11-1
薄暗闇の円卓の中、老婆の声だけが響く。
「よもやこの短期間で魔動陣を発動させフェイズ2まで覚醒が進むとはのぅ」
普段とは異なりその声音はやや興奮しているようにも聞こえる。
「まだ粗削りですが、あの資格者は我らの予想以上の働きを見せてくれそうです」
男は淡々と言葉を紡ぐ。
「じゃが我らが必要とするはフェイズ3以降じゃ」
「はい、心得ております。この調子で覚醒が進めば近いうちに我らの意に沿う資格者となる事でしょう。引き続き対象の見極めを続けます。それとあのシルフィロードという機体ですが、ナンバー9であるかどうかの真偽は未だ不明です。そちらも引き続き見極めを続けます」
「そちらはお主に一任しておる。好きにするが良い」
老婆の言葉に男は頷く。
「して、アルザイルの方はどうなっておる」
男と入れ替わり、妖艶な女が言葉を発する。
「ええ、以前彼が話していた通り、決闘に関しては二つ返事で承諾したわ。絶対の勝利を確信してるんでしょうね。その根拠はやっぱりナンバー4ね。あれを研究した魔動機兵を造ったらしいわ」
「オリジナルを元にレプリカを造り出したというわけじゃな」
「そういう事。しかも覚醒段階までは分からないけど、資格者まで手元に居るとなれば、もう勝った気になっていてもおかしくないわね」
「じゃが同じ時代に複数の資格者が現れるか……」
資格者がこの世に現れるのは稀で、以前確認されたのは20年近くも前の事だ。
だからまさか相手にも資格者と、魔動殲機と同じような力を発揮する魔動機兵がある事など想像も出来ないだろう。
「どうやら世界の安寧は我らの手から零れ始めたようじゃな」
「ま、まさか、それって……」
少年は驚愕する。
彼らが500年の間守って来た世界の安寧と秩序の崩壊。
それが意味するものは500年前の再来。
最古参である老婆と少年はそれが何か知っていた。いや経験していた。
「此度は国1つで収まるかどうか……」
老婆の一言は、その場の全てを凍りつかせるのに十分であった。
*
マッドネイル山賊団を捕えたその日の夜。
夕食を終えた時間のキングス工房に6人の人物が集まっていた。
ユウ、クレス、フィル、アイリ、ミランダの5人は最後の1人であるシンに視線を向け、彼の話に聞き入っていた。
今日あった山賊団との事、物質転送魔動陣の事、そして魔動輝石と魔動力の事。
「キスで、ですか……」
全てを話し終えた後、最初にそう呟いたのクレスだった。
その言葉に3人が頬を赤らめる。恐らくその時の事を思い出したのだろう。
「では今日、シン様があれほどの事が出来たのも……」
「ああ。あれに関してはアイリのおかげだな。まぁ、半分は火事場のクソ力ってのもあるけど」
ミランダはシンの身体能力が跳ね上がったのを間近で見ている為にすぐに納得する。
「今考えれば王国祭の時も切欠はそうでしたね」
クレスもどうやら納得出来たらしい。
しかしアイリとフィルは何やら独り言のようにぶつぶつと文句を言って納得していない様子だ。
「シンさんのバカバカバカ。なんで私が一番最後なんですかぁ」
「シンがまさかそんなに女たらしだったなんてぇ~」
どうやら全く違う意味で納得してなかったようなので、無視して話を続ける。
「で、これが魔動力が無くなった魔動輝石」
シンが皆の前に白く濁って輝きを失った宝石を出す。
「確かミランダさんが手に入れて持って来た時は半透明だったな」
ユウは手にとってマジマジと眺める。色と輝きは違うが形と大きさは同じであり、これと同じものがそう何個もあるようには思えない。
「そういえば姫様の首飾りも王国祭の後は暫く色が濁っておりましたね」
ミランダの一言で全員の視線はアイリの首から提げられた緑色の宝石“エメラルドティアー”に注がれる。
「それも魔動輝石なんだろうな。フィルが開発してた魔動タンクみたいなものさ。魔動力を蓄える事が出来るんだ。数日するとこの濁りも消えて元の宝石のような輝きを取り戻すんだ」
「じゃ、じゃあこれを使えばボクの魔動タンクも完成したりする?」
さっきまでブツブツと文句を言っていたフィルだが、魔動技師としての興味が優先したのか、目を輝かせて尋ねてくる。
「や、無理だろう。抽出方法が特殊過ぎる。試してないけど、ここに書かれてある事が事実だとすれば、今の所は資格者って呼ばれる魔動力が元から無い人間、つまり俺以外には無理ってことになる」
シンの言葉に目に見えてシュンと項垂れるフィル。
再びシンへの恨み事めいた文句をブツブツ言い始める。
シンにだってなんとかしたい気持ちはあるが、こればかりはどうしようもないので文句を言われても困る。
「まぁ、これでシンがシルフィロードの操縦者となれる事が分かった訳だ」
「問題は山積みだけどな」
締め括ろうとするユウに向けてシンは大きく溜息を吐く。
「何の問題がある?」
「おい、ちゃんと聞いてたのか?魔動輝石から魔動力を抽出する方法が……」
「だって既に1回してるんだろ?なら2回も3回も同じだろ?」
「いやいやそういう問題じゃないって!」
2人の会話に女性陣3人がピクリと反応する。
「シンさんは一体誰とキスしたいんですか!?」
最初に食いついて来たのはアイリ。意志の強そうな瞳で見据えてくる。
「そうだよ!ボ、ボクはシンが誰を選んでも恨み事や文句は言うかもしれないけれど、祝福するよ。でも本音を言えばボクを選んでくれるのが一番だけど……」
続いてフィル。伏し目がちだが、さり気無くアピールしてくる。というかそこは誰を選んでも恨まないとか言って欲しかったと思うシン。
「シ、シンって年上って嫌いですか?」
3人の中では一番、理性的だと思っていたクレスまでもが恥ずかしそうに上目遣いで尋ねてくる。
3人がシンに詰め寄っていく。
その奥ではユウが楽しそうな、しかし意地の悪い笑みを浮かべている。
(やっぱりこの状況を楽しみやがった)
こうなる事は確かに予想はしていた。
とはいえ実際にこう詰め寄られると、本当にこの答えを言って良いのか躊躇してしまう。
シンにとっては3人ともそれぞれに個性があり魅力的であり、大切で大好きな人達だ。誰か1人に絞るなど考えられない。いや考えに考え抜いた末に辿り着いたのがこの結果だった。
「…え、えっと……正直言うと誰かを選ぶなんて俺には出来ない。クレスもアイリもフィルも、そしてもちろんミランダさんも俺にとっては同じくらい大切で大好きだから」
まさかこのタイミングで自分の名前まで出されるとは思ってなかったミランダは、ユウの横で目を丸くする。少しだけ頬が赤くなっているのは照れているのだと思いたい。
シンは覚悟を持って次の言葉を、自分の想いを告げる
「…その…だから……俺は誰か1人じゃなく全員を選びたい!……ってダメかな?」
シンは自覚していないようだが、実質ハーレム宣言である。
「シンさんが皆さんと同じくらいに愛してくれるなら私は構いませんよ」
意外にも最初に承諾したのはアイリだった。
だが考えれば当然である。アイリはフォーガン王家の人間であり、庶民とは考え方が少し特殊だった。
というのも彼女の父親である現フォーガン王には妃が3人いる。
第一王妃は女児2人しか産めず、アイリの母親である第二王妃も男児を産む事が出来なかった。第三王妃を迎えてようやく念願の男児、つまりは跡取りが生まれたのだ。
だがフォーガン王は跡取りを産めなかった第一、第二王妃を蔑にする事は無かった。これまで通り優しく愛を持って接してくれたのだ。跡取りを産んだとか産まないとかは関係無く、ただ純粋に3人を女性として愛したのだ。
だからアイリはシンの決断に何の違和感も無く素直に受け入れる事が出来たのだ。
「シン様は何度も姫様の命を救い、今日は私まで助けて頂きました。シ、シン様がそれをご希望だというのなら、姫様も了承していますので仕方がありません。渋々ですが、私もシン様の案を受け入れさせて頂きます」
侍従である以上、主人であるアイリがそう決めたのならミランダは従うより他は無い。
「まぁ、ボクは元々選ばれなくても仕方無いかなって思ってたから、みんなと一緒でも選んでくれたから嬉しいな♪だって真剣に考えて出した答えなんだよね」
フィルは周りに比べて自分に女性らしさが欠けている事を自覚していた為、もし選ばれなくても仕方が無いと思っていた部分があったのだろう。
シンがしっかりと頷くと、同率でも選んでくれた事に感激したのか、その瞳に涙まで浮かべる。
「えへへっ、嬉し過ぎて涙が出てきちゃった♪」
涙を拭いながら笑顔を浮かべるフィルに女性らしさを感じ、シンの胸の鼓動が跳ね上がるのが分かる。
「えっ、ちょっ、な……なんで皆さん、そんな簡単に受け入れられるんですか?!」
どうやらこの中で一番まともな思考の持ち主はクレスだけだったようだ。
クレスはシンに初めて会った時からずっと気になって仕方が無かった。多分、一目惚れだったのだろう。
この中では一番長くシンを想い続けているのは間違いなくクレスだった。ただだからこそ次の段階に進む事が怖かった。
王国祭の時に少しだけ勇気を出す事が出来たのだが、それ以上は今の関係が壊れてしまい、シンがどこか遠くへ行ってしまいそうで怖かったのだ。
けれど今、シン自身の言葉で今の関係が崩れてしまっていた。
シンとしてはこの関係を崩してしまおうという気持ちは無く、素直に自身の気持ちを表に出しただけに違いない。
選んでくれた事は素直に嬉しい。けれどそれが自分だけじゃないという事に戸惑いを隠す事が出来ない。
好きな相手には自分だけを見て欲しいと思うのは当然の事だろう。
他の人は広い心でそれを受け入れているというのに、なんと自分は嫉妬深く心が狭いのだろう。
「シン……」
クレスは泣き叫びたい衝動を堪えながらシンを見つめる。
「クレスの気持ちも良く分かる。今だから言うけど、俺の初恋はクレスだ。特別な想いを抱いていないと言ったら嘘になる。けど皆も好きだっていう今のこの気持も嘘偽りない俺の気持ちなんだ」
真っ直ぐ見つめてくるシンの瞳から真摯さが伝わってくる。
「…そんな顔で言われたら嫌だなんて言えないじゃないですか……」
遂にクレスも折れる。
何事にもひたむきで誰にでも優しくて、常に真っ直ぐな彼を好きになってしまったのだから。
「でも覚悟して下さいね。これからは私も遠慮なんてしませんから」
そう言うとクレスは少し恥ずかしがりながらもシンの頬へとキスをする。
その光景を見たアイリとフィルも「私も」「ボクも」とシンへと擦り寄る。
「まったく…まさかこんな答えを出すとはねぇ」
修羅場にならずに済んで安堵しているシンを取り囲む3人の美少女。
その光景を見ながらユウは感嘆の息を漏らす。
「英雄となる器を持っている方は色を好むと言いますからね。シン様はその器を持っているのでしょう」
ミランダもユウの隣でその光景を微笑ましく眺める。
「ミランダさんはあの中に混じらないの?」
「べ、別に私は姫様がそうなさりたいと仰ったのでそれに従っているだけで、シ、シン様にそのような感情を抱いている訳では……」
少し動揺が見える。
好きだと言われたから意識し出しているだけで、言葉通り、彼女はまだシンにそういう感情を抱いている訳ではないのだろう。
仕える主が好意を抱いている相手である。侍従としては節度ある対応をする義務があるのだ。
「うん、そうか。そうだね。出来れば1人くらいは僕の方に向いてくれないとなんかシンに負けた気分だしね」
「え、ええっ、ユ、ユウ様?!」
その言葉の意味を理解したミランダは更に動揺する。
それは告白のようにも聞こえ、ミランダは自分の顔が赤くなっていくのを実感する。
だがそれ以上、ユウが何かを言う事は無かった。
羨ましそうにシン達の姿を眺めている横顔だけを、ミランダはただ眺めるしか出来無かった。
PV6万、ユニーク2万突破しました。ありがとうございます。
なんか強引だけどハーレム成立。
ミランダはハーレムに加えるには少し立ち位置が微妙だったので、蚊帳の外だったユウとちょっと良い雰囲気にしてみました。
次回は6/14(日)に更新予定




