第53話 二階の小窓
伝承のことを話してくれた彼女は、その後、俺達に食事を振舞ってくれた。
獲って来たばかりだという魚や貝類を、見たことのない道具で解体してゆく様は、とても興味深い。
そうして俺達の前に出されたのは、刺身と言う生魚の料理だ。
魚を生で食べるなんて経験したことが無かったから、驚いたけど、これがまた美味いんだよなぁ。
腹ごしらえもしたし、少し休憩したら、これからのことを皆と話し合おう。
サンゴに腰かけながら、そんなことを考えていた俺は、同じように休憩していたロネリーの元にテレサが向かって行くのを目にした。
何やら短く言葉を交わした彼女たちは、ロネリーを先頭にして隣の部屋、壁画のある部屋の方に向かってゆく。
何か2人で話でもするのかな?
気になるけど、盗み聞きをするのは気が引ける。
テレサにとって、ウンディーネは旧友との繋がりを感じる存在のはずだ。
だとしたら、ウンディーネを継承したロネリーに積もる話が合ってもおかしくない。
「さてと……少し散歩でもするかなぁ」
「ダレン、散歩に行くチ? なら、アタチ達もついて行くチ」
「僕も行って良いですか? 海の底を見て回るなんて、なかなかできないですし。それに、さっきからガーディもソワソワしてるので」
「サカナ。ウマかった! まだあっちオヨイデル! トリにいく!!」
立ち上がる俺達を見たペポとサラマンダー、そしてガーディが口々に言った。
それに対して、ペポの頭の上に寝そべっているシルフィが、気怠そうに口を開く。
「散歩くらいならいいけどぉ、全速力でどこかに駆けてったりしないでよぉ? ウチの力も、万能じゃないんだからね? 海の中にほっぽり出されたら、君らじゃどうしようもないでしょ?」
「そうだった。ガーディ。魚を獲りに行くのはやめた方が良いみたいだよ」
「ソウカ……ザンネンだ」
心底悔しがっているらしいガーディの背中を軽く叩いた俺は、彼を慰めた。
「今度、またみんなで魚を獲りに来よう。その時は、しっかりと準備をしておけばいいだろ」
「またコレルのか?」
目を見開いて尋ねて来るガーディに、頭の上のノームが得意げに話し始めた。
「ガーディ、良いことを教えてやる。オイラは道に迷わないんだ。一度来たことがある場所になら、何度だって行けるんだぜ! すごいだろ」
「スゴイ!! どうやるんだ!?」
「そりゃあもう、心の感じるままに突き進むのさ!!」
胸元を右手の親指で指し示しながら言ってのけたノーム。
そんな彼に対して、冷ややかな目を向けるペポが、ボソッと呟いた。
「スゴイでたらめ言ってるチ」
「ははは。ノームだから言えることだよね。道に迷わないなんて、僕は言える自信が無いから、羨ましいよ」
「サラマンダーは普通チ。おかしいのはダレンとノームっチ」
「あ~ばぶ」
「ほら、アパルもそうだって言ってるチ」
そんなことを口々に言いながら、俺達は城の外に向かう。
ロネリーだけがシルフィから離れることになるけど、彼女にはウンディーネとテレサが付いているし、大丈夫だろう。
「それにしても、綺麗な城だよな」
「お城も綺麗だけど、僕は土台になってる大きなお花? も綺麗だと思ったよ」
「あ、アタチも思ってたチ。これって多分、サンゴだチ。」
「へぇ、この大きなお花はサンゴって言うんだね。知らなかったや」
「俺も知らなかった。海の底には、こんなデカい花が咲くんだなぁって思ってた」
「アタチも、ここまで大きなサンゴは見たことないチ」
「これも、フェニックスの生命力のおかげで、ここまで大きくなったとかなんじゃないか?」
「あぁ。それ、ありそうっチ」
頷くペポの隣を歩いていた俺は、竜宮城の入り口である大きな門を通って、城の外に踏み出した。
門の前には、サンゴの土台から海底に降りる階段が続いている。
そんな階段の脇に広がっている高台に向かった俺達は、思い思いに周囲の景色を眺め始めた。
そんな折、ふと竜宮城に着いた時の事を思い出した俺は、なんとなく城の方を振り返ってみる。
「どうした? ダレン」
「いや、そう言えば、竜宮城に着いた時、チラチラと光る灯りが見えた気がしたんだよなぁ」
「あぁ、オイラも見た気がするぜ。でも、それっぽいのは何もなかったな」
言いながら少し背伸びをした俺は、、改めて竜宮城全体に視線を走らせてみる。
「たしか、城の右の方の壁に……」
「お、ダレン。あれじゃないか? ほら、あの小さな窓」
「あぁ、本当だ。あった」
ノームの指さした方に目を向けた俺は、すぐに光を見つけた。
例の如く、チラチラと明滅しているその小さな灯りは、城の2階にある小窓から漏れているらしい。
「なんなんだろうな? あれ」
「どうかしたんですか? ダレン」
「サラマンダー。ほら、あの2階の窓を見てくれよ。何かが光ってるだろ?」
「え? どれですか?」
俺が指さした窓に目を向けるサラマンダーは、しかし、何も見えないのか頭を傾げてみせる。
そんな彼にしびれを切らした俺が、サラマンダーを窓の方に向かって抱きかかえてみせるけど、結局見えないらしい。
同じように、ペポとシルフィ、そしてガーディにも光のことを話した結果、俺とノーム以外に見えていないことが分かった。
「どういうことだよ? 俺はちゃんと見えてるぞ?」
「オイラも見えてるぜ?」
「アタチには見えないチ。見間違えじゃないチ?」
「僕もやっぱり見えないですね」
「オデも見えない。スマン」
「いや、謝る必要はないぞ、ガーディ」
小さく頭を下げるガーディに優しく語り掛けた俺は、改めて小窓を見上げた。
「……気になるな」
「何するつもりチ?」
小さく呟いた俺を、怪訝そうに見て来るペポ。
そんな彼女に向かって肩を竦めて見せた俺は、頭の上のノームに合図を送りながら告げる。
「ちょっと、あの窓を見て来るよ」
「道を作ることなら、オイラにお任せだぜ!!」
威勢よく頭の上から飛び降りたノームが、海の中をゆらゆらと漂いながら降下してゆく。
そして、いつもより時間をかけて俺の足元に降り立ったノームは、一瞬立ち止まった後、城の壁の中に潜り込んでいった。
「あれ? ノーム、もしかしてサンゴの中には潜れないのか?」
俺の呟きに対して、誤魔化しをするように、ノームが城の外壁に階段を作り出す。
その階段を登って二階まで上がった俺は、目的の小窓から部屋の中を覗き込んだ。
「お、やっぱりあるじゃん」
薄暗い部屋の中心に、明滅する灯りを見つけた俺は、そう呟きながら小窓を通って部屋の中に入り込む。
何もないのに、どこか、息苦しさを感じるその部屋に入った俺は、まっすぐに灯りの元に向かった。
「これは……?」
足元にある何かを見下ろしながら言葉を漏らした俺は、まるで落とし物を拾うように右手を伸ばす。
そして、温もりを感じそうな黄色い光に俺の手が触れた瞬間、辺りが一瞬にして華やいだのだった。




