11-2
白く雪で化粧されたノルウェストの町。
そこはフォーガン王国領の中でも最も北に位置し、アルザイル帝国との国境に一番近い町。
その町に今、シーナは居た。
数日後、この町の西側に急造された決闘場で国の利権を掛けてフォーガン王国の代表と戦う為だ。
ログハウス調の小屋の一室から彼女は空から煌めきながら落ちてくる白い粉を見つめていた。
部屋の中には彼女一人だが、部屋の外では10人程の女性だけで編成された護衛兼侍従が控えている。
敵国内とはいえこの人数は行き過ぎでは無いかと彼女は思う。
フォーガン王国は平和を好む国だという。大国という事もあり同盟国も数多く、その全てと友好な関係を築いている。
侵略戦争を仕掛けているアルザイル帝国とは異なり、恐らく操縦者の暗殺を企てるような事は無いだろう。
だが彼女は帝国の英雄である。
本人がいくら護衛を拒んでも周りがそれを許してくれない。
ならばと女性だけで編成してくれるように願い出たのだ。
とはいえ、ただあの男の気配がしないというだけで居心地の悪さは変わらない。
英雄である彼女を侍従達は腫れモノにでも触れる様に距離を置いている。喋るのも必要な事だけ。
1人の人間としてではなく英雄として扱われる日々は、この世界にとって自分という個人の存在が異物である事をまざまざと見せつけてくる。
「シーナ様。槍聖ドゥマノ様がお越しになられました」
そんな事を考えている中、部屋の外から侍女の1人が声を掛けてくる。
槍聖ドゥマノ。
50歳を超えて尚、帝国髄一の槍の使い手であり、今回の決闘で共に戦う事となる人物だ。
「分かりました。すぐに向かうと伝えておいて下さい」
シーナは眼鏡を外すとその代わりに目元を含む顔の上半分を覆う白磁の仮面を身につける。
それは暗殺に備えて素顔を隠す役割があると同時に、彼女を1人の人間から英雄へと変じる為の仮面。
英雄を演じる為の準備が整った彼女が侍女に案内されて向かった先には、防寒着で身を固めた白髪交じりの巨漢の男が暖炉の前で温まっていた。
「いやはや、老体には寒さは堪えますなぁ」
「槍聖ともあろう方が何を仰られますか。ですが本国に比べると確かにここは寒く感じますね」
帝都に比べればこの町は南にあり、気温的には高い。だがその分、湿度が高く雪は水分を多く含んでいる為に冷たい。
シーナの記憶では、確か雪質の違いのせいで気温の低い北海道よりも信越の方が寒く感じるというのを聞いたような気もする。
「槍聖でも歳には敵わんよ。そろそろ英雄殿のような若い者に名を継ぎたいもんだが」
ドゥマノが槍聖の称号を受けてから30年。彼を超える槍の名手は現れてはいない。というよりドゥマノが強過ぎるのだ。
槍聖の名を受けてからは対人戦では負け知らず、噂によれば槍一本で数々の猛獣も打ち倒しているという。
帝国軍人の中では人当たりも良く、偉ぶった所も無い。
豪快でありながら繊細な配慮も出来るという事で帝国軍の中でも信頼は厚い。
だがシーナは彼に対しても心は開いていない。
彼女の事を名前では無く“英雄殿”と呼んでいるから。彼も侍従と同じなのだ。英雄としてのシーナしか見ていないのだ。
だからこそ英雄としての仮面を被り、英雄のように振る舞う。
「そろそろ本題を宜しいでしょうか。世間話をしに来た訳ではないのでしょう?」
「相変わらずお固いな。まぁ、そこがクールで良いという奴もいるみたいだが……おっと本題であったな」
仮面の奥で分からないが、キッと睨まれた事を察したのだろう。ドゥマノはようやく本題を切り出す。
「明日、今回の決闘の見届け人であるサイヴァラス聖教国の司教様が来られる」
サイヴァラス聖教国はアルザイル帝国の東、フォーガン王国から見れば北東に位置する中立国だ。
国土自体は大教会とそれを取り囲む街があるだけの国と呼ぶのもおこがましい程の小国だが、その名の通りサイヴァラス聖教を流布する為に各国に教会が設置されている。
どの国にも属さない中立の立場を守っている為、決闘の裁定を下す役割として抜擢されたのだ。
「彼らが到着次第、決闘相手のフォーガンの者を交えて顔見せの晩餐会を開くそうだ」
「これから戦う相手と馴れ合いをするなんて……顔など見ない方が戦いに集中出来るというものですが」
「まぁ、人嫌いの英雄殿ならそう言うと思ったが、この決闘は国の威信を賭けたものだ。司祭様がそれを望んでおられる以上、もしこれを断っては皇帝陛下の名に傷が付く」
シーナを英雄では無く1人の人間として接してくれた、唯一心を許せる皇帝の名を出されては彼女には断る事が出来ない。
「最初だけ居てくれればいい。体調不良とでも言って途中で退席すれば良いだろう。その後は私がなんとかする」
「分かりました。顔だけは出しましょう」
ドゥマノの大人な対応に頭を下げて礼をする。
彼に対し心は開いてはいないが、それなりに信頼はしている。
この手の事はシーナの3倍以上の人生経験を持ち、長きに渡り槍聖という称号と共に歩んできた彼に任せるのが一番だ。
だからシーナは言葉通り、本当に最初だけ顔を出して、すぐに退去するつもりだった。
「それともう1つ」
どうやらまだ話は終わらないらしい。
「フォルテ殿下であるが、急遽、本国へと戻られる事となった。この度の決闘には立ち合わないという事だ」
シーナにとってはそれは朗報だった。
フォルテは事ある毎にシーナに言い寄り、迫って来た。
野心家の彼の欲しているのは自分の手駒となる英雄と英雄の力。やはりそこにシーナという人物は存在しない。
だからこそずっと断り続けていた。
更にフォーガン王国へ侵略を開始した時も頑なに戦いには参加しなかった。侵略戦争がフォルテ主動だった事が要因だ。
英雄としての役割しか求めていないフォルテの事を、シーナは苦手だった。いや、もっと単純に言えばその性格も含め嫌いだった。
だからフォルテがこの場に、この町に来ないというだけで安堵する。
「やはり英雄殿には朗報のようだったな」
どうやら安堵から英雄としての仮面が少し剥がれ落ちていたようだ。僅かに口の端に笑みを浮かべたのをドゥマノは見逃さなかった。
口元を引き締め、再びドゥマノを睨みつける。
「おっと、それでは英雄殿の気分の酷くならないうちに私も戻るとしよう。ではまた明日」
ドゥマノは豪快に笑いながら小屋を出ていく。
その後ろ姿を見ながらシーナは考える。
確かにフォルテが来ない事は朗報だ。
あの男は嫌いだ。同じ空気を吸っているというだけで吐き気を覚える。
そもそもこの決闘も、最初は断るつもりであった。だが、皇帝が直接、英雄のシーナと槍聖のドゥマノを指名した為、断る事は出来なかった。
フォルテが言わせたであろう事は明白なのだが、それを裏付けるものが無い以上、シーナにとっては皇帝の言葉そのものである。
だからその命に従い、今この場にいる。
フォルテの意志が裏にあるとはいえ、アルザイル帝国の、ひいてはそこを治める皇帝の威信に関わるこの決闘において、彼女には手を抜く事はあり得なかった。
国の為とか英雄だからという理由では無い。もしここで敗北すれば、皇帝の期待を裏切る事になる。それが一番怖かったから。
それがフォルテの掌の上だとしても、彼女には皇帝の信頼に応える事でしか自分の居場所を見い出せないのだから。
この決闘の勝敗は今後のアルザイル帝国と各国のパワーバランスを良くも悪くも崩す切欠となるだろう。
そんな大事な戦いを前にしてあの野心家のフォルテが居合わせないのはおかしい。
何の理由も無く本国へ戻るとは考えにくい。
彼の性格ならば決闘を優先させるだろう。
フォルテの行動理念、そして性格を熟知した上で嫌いであると自覚した彼女だからこそ、その行動に違和感を覚えていた。
(一体、あの男は何をしようとしているのだろうか……)
フォルテが何を考え、何をしたいのか。
いくら考えてもシーナには分からない。
それに答える事が出来る者はフォルテ本人以外にはいないだろう。
*
「ううぅ、流石に寒いなぁ」
シンは震える体を擦りながら窓の外を眺める。
冬であるから当然ではあるが、ヴァルカノより遥か北に位置するノルウェストの寒さは肌を突き刺すような冷たさであった。
「どうせやるならもっと南でやるか、暖かい季節にやって貰いたいものです」
シンの隣には雪ダルマ…もとい防寒着で着膨れしたアイリが、寒さで顔を赤くしている。
アルザイル帝国が北国であり、その国境沿いで行われるのは立地的に仕方が無い。
そして戦争回避の為の決闘なのでそれほど長い期間を開ける訳にはいかず、3ヶ月が譲歩出来る最大の期間だったのだから、これもまた仕方が無い。
「本当にアイリは寒さが苦手なんだなぁ」
一応は暖炉の焚かれた部屋の中である。
燕尾服を着ているシンが肌寒い気がする程度で、窓際だからとはいえ極端に室温が低いという訳ではない。
にも関わらずアイリの格好は外にいるのとあまり変わりが無い。いや、外の場合は更に着込んでいるので今以上にダルマを思わせる。
王都フォーガンは国の中でも南に位置するので、一年中温暖な気候である。
冬になれば確かに少し寒くなるが、雪が降る程の寒さにはならない。
そこで生まれ育ったアイリは寒さに極端に弱かった。同じ王都育ちのミランダがここまで厚着では無い所を見ると、生まれ育った土地の気候のせいとも言い切れない部分はあるが。
「晩餐会では流石にこの格好ではダメですよねぇ」
背後にいるミランダに懇願するように目をウルウルさせながら見つめるが、即座に首を横に振られる。
「こればかりは我慢するしかないな」
項垂れるアイリにシンは優しく頭を撫でる。
3人は今、ノルウェストの町長の家にいる。
これからサイヴァラス聖教国の司祭の計らいでアルザイル帝国とフォーガン王国とで晩餐会が開かれるのだ。
シンはこれから戦う相手と交友を深めてどうするんだと最初は思ったが、決闘についての勝敗方法等のルールの確認と、勝った側が得られる権利を反故にしない為の調印式も兼ねているという事だ。
確かにそう言う事ならば3国が一同に会さなければいけないのは道理である。
「そういえば今回の決闘って2対2のはずだよな?グランダルクの操縦者って誰になんだ?」
王立魔動研究所が修復を行っていたグランダルクはシン達がここへ来る直前にようやく到着していた。
ユウとフィルも加わり、急ピッチに調整が進められている。
なのでその操縦者とはまだ顔合わせをしていない。
操縦者もこの晩餐会に呼ばれているのでここに来てもいいはずなのだが。
「そういえばシン様には伝えておりませんでしたね。グランダルクにはアークス様が乗る事が決定致しました」
ミランダの言葉にシンは少しだけ驚くがすぐに納得し、現在護衛としてこの部屋の前に立っているであろうアークスの方へ顔を向ける。
「マッドネイル山賊団を捕えた功を評価されての事だそうです」
ミランダの話によればソーディとアークスが選ばれたが、ソーディは辞退したという事だ。
確かにこの1ヶ月近くアークスの姿を見ていなかったが、恐らく王都で操縦訓練を受けていたのだろう。
「そっか。全く顔を知らない奴よりは連携が取りやすくて助かるな」
アークスとは稽古で剣を交えた事もあるのでその戦い方も知っている。確かに防御型のグランダルクにはアークスのような重騎士の戦いが合っている。
それにシンの事も評価しているので、操縦者に抜擢された事で変に高いプライドを持ってしまったような見知らぬ騎士に比べれば、断然にやりやすかった。
そんな話をしていると扉から当のアークスが顔を出す。
騎士の礼装なのだろうか、背中と胸元に王国旗の模様が施された白いロングコートを羽織ったその姿は鎧姿を見慣れたシンにとってはとても新鮮に映った。
「皆様、準備が整ったとの事です」
「分かりました。それでは参りましょう」
王女の顔となりアイリが一歩を踏み出す。だがそれをミランダが止める。
「姫様……失礼します」
「え、あ、いや、や、やっぱりダメですかぁ~!!」
アイリの悲鳴が響く中、ミランダは手際よく1枚また1枚と防寒着を脱がせていく。
「うぅぅ~、やっぱり寒いです~」
王女としての威厳はどこへやら。
高級そうな毛皮のファーが付いたコートドレス姿のアイリは情けない声を出して身体を震わせる。
保温効果のある材質を使っているのだろうが、アイリの極度の寒がりにはこの程度では意味が無いようである。
「そ、それじゃ、改めて行こうか」
今度はシンが皆を促し、ようやく部屋を出るのであった。
一気に時間が飛んでタイトルの通り、決戦前夜です。
実はその間の事とかも考えてはいたのですが、タイトルが“異世界のいちゃラブ生活”になりそうだったので割愛しました。
さて次回は6/21(日)0:00に更新です。




