8-1
「だぁ~、目が疲れる~」
工房の一角でシンは本を一旦閉じた後、目元を揉み解す。
耳を澄ませば、ユウとフィルが何やら魔動フレームの魔動力伝達効率について議論を交わしている。
どうも効率を上げた分だけフレーム自体を軽量化するようだ。
フレーム自体の軽量化に成功すれば、アダマス鋼のようなこれまでよりも硬く重い鎧甲を装備しても総重量は変わらず、また今までと同じ鎧甲ならば、今までよりも軽い分、スピードアップが可能だ。
操縦した経験から言えば、今以上の高速化よりは強度と耐G性能を重視した方が良いと思う。
今はフレームの軽量化という話だけなので、この辺の要望は後で伝えておけばいいだろう。
シンは立ち上がり1つ背伸びをした後、空になったカップを持ってキッチンへと向かう。
昼過ぎのこの時間ならば、クレスが休憩用のお菓子を作っている時間である。
タイミングが良ければ摘み食い出来るだろうと期待するシン。
「お~い、お茶のおかわりを貰……ってミランダさんはそんなとこで何を?」
何故かキッチンへと続く扉の前にはミランダが立ち塞がっている。
「現在、こちらは立ち入りを禁止させて頂いております。特にシン様は絶対にお通しするなと申し付けられております」
つまりミランダは見張り役で中でアイリとクレスが何かをしているという事であろう。
「中には入らないから、とりあえずお茶のおかわりを貰えるとありがたいんだけど」
「承知致しました。すぐにお持ち致しますので、工房の方でお待ち下さい」
そう言いながらもミランダがその場を動く気配は無い。どうやらシンの姿が見えなくなるまでは覗き見の可能性を考慮して扉の前から動く気は無いようだ。
中を覗き見てみたいという願望はあったが、いつもこの時間に何をしているのかを考えれば、おおよその検討はつく。
摘み食いは出来なかったが、後の楽しみとしてとっておこうと思いつつシンは工房へと戻っていく。
程無くしてお代りのお茶と共に女性3人がやってくる。
「皆さん。お茶が入りましたので休憩にして下さい」
クレスの言葉にユウとフィルも作業を一旦止めてシンのいるテーブルまで来る。
そこにミランダがアップルパイと歪な形で若干焼き過ぎたのか濃い茶色のクッキーが並べられる。
アップルパイを人数分に切り分ける中、早速フィルがクッキーに手を伸ばす。
「あっ……」
アイリの口からそう漏れ聞こえたのに気付く。少し恨めしそうにフィルに視線を送っている。
見た目から分かっていたが、クレスに教わりながらもアイリ一人でクッキーを焼いたのだろう。
そして恐らくは一番最初にシンに食べて貰い、感想が欲しかったに違いない。
「ニガッ…甘っ!」
フィルの感想を聞いてシンも1つ食べてみる。
「確かに最初は苦くて、そして凄く甘い……」
表面は火加減を間違えて、焼き過ぎで焦げている部分が多くて苦い。中は対称的に死ぬほど甘い。
お菓子作りの出来ないシンでも砂糖の分量を間違えているのが分かる。
2人の感想にアイリは目に見えて落胆する。
「うぅ~、次こそはきっとちゃんと美味しいものを作って見せますから!」
だがすぐに気を取り直して、拳を握り締めてリベンジを誓っている。
「え?これ、アイリ様が作ったんですか?ど、独特なお味で、お、美味しいです」
アイリが作った事を知ったフィルが今更ながら取り繕うがもう遅い。
ミランダに至っては「これくらいが私の好みですよ、姫様」と言いつつ、少し涙目で頬張っている。
そんな2人には悪いが、料理というのはちゃんと評価して悪い点を指摘してあげなければ上達しないのだ。
なのでシンは言う。というか他の誰かが言うよりアイリにとってはシンが言うのが一番効果的であるからだ。一緒に作ったであろうクレスもユウも何も言わないのは、それに気付いているからだろう。
「この2人が言っているのはお世辞だから真に受けるなよ」
フィルとミランダが「うぐっ」と呻いてクッキーを喉に詰まらせて慌ててお茶を飲んでいるが無視する。
「お菓子作りは素人だから的確なアドバイスはクレスに任せるとして、これは俺の目から見ても砂糖を入れ過ぎてるな。多分、表面の焦げも砂糖のせいなんじゃないかな?」
視界の隅でクレスが頷いているので、指摘は間違っていないようだ。
「ですけど、お菓子を甘くするにはお砂糖を使う以外には無いと思いまして……」
「んじゃ聞くけどアップルパイの方は一緒に作ったのか?」
アイリはフルフルと可愛らしく顔を横に振る。
「それじゃちょっと食べてみよう」
シンに促されアイリが上品にフォークで一口分を切り分けて口に運ぶ。続いてシンを含め他の全員も一口食べる。シンとフィルが手に持って齧りつくのに対し、他の全員は一口の大きさの差はあれど、フォークで切り分けて食べている。
パリッというパイ生地の歯応えの後、リンゴそのままのジューシーな甘さが口の中に広がる。
少し塩っけのあるパイ生地と相まって甘ったるくない深い味わいに全員の顔が蕩ける。
「こ、こんなに美味しいお菓子は王宮でも食べた事がありません!」
アイリは頬を上気させて興奮する。
ミランダも似たような表情だ。
フィルなど1人で黙々と頬張り、ぺろりと平らげてしまう。更にはまだ残っているユウのアップルパイに熱い視線でラブコールを送っている。
「本当にクレスの料理関係の腕は絶品だよなぁ」
家がパン屋という事もあり、焼き菓子系は特別に得意なのだ。時々、店売りもしていて、他の町からわざわざ買いに来る人もいるという。
「おっとあまりに美味しいから本題を忘れる所だった。クレスはこれを作るのに砂糖って使った?」
「リンゴを煮る時に少し使いましたけれど、元々蜜が多いリンゴでしたので、ほんの少ししか使っていません」
クレスの言葉にシン以外の全員が驚いていた。
シンも元の世界の料理番組やらを見ていなければ同じように驚いていただろう。雑学は大事。
「と、まぁ、砂糖だけが甘くする手段じゃないし、このパイみたいに生地との相性でも甘みが引き立つって訳だ」
アイリは真剣な面持ちでシンの話に耳を傾ける。とはいえシンもこれ以上、調子に乗って喋るとボロが出かねないので後の事はクレスに任せる事にする。
「とりあえず後は本職に任せる。でも初めての割にはちゃんと食べる事が出来るものが作れたんだから、素質はあると思うぞ」
最後に持ち上げる事を忘れない。こう言っておけば料理嫌いにはならないだろう。まぁ、王女である彼女がここ以外で自分で料理を作る機会があるかどうかは分からないが。
「シンさん。ありがとうございます。次は美味しいものが作れる気がしてきました!」
「ああ、期待してるよ」
美味しいお菓子が食べられるようになるのは願ってもない事なのでアイリを応援する。
「ボクも楽しみにしてるからっ!!」
ユウから半分奪ったアップルパイを食べ終えたフィルもシンに同意する。というかシン以上に期待の籠った瞳でアイリを見つめている。
「よし、それじゃ、作業に戻るか。フィルには僕のを食べた分、キリキリと働いて貰わなきゃいけないからな」
「えっ?」
ユウの言葉にフィルが固まる。
「さぁ、さっさと行くぞ!」
食べてしまったものはもう戻せない。フィルは首根っこを掴まれてユウに引き摺られるように改修作業に戻されるのであった。
それを他の全員は笑いながら見送る。
午後の一時は穏やかに、そして平和に過ぎていくのであった。
数日後。
穏やかで平和な時間を引き裂くような報せがシン達の元に届いた。
数日前にお菓子とお茶を囲み、笑いあっていた工房内のテーブルは一転して緊張と不穏な空気に包まれていた。
アイリは魔動工房には似つかわしくない、だが彼女にとっては普通の王女らしいドレスに身を包んで椅子に腰掛けている。
この間と異なり、ミランダはアイリの後ろに立って控えており、同様に護衛のアークスとソーディも一緒に背後に控えている。
全員を流し見た後、アイリは重々しく口を開ける。
「遂にアルザイル帝国が宣戦布告をしたと、王都からの遣いから報せが届きました」
誰かがはっと息を飲むのが聞こえる。
遅かれ早かれこうなるだろうという予兆はあった。
「ですが悲観するものではありません。大規模な戦闘行為は行われないとの事です」
「それはただ単純に膠着状態を続けるって意味なのかな?」
宣戦布告をする以前から国境線で小競り合いは続いていた。以前、そう聞かされていた為にユウがそう考えても不思議では無かった。
だがアイリはそれには首を振る。
「公式発表されてはいませんが帝国も戦闘用魔動機兵は所持しています。しかしその数は多くはありません。皆さん、ご存知の通り、魔動機兵は1機造るだけでも莫大なコストが必要となります。もし戦争となればお互いに魔動機兵を所持している以上、多くの、もしくは全ての魔動機兵を投入する必要があるでしょう」
そして多くの魔動機兵が失われる事となるだろう。
魔動機兵を造るにも直すにも資材と資金が必要となる。
アルザイルとフォーガンを比較した場合、大国であるフォーガンの方が物資的にも金銭的にも分がある。同盟国からの援助も見込める為、圧倒的に有利と言える。しかし資源は無限ではない。
「両国共に魔動機兵を徒に浪費したくないという思惑に沿って、この宣戦布告に合わせて軍事協定が結ばれました。このおかげで戦争による被害は殆ど無くなったと言えますが、その代わりに条件はほとんど五分五分になりました」
軍事協定をどちらから提案したのかは分からないが、圧倒的不利であったアルザイル帝国がこの協定に乗らない訳が無かった。もしかしたらこの協定を締結したから宣戦布告をしたという可能性もある。
「俺達にこの話をするってことは、その協定とやらに俺達が関わる事になったって事なんだろうな」
シンは自分達が関わると言ったが、正確にはシルフィロードが関わっているのだろう。今、このフォーガン王国で短時間で組み上げられるのは、王立魔動研究所のグランダルクとキングス工房のシルフィロードだけなのだから。
「はい。この度の軍事協定では、互いの土地の利権を賭けて決闘を行うという内容だそうです」
アルザイル帝国は元々食糧事情の問題で肥沃な耕作地を求めて侵略行動を行っていた。
そしてフォーガン王国はアルザイル帝国の豊富な鉱山資源に目を付けていた。
素人考えで貿易で済ませれば良いのじゃないかと思うのだが、両国の偉い人は一方的に利益を貪りたいと考えたのだろう。
アルザイル帝国としては大国の国力を減らしたいという意図もあるのかもしれない。
「当然、その決闘ってのは魔動機兵同士での決闘って事で良いんだよな?」
「シンさんの言う通りです。そして今回は2対2の決闘であり、その時期も約3ヶ月後という事で、皆さんにご迷惑をお掛けする事になってしまいました」
つまりはシルフィロードをこの決闘までに修理して欲しいという事だった。
グランダルクは量産を前提に造られた代物ではあるが、王国祭で破損したものを修理しつつ、もう1機を造るのは流石の王立魔動研究所でも3ヶ月では無理だという事なのだろう。
「まぁ、フィルのおかげで作業スピードは上がったから、今の調子で行っても3ヶ月あれば十分改修は終わるだろう。ただ問題は操縦者だな……」
ユウはそう言いながらシンとクレスに視線を向ける。
乗った事のあるシンとクレスだからユウが言いたい事は分かる。
シルフィロードは高速機動型だ。その為、速さの緩急差に人の身体が追いつかないのだ。現にクレスは気絶してしまったくらいだ。
そしてもしそのスピードを誰でも扱える程度まで落としてしまえば、シルフィロードのポテンシャルを生かし切れなくなる。
鈍重で強固、全体的なスペックとしては上のグランダルクに肉薄出来たのもそのスピードのおかげだと思っている。
「そこはシンさんに魔動力を宿す方法を早く探し出して貰うか、最悪の場合はアークスさんかソーディさんに慣れて頂くより他ありませんね」
そっちを最悪と考えるのかよ、とツッコミを入れたかったがそこは我慢する。
確かにシルフィロードの変幻自在な動きはシンの想像力とその処理速度のおかげという面が強い。
この世界に来る前まで、シンはアニメを見ながらマンガや小説を読み、そしてプラモまで作るという同時作業を平然とこなしていた。
シルフィロードの高速機動中に、瞬時にどう動くべきかを判断し、行動に移す事が出来るのは、物事を並列的にほぼ同時に思考している為であろう。
この世界に来てからは同時に作業するようなものが殆ど無かった為に使っていなかった。そもそも胸を張って言えるような特技でも無く、シンにとってはこれが当たり前の事だったので、あまり気にしていなかったというのもある。
だが魔動機兵の操作においてそれは絶大な力となる事はグランダルクとの戦いで証明され、フィルも操縦訓練を受け王立魔動研究所が厳選した操縦者よりも上だと、シンの操縦に関しては絶賛している。
「つまりやる事は今までと変わらないってわけか」
シンの言葉にアイリは頷く。
確かにやる事は変わらない。ただ制限時間が設けられただけの話である。
シルフィロードの改修作業は問題無い。
ただしシンの方は間に合うかは保証出来ない。
アイリの持って来てくれた本の中に医学書のようなものもあったが、それらしき記述は無かった。
元々、魔動力が体内に存在しないという事例自体が極めて稀だというのもあり、そういう記述を探し出すだけでも砂漠に落ちた特定の砂粒を見つけるような作業なのだ。
(また1つ、いや2つか。考える事が増えちまったなぁ)
この世界に来てからあまり深く考える事をしていなかったシンだが、最近は身体を動かす作業が減った代わりに、色々と考える事が増えてきた気がする。
せめて何か1つでも切欠が欲しい。
そう思う今日この頃であった。
気が付けばPV4万、ユニーク1万5千を越えました。
こんな稚筆なものを読んで頂いている方々に感謝いたします。
今後ともよろしくお願いいたします。
次回は4/26(日)0:00に更新予定




