を見ないと思っていたが、まさか王都に行っていたとは思いもよらなかったが、彼は彼で力になろうと色々と調べてくれていたようだ。
「それにシルフィロードの修理が終わるのを待っていたというのもあるしな」
「ん?それはどういう意味?」
「ああ、それは俺の別邸に来て貰えば分かる。けど、すぐに行けるか?」
「え~っと……」
シンは自身の胸元に視線を送る。
そこにあるペンダントに嵌った白色の魔動輝石は、先程までの稼働試験で輝きを失いつつある。
シーナが持っていたイヤリング型の魔動輝石“サファイアオーシャン”も昨日の稼働試験で使用した為に、まだ魔動力は溜まっていない。
一応、アドモントにもシンの魔動力の事は説明しているので、それを気にしての言葉だった。
「アイリ。都合が悪く無ければ一緒に行って貰えるかな?」
アイリの胸元で輝く“エメラルドティアー”があれば魔動力を発現出来るが、流石に王家の秘宝を無断で借りる訳にはいかないし、魔動力を引き出す為に彼女自身も必要だ。
「はい。問題ありません♪」
嬉しそうにアイリが答えるのを見てシンは頷く。
「というわけでアドモントさん、行きましょうか」
「おう。それじゃあ案内するぜ!」
ニヤリと笑うアドモントの案内でシンとアイリはアドモントの別荘へと向かう事となった。
いつもアイリに帯同するはずのミランダは、クレスと共に夕食の準備をするという事でキングス工房に残った。
アドモントとその執事がいるものの、アイリに気を利かせたのだろう。
いつかのように山賊団の噂も無いし、王国内最強とも言えるシルフィロードが側にあるのだから、自分が居なくても問題無いと判断したとも言える。
一行が向かったアドモンドの別邸は、かつてアイリと初めて出会ったジルグラムの鉱山の近くにあった。
いや、あったと言うのは正確ではない。最近になって新しく建てられた建物だった。
アドモントは別邸と言ったが、そこはどこからどう見ても鍛冶工房にしか見えなかった。
この場所ならば例え夜でも周囲に気遣う事無く鍛冶が出来るだろうし、鉱山も近くなので材料を運び込むのも楽だろう。
入口は魔動機兵でも悠々と通れるだけの広さと高さがあり、シンはシルフィロードごと、建物の中に入る。
中に入ってシンは驚く。
見た目は普通の鍛冶工房だ。炉があり、作業用の道具も見える。
しかしそこにあるものは全てのサイズが巨大であり、部屋の隅に置かれている作業用の魔動機兵と比べても遜色無い大きさだった。
シルフィロードから見ているからシンには普通に見えたが、人間サイズで考えたら恐ろしい程巨大だ。
それだけでここが魔動機兵用のものを扱う為の専用の鍛冶工房である事が一目で理解出来た。
ただ、シンが気になったのは鋏や鎚なども全て魔動機兵サイズである事だった。
「あ、あの…アドモントさん……これってもしかして……」
先程、シルフィロードの修理が終わるのを待っていたという言葉もあり、嫌な予感が過ぎる。
「うむ。以前造った刀は人の手で作った為、時間も掛かったし、何より強度が不十分だった為に折れたのだ。そもそもあれだけ大きなものを人力で造るのは限界がある。そこで魔動機兵を使う事を思い立ったのだ」
シンの嫌な予感は的中した。
確かに魔動機兵は人の何倍、何十倍もの力を発揮する。
しかし作業用では微妙な力加減や細かい作業が行えないので、考える者はいても実践するまでには至らなかった。
だが繊細な動きが出来る戦闘用魔動機兵ならば、それが可能となる。
とはいえそんな事を考える者は、これまで皆無だった。
量産化が進んでいるとはいえ、未だ完成には至っておらず、戦闘用魔動機兵が殆ど存在しないという事もあるが、何より言葉の通り、戦闘用魔動機兵は戦ってこそ、その真価を発揮する。
いくら繊細な動きが可能とはいえ、鍛冶作業で虎の子の戦闘用魔動機兵を使用するなど、普通なら考えようとは思わないだろう。
そういう面ではアドモントは柔軟な考えの持ち主とも言える。
「つ、つまり俺がシルフィロードに乗って鍛冶をするって事……なんですよね?」
「ああ、そうだ。本当なら俺が乗り込んで作業したい所だが、そいつの操縦はお前さんが一番だからな。大丈夫だ。俺が細かく指示を出してやるから安心しろ!」
「安心って……」
そう言われても安心できる材料は全くと言っていい程無い。
シンは本格的な鍛冶などした事の無い素人だ。
元の世界で刀鍛冶の作業の様子を映した動画を見た事があるという程度だ。
「シンさんならきっと大丈夫です!私が保証します!!」
シン以上に鍛冶の事を知らないアイリに保証されても安心の度合いが増す事は無い。
自分が使う武器である以上、文句を言う事は出来ないが、暫くはこの鍛冶工房に篭らなければいけないと思うと、シンは憂鬱な気分になる。
とりあえず明日以降、クレスには弁当を頼もうと心に誓うのであった。
*
北の大地に居を構えるアルザイル帝国。
その皇城にある玉座の間に、新しき皇帝であるフォルテ皇帝はいた。
「それで首尾の方はどうだ」
「は。彼の者の潜入は滞りなく。後は偽装を施した例のものが到着すれば準備の1つは整います」
フォルテの前に跪き、経過報告を行っているのは、決闘の際に途中で逃げ出した小太りな副大臣であった。
前皇帝が死去し、フォルテに代替わりをした後、彼は大臣へと昇格していた。
本来であれば決闘の結末を見ずに途中で逃げ出し、あまつさえ魔動機兵2機と槍聖と英雄の2名を失った彼は責任を負わされてもおかしくない立場にあった。
にも関わらず、こうして大臣という要職についているのは、フォルテが手足のように意のままに操れる傀儡の1人だったからだ。
現在の帝国の要職はその殆どがフォルテの息の掛かった者達で占められている。
前皇帝が穏健派だった事もあり、アルザイル帝国は合議制を採用している為、フォルテに従う者は1人でも多い方が良いのだ。
おかげで今では合議制とは名ばかりで皇帝フォルテの独裁政権となっていた。
「極秘裏に進めますので、準備が整うには暫くの時間を要するでしょう。作戦の時期はフォーガン王国祭の頃になると思われます」
「くっくっくっ、王国祭か。おあつらえ向きではないか。必ず間に合わせるように準備を進めろ」
「畏まりました」
大臣は頭を垂れたまま玉座の間から辞する。
1人となったフォルテは押し殺したような声で笑い出す。
「くっくっくっ、王国祭は確か王国の建立の日であったな。そんな日に我が帝国が滅ぼしてやるのだ。良い記念の日となる事だろう」
フォルテは1人、その時が訪れるのを嬉しそうに待ちわびるのであった。
次回は9/27(日)0:00に更新します。




