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シルフィロードの修理用の材料が届いた為、キングス工房は活気に満ちていた。
修理とは言っているが、操縦席周りしか残っていなかった為に殆ど新規作製に近い。
とは言え、魔動技師として高い技術と知識を持つフィルが加わった事で、劇的にその作製スピードは上がっていた。
以前であれば、魔動具の修理依頼が来ると、そちらを優先させる為に作業が止まったのだが、魔動技師が2人に増えた事でシルフィードの作業を止めなくても良くなったというのが最も大きいだろう。
アイリからの資金援助により大型のクレーンや工作機械が充実した事も大きい。
今まではシンのユウの2人がかりで力任せに台車に乗せたりしていたのが、クレーンのおかげで支える程度の労力で済み、然程、力を必要としなくなった。
修理を開始してまだ3日しか経っていないにも関わらず、既に元々形が残っていた胸部はほぼ完全に復元されていた。操縦席周りは新たな技術を組み込む部分が無かったという理由もある。
この分で行けば1ヶ月もあれば仮組くらいは出来そうな勢いである。
そんな中、シンはといえば。
(あ、そういえばこの間、アイリにネックレスの事聞くの忘れてたなぁ)
そんな事を考えながら、工房の隅で数冊の本に目を通している。
はっきり言えば、肉体労働という魔動力の無いシンが唯一手伝える事が魔動工作機械のおかげで不要になった為に暇なのだが、これも仕事の1つとも言えた。
シンが今、読んでいるのは誰かの手記というか日記だった。
だがただの日記では無い。その全文が魔動王国語で書かれている500年以上前の古文書だ。
これらの古文書はシンの体に一時的とはいえ魔動力が宿った方法を探すという名目でアイリが城の蔵書から勝手に持ち出してきたものだ。
アイリが言うには、埃が積もる程昔から放置されている宝物庫で解読もされずに置いてあったので、持ち出しても問題無いという事だった。
解読されていないという事は、その内容が難解過ぎて解読出来なかったのか、あるいはその内容が知られてはいけないものなのかのどちらかであろう。王家が管理していたという事は恐らく後者の可能性が高いだろう。
シンとしては様々な手掛かりを得られる可能性があるので大変助かるのだが、何か後々大変な事になりそうで恐かったりする。
知ってはいけない真実を知り、闇に葬られるなんて事も可能性としては考え得るのだ。
だが城は王族が住む場所であり、王族の所有物だ。その中にあるものは全て王族のものであり、王女であるアイリにも所有権がある。そのアイリが許可をして貸し与えた古文書なのだ。所有者が許可を出したものを読んでいるだけだし、今の所、それを咎める者もいない。きっと大丈夫だろう。
シンはそう思い込んで、深く考える事は止めた。
考えれば考えるほど、嫌な想像しか浮かばなかったからというのもある。
というわけでシンは色々と面倒事になりそうなものから目を逸らしつつ、しかし面倒事が書いてあってもおかしくない日記を読み進めていた。
最初は他愛無いその日の出来事が綴られている。
侍従が廊下の壺を割ってしまったとか、貴族の誰某とお茶会を開いたとか、狐狩りに行ったら落馬した等、およそ平和的なものだ。
日記には名前が書かれていない為、誰が書いたのかは分からないが、貴族以上の身分、王城に保管されていた事を考えれば、王族に連なる人物、もしかすると国王そのものの日記なのではないかとシンは考えている。
読み進めるうちにシンはどんどんと読む気力が萎えてくる。
日記の著者が20歳の誕生日を迎えた辺りからの十数ページは、結婚した妻との甘いラブラブな内容が書かれていて、正直言えば読み飛ばしたくて仕方が無かった。
元々、日記というものは人に見せるように書いたわけでは無いので仕方が無いとはいえ、精神的にこれは辛かった。
ただどこに手掛かりが落ちているか分からないので、惚気という苦痛に耐えながらも読み進める。
途中、クレスの出してくれた苦めのお茶で文章の甘さを濁しつつ、次のページに進んだ時、突然のように内容が変わる。
それは前のページからは考えられないくらい緊迫した内容だった。
その内容とは……
*
大臣からの報告で私は恐らく驚愕に目を瞠っていた。
恐らくと言ったのは自分でもどんな表情をしているか覚えていないからだ。
それだけ驚愕の事態だった。
だがいずれこうなる事は分かっていた。
この国に魔動具という恩恵を与えてくれた魔動技師の彼が、かつてより危惧していた問題だったからだ。
だが時期が悪過ぎる。
来月には妻の出産が控えているのだ。
こんな所で突然現れたあの悪夢のような存在に、私の全てを奪われては堪らない。
「大臣。国中に通達を出せ。1週以内に国中の全魔動機兵を集めるのだ!」
私は国中の魔動機兵を招集するよう命じた。
無茶な命令だとは自分でも理解している。
けれどそれだけ事態は逼迫した危機的状況なのだ。
あの悪夢を滅ぼす為にはこれくらいする必要があるだろう。
それに魔動機兵はこの為に造られたのだから。
1週間という期間は与えたが、国中から魔動機兵を集めるには恐らくそれ以上の時間が掛る。辺境だと知らせが届くのにも休み無しで4日は掛るだろう。
だが猶予は無い。
あの悪夢は世の理から外れて生み出されたものだ。
彼が言うにはあの悪夢が何処から来て、何をしたいのか一切不明だという。
ただ分かる事は彼の住む場所が悪夢によって壊滅したらしいという事。
そしてあの悪夢がもし本気になれば1週間もあればこの周囲一帯くらいは簡単に壊滅させる事が出来るだろうという事。
私はすぐに動ける兵達で威力偵察を行わせることにした。
幸いな事に5機もの魔動機兵がこの偵察に参加する事となった。
これだけいれば他国の軍を壊滅させるにも十分な兵力だ。
もしかすると国中に通達を出したのは早計だったかもしれない。
だが数日後に私の元に届いた報告は絶望を与えるものだった。
魔動機兵は全滅。
偵察に赴いた兵の9割以上が死亡したというのだ。
ある程度の打撃は与えたらしいが、それも足止め程度にしかならない。
だがおかげで魔動機兵が集まる時間は稼ぐ事が出来た。
流石に全てとはいかなかったが、この国の精鋭が駆る魔動機兵を含む約50機の大軍だ。
この中にはあの魔動殲機も何機か存在している。
さしもの悪夢もこの物量には敵うまい。
私はこの時点で勝利を確信した。
*
日記はここで終わっていた。
日記のページが尽きて2冊目に進んだのか、この続きを書く事が出来なくなったのかは分からない。
その後、日記の著者がどうなったのか、悪夢と呼ばれるものがどうなったのか、知る術は無い。
「色んな意味でヤバイものを見つけちゃったかも……」
この内容から分かる事は、悪夢という存在が魔動機兵をも上回る強大な力を持っているという事。そして人に害を為す悪意ある存在だという事。
そしてそれに対抗するために魔動機兵が造られたこと。そしてよくは分からないが、魔動殲機と呼ばれるものがあるという事。
シンの知るこの世界の歴史の中で、魔動王国が滅びて後にそのような存在が現れたという内容のものはなかった。
魔動王国滅亡後からつい最近まで戦闘に特化した魔動機兵は存在していなかった。
なので、これまでの歴史にこの悪夢とやらが出てきていたとしたら、国1つが滅びるくらいの大事件として残っているだろう。
そして悪夢を倒す手段が無かったのだから、今、この世界が死の世界となっていてもおかしく無かったであろう。
これが空想や妄想の類では無い事は直感的に分かった。
シンも異世界人というある意味、この世界の理から外れた存在である。だからこそなのか、これが真実の事だと理由無く理解出来た。
そして魔動機兵が何故これ程の巨体で強大な力を持っているのかという理由も理解出来た。
アニメでは人型ロボットが主役という事もあり、地球の現行既存兵器より圧倒的に強力だと描かれているが、二足歩行のバランスの悪さや操作性、乗り心地といった現実的な部分を見ると兵器としては効率が悪く、コストの面でも量産には向いていない。兵器としては使い物にならないのだ。
だが、この世界では魔動力というこの世界独特の力のおかげで、そのあたりは理屈は分からないがカバー出来ている。人型であるのも、思考で操作するという事で生身の体に近い方がイメージしやすく操作しやすいという点で理解出来る。
戦争の為の対人戦を前提とするならば、元々が鎧から発展しているわけなので、これ程の巨体で無くても構わない。しかし対悪夢として8m級の魔動機兵を造ったという事は、悪夢が最低でもそれくらいの巨体を持っているという事になる。
逆を言えば悪夢が巨大だから魔動機兵のサイズをこれほど大きくしなければいけなかったと言う事だ。
更に日記の文面から察するに悪夢は突然やって来るようだ。
(なんか考えなきゃいけない厄介事が増えちまったなぁ)
魔動力を身に宿す方法を探していたのに、それどころか天災や災厄のような悪夢という存在を知ってしまった。
確信めいたものを感じているシンでなければ、荒唐無稽な妄想話だと鼻で笑って切り捨てるような話である。
これだけでは詳しい内容は分からない。
だがシンの胸には不安が募っていく。
この世界のこと。元の世界のこと。魔動力のこと。魔動殲機のこと。そして悪夢のこと。
調べること、考えなければいけないことがどんどん増えていく。
あまり人には相談出来ない物事ばかりで、シンは頭を悩ませる。
「シン。大丈夫ですか?」
どうやら相当険しい顔をしていたのだろう。お茶を入れ直すためにティーポットを持って近づいてきたクレスが心配そうにシンの顔を覗き込んでいる。
「えっ、あ、いや、この本には大して欲しい情報は無かったなぁと思ってただけだよ」
心配かけまいと表情を笑顔に戻し、空になったカップを差し出す。
嘘は言っていない。欲しい情報は得られなかった。その代わりに余分な情報を手に入れてしまった。
「そうですか?でももし何か悩んでいたら相談してくださいね」
クレスはカップにお茶を注ぎながら、深くは追求しない。
シンにはそれがとてもありがたかった。
突拍子も無い情報ばかりで今はかなり混乱している。少し情報を整理する時間が必要だった。そしてこの世界の歴史についてももっと詳しく知る必要があった。
シンはお茶を飲みつつ、今日、手にした情報をゆっくりと噛み締めるように頭の中で整理をし始めるのであった。
次回4/19(日)0:00に更新予定
※4/14 おかしな所で改行されていたので修正




