第6話 乾いた笑み
見張りをしているデニスとカークに案内されて、俺とロネリーはシェルターの最奥に辿り着いた。
最奥にもなると、沢山の松明が部屋中を照らしていて、多くの住民が身体を休めている。
中には酷い怪我を負っている人もいるようだ。
そんな人々《ひとびと》の間を縫うように歩いた俺達は、多くの視線を集めながら、とある老人の元に向かった。
その老人はゴールドブラムという名前らしく、この平原のコロニーの長を務めているらしい。
髪の毛は白くなってはいるが、毛量が多いため、それほど老けては見えない。
ロネリーから一通りの説明を受けたゴールドブラムは、そこでようやく俺に視線を向けると、ぽつりと呟いた。
「ふむ。ノームとな?」
正確には、俺じゃなくて俺の頭の上のノームを見ていたらしい。
「おう。オイラがノームだぜ」
「で、俺がダレンだ。よろしくな、ゴル爺」
「ちょっとダレンさん!? その呼び方は何ですか!?」
「構わんよ、ロネリー。して、ダレン。お主は山に住んでおったと聞いたが、それは惑わせの山で間違いないか?」
「惑わせの山?」
聞き覚えのない単語を耳にした俺は、思わず聞き返してしまった。
そんな俺の様子に気が付いたらしいロネリーが、すかさず補足を入れる。
「ダレンさん達が住んでた山を、私達はそう呼んでるんです」
「そうなのか。ってことなら、それで間違いないな」
「ふむ。その惑わせの山に、なぜロネリーが入っていたのかは後で聞くとして……」
そこで言葉を切ったゴールドブラムは、なにやら鋭い視線をロネリーに向ける。
「うっ……」
対するロネリーは、少しバツの悪そうな表情を浮かべながら足元に視線を落とした。
山に入るのは禁止されていたんだろうか。
そんなことを考えた俺に視線を移したゴールドブラムが、ゆっくりと頭を下げながら告げた。
「まずは、ロネリーを救ってくださったこと、礼を伝えたいと思う。ありがとう」
「いえ、そんな大したことじゃないので」
「ところでダレン。お主は今、いくつになる?」
「え~っと、確か今は15歳だったはず」
「えっ!? 15歳!?」
唐突なゴールドブラムの質問に、軽い口調で答えた俺は、直後、ロネリーが声を張り上げたことに驚いてしまった。
けど、そんな俺以上に驚いているのは、声を張り上げた彼女自身らしい。
「え? 嘘ですよね? ダレンさんは私よりも年下なんですか!?」
「ロネリー、気持ちは分かるが、少し落ち着かんか」
「でも!! 15歳ですよ!? 私の1つ下なのに、あんなに強いし、惑わせの山で暮らしてたし、あぁ……なんか自信なくしちゃいました」
「ロネリーは大げさだな」
「大げさでもなんでもないのじゃよ。少なくとも、普通の人間が惑わせの山で暮らすことなど、できるわけもない」
「あの山で生活するのって、そんなに大変なのか? オイラ的には、そんなに大変だったイメージは無いけどな」
「儂らのような普通の人間が惑わせの山に入ったが最後、死ぬまで山の中を彷徨い続けるか、山に住まう獣に喰われるのがオチじゃ」
ゴールドブラムの言葉を聞いた俺は、さっきからずっと気になっていたことがあったので、意を決して質問してみることにした。
「さっきから、惑わせの山って言ってるけど。どの辺が惑わせなのか、俺にはさっぱり分からないんだよなぁ。ノームもそう思うだろ? 俺たち、あの山で迷ったことなんて、無かったよな?」
「それは、まず間違いなく、ノームの力じゃろう。遥か昔に、ノームが道に迷うことはないと聞いたことがある」
俺が投げかけた質問に、思っていたよりもあっさりと回答を口にするゴールドブラム。
彼は今一度、俺の頭の上のノームを見つめると、ゆっくりと口を開いた。
「ノーム……4大精霊の1角と言われる大地の精霊の名を持つバディ。これは確認じゃが、ダレン、ノームの名前はお主が付けたのか?」
「え? 俺が名前を? いや、気が付いた時にはすでに、ノームはノームって名乗ってたけど」
「それこそが、ノームが4大精霊の1角であることの証じゃ」
「どういうことだよ。ノーム、何か知ってるか?」
「さぁ、オイラも分からねぇ。ただ、生まれた時からオイラの名前はノームだった。それだけだぞ?」
そう告げたノームを見ていたゴールドブラムの表情に、薄っすらと笑みが滲む。
何も知らない俺達を弄んでいるようにも見える彼は、仕方がないとばかりに口を開いた。
「普通、バディの名前は5歳の誕生日を迎えた日に、刻銘の儀式にて名付けるものなのじゃよ」
「刻銘の儀式?」
「そうじゃ。その儀式をすることで、儂らとバディの間に、確かな絆が生まれる」
そう言ったゴールドブラムは、懐に右手を差し入れると、1匹のネズミを取り出した。
そのネズミは黒い体毛を持っていて、つぶらな瞳で俺達のことを見上げてきている。
「儂のバディ、ルードじゃ。この名も、儂が5歳の時に名付けたものじゃよ」
「5歳の時に……そっか。とりあえず、ノームが普通のバディじゃないことは分かったよ。でも、それだけでそんなに反応する必要あるのか?」
そう尋ねた俺は、デニスとカークがノームの名前を聞いた直後に見せた反応を思い出していた。
そう言えば、ロネリーもノームの名前を伏せるようにと言っていた。
それも関係があるんだろうか。
と、俺が思考を巡らせていると、ゴールドブラムはヤレヤレといった感じで首を横に振り、ロネリーに視線を投げる。
「ダレン、お主はいまだに疑問に思わんのか?」
「え?」
「なぜ、ロネリーだけがコロニーから逃げ出していたのか。なぜ、ロネリーの傍にバディが居ないのか。なぜ、賊がロネリーを襲っていたのか」
「それは……」
ゴールドブラムの言葉を聞いた俺は、腹の底から沸き上がって来る疑念に、全身が震えるのを感じた。
確かに、ロネリーが賊に襲われている時から、俺は彼女のバディを見ていない。
初めはなんでだろうと思っていたけど、その後色々あったせいで、考えが及んでいなかった。
そんな俺の様子を観察したのか、小さなため息を吐いたゴールドブラムは、ゆっくりと告げる。
「ロネリー、彼なら大丈夫だ。教えてあげなさい」
「はい」
大きく頷いて見せたロネリーが、俺の正面に移動して、真正面から目を見つめてくる。
そんな彼女の碧い瞳に、思わず魅入ってしまいそうになった時とき。
俺は、彼女の瞳の碧がゆっくりと抜けてゆく様子に気が付いた。
何が起きているのか。
一瞬混乱しかけた俺は、直後、ロネリーの足元から碧い何かが湧き出してくるのを目の当たりにした。
湧き出した碧い液体は、まるで沸騰するようにブクブクと音を立てながら体積を増してゆき、終いには女性の姿を形作る。
薄い布に身を包んだ妖艶な姿の女性。
俺の2倍の背丈はありそうなその女性は、ゆっくりと視線を落としてこちらを見下ろすと、透き通る声で告げた。
「ワラワの名はウンディーネ。覚えておくが良い」
「ダレンさん、紹介しますね。彼女は私のバディのウンディーネ。水の大精霊の名を持ってるんです」
少し威圧感のある視線を投げかけて来るウンディーネ。
そんな彼女を見上げていた俺は、とある言葉を口にしそうになったが、言葉にする前に飲み込んだ。
それを言ってしまったら、ダメな気がする。
きっと、この場にいる全員が、俺と同じ気持ちのはずだ。
そう思った俺が、ゴールドブラムに目を向けようとした時。
頭の上のノームが、小さく呟いた。
「デ……デケェ」
その後、俺とノームが気が付いた時には、周囲が水浸しになっていた。
全身ずぶ濡れで天井を見上げながら横たわっていた俺を、碧い瞳のロネリーが見下ろしている。
「ごめんなさい。彼女、怒ったら手あたり次第に水をまき散らしちゃうんです」
「まき散らすって……そんな優しい表現じゃ足りないだろ」
言いながら周囲を見渡した俺は、ゴールドブラムを含む多くの人が、せき込みながら水を吐き出しているのを目にする。
俺も少し咳き込んで水を吐き出したあと、頭の上にいるノームに向かって告げた。
「ノーム。言葉には気を付けろ」
「……悪かった。これに関しては、オイラが悪かった」
「あはは……」
謝罪するノームを見て、ロネリーが乾いた笑みを溢す。
だが、彼女の碧い瞳がちっとも笑っていないように、俺には見えたのだった。