8-2
シンは大量のアダマス鋼を手で捏ねていた。ちなみに脇には魔動王国語の本を置いてそれを読みながらの作業である。
決闘に向けて本格的に魔動機兵用の武器を作製する事にしたのだ。
シン自身、以前作った人間サイズの刀はかなりの出来だと自負している。
片手武器としては少々重く、両手持ちの剣並みの重さだが、筋力や体力をトレーニングするには丁度良い重さだった。
身体を動かしたくなった時にはソーディとアークスの2人に剣の稽古をつけて貰っていたりもする。
人間サイズでかなりの出来のものを作った自信から、魔動機兵用も造れると思って作業を始めたのだ。
だが魔動機兵用となると単純に同じものを造るとしても約4倍の大きさとなる。
人間用の刀は約1m。魔動機兵用に換算すると約4m。
基本が手作業という事もあり、長くなるとどうしても歪んでしまい、厚さもまばらになってしまう。
「ふ~ん、アダマス鋼に関しては魔動力が無い方が便利そうだね」
修理作業が一段落したのか、フィルが珍しそうな目でシンの作業を眺める。
アダマス鋼を手で捏ねるなんて芸当はこの世界の住人には出来ない事なので、確かに珍しいだろう。
「人間サイズの大きさならな。今回の場合、デカイから厚さも均等にならないし」
ただの長方形の板状のものを造るのなら厚みに多少の違いがあっても問題無いし、鎧甲ならば少しくらい歪んでいようと問題無い。
だが刀身はそうもいかない。
例え最高硬度とはいえ、武器である以上、相手に斬りつけるのである。他より薄い部分があれば、そこから折れる可能性があるし、なによりアダマス鋼は硬い為に研磨が難しい。だから研ぎやすいように成形の段階で刃側は意図的に薄くする必要があった。それが一番難しいのだ。
「どうせなら詳しい人間に聞いてみたらどうだ?」
こちらも作業が一段落したのだろう。フィルの後ろからユウがやって来て、そう提案する。
「って言っても鍛冶師の知り合いなんていないじゃないか」
この世界は比較的平和で武具の需要が少ない。
また農作業具などの簡単なものだと魔動技師でも作製や修理が出来る事もあり、田舎になればなるほど、鍛冶師が居ない事の方が多い。
ヴァルカノはキングス工房がある為に鍛冶師が存在しない。
「まぁ、鍛冶師では無いけど僕達よりは断然に詳しい人がいるよ。そしてシンはその人を知っている」
シンも2年近くヴァルカノの町に住んでいる。
その為、多少なりとも顔見知りは居るが、鍛冶に詳しい人が居た記憶は無い。
「あれ?もしかして知らなかったのか?なら僕から連絡しておくから明日にでも行ってみたら良い」
この場で教えてくれないのがユウらしい。
心の中ではその人に会って驚くシンの姿を想像して笑っている事だろう。
「くそっ、なんか無性に腹立たしいけど仕方ない。ユウ。紹介してくれ」
シンは渋々ながらユウに紹介してくれるよう頼むのであった。
翌日。
ユウが教えてくれた住所に近付くにつれて、シンはどんどん疑心暗鬼に包まれていく。
ユウはシンの知り合いだと言った。
だが今向かっているのは貴族街である。いくら王族であるアイリと知り合いとはいえ、他の貴族とは縁もゆかりも無いはずである。
そして辿り着いた場所は、やはり自分とは無縁の場所だと自覚する。
領主館に比べれば小さいが、立派な正門があり、屋敷の周囲は背の高い鉄柵が覆っている。庭はそれほど大きくないが、奥には立派な屋敷が見える。
教えられた場所はここで間違いないはずだが、どうしたものかとシンは門の前でウロウロとしてしまう。
鍛冶について詳しい人物がまさか貴族だとは思っていなかったので、着ている服は私服だ。
こんな服で門の前をウロウロとしていたら本当に不審者と思われてしまいかねない。
一度出直した方が良いかもしれないと思った矢先、正門の脇にある通用口らしき扉から執事服の老人が姿を現し、シンに声を掛けてくる。
「キングス工房のシン様でいらっしゃいますね?」
「え、あ、はい。そうです」
「旦那様がお待ちです。どうぞこちらへ」
老執事はシンの格好など気にもせず、中に入るように促す。
気後れしつつもシンは老執事に誘われるまま、屋敷へと歩を進める。
「旦那様。シン様をお連れ致しました」
屋敷の一室の扉の前で老執事が中に居るであろう屋敷の主に声を掛ける。
「おお、来たか。入ってくれ」
くぐもった低い男の声が中から聞こえてくる。
流石にその声だけでは誰なのかは分からないし、当然、知っている人間の声であるかの判断も出来ない。
老執事が扉の前から退き、シンにこの部屋の中へ入るように促す。
緊張しつつもその扉に手を掛けてゆっくりと開ける。
開けた瞬間、むわっとした熱気が頬を撫で、汗が滲み出る。
夏も終わりかけとはいえ、まだ暑さが残っている。だがこの部屋は外気より更に熱い。冬でもここまで部屋を暖める人はいないだろう。
部屋の温度と同様、部屋の中の様子にシンは呆気にとられる。
薄暗い石造りの壁際には大小様々な槌や鋏が掛けられている。
壁と同じ石造りの床には金属製の水桶や台座のようなものが置いてあり、その周囲には多種多様の鉱石や金属が散らばっている。
そして何より目を引いたのは中央にある石窯だった。この部屋に充満する熱気は全てそこから発せられていて、火力が暖炉の比で無い事が分かる。
この部屋はシンの知識にある鍛冶工房と良く似ていた。
そして石窯の前に座って作業をする、この屋敷の主であろう男が振り返る。
小柄だが黒く日に焼けた筋肉質な肉体。首を覆いそうな程に伸ばした髭。およそ貴族らしくない風体と雰囲気を彼は持っていた。
彼が貴族であるという事に気付く者などいるだろうか。当然ながらシンも彼が貴族だなんて思いもよらなかった。
「よう、工房の兄ちゃん。久しぶりだな」
そこにはかつてジルグラムの採掘の際に世話になった、大型ドリルを扱う鉱夫の姿があった。
「えっ、ちょ、な……」
軽い混乱を起こしてシンの口から言葉が出ない。
「そう言えば名乗っていなかったな。俺はアドモント・レーバン。これでも男爵だ。改めて宜しく頼むぜ。がーっはっはっはっ!!」
その姿、その口調、その笑い声は紛れも無くシンのよく知るドリル鉱夫と同じものだった。
ただ一つ“男爵”という言葉だけが違和感のように纏わりついている。
「その顔は俺が本当に貴族なのか確信が持てないって顔だな」
「え、いや、そういう訳じゃ……」
この屋敷のある敷地は外れとはいえ貴族街にあったし、この部屋に案内されるまでに通って来た玄関や廊下は質の良さそうな調度品やらが飾られていた。そして案内役の老執事はこの部屋に屋敷の主がいると明言し、返事もあった。
全員が仕掛人でシンに対しドッキリを企てていると考えるには、手が込み過ぎていて現実味が無い。
アドモントが貴族であると認識するのも同じくらい現実味が無かったりするが、天秤にかければドッキリだとは考えられない。
「けど、どうして鉱夫をしてたり、こんな鍛冶師みたいな事をやってるん…ですか?」
一応、年上で貴族だという事なので、咄嗟に語尾を敬語にしてみる。
「がーっはっはっ。いつも通りの口調で構わんぞ」
この世界の特権階級の人物は何故こうも市井の人間にフランクなのだろうか。いや、もしかするとシンが会う人物だけが変わり者なのかもしれない。
それにアイリにしろアドモントにしろ、最初は王侯貴族だとは知らずに接した間柄だ。そういう事も関係しているのかもしれない。
とはいえ、自分より一回り近く年上の相手にタメ口で話せるほどシンの肝は据わっていない。
「で、俺が何故こんな事をしてるかっていうと、単なる趣味だ。そしてその趣味の延長で自分で好きな鉱石を掘ってるんだ」
改めて考えると、以前シンが採掘に同行した時、周囲の鉱夫がシンと同様にツルハシやスコップを持っていたのに対し、彼だけがドリルという特殊な大型魔動具を持っていた。シンもキングス工房の手伝いをする事で知ったことだが、大型魔動具は魔動革命後の今でもそれなりに高価なものであり、個人で所有出来る人は少ない。それをアドモントは魔動革命以前から所持していた。更に彼の掘っていた坑道だけ採掘用魔動機兵がいたような気がする。
こうやって改めて考えてみると、彼がただの鉱夫では無かったというのが良く分かる。
「そういや俺の所に来たのは何の用だっけか?」
シンは魔動機兵用の武器を造りたいということ、そしてそれが主流ではない新しい発想のものであることをアドモントに伝える。
するとアドモントは子供のように目を輝かせて話に食いついてくる。
「ほうほう。“刺す”や“断つ”では無く“斬る”事に特化させるか。それだけ具体的に考えてるという事は構想は頭の中に入ってるんだろうな?」
「頭の中というか既に人間サイズのものはアダマス鋼を使って自作してます」
「なんと!ではそれを見せてくれっ!!」
髭面がシンの視界を覆う程、間近に迫る。
「いやいや、流石に今日はもって来てませんよ。俺は騎士でも兵士でもないから常に持ち歩く習慣無いですし」
「そ、そうか……」
すぐに現物が見れなくて、がっくりと肩を落としている。
「うむ。そうだ。まだ時間もある事だし、俺も予定が無い。これからお前さんの工房へ行く事にしよう!!」
妙案を思い付いたと言わんばかりにアドモントはシンに再び詰め寄る。
感情の起伏が激しいというか、どこか新しい玩具を目の前にした子供みたいである。
「良し、そうと決まれば早速出掛ける準備をするとしよう」
シンの承諾を得ぬまま、アドモントは勝手にそう決めると、石窯の火を落とし始めるのであった。
そして今、アドモントはキングス工房でシンの作製した刀を眺めている。
「どうだ、シン。驚いただろう、驚いただろう」
シンの横にやって来たユウが満面の笑みでそう聞いてくる。
「ああ、スゲェ驚いた。けどそれ以上にその得意気なお前の顔がムカつく!」
ぶんっと拳を振るうが、既にユウはその間合いの外に逃げている。逃げ足だけは早い奴である。
まぁ、シンも本気では無いので無理に追い掛けない。
「それでアドモントさんから見てそれはどうですか?」
「ふむ。片刃といういのは珍しいな。まぁ、素人にしては良い出来だが、まだ荒いな。特に刃の砥ぎ方が疎らだ」
アドモント自身も趣味でやってるのだから本職では無いのだが、そこはあえてツッコまない。本職で無くてもここに居る誰よりも鍛冶の事に詳しいのは事実なのだから。
「アダマス鋼なので簡単に砥げないんですよ。その代わりに薄くして軽くヤスリを掛けて刃もどきにしたんです。とりあえずそれで切れ味は確保出来ましたから」
「アダマス鋼か。確かに魔動研究所から精製方法は伝わっているが、これはただ硬いだけだから切れ味を求めるならお勧めしないな」
アドモントは片手で軽々と刀を振る。シンでは片手で振るうには少々重くてきつい。どうやら見た目通り彼の腕力は人並み以上のようだ。
「まぁ、兄ちゃんが言う通りの使い方をしたいなら、もうちょいと柔らかい金属にして鋭さを増した方が良いな。まぁ、上手く鍛えればアダマス鋼ぐらい斬れるものが出来るだろうて」
シンは硬い方が斬れやすいと思っていたが、そうではないらしい。
言われてみれば日本刀で鉄や岩を斬る事も可能だと何かで聞いた事があった気もする。
「うむ。これは少々腕が鳴るのう」
アドモントは珍しい形の武器を造れる嬉しさに顔が綻んでいる。
「一応、確認しておきますけど、それはサンプルとして作っただけであって、実際に造るのは俺用では無く魔動機兵用ですからね」
「分かっている。俺に任せておけ!!」
当初はアドバイスだけを聞くつもりだけだったのだが、本人がこうもやる気なので、シンは全て任せる事に決める。
こういうのは知識の無い人間がやるよりも良く知っている人間に任せるのが一番だ。
特に武器は相手を倒すという目的以上に自身を護る為には必須のものだ。
趣味の範疇を超えている知識と技術を持つアドモントならば確かなものを造ってくれると信じられた。なのでシンは頭に思い描いていたもう一つの、この世界には無い武器についても相談する事にする。
「実はもう一つ、新しい武器について提案があるんですが……」
遠慮がちにアドモントに尋ねるが、シンには“新しい武器”と言った時点で彼が食いつく事は想像がつくのだった。
GWという事で執筆スピードが上がると思いますので、期間中は早めに更新していきます。
そんなわけで次回は4/29(水)0:00に更新予定です。




