第四話
第四話です。
「…。」
名子の怒りと言葉に場は静まり返る。誰も何も言わず、沈黙となった。
「…ごめんなさい。」
暫くして、玲奈は今にも泣き出しそうな顔で、か細い声で何度目かになる謝罪を口にした。
「ごめんなさい…本当に、ごめんなさいっ! 私、武と名子ちゃんの仲を応援したかっただけだったの…名子ちゃんが嫌がっているなんて気にした事も、考えた事もなかった…。」
玲奈は深く頭を下げる。
「でも、名子ちゃんと同じ経験をして、これがどんなに辛いのかよく分かった…う、うぅっ…ごめんなさいぃっ…ぐすっ。」
「れ、玲奈…。」
泣き出した玲奈に、武は戸惑いながら声を掛けた。
「ぐすっ…、武が、素直になれなかっただけなのは分かってる。でも、武は名子ちゃんは傷付けた。私達のせいで、追い詰められて死んじゃったんだよ! だから、ちゃんと謝ってよ!」
「〜っ!」
玲奈の言葉に武はショックを受けたような顔をする。武はこの期に及んでも、名子が自分のせいで死んだなんて受け入れたくなかった。
「だ、だけど、俺は名子が嫌がってるなんて知らなかったんだ! い、嫌だったなら言えば良かったじゃないかよ…。」
「言い訳してねぇで速く謝れよ武!」
言い訳をし、謝罪をしようとしない武に苛立った様子の明宏が怒鳴る。
「お前のせいで鈴木は死んで、俺達はこんな目に遭わされたんだよっ!! 今すぐ土下座しろよっ!! つーか、お前も俺達と同じように鈴木に体験させて貰えよ! そうすりゃ思い知るだろうよ!」
「あ、明宏…。」
明宏の剣幕に武は呆然としてしまう。玲奈とは違い、明宏は明らかに武を敵視している。
「…柿原さん。」
武が明宏に何かを言う前に、名子が玲奈を呼んだ。
「柿原さんは、本当に心から反省してくれたんだね。」
名子は穏やかな笑みを浮かべる。玲奈は涙を流しながら何度も首を上下に振って頷いた。
「そっか…良かった。嬉しいよ。」
「ごめんなさい、ごめんなさい…本当に…ぅっ!?」
謝罪を繰り返していた玲奈が突然、何かを詰まらせたような声を出し、目を見開いたまま固まってしまった。
「さようなら柿原さん。来世では今回の反省を生かして誰かを傷つけちゃ駄目だよ? まぁ、覚えていたらの話だけどね。」
「グブッ…!」
名子が言い終わったタイミングで、玲奈は口から血を噴き出した。玲奈の左胸にはいつの間にか刃が深く突き刺さっていた。
「〜ひっ! お、おいっ!!?」
「な、あ…れ、玲奈?!」
武と明宏が呆然とする中、玲奈は机と椅子にぶつかる事なく教室の床にドサッ、と倒れて込む。
「言ったでしょう? 柿原さんと田中くんは復讐の途中だって。私と同じ経験をさせた後に殺す、それで復讐完了なんだよ。」
玲奈の胸と口から溢れる血が床を汚していく様を見た後、名子は明宏を見た。
「さ、次は田中くんの番だよ。」
「ひ、ひぃぃっ!!」
玲奈の死に衝撃を受ける武と明宏だが、明宏への死刑宣告にそれどころではなくなる。名子に怯える明宏の周囲に、玲奈の胸を貫いた物と同じ刃が何本も宙に浮いた状態で現れた。刃の先は明宏に向けられている…。
「い、嫌だぁぁっ!! す、鈴木頼む! 赦してくれっ!! お、お前が一番憎いのは武のヤツだろうっ!? お、俺と玲奈はお前と同じ経験をしたんだ! も、もうそれで充分じゃないかっ!?」
明宏命乞いをしながらも、武はともかく、何故玲奈と明宏も殺そうとするのかを名子に尋ねる。
「田中くんは私と同じ経験をした時に、私だけを憎んだの? 柿原さんと田中くんみたいに、私に味方をしたクラスメイトに何も思わなかった?」
「っ、…そ、それは!」
名子の問いに、明宏は思う事があったのか口を噤んでしまう。
「私に味方をして、田中くんの苦しみを笑っていた周囲にも憎しみを抱いたでしょう。死んでしまえ…そう思ったよね。」
「っ…!」
確信を持って話す名子の言葉は図星らしく、明宏は何も言わない。
「それとさ、田中くんはさっきから佐藤くんを責めてばかりで反省していないよね。私と同じ苦しみを味わいはしたけど、全部佐藤くんのせいにして自分を被害者としか思ってない。それは良くないとは思うの。」
「そ、それはっ…。」
明宏はビクッと身体を震わせて顔を青褪めさせた。
「柿原さんは反省してくれた。だから楽に殺してあげようと思って不意打ちで刺したの。さっきは私なりに温情をかけたんだよ。でも…田中くんは楽には殺してあげない。」
「ひ、ひぃぃぃっ!! …や、止めてく」
ビュンッ! と音を立てて宙に浮く刃の一つが明宏目掛けて襲いかかった。
「っ、あァッ!?」
明宏の左肩に刃が深く刺さり、明宏は絶叫する。
ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ! …と次々に音を立てて刃は明宏に襲いかかる。
「あぁぁぁっ! 止めてぇぇぇっ!! いだいぃぃ!! し、死にたくないぃっ!!」
態と急所を避けながら、けれど容赦なく刃は明宏に突き刺さっていく。
「あ、明宏ぉっ!! も、もうやめてくれ! やめてくれよ名子っ!!」
刃に襲われてどんどん血塗れになっていく明宏の姿に耐えられなくなった武は恐怖しながらも必死に名子に訴える。
「え、何? 声が小さくて聞こえないよ?」
武の声は大きく、聞こえていない筈はない。だが名子は態とらしく片手を耳に添えて聞こえていないと言ってきた。
「あがぁァッ!! うわァッ!! ァアッ〜〜!!」
明宏の絶叫は続く。武は明宏が今どうなっているのか見ていられず、名子だけを見つめて必死に懇願する。
「っ、な、名子頼むよ!! もう、やめてくれぇわ!!!」
「聞こえてた癖に…。」
名子は武を冷たく睨みつけた。
「私の声は情けなくて小さかったと思う。でも聞こえてたよね、構わないで欲しいと言った事を。」
「っ!」
武は固まる。身に覚えがあったからだ…。
「私の周りには味方なんて居なかった。反抗したらもっと酷い目に遭わされるかもしれない。そんな状況で嫌だからやめてだなんて、はっきり言えないんだよ。佐藤くんには分からないだろうけど、柿原さんと田中くんは分かってくれたよ。2人は私と同じように、やめて欲しいって1回は言ってきたけど、無視したらその後は言ってこなくなったの。怖かったんだよ、“やめて”って言うのが。」
名子は態とらしく微笑んだ。
「佐藤くんはさ、私が照れて恥ずかしがっていると思ってたんだよね? …ふふっ、本当にあり得ないよ。大嫌いなクズの佐藤くん相手に照れる筈なんかないのにね。」
「っ…。」
“大嫌い”、“クズ”、面と向かって放たれる言葉に武はショックを受ける。
「佐藤くんは私の願いを無視した。柿原さんと田中くんもね。だからお前達のお願いを聞いてあげる義理なんてないよ。だから絶対にやめない…あれ、そう言えば静かになったね?」
「っ!? …あ、あき…ひろ…。」
武が明宏の居る方を見ると、明宏は血塗れになって動かなくなっていた。顔も身体も原型を留めていなかった…。至近距離で目の当たりにしていたら武は吐いていたかもしれない。
「田中くん、これで貴方への復讐も終わりだよ。田中くんは最後まで人のせいにして反省出来なかったね。でも武くんと柿原さんとは違って私を苗字で呼んでくれたよね。ずっと、佐藤くんと柿原さんに馴れ馴れしく名前で呼ばれる度に寒気がしてたんだ。そこだけはマシだったよ。」
名子は何とも思っていない様子で、淡々と田中に別れの言葉を告げる。
「…あ、あぁぁぁぁぁあ〜〜っ!! 何でだよぉ!!」
武は泣きながら名子を睨みつけた。幼馴染と親友の死に、武は耐えられなかった。
「な、なんで…何で玲奈と明宏をこんな目に遭わせて、殺したんだよっ! お、俺達はそこまでするほど悪い事をしたのかよぉっ!! お前から金を奪った訳じゃないし怪我だってさせてないだろうっ!!」
武は名子に怒鳴られる覚悟で訴える。武は名子に嫌な思いをさせた事を認めざるを得なかった。けれど殺される程の罪を犯したと受け入れられず、到底納得なんか出来なかった。
「…私が自殺した事、忘れちゃったの?」
「っ、そ、それは…。」
名子は死んでいる。死んだ後に不思議な力を使って武を呼び出した。だが武は死んでいる筈の名子と会話が出来ている為か、名子が自殺していたという事実を忘れてしまっていた。
「…佐藤くんは私と同じ経験をしてないから、私の気持ちを理解出来る筈がない。だからそう思うのは仕方無いよ。」
名子は静かな、穏やか声で言う。
「佐藤くんも柿原さんと田中くんみたいに経験すれば私の気持ちを理解出来ると思う。でも残念ながら、もうそこまで力が残ってないから出来ないんだよね。」
「…え?」
力の関係で武は玲奈と明宏のように名子の経験をさせられる事はない。その事に武は安堵した。
「私の辛さが分からない佐藤くんには反省も謝罪も求めないよ…でもね、これだけは言わせてもらう。さっきも言ったけど比較して判断しないでくれる?」
名子は武を冷たく睨みつける。
「自分の辛さを誰かの辛さと比較して、自分の方がマシだったとしてもあくまでもマシなだけ、辛い事に変わりはないの。例えばさ、片手を失うのと両手両足を失うのなら片手の方がマシだよね? でも片手を失う事は平気な訳? そうじゃない、嫌に決まってるでしょう!?」
「っ…。」
名子の主張に武は口を閉ざす。
「…お金を取られた訳でも、怪我をさせられた訳でもない。でも私には死にたくなるくらい辛くて耐えられなかった。そして、惨たらしく殺してやりたいくらい赦せなかったんだよ。」
「…。」
何を言っても武の言葉では名子には届かない。名子の復讐を止められないのだと武は理解せざるを得なかった。
片手を失うのと四肢を失うの、どっちがマシかと言う問いを昔聞いた事があります。(何処で聞いたかは覚えていませんが)当然片手の方がマシだと思いますが、そもそも片手を失いたくないし、怪我だってしたくないなと思った記憶があります。残る復讐相手は武のみです。
ここまで読んで下さり有難うございました!




