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出発




 その日の夕方。


 シマたちは盗賊団の隠れ家を出ることになった。


「どこに行くの?」


 シマが聞く。


「次の絵だ」


「どこにあるんですか?」


「北の国」


「一緒に行くの?」


「嫌なら置いていく」


 シマはヤナセを見る。


「どうする?」


「行こうぜ」


「即答かよ」


「だって面白そうだし」


 シマは少し考えた。


 家には帰れない。


 両親に聞きたいこともある。


 そして何より――


 自分の心力が0である理由を知りたい。


「……分かった」


 シマは頷いた。


「僕も行きます」


 こうしてシマたちは、盗賊団と行動を共にすることになった。


 ただし、この時点では誰も知らなかった。


 この旅が、


**世界の歴史そのものをひっくり返す旅になることを。**


---



 街を出て三日。


 シマたちは小さな町に到着した。


 町の中心には、大きな神殿がある。


 人々は朝から神殿に集まり、祈りを捧げていた。


「すごいな……」


 シマは思わず立ち止まった。


 人々の祈り。


 神官の声。


 鐘の音。


 シマがずっと信じてきた世界そのものだった。


「好きだな、こういうの」


 ヤナセが言う。


「お前が?」


「いや、面白い」


「同じようなものだろ」


「違うよ」


 ヤナセは神殿を見上げた。


「みんな、何かを信じてる」


「当たり前だろ」


「そうかな」


 彼は笑った。


「俺は、あんまり神様を信じてないから」


「……」


 シマは少し嫌な気持ちになった。


「お前、神官になれるくらい心力があるのに」


「だから?」


「もったいないよ」


「そう?」


 ヤナセは神殿を見たまま言った。


「俺は、自分で聞いたものしか信じないから」


 シマはその言葉を聞いて、何も言えなかった。


---



 その夜。


 シマたちは神殿の近くで食事をしていた。


 そこへ、一人の神官が通りかかった。


 シマは思わず頭を下げた。


「こんばんは」


「こんばんは」


 神官は優しく笑った。


「旅の方ですか?」


「はい」


「神の加護がありますように」


 そう言って、神官は去っていった。


 シマはその背中を見つめた。


「……神官って、いいな」


「なりたいの?」


「僕には無理だよ」


「なんで?」


「心力が0だから」


「でも、神様を信じてるじゃん」


「それでも駄目なんだよ」


 シマは笑った。


「おかしいよな」


 ヤナセは何も言わなかった。


 そのとき。


「……なあ」


「何?」


「今の神官」


「うん?」


「何か変だった」


「また声?」


「違う」


 ヤナセは神殿を見た。


「神殿そのものが、何か言ってる」


 シマは眉をひそめる。


「何て?」


「……」


 ヤナセは黙った。


「『ここじゃない』って」


「何が?」


「分からない」


 ヤナセは首を傾げた。


「でも、ずっと言ってる」


 シマは神殿を見る。


 何も変わったところはない。


 ただの神殿。


 人々が信じる神の住む場所。


 ――そう思っていた。


---



 翌朝。


 盗賊団は町を出る準備をしていた。


 シマは一人、神殿の前に立っていた。


「……」


 昨日の神官の言葉が頭から離れない。


 神の加護がありますように。


 シマは両手を合わせた。


「神様」


 目を閉じる。


「僕はちゃんと信じています」


 心力は増えない。


「毎日祈っています」


 何も起きない。


「どうして僕だけ……」


 そのときだった。


 背後から声がした。


「――お前」


 振り返る。


 昨日の神官が立っていた。


「少し、いいか?」


「はい」


 神官はシマを見る。


 そして、シマの胸元に視線を落とした。


「……心力がないのか」


「はい」


「それなのに、信仰している?」


「……はい」


 神官はしばらくシマを見つめた。


 そして、小さく笑った。


「おかしな子だ」


「……」


「だが」


 神官はシマの耳元で囁いた。


「――お前のような人間を、私は一人知っている」


「え?」


 神官は何も答えず、その場を去った。


 シマは追いかけようとした。


 しかし、その瞬間。


 遠くからヤナセの声がした。


「おーい!」


 振り返る。


 盗賊団が待っている。


「早くしろ!」


「今行く!」


 シマは走り出した。


 その背中を、神官は遠くから見ていた。


 そして。


「……まさかな」


 誰にも聞こえない声で呟いた。


「**あの男の再来ではあるまいな。**」


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